51.妖精
ランスから一番近いキルタスの街へは、ほぼ3日かかる。
無人島はその街よりも手前にある島を選んだようで、2日目のお昼過ぎには島に辿り着いた。
キルタスには、人の住んでいない無人島がいくつもあるらしいけれど、亮ちゃん達はその中でも、一番ランスに近い島を選んだようだ。
船旅は揺れもせず快適で、料理人さんがいたから家事からも解放されて、のんびりと過ごせた。
デッキで釣りをしたり、厨房を借りて釣った魚を料理したりしているうちに、すぐに目的地に辿り着いた感じだ。
無人島というだけあって、船着場はなかったので、船から小さなボートを出してもらって、島まで移動した。
海はとても綺麗なエメラルドグリーンで、南国のリゾート地のような雰囲気だ。
太陽が二つある世界だから、日差しが眩しいほどだけど、湿気が少ないからか、気温の割には過ごしやすい。
ボートで3往復して、みんなで島に降りた。
船長さん達はここから一番近い街に移動して、5日後に一度、迎えに来てくれることになっている。
迎えが来るまで島から出られないことになるけれど、みんなが一緒なので何の不安もなかった。
キルタスは、ランスほど治安はよくないけれど、それでも、海賊のようなものはいないらしい。
船を襲っても、乗っているのは人ばかりだからだ。
荷物はアイテムボックスで運ぶ人が多いので、それを手に入れようと思えば、手間がかかるばかりで襲う意味がないから、海賊はいないそうだ。
キルタスは小迷宮が多いので、人しか乗っていない船を襲うくらいなら、迷宮に篭った方がマシといわれているらしい。
椰子のような木が生えた場所にコテージを出した。
ここは、魔物もほとんど出ないし、出ても弱いらしいので、外で野営もできるようだ。
みぃちゃんは、持ち込んだテーブルや椅子、それにパラソルなどを、早速取り出して、コテージの近くに設置していた。
コテージがあるけれど、外でも料理ができるように、鉄板なんかも用意してある。
アウトドアグッズにはあまり詳しくなかったけれど、尊君が良く知っていたので、再現できそうな物をディランさんにお願いして、色々と作ってもらっていた。
私もカキ氷器が何とか作れないものかと、ディランさんと相談して、再現してある。
氷用のシロップも、いくつかのフルーツを使って作ってあった。
一緒にディランさんのところに通っていた尊君は、気づいているかもしれないけれど、驚かせようと思って、他のみんなには内緒にしてある。
氷は、鳴君が氷魔法で出した物が食べられるので、それを使う予定だ。
せっかく鉄板があるから、焼きそばも作ってみたかったけれど、麺がない。
うどんなら作れたので、焼きうどんができるように、材料はいろいろと取り揃えておいた。
ランスでは手に入りやすい牛肉も、食べやすくスライスしてお手製のたれに漬け込んであるし、他にも鉄板で焼けそうな野菜や肉を、下拵えして持ってきた。
後は、魚介類を現地で手に入れる予定だ。
コテージの結界内に入った瞬間に、目の前に半透明の画面が現れて、驚いてしまった。
画面には、『妖精を召喚しますか?』というメッセージが出ている。
そういえば、コテージのレベルが上がっていたんだったと思い出し、早速、妖精を召喚してみることにした。
召喚を受諾すると、眩しいほどの光がコテージの中から溢れて、あまりの眩しさにぎゅっと目を瞑った。
「美咲っ! 大丈夫か? 何があった!?」
突然の光に驚いた亮ちゃんが、焦ったように私のもとへ駆け寄ってくる。
「驚かせてごめんね。妖精を召喚したの」
一声掛けておけばよかったと後悔しながら、警戒するようにコテージを見ている亮ちゃんに謝った。
妖精と聞いて、次にレベルが上がったら妖精を雇えることは話してあったので、亮ちゃんはすぐに理解して緊張を解いた。
それでも、私を先にコテージに入れず、自分が先に入って、危険はないか確認してから、私を中に入れる。
「ミサちゃん、妖精さん、どこっ!?」
リンちゃんは興味津々といった様子で、駆け寄ってくる。
みんなも興味があるようで、自然にコテージに全員集まってしまった。
『召喚してくれてありがとう、主様。名前をつけて、主様の魔力をちょうだい。それで契約は完了なの』
コテージに入ると、体長20cmほどの妖精が私の前に現れる。
透けるような薄い蝶に似た形の羽が背中にあって、白いワンピースを着た可愛らしい子だ。
ふわふわと空中を漂うように飛んでいるのがとても可愛い。
「美咲ちゃんに似てる……」
みぃちゃんが、妖精を見つめながら呟くのを聞いて、顔をよく見ると、確かに似ているような気がした。
長い黒髪だから、余計に似て見えるのかもしれない。
『それは当然なの。妖精は召喚した主様に、生み出された存在なのよ』
胸を張り、誇らしげに言うのが可愛い。
手のひらを差し出すと、その上に乗って、期待するような眼差しを向けられた。
名前をつけないといけないみたいだけど、いい名前がつけられるだろうか?
ちょっとしたプレッシャーを感じながら、考え込む。
夏生まれだから、それにちなんだ名前にしたい。
「桔梗という名前はどうかな? 私達の世界で夏に咲く、とても可憐な花の名前なの」
手のひらの上の妖精を見つめたまま、首を傾げて問いかける。
桔梗の花は、白いものの方が私は好きで、さっき、この子が飛んでいたときに翻っていたワンピースが、あの可憐な花を思い出させた。
『桔梗ね! お花の名前! 素敵な名前をありがとう、主様』
嬉しそうにくるくると、私の差し出した手の周りを飛び回りだす。
名前が気に入ってもらえたようで、ホッとすると同時に、可愛らしい様子に和まされた。
「「可愛い~」」
結花さんとリンちゃんは、手を取りあって桔梗の可愛さに悶えている。
姿も仕草も可愛いから、仕方がない。
カンナさんは、顔に出さないようにしているみたいだけど、目がずっと桔梗を追っていて、気に入ったみたいだ。
カンナさんが、私達の中では一番可愛い物好きなのを、私は知っている。
「魔力はどうやってあげればいいの?」
しばらく飛び回っているのを眺めてから尋ねると、桔梗はまた、私の手のひらに戻ってきた。
『指を出して。人差し指でいいの』
言われるまま人差し指を差し出すと、指先を桔梗が両手で掴む。
その仕草が可愛くて、頬が緩んでしまう。
ほんの少し、魔力が抜ける感覚があった瞬間、桔梗が淡い光を放った。
『契約完了。コテージの事でわからないことがあったら、桔梗に聞いてね。それと、魔石に魔力を注いで欲しいの』
妖精は取扱説明書も兼ねているらしい。
魔石と言われて、探すように辺りを見渡したけれど見つからない。
『こっちよ』
ふわふわと飛び出した桔梗に先導されて、みんなで後をついていく。
何が始まるのかと、みんな面白がってる様子だ。
誰も触れていないのに寝室の扉が勝手に開き、そこに桔梗が入っていく。
後をついていくと、寝室の奥、ロフトに上がる螺旋階段で見え辛くなった壁に、魔石が嵌め込まれていた。
ソフトボールよりも一回りは確実に大きい多面体の魔石は、壁からは外せないようだ。
色は淡い赤で、ちょうど、私の胸の高さ辺りに嵌め込まれていた。
あまりにも大きな魔石なので、高品質の魔石を見慣れたアルさんがとても驚いている。
『赤は魔力切れが近いの。そして、完全に魔力がなくなると、桔梗は消えてしまうのよ。だから、魔力を注いでね。注ぐのは主様以外の人もできるから』
消えるという物騒な言葉に驚いて、早速魔石に魔力を注ぎながら、仕組みを詳しく聞きだした。
魔石は、色で残りの魔力の残量がわかるらしい。
濃い赤になると、残りの魔力が3%程らしく、危険な状態だそうだ。
消えるというのは完全な消滅で、もう一度呼び出しても、桔梗にはならないと聞いて、みんなも交互に魔石に魔力を注いでくれた。
呼び出してすぐに消滅することになったら、洒落にならない。
今後は魔石の魔力を使って、桔梗がコテージを管理してくれるので、庭に魔力を注いだり、納戸の魔物を解体したりは、しなくていいらしい。
倒した魔物や収穫物の管理をして、溢れた分は桔梗の持つアイテムボックスに預かってくれるそうだ。
召喚主のスキルを引き継ぎやすいそうで、桔梗は魔力を使って料理もできるらしい。
コテージに入れる人の登録も、これからは桔梗が管理してくれるそうなので、私が登録しなくても、桔梗にお願いするだけでよくなって、楽になった。
コテージの庭だけとか、部分限定での許可も出せるらしい。
全員で無理ない程度に魔力を注いでいったら、魔石は黄色になった。
黄色で全体の30%~40%程度らしいので、また、寝る前にも注いだ方がよさそうだ。
「桔梗さん、コテージがもう一つレベルアップしたら、どんな風に変化するんですか? 最大レベルもわかっていたら教えてください」
以前から、コテージのレベルアップに関して興味を持っていた鳴君が、早速、桔梗に尋ねている。
コテージに関しては、わからないことも多いので、桔梗がいてくれる意味は大きい。
『桔梗でいいのよ、月島様。その質問は、主様が許可してくれるなら、答えられるの』
守秘義務もあるらしい。
桔梗の返事を聞いて、鳴君が期待するような眼差しを私に向ける。
「桔梗、今、ここにいる人達は、私にとって家族同然の人達だから、聞かれたことには何でも答えていいわ。私と同じか、それが無理なら、それに準ずる扱いをしてほしいの」
いちいち許可を出すのも大変なので、そうお願いすると、桔梗は『了解』と答えて、その場でくるくると飛び回り始めた。
もしかしたら、くるくるしてる時は、登録の変更のようなものをしているのかもしれない。
『登録完了。月島様、次にレベルアップしたら、コテージは馬車形体に変化できるようになるの。御者は桔梗ができるから、それまでに馬を最低2頭は用意してね。庭に飼育スペースがあるから、そこで桔梗が育てるの。それと、最大レベルは10よ』
馬車形体……。
質量保存の法則は無視されているのがわかっているけれど、馬車にも変わるなんて予想外だ。
せめてもの救いは、私のコテージだけが、そうなるわけじゃないってことだ。
それに、馬車になっても、変化というくらいだから、見た目は普通の馬車だろうし、コテージとはばれないだろう、多分。
「レベル9で馬車に変化となると、最大レベルになったらどうなってしまうのか、楽しみですね。桔梗、ここには月島が二人いますから、僕のことは鳴と呼んでください」
指先で桔梗の頭を撫で、「ありがとう」とお礼を言う鳴君は、桔梗とのやり取りがとても楽しそうだ。
小さくて可愛い物が好きなんだろうか?
「ねー、桔梗は、コテージから離れられるの? もし、迷宮に出しっぱなしにしたら、ひとりぼっちになっちゃう?」
リンちゃんが、コテージを迷宮に戻した時の事を想像して、悲しげな顔になっている。
確かに、もし、コテージを離れられないとしたら、迷宮の中に一人きりというのは、かわいそう過ぎる。
『林原様、桔梗はコテージの結界から出られないけれど、大丈夫なのよ。主様の役に立てるように頑張るのは、妖精の幸せなの。それに、主様とは心が繋がっているのよ。離れていても主様とはお話ができるの』
桔梗はリンちゃんの周りを飛び回り、頬にキスをした。
妖精にキスされて、リンちゃんが嬉しそうにしながらはにかんでる。
「離れていても話ができるの? それなら少しは寂しくないね。私もできるだけ、桔梗に逢いに行くね。それと、私もリンでいいよ。仲良くしてね?」
離れていても意思疎通ができるなら、よかった。
でも、できるだけ私も桔梗に逢いに行こう。
それか、迷宮以外にレベルを上げる方法を探して、そばにいるようにしよう。
すっかり桔梗に夢中になってしまって、時間が随分過ぎたけれど、日暮れまではまだ時間があったので、海で泳ぐ事にした。
桔梗が管理してくれたので、途中で扉が開く心配もなく、安心して着替えられた。




