48.18歳
少し短いですが、きりのいいところで投稿。
話し合いの末、焼き菓子の製作販売は、ラルスさんに譲ることになった。
次期領主のユリウスさんがすべて取り仕切って、ランスの新事業として取り組むらしい。
私も元気になってから、話し合いに参加したけれど、レシピを売るのではなく、利益の2割を支払ってもらう形になった。
職人さんの雇用も育成も、それに店舗の建築やその他諸々の雑務も、すべて領主主導で行うのに、利益だけもらう形になるのは申し訳ないと思ったのだけど、ラルスさんがここだけは譲らなかった。
最初はもっと割合も高く提示されていたのだけど、何とか交渉して2割まで下げた。
レシピを残してあったとはいえ、自分で考え出したわけでもないもので、永続的に収入を得るというのがずるい気がして、悩んだけれど、「お金は邪魔にはならない」という、亮ちゃんの一言で受け入れることにした。
更に、稼いだお金を生かすも殺すも私次第だと言われて、素直に貯金しておこうと思えた。
確かに、鳴君のピアノの時みたいに、どうしても欲しいものが出てくるかもしれないし、あって困るものではない。
完全に店が開店するまでは、桜庵で焼き菓子を売る事になったけれど、最近は前よりずっと、みんなが手伝ってくれるようになったので、かなり自分の時間が持てるようになった。
カンナさんの提案で、ホール限定で、手巻きのクレープの日というのを作って、ホールに用意してある好きな具を、自分で巻いて食べてもらうイベントをやってみたら、それが大盛況で、そのイベントの日は具を切るだけなら誰でもできるからと、私はお休みになった。
大量にクレープを焼かないといけないけれど、みぃちゃんも結花さんも焼けるから、二人で引き受けてくれた。
最近では、カンナさんと鳴君も料理を手伝ってくれるし、他の人も片付けや掃除は手伝ってくれるようになったので、前とは全然違うと言っていいほどにゆとりがある。
迷宮行きも、クリスさんが王都に帰らないといけないということで、大迷宮の30層まで攻略したところで、中断する事になった。
みんな、70層に回収には行くけれど、迷宮に行く頻度が落ちた。
アルさんだけは、指名依頼もあったりして、冒険者としての活動を優先しているけれど、他のみんなはお休みの時くらいしか冒険者ギルドに行かなくなった。
私のために申し訳ないと思ったけれど、焼き菓子の販売が完全に移行すれば、もっと時間ができて、それまでのことだから気にしないように言われた。
6月にはカンナさんの誕生日があり、みんなで賑やかにお祝いした。
こちらでは梅雨がないので、あまり6月という感じはしなかったけれど、南に近いからか、日に日に暑くなって、夏が近づいているのを感じる。
夏物の涼しげなサンドレスを自作して、カンナさんにプレゼントした。
忙しい日常に追われているうちに、時間は過ぎていく。
前よりも自分の時間が増えたことで、物思いに耽る時間も増えた。
ただ、悩んでばかりになりそうなのが嫌で、手慰みに夏の浴衣を縫っていく。
リンちゃんも欲しがっていたので、どうせなら全員分作ることにした。
何か目標を持ってやるほうが、遣り甲斐もある。
そして、7月。
月末と8月の頭に掛けて、半月ほどの長期の休みを取ってあった。
みんなで南の島に行く予定で、ディアナさんには水着の作成を依頼している。
リンちゃんにはビキニと言われたけれど、露出が多くて恥ずかしいので、パレオも作ってもらうことにした。
柄物が少なく、単色の布が多いので、色は濃い蒼にした。
リンちゃんはタンキニのようなものを依頼していて、結花さんはピンクのビキニで、私と同じようにパレオをつけた。
カンナさんはどうするのかと思ったけれど、あまり複雑な形を再現するのは大変なので、やっぱりビキニにしたようだ。
色は透けないのを確認してから、白にしていた。
もしかしたら、誕生日にプレゼントしたサンドレスが白だったから、色を合わせてくれたのかもしれない。
日焼け止めがないけれど、治癒系の魔法で、日焼けはおさまるそうなので、あまり心配いらないらしい。
それでも、日差しが強すぎるのも嫌だからと、パラソルも作ってもらうことにした。
骨組みを木工屋さんに頼んで、上に張る布をディアナさんのところで作ってもらい、仕上げはみぃちゃんがやっていた。
折りたたみ傘があったので、それを参考にすることができたから、かなりいい感じでパラソルが作れたらしい。
先に楽しい事が待っていると、働く事も苦にならない。
夏の休暇の準備をしながら過ごしていたので、私はすっかり忘れていたのだ。
自分の誕生日を。
7月10日は、私の誕生日だった。
日付が変わってすぐ、部屋に亮ちゃんがやってきて、そこでやっと誕生日だと思い出した。
「美咲、18歳の誕生日、おめでとう」
そういって、亮ちゃんがプレゼントしてくれたのは、鮮やかなダークブルーのドレスだった。
明日、ラルスさんの館にみんなで招かれているから、その時に着られるように用意してくれたらしい。
ワンショルダーで、布が単色なのをカバーするように、フリルやタックを上手く使った大人っぽいデザインのドレスは、こちらではあまり見ない型で、とても素敵だった。
多分、カンナさんか鳴君の意見を取り入れていそうだ。
亮ちゃんが作らせたドレスにしては、露出が多い。
「とても素敵だわ。それに綺麗な色。大切にするわね」
ドレスを胸元に当てるようにして、似合うかどうか聞いてみると、優しい眼差しを向けられる。
「とても良く似合う」と、言ってもらえて嬉しかった。
素敵なドレスのおかげで、軽い興奮状態で、眠れるかどうか自信がない。
皺にならないように、ドレスをクローゼットに片付けて、眠くなるまで少しだけ、お喋りに付き合ってもらうことにした。
部屋の明かりを落として、いつでも眠れるようにベッドに入ると、亮ちゃんはベッドに腰掛けて、私の髪を指で弄ぶ。
転生してから半年以上経つから、髪も随分伸びた。
元々長かったけれど、もうすぐ腰に届きそうだ。
みぃちゃんが毛先だけカットしようか?と言ってくれたけど、特に傷んでいるわけではないので、切るのはやめていた。
それに、例え、傷んでたとしても、切る気はない。
誰にも言わず、願を掛けて髪をのばしていた。
だから願いが叶うまで、髪は切らない。
「そういえば、大迷宮の70層がコテージ村になってたぞ。宝箱から出たコテージを、全部育ててみる事にしたらしい。そこで、卵は手に入るから、美咲のコテージは、80層に置いてもいいかもしれないな」
頻度が落ちているとはいえ、たまにみんなは迷宮に行っていたけれど、亮ちゃんは私が寝込んで以来、行かずにいた。
昨日、卵の回収もかねて久しぶりに迷宮に入ったら、コテージがいくつも建てられていたらしい。
その様子を想像したら、おかしくなってしまって、肩を震わせて笑ってしまった。
大迷宮の攻略は、81層まで進んだので、80層にも少しコテージが置いてあるそうだ。
「でも、旅行に行く前にはコテージを回収したいな。旅行の時はコテージがあったほうが便利だし、それに、長期間放置すると、魔物が解体できないでしょう?」
基本的に迷宮の中の気候や天気は、外とほぼ同じになる。
暑い時期にコテージを放りっぱなしにしたら、いくら温度調節の効いた室内とはいえ、中で魔物が腐ってしまう。
「それもそうだな。他のコテージも、一度引き上げた方がいいかもな」
腐臭の漂うコテージを想像したのか、亮ちゃんが顔を顰める。
浄化の魔法で綺麗になるだろうけど、片付くまでが大変だと思う。
「それに、自分達で持つつもりのコテージはともかく、売りに出すコテージなら、レベル4まで育てて、納戸ができたところで十分じゃない?」
自動収穫はあってもいいかもしれないけど、なくても困りはしない。
広くコテージを使いたいだけなら、ロフトと納戸ができたところまで育っていれば十分じゃないかと思う。
「確かに、売りに出すのはそのくらいでいいかもな。アルフと後で相談してみるか」
亮ちゃんが納得したように頷く。
広くなったコテージなら、きっと今までよりも高値で取引されるに違いない。
冒険者のいい収入源になればいいと思う。
私のコテージもどれくらい育っているのか、楽しみだ。
「美咲、眠いのか?」
ベッドに寝転んだまま、あくびを噛み殺すと、すぐにそれに亮ちゃんが気づいた。
まだ話をしていたいような気もするけれど、眠い。
「明日はテンションのあがった林原に叩き起こされそうだから、もう寝ろ。おやすみ」
眠りを誘うように優しく頭を撫でる手を感じながら、目を閉じた。
その後、亮ちゃんがいつ出て行ったかもわからないほどにすぐ、眠り込んでしまったらしい。




