50.船旅
夏休み初日、朝の内に迷宮に移動して、コテージを回収してきた。
鑑定してみると、私のコテージはレベルが一つあがっていたけれど、さすがにレベルの上がりが悪くなっている事に気づく。
2ヶ月以上70層に放置していた事を考えると、次のレベルに上げるには、まだずっと長く迷宮に放置しないといけないんじゃないかと思う。
ラルスさんの船の船長さんとの約束の時間があったので、コテージの検証は後回しにして、船着場に向かった。
この後、船に乗って南下して、小さな無人島に移動する予定だ。
下手に迷宮がある島だと、小さい島でも冒険者がいたりするので、水着姿を他に見せることを危惧した亮ちゃんが、みんなで話し合って移動先を無人島にしたみたいだ。
旅行の途中で迷宮のある島にも移動して、迷宮に入ってみる計画も立てていた。
前に本で読んだけれど、キルタスの島々は、小迷宮が多いので有名みたいだから、今からとても楽しみだ。
夏休みは半月くらいとっているので、ゆっくりと海で過ごして、二日ほど余裕を持ってランスに帰る予定だった。
といっても、往復の時間も結構掛かるので、迷宮探索に掛けられる時間は少ないかもしれない。
留守中に先生が訪ねてくるかもしれないというのが、一番の不安だったけれど、冒険者ギルドだけでなく商業ギルドにも、一条という冒険者がランスに来たら、私はランスで暮らしていると伝えてくれるように、伝言を頼んでおいた。
それから、お店の休業を知らせる張り紙にも、あえて日本語のフルネームで名前を書いて、私の所在を知らせておく。
これで多分、すれ違いは防げるんじゃないかと思う。
カンナさんの話だと、人を探す時は必ず冒険者ギルドに立ち寄るし、ランスほどの規模の街を探すとなると、半月以上かかるそうだから、多分問題ない。
それでも、先生とすれ違ってしまったらどうしようという、不安を消し去る事はできないけれど、でも、せっかくみんなで出かけられるのだから、楽しもうと思った。
「すごーい。大きな船だねぇ」
船着場で、周りの船より一回り大きく立派な船を見て、リンちゃんが歓声を上げる。
ラルスさん所有の船は、白い塗料の塗られた頑丈そうな造りの物だった。
河を下るだけでなく、長い船旅にも対応しているようで、周りの船と比べると、明らかに造りが違う事がわかる。
デッキも広く取られていて、移動手段の船ではなくて、船旅を楽しむための船といった雰囲気だ。
船へ乗り込むための板のような物が船着場に掛けられて、少しひやひやとしながら、船に乗り込んだ。
船長さんの他に船員さんが5人ほどいて、乗り込むとすぐに部屋に案内してくれる。
他にも専用の料理人さんがいるらしいけれど、調理室に篭っているらしい。
それぞれの部屋割りをした後、食堂も兼ねたサロンのような場所へみんなで集まると、船長さんが挨拶に来てくれた。
日に焼けた30代半ばくらいに見える船長さんは、ラルスさんが船を使わないときは、自分の船に乗っているらしくて、ベテランの船乗りさんだった。
挨拶をするとすぐに船長室に篭ってしまったけれど、気のよさそうな人だ。
「さすが領主様の専用船ですね。前に乗った船と比べると、全然揺れません。これなら船酔いの心配もなさそうです」
鳴君が、安堵したような様子だ。
ランスに来る時の船は、そんなに揺れたんだろうか?
この世界で船に乗るのは初めてだから、比較対象がないけれど、確かにあまり揺れている感じはしない。
「他の船はそんなに酷かったの?」
どれくらい違うのだろうかと、好奇心から聞いてみると、亮ちゃんが顔を顰めている。
何やらよくない思い出がありそうだ。
「海を航海しているときは、船室の端のほうで寝てたら、揺れで壁に激突したくらいに、酷い揺れだった。しかも、広い船室に、男女一緒に入れられるから、環境も最悪だったな。一番安い船を利用したのも悪かったんだろうが、あれには二度と乗りたくない」
話に聞くだけでも酷い感じだ。
亮ちゃんを慰めるように、ぽんぽんと軽く背中を撫で叩く。
「あの時は、馬もいたから、馬を乗せられる船が限られていたんだよ。馬の分の船賃も高かったから、他に選択肢がなかったんだ。寝込みを襲われそうになったり、トイレで襲われそうになったり、外で風に当たってたら、そこでも襲われて逃げてるうちに船から落ちそうになったり、色々あったけど、今となれば笑い話だね。僕、あんなに女の人に次々に迫られたの、初めてだったよ」
みぃちゃんが笑顔で、笑い話にならないことを語り始める。
確かにみぃちゃんは可愛いけれど、こっちの女の人って、どれだけ肉食なんだろう。
船旅をするような女の人は、冒険者が多いんだろうか?
旅をする商人さんで、女の人は見たことがない。
「船に乗っている間は暇ですからね。あちこちで取り込み中の人に遭遇しましたよ。それを考えると、少しくらい船賃が高くなったところで、環境が劇的に改善されてるとは思えませんから、ラルスさんに船を貸していただけたのは良かったかもしれません」
船旅は長いし、娯楽の少ないこの世界では暇を持て余すのはわかるのだけど、みんなの話を聞いて、船を貸してもらえてよかったと、しみじみと思ってしまった。
さすがにそういった現場に鉢合わせてしまったら、どうしていいのかわからない。
「船旅をしてる女は、冒険者が多いんだが、中には船室に篭っていても押しかけてくるのがいるからな」
押しかけられた経験でもあるのか、アルさんがうんうんと鳴君の言葉に言葉を重ねて同意する。
みんなかっこいいから、さぞかしもてたことだろう。
「俺らで守ればいいって安易に思ってたけど、船の中は圧倒的に男が多いから、次に船旅をする時も、他と乗り合わせるのは、やめたほうがいいかもな」
さらっと当たり前のように守るつもりでいてくれた尊君がかっこいいと思ったけれど、本人は、船の環境があまり良くないことに思い当たらなかったのを、反省しているような様子だ。
そういうところが、尊君は生真面目だなぁって思う。
「ラルスさんはわかっていて船を貸してくださったのね。帰ったら何かお礼をしなければいけないわね。そういえば、年末にアルさんとみぃちゃんがお魚を買いに行った時は大丈夫だったの?」
エビフライを食べたいみぃちゃんが、船に乗ってエビを買いに行った事があったけれど、あの時もやっぱり追い掛け回されたんだろうか?
ふと思い出して尋ねると、アルさんとみぃちゃんが顔を見合わせて苦笑した。
「あの時はね、そういうのが鬱陶しくてアルフと船室に篭ってたんだけど、そしたらそういう関係だって誤解されて、それはそれで大変だったんだよ」
みぃちゃんがさすがに言い辛そうに説明してくれる。
それはつまり、同性愛者だと誤解されたってことなのかな?
思いがけないことを聞かされて、驚いてしまう。
「あの時は、顔見知りの冒険者もいたから、変な噂がランスでも広がりそうになって大変だった。あの頃、まだランクが低かったカズナリ達を可愛がってたから、信憑性もあったみたいでなぁ。俺が娼館に――」
「アルフ、それ以上は言うな!」
アルさんが何か言いかけたのを、亮ちゃんが強く遮る。
何を言おうとしたのかわからないけれど、アルさんは気まずそうな様子で、ぴたっと口を噤んでしまった。
「アルフ、最低……」
カンナさんは意味がわかったのか、蔑むような眼差しを向けている。
リンちゃんはきょとんとしていて、やっぱり意味がわからないみたいだけど、結花さんは頬を赤らめていた。
「とにかく、大変だったんだよ! でも、今は、結花ちゃんだけじゃなくて、女の子が増えたから、ちゃんと誤解も解けたみたい。アルフに本命ができたのも、有名な話だしね」
みぃちゃんが、最後はアルさんをからかうように言う。
アルさんには、想う人がいるのか。
思わずアルさんに視線を向けると、何やら慌てた様子で赤くなってる。
みぃちゃんの言葉に偽りはないらしい。
「エビ、夏でも手に入るかな? 帰ってからもエビフライが作れるように、たくさん仕入れておきましょうか」
からかう事になるとかわいそうだから、あえてアルさんの本命には言及せず、エビの話をする。
魚なんかは手に入れるのも季節が関係しそうだけど、エビが手に入るといいな。
エビフライだけじゃなくて、他にも色々と使えるから。
「ミサちゃん、エビがあるなら、エビドリア食べたい!」
リンちゃんが、きらきらと瞳を輝かせておねだりする。
それが可愛かったから、笑顔で頷いてしまった。
「手に入ったら作るわ。あるといいわね」
リンちゃんと顔を見合わせて、にこにこと微笑んでいると、視界の隅で、アルさんがガクッと項垂れていた。
どうしたのだろう?と思ったけれど、あえて聞くことはせず、目的地である無人島の話を亮ちゃんが話し始めたので、すぐにそちらに意識を取られた。




