49.誕生日
誕生日の日の夕方、盛装しているということもあって、ラルスさんは迎えの馬車を出してくれた。
みんなからのプレゼントで着飾って、馬車に乗り、ラルスさんの館に向かう。
今日は、親しい人達だけでの晩餐会を催してくださるらしい。
「誕生日おめでとう。今日はいつもにも増して美しいな。ドレスも良く似合っている」
ラルスさんの館に着くと、アーネストさんも招待されていたようで、久しぶりにお店以外で顔を合わせることになった。
頻繁に仕事でもプライベートでも食事に来てくださるので、顔は見ていたけれど、あまりゆっくり話をする時間はなかった。
「ありがとうございます。みんなからのプレゼントなんです」
ドレスは亮ちゃん、靴は鳴君で、バッグはカンナさん、ブレスレットはみぃちゃんと結花さんで、髪飾りはリンちゃんとアルフさん、イヤリングは尊君がプレゼントしてくれた。
首飾りもつけるものらしいけど、私はいつも同じネックレスをしているから、みんなそれ以外の物を用意してくれたみたいだ。
「首元が少し寂しいな。私に何か贈らせてくれないか?」
アーネストさんが指輪を通したネックレスに目を留めながら、問いかけてくる。
だけど、先生の指輪を外すつもりはないから、緩く頭を振った。
「すみません。この指輪は大事な預かり物なので、外したくないんです。だから、ドレスに合わないのはわかってるんですけど、他の物は必要ありません」
指には大きすぎる以上、ネックレスに通す他に、先生の指輪を身につける方法は思いつかない。
絶対になくしたくないのなら、アイテムボックスに入れておくのが一番だとわかっていたけれど、でも、いつでも先生の存在を感じられるようにしておきたかった。
「そうか。とても残念だが、他のものを何か考える事にしよう」
アーネストさんは、首飾りを用意してくれていたのかもしれない。
この場に呼ばれていて、何も用意しない人ではないと思うから。
きっと、ネックレスに目を留めて、自分の用意したプレゼントが不要な物だと気づいてしまったんだろう。
向けられる眼差しが、とても寂しそうに見えるのは気のせいだろうか?
前から、幾度となく想いを告げられてはいたけれど、あまり本気にしていなかった。
私はアーネストさんに対して、とてもひどいことをしているのかもしれない。
「ミサキ、まぁ、良く見せてちょうだい。素敵なドレスね、とても良く似合っているわ」
エリーゼさんが近づいてきて、優しい笑顔でドレス姿を褒めてくれる。
家族にするように優しく抱きしめられて、習った作法通りに軽く抱き返した。
「誕生日おめでとう。あなたが素敵な一年を過ごせますように」
エリーゼさんの言葉と優しい表情で、心から誕生日を祝ってくれているのが伝わってくる。
どんなプレゼントよりも、それが嬉しい。
「ありがとうございます。祝っていただけてとても嬉しいです」
胸を占めていた、アーネストさんに対する罪悪感を、エリーゼさんが和らげてくれた。
微笑み、お礼を言うと、そのまま食堂に招かれる。
ラルスさんとユリウスさんはぎりぎりまで仕事だったそうで、支度に手間取っているそうだ。
レイラさんも今日は来てくださっていて、エリーゼさんの近くに控えていた。
食堂は、いつも食事に使っている場所らしく、広いけれど華美過ぎなくて、居心地のいい雰囲気があった。
席に案内され、エリーゼさんの向い側の席につく。
正面にエリーゼさん、その横にユリウスさんとレイラさん、私の横には亮ちゃんがいた。
「遅くなって申し訳ない」
一番遅れてきたラルスさんが当主の席につき、晩餐は始まった。
飲み物が配られ、乾杯した後は、一品ずつ料理が出てくる。
こちらの世界の貴族の晩餐は初めてなので、少し緊張したけれど、マナーはきちんと学んでいるし、特に奇抜な料理が出てきたりもしなかったので、すぐに緊張は解れた。
どの料理も手が混んでいて、それでいて繊細で、これと比べると、今は持て囃されていても、私の料理は家庭料理の域を出ないなと思う。
さすが領主の館の料理人というだけあって、一品一品の盛り付けも凝っていて、目でも楽しみながら食べる事ができた。
食後は、ピアノのあるサロンに移動して、お茶とデザートをいただくことになった。
エリーゼさんのリクエストで、鳴君がピアノを弾きはじめる。
私の誕生日だからか、私の好きな曲ばかり弾いてくれる。
「ミサキのレシピに、うちの料理人が手を加えたようなんだ。よかったら感想を聞かせてくれるかな?」
幸せそうにデザートを口にしながら、ラルスさんに問いかけられる。
出されたデザートを見ると、クッキーには見たことがない物が混ざっているし、パウンドケーキも柑橘系のいい香りがした。
クッキーを食べてみると、少し酸味のある木の実のようなものが混ざっていた。
食感がよくて、ちょっと癖になるような味だ。
パウンドケーキはオレンジの風味がして、とても美味しかった。
やっぱり、料理人のレベルが高い人が作るだけあって、味も洗練されている。
これならば、十分に売り物になると思う。
「このクッキーに混ざっている木の実は、初めて食べました。クッキーの甘さが引き立つ感じで美味しいです。パウンドケーキは、多分、果汁を入れて作ってあると思うのですけど、食感が滑らかでとても美味しいです。きっと、これが売りに出されたら、人気が出ますね」
ユリウスさんの話だと、焼き菓子を作る工房の準備は着々と進行中で、今は、レシピのアレンジをして種類を増やしたり、菓子職人に練習をさせている段階らしい。
秋になる頃には、私のお店で焼き菓子を売りに出さなくてもよくなりそうだ。
「伝えておこう。ミサキのおかげで、家でも美味しいデザートが食べられるようになって嬉しいよ。――そういえば、夏はキルタスに旅行に行くんだったね? 船の手配はしたのかな?」
ラルスさんに問われて、亮ちゃんに視線を向ける。
旅行の手配などは、すべて任せっきりになっていた。
といっても、行きと帰りの船さえどうにかなれば、あちらでは宿が取れなくても、コテージに泊まればいい。
「船で移動しようと思っているんですが、特に手配はしてないんです。そんなに混みますか?」
亮ちゃんが少し心配そうにラルスさんに問いかける。
移動する人数が多いから、船の手配ができないようだとちょっと困ってしまう。
「船に乗れないほど混むということはないだろうけど、船の手配がまだなら、私の所有している船を使わないかと思ったんだ。専属の使用人が船を動かしてくれるから、のんびりできるだろうし、貸切だから他に気兼ねをしなくていいだろう? 女性も多いから、知らない人と乗り合わせるのは、少し心配だからね」
私たちのことを気遣っての申し出らしい。
往復とものんびりと船旅を楽しめるのなら、とても助かる。
確か、南の島々の一番近い街まで、片道3日はかかるはずだから。
「お借りできるなら助かります。私達はランスまで船で着ましたが、確かに、女の人には辛い環境だと思うので。最低でも3日は船から降りられませんし」
乗客は、商人や冒険者が多いんじゃないかと予測していたけれど、そんなに船の中は居心地がよくないんだろうか?
亮ちゃんがホッとしたような様子でラルスさんの申し出を受けるのを聞いて、首を傾げてしまった。
「私の船なら、浴室もついているし、デッキも広く取っているから、外で食事をしたりもできるよ。やりたいのならば、釣りもしてみるといい。後で日時を知らせてくれたら、出発に合わせて準備をさせておくよ。キルタスは迷宮が多いから、私も行けるなら行きたいんだが、夏は社交シーズンだから王都に行かなくてはならないんだ」
王都行きが憂鬱なのか、ラルスさんがため息をつく。
社交よりも迷宮が好きな領主様は、珍しいんじゃないかと思う。
「お土産を持ってきますから、頑張ってください。帰ってきたら魚料理を作りますね。それと、王都に私がレシピを譲った料理人さんがいるんです。気晴らしに行ってみたらどうですか?」
少しでも憂鬱が吹き飛ぶようにと、ラルスさんの気持ちが浮上するような事を言ってみる。
いきなり領主様がきたら、カロンさんは驚いてしまうかもしれないけれど、でも、お忍びに慣れたラルスさんだから大丈夫な気もする。
案の定、食いついてくれたので、カロンさんの話をすると、ラルスさんはカロンさんのお店にも、身分を隠して食事に行った事があったらしい。
お店の場所は聞いていたので、それを伝えると、王都に行く楽しみが増えたと、浮き浮きとした様子だった。
帰ってきたら魚料理をご馳走する約束もして、誕生日の夜を過ごした。




