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密やかに想う  作者: 水城雪見
本編
69/109

51.妖精




 ランスから一番近いキルタスの街へは、ほぼ3日かかる。

 無人島はその街よりも手前にある島を選んだようで、2日目のお昼過ぎには島に辿り着いた。

 キルタスには、人の住んでいない無人島がいくつもあるらしいけれど、亮ちゃん達はその中でも、一番ランスに近い島を選んだようだ。

 船旅は揺れもせず快適で、料理人さんがいたから家事からも解放されて、のんびりと過ごせた。

 デッキで釣りをしたり、厨房を借りて釣った魚を料理したりしているうちに、すぐに目的地に辿り着いた感じだ。


 無人島というだけあって、船着場はなかったので、船から小さなボートを出してもらって、島まで移動した。

 海はとても綺麗なエメラルドグリーンで、南国のリゾート地のような雰囲気だ。

 太陽が二つある世界だから、日差しが眩しいほどだけど、湿気が少ないからか、気温の割には過ごしやすい。

 ボートで3往復して、みんなで島に降りた。

 船長さん達はここから一番近い街に移動して、5日後に一度、迎えに来てくれることになっている。

 迎えが来るまで島から出られないことになるけれど、みんなが一緒なので何の不安もなかった。

 キルタスは、ランスほど治安はよくないけれど、それでも、海賊のようなものはいないらしい。

 船を襲っても、乗っているのは人ばかりだからだ。

 荷物はアイテムボックスで運ぶ人が多いので、それを手に入れようと思えば、手間がかかるばかりで襲う意味がないから、海賊はいないそうだ。

 キルタスは小迷宮が多いので、人しか乗っていない船を襲うくらいなら、迷宮に篭った方がマシといわれているらしい。



 椰子のような木が生えた場所にコテージを出した。

 ここは、魔物もほとんど出ないし、出ても弱いらしいので、外で野営もできるようだ。

 みぃちゃんは、持ち込んだテーブルや椅子、それにパラソルなどを、早速取り出して、コテージの近くに設置していた。

 コテージがあるけれど、外でも料理ができるように、鉄板なんかも用意してある。

 アウトドアグッズにはあまり詳しくなかったけれど、尊君が良く知っていたので、再現できそうな物をディランさんにお願いして、色々と作ってもらっていた。

 私もカキ氷器が何とか作れないものかと、ディランさんと相談して、再現してある。

 氷用のシロップも、いくつかのフルーツを使って作ってあった。

 一緒にディランさんのところに通っていた尊君は、気づいているかもしれないけれど、驚かせようと思って、他のみんなには内緒にしてある。

 氷は、鳴君が氷魔法で出した物が食べられるので、それを使う予定だ。

 せっかく鉄板があるから、焼きそばも作ってみたかったけれど、麺がない。

 うどんなら作れたので、焼きうどんができるように、材料はいろいろと取り揃えておいた。

 ランスでは手に入りやすい牛肉も、食べやすくスライスしてお手製のたれに漬け込んであるし、他にも鉄板で焼けそうな野菜や肉を、下拵えして持ってきた。

 後は、魚介類を現地で手に入れる予定だ。


 コテージの結界内に入った瞬間に、目の前に半透明の画面が現れて、驚いてしまった。

 画面には、『妖精を召喚しますか?』というメッセージが出ている。

 そういえば、コテージのレベルが上がっていたんだったと思い出し、早速、妖精を召喚してみることにした。

 召喚を受諾すると、眩しいほどの光がコテージの中から溢れて、あまりの眩しさにぎゅっと目を瞑った。



「美咲っ! 大丈夫か? 何があった!?」



 突然の光に驚いた亮ちゃんが、焦ったように私のもとへ駆け寄ってくる。

 


「驚かせてごめんね。妖精を召喚したの」



 一声掛けておけばよかったと後悔しながら、警戒するようにコテージを見ている亮ちゃんに謝った。

 妖精と聞いて、次にレベルが上がったら妖精を雇えることは話してあったので、亮ちゃんはすぐに理解して緊張を解いた。

 それでも、私を先にコテージに入れず、自分が先に入って、危険はないか確認してから、私を中に入れる。



「ミサちゃん、妖精さん、どこっ!?」



 リンちゃんは興味津々といった様子で、駆け寄ってくる。

 みんなも興味があるようで、自然にコテージに全員集まってしまった。



『召喚してくれてありがとう、主様。名前をつけて、主様の魔力をちょうだい。それで契約は完了なの』



 コテージに入ると、体長20cmほどの妖精が私の前に現れる。

 透けるような薄い蝶に似た形の羽が背中にあって、白いワンピースを着た可愛らしい子だ。

 ふわふわと空中を漂うように飛んでいるのがとても可愛い。



「美咲ちゃんに似てる……」



 みぃちゃんが、妖精を見つめながら呟くのを聞いて、顔をよく見ると、確かに似ているような気がした。

 長い黒髪だから、余計に似て見えるのかもしれない。



『それは当然なの。妖精は召喚した主様に、生み出された存在なのよ』



 胸を張り、誇らしげに言うのが可愛い。

 手のひらを差し出すと、その上に乗って、期待するような眼差しを向けられた。

 名前をつけないといけないみたいだけど、いい名前がつけられるだろうか?

 ちょっとしたプレッシャーを感じながら、考え込む。

 夏生まれだから、それにちなんだ名前にしたい。



「桔梗という名前はどうかな? 私達の世界で夏に咲く、とても可憐な花の名前なの」



 手のひらの上の妖精を見つめたまま、首を傾げて問いかける。

 桔梗の花は、白いものの方が私は好きで、さっき、この子が飛んでいたときに翻っていたワンピースが、あの可憐な花を思い出させた。



『桔梗ね! お花の名前! 素敵な名前をありがとう、主様』



 嬉しそうにくるくると、私の差し出した手の周りを飛び回りだす。

 名前が気に入ってもらえたようで、ホッとすると同時に、可愛らしい様子に和まされた。



「「可愛い~」」



 結花さんとリンちゃんは、手を取りあって桔梗の可愛さに悶えている。

 姿も仕草も可愛いから、仕方がない。

 カンナさんは、顔に出さないようにしているみたいだけど、目がずっと桔梗を追っていて、気に入ったみたいだ。

 カンナさんが、私達の中では一番可愛い物好きなのを、私は知っている。



「魔力はどうやってあげればいいの?」



 しばらく飛び回っているのを眺めてから尋ねると、桔梗はまた、私の手のひらに戻ってきた。



『指を出して。人差し指でいいの』



 言われるまま人差し指を差し出すと、指先を桔梗が両手で掴む。

 その仕草が可愛くて、頬が緩んでしまう。

 ほんの少し、魔力が抜ける感覚があった瞬間、桔梗が淡い光を放った。



『契約完了。コテージの事でわからないことがあったら、桔梗に聞いてね。それと、魔石に魔力を注いで欲しいの』



 妖精は取扱説明書も兼ねているらしい。

 魔石と言われて、探すように辺りを見渡したけれど見つからない。



『こっちよ』



 ふわふわと飛び出した桔梗に先導されて、みんなで後をついていく。

 何が始まるのかと、みんな面白がってる様子だ。

 誰も触れていないのに寝室の扉が勝手に開き、そこに桔梗が入っていく。

 後をついていくと、寝室の奥、ロフトに上がる螺旋階段で見え辛くなった壁に、魔石が嵌め込まれていた。

 ソフトボールよりも一回りは確実に大きい多面体の魔石は、壁からは外せないようだ。

 色は淡い赤で、ちょうど、私の胸の高さ辺りに嵌め込まれていた。

 あまりにも大きな魔石なので、高品質の魔石を見慣れたアルさんがとても驚いている。



『赤は魔力切れが近いの。そして、完全に魔力がなくなると、桔梗は消えてしまうのよ。だから、魔力を注いでね。注ぐのは主様以外の人もできるから』



 消えるという物騒な言葉に驚いて、早速魔石に魔力を注ぎながら、仕組みを詳しく聞きだした。

 魔石は、色で残りの魔力の残量がわかるらしい。

 濃い赤になると、残りの魔力が3%程らしく、危険な状態だそうだ。

 消えるというのは完全な消滅で、もう一度呼び出しても、桔梗にはならないと聞いて、みんなも交互に魔石に魔力を注いでくれた。

 呼び出してすぐに消滅することになったら、洒落にならない。

 今後は魔石の魔力を使って、桔梗がコテージを管理してくれるので、庭に魔力を注いだり、納戸の魔物を解体したりは、しなくていいらしい。

 倒した魔物や収穫物の管理をして、溢れた分は桔梗の持つアイテムボックスに預かってくれるそうだ。

 召喚主のスキルを引き継ぎやすいそうで、桔梗は魔力を使って料理もできるらしい。

 コテージに入れる人の登録も、これからは桔梗が管理してくれるそうなので、私が登録しなくても、桔梗にお願いするだけでよくなって、楽になった。

 コテージの庭だけとか、部分限定での許可も出せるらしい。

 全員で無理ない程度に魔力を注いでいったら、魔石は黄色になった。

 黄色で全体の30%~40%程度らしいので、また、寝る前にも注いだ方がよさそうだ。



「桔梗さん、コテージがもう一つレベルアップしたら、どんな風に変化するんですか? 最大レベルもわかっていたら教えてください」



 以前から、コテージのレベルアップに関して興味を持っていた鳴君が、早速、桔梗に尋ねている。

 コテージに関しては、わからないことも多いので、桔梗がいてくれる意味は大きい。



『桔梗でいいのよ、月島様。その質問は、主様が許可してくれるなら、答えられるの』



 守秘義務もあるらしい。

 桔梗の返事を聞いて、鳴君が期待するような眼差しを私に向ける。



「桔梗、今、ここにいる人達は、私にとって家族同然の人達だから、聞かれたことには何でも答えていいわ。私と同じか、それが無理なら、それに準ずる扱いをしてほしいの」



 いちいち許可を出すのも大変なので、そうお願いすると、桔梗は『了解』と答えて、その場でくるくると飛び回り始めた。

 もしかしたら、くるくるしてる時は、登録の変更のようなものをしているのかもしれない。



『登録完了。月島様、次にレベルアップしたら、コテージは馬車形体に変化できるようになるの。御者は桔梗ができるから、それまでに馬を最低2頭は用意してね。庭に飼育スペースがあるから、そこで桔梗が育てるの。それと、最大レベルは10よ』



 馬車形体……。

 質量保存の法則は無視されているのがわかっているけれど、馬車にも変わるなんて予想外だ。

 せめてもの救いは、私のコテージだけが、そうなるわけじゃないってことだ。

 それに、馬車になっても、変化というくらいだから、見た目は普通の馬車だろうし、コテージとはばれないだろう、多分。



「レベル9で馬車に変化となると、最大レベルになったらどうなってしまうのか、楽しみですね。桔梗、ここには月島が二人いますから、僕のことは鳴と呼んでください」



 指先で桔梗の頭を撫で、「ありがとう」とお礼を言う鳴君は、桔梗とのやり取りがとても楽しそうだ。

 小さくて可愛い物が好きなんだろうか?



「ねー、桔梗は、コテージから離れられるの? もし、迷宮に出しっぱなしにしたら、ひとりぼっちになっちゃう?」



 リンちゃんが、コテージを迷宮に戻した時の事を想像して、悲しげな顔になっている。

 確かに、もし、コテージを離れられないとしたら、迷宮の中に一人きりというのは、かわいそう過ぎる。



『林原様、桔梗はコテージの結界から出られないけれど、大丈夫なのよ。主様の役に立てるように頑張るのは、妖精の幸せなの。それに、主様とは心が繋がっているのよ。離れていても主様とはお話ができるの』



 桔梗はリンちゃんの周りを飛び回り、頬にキスをした。

 妖精にキスされて、リンちゃんが嬉しそうにしながらはにかんでる。

 

 

「離れていても話ができるの? それなら少しは寂しくないね。私もできるだけ、桔梗に逢いに行くね。それと、私もリンでいいよ。仲良くしてね?」



 離れていても意思疎通ができるなら、よかった。

 でも、できるだけ私も桔梗に逢いに行こう。

 それか、迷宮以外にレベルを上げる方法を探して、そばにいるようにしよう。


 すっかり桔梗に夢中になってしまって、時間が随分過ぎたけれど、日暮れまではまだ時間があったので、海で泳ぐ事にした。

 桔梗が管理してくれたので、途中で扉が開く心配もなく、安心して着替えられた。



 


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