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密やかに想う  作者: 水城雪見
本編
65/109

幕間 罪作りな二人

御池和成視点。美咲が寝込んでる間の話です。




 幼稚園の時から、僕はいつも一番小さかった。

 実際の年齢よりも下に見られるのが普通だったし、体が小さい、それだけのことで侮られる事も多かった。

 けど、それに黙ってられる性格じゃなかったから、自分なりの方法で、いつもきっちりやり返していたら、いつの間にか、『腹黒』と言われることも増えた。

 僕のことを『腹黒うさぎ』と呼んだのは、亮二だ。

 見た目は無力なうさぎのように可愛いのに、それを裏切る性格の黒さという意味らしい。

 ここで、性格が悪いじゃなくて、黒いというあたりが、僕が亮二を好きな理由だ。


 その亮二の従妹である美咲ちゃんと知り合ったのは、亮二と親しくなって割りとすぐだった。

 僕の家と二駅くらいしか離れていない場所に、亮二の家があったので、仲良くなってすぐに遊びに行くようになった。

 亮二の家は、両親とも仕事をしていて、当時、高校生だった亮二の兄は、全寮制の学校に入っていたので、家には誰もいないことが多く、気が楽だった。

 僕は、自分で言うのもなんだけど、小さい頃から可愛いと言われ、親にも兄と姉にも可愛がられて育った。

 某男性アイドルだけが所属する芸能事務所にいそうな顔と、小さい体のおかげで、可愛いと言われるのが常で、必要以上に構われ、抱きしめられ、ぬいぐるみのように扱われる事も多かった。

 だから、誰も干渉する人のいない亮二の家は、気が休まった。

 たまに家にいる亮二のお母さんも、普通の友達として扱ってくれて、気楽だった。

 だから、従妹を紹介すると言われた時、本当は嫌だった。

 女子というのはうるさくて、必要以上にお姉さんぶって構ってくるものだという認識だったから。


 亮二が紹介してくれた従妹は、同じ歳とは思えないほどに大人びていて、亮二と雰囲気が似ていた。

 真っ黒で綺麗な髪を伸ばしていて、和服の似合うとても綺麗な子だった。

 僕を見た女の子で、初対面で可愛いと言わなかったのは、美咲ちゃんが初めてかもしれない。

 大和撫子って、こういう子の事をいうんだって、感心したけれど、僕よりもずっと背が高いのが羨ましいのと、気後れしてしまって上手く話せなかった。


 学校で二人がまったく話をしないので、その理由を聞いたときには凄く驚いた。

 カッターで同級生に切りつけられるなんて、どれだけ怖かっただろうと思った。

 亮二は、同性の目から見ても羨ましいくらいかっこいいから、もてるけれど、いつも女の子に対して素っ気無かった。

 ただの女嫌いかと思っていたら、もっと深刻な理由があったのだとわかって、背が高くてかっこいいのもいい事ばかりじゃないんだなって思った。


 逢う回数が増えるごとに、美咲ちゃんのことや家の事情を深く知ることになった。

 お母さんがいなくて、躾に厳しいお祖母ちゃんがいて、まだ小さい双子の弟の面倒を見ていて、中学生になったばかりなのに、美咲ちゃんは毎日とても忙しく過ごしていた。

 でも、弱音も吐かないし、いつも笑顔で優しい子だった。

 忙しい毎日も、笑顔で楽々と乗り切っているように見えた。

 僕とはスペックが違い過ぎるんだと、最初は遠い世界の人を見るような気持ちで見ていたけれど、頑張り過ぎて美咲ちゃんが倒れてしまった時に、そうじゃないんだとわかった。

 確かに、生まれ持った能力が高いのもあるのかもしれないけれど、毎日頑張って努力してるから、今の美咲ちゃんになったんだ。

 本当は辛い時も弱音を吐きたい時も、寂しい時もあるけれど、我慢して頑張っているんだって事に気づいて、たいした努力もしていない自分が恥ずかしくなった。

 時々、美咲ちゃんは亮二にだけ、弱音を吐いて甘える。

 美咲ちゃんが一人で抱え込まないように、亮二がそう仕向けてる。

 親密な二人の関係が羨ましかった。

 僕も美咲ちゃんに頼ってもらえるように、美咲ちゃんの役に立てるようになりたいと思った。

 

 それからは、興味の持てそうなことには、片っ端から手を出した。

 面倒だった勉強もやるようになったし、体も鍛えた。

 可愛いとか小さいと言われても、全然気にならなくなった。

 そんな自分ではどうしようもない、些細な事を気にしているのが、馬鹿らしくなってしまった。

 だから、美咲ちゃんは僕の恩人だ。

 僕が変わるきっかけをくれた、大切な友達だ。

 美咲ちゃんだけが呼ぶ特別な呼び名が欲しくて、我侭を言ったら、一生懸命考え込んでから、はにかむように『みぃちゃんって、呼んでいい?』って、尋ねられた。

 薄っすらと頬を染めて、僕を伺うように見てくるのが可愛くて、何だか胸がどきどきとしたけれど、美咲ちゃんはずっと、『僕の好きな女の子』じゃなくて、『僕の大切な友達』だ。


 その大切な美咲ちゃんが、疲れからか熱を出して寝込んでしまった。

 そんなに重症ではないけれど、明らかな過労だ。

 みんな事態を重く見てる。






「早めに何とかしないと、まずいだろ」



 美咲ちゃんの様子を見にいけなかった尊が、ちょっといらつきながら言う。

 亮二のガードは完璧だから、弱っている時の美咲ちゃんには、友達でしかない僕でさえ近づけない。

 まして、美咲ちゃんを好きな尊を、今みたいな時は絶対に近寄らせない。

 


「ちょっと美咲さんに甘え過ぎてたわね。営業日は、店にずっと出て、その上全員分の家事もやって、他にも仕込みに掃除に着付けに、休む暇なしだもの。休みの日も持ち帰り用のお菓子の準備をしたり、パーティーの打ち合わせに行ったりもしていたし。もっと早く気づいて、仕事を分担すべきだったわ」



 いつも毒舌な神流さんが、珍しく素直だ。

 余程後悔しているんだろう。

 後悔は、僕も同じだ。

 手伝っているつもりだったけれど、全然足りなかった。

 みんなよりも近くで見ている分、美咲ちゃんがほとんど休んでいないことには、気づきやすかったはずなのに。

 


「どうやって美咲さんの仕事を減らすか、その方法を考えましょう。今の状態では、美咲さんがいないとお店を開けられません。多分、それも精神的な負担になっているはずです。できれば、美咲さんが数日休んでも、店がきちんと営業できるように、何らかの対策を考えるべきです」



 鳴が反省大会になる前に、方向修正をしてくれる。



「とりあえず、美咲が今やってる事を全部書き出してみて、その中で、美咲じゃなくてもできそうなことを探してみないか?」



 亮二が具体的な意見を出して、ノートに美咲ちゃんがやっている仕事を一つずつ書き出していった。

 横から見ながら、みんな思いつく限りに美咲ちゃんの仕事を上げていく。



「疲れて当たり前だな。俺の5倍は働いてる」



 箇条書きにされたノートを見て、尊が落ち込んでる。

 気持ちはわからなくもない。

 できるだけ手伝っていたつもりだったけれど、美咲ちゃん一人に負担が掛かり過ぎてる。



「僕は、迷宮に行く回数を減らして、厨房の仕事をきちっと覚えるよ。パスタとか、ソースさえまとめて作ってもらえれば、後は、麺を茹でてソースと絡めるだけだから、僕でもできるし、結花ちゃんもできるよね?」



 まずは、他の人はできなくて、僕にならできることを提案してみる。

 僕が視線を向けて問いかけると、結花ちゃんが頷きを返してくれた。

 いつも二人で美咲ちゃんの手伝いをしていたから、他のみんなよりは料理の面では役に立つと思う。

 別に、結花ちゃんと一緒に仕事をしたいとか、そういう下心はちょっとだけしかない。



「個室の掃除とかそういうのは、俺がやる。花を生けたりするのは美咲じゃないとだめだけど、片付けと浄化の魔法を使った掃除なら、俺にもできる」



 尊は掃除を引き受けるらしい。

 でも、それでもまだ、美咲ちゃんの仕事を減らすには、全然足りない。



「どれが一番大変な仕事なんだろうな? やっぱり、籠を編んだりとか、その辺か?」



 アルフも真剣に考えてくれているようで、腕を組んで考え込んでいる。

 籠を編んだりは僕もしているけれど、でも、確かにあれは手間が掛かり過ぎてて大変だ。



「アルフ、竹籠って、アルフの曾お祖父ちゃんも売りに出してるんでしょ? 作り方とか、こっちで広まるとまずい?」



 遠く離れたミシディアとはいえ、専売にしたいなら、下手に製作法は広められないから、お伺いを立ててみる。



「いや、爺さんもいい歳だし、作り方が広まったところで何も言わねぇだろ。それに、技術として残るように、爺さん以外にも作り手はいるからな」



 アルフの感じだと、竹籠の作り方を他に広めても問題なさそうでホッとした。

 竹籠以外の包装手段を考えればいいだけだけど、竹籠は見栄えもいいので人気が高い。

 貴族以外の人も、プレゼント用に買って行ったりすることが多かった。



「竹籠を使うかどうかはわからないけど、持ち帰り用のお菓子作りと、その包装素材の製作と販売が、美咲ちゃんの手を離れたら、かなり仕事が減るよね?」



 亮二が箇条書きにした仕事の内、持ち帰りのお菓子に関する部分に印をつけながら、みんなを見ると、僕の言いたい事がわかったようで、亮二と鳴が頷いている。



「そうか。菓子の製作販売を、他に委託するか譲るってことだな?」



 亮二の言葉に僕が頷くと、なるほどと意味がわかってなかったみんなも納得した様子だ。

 手伝いをしていたら良くわかるけれど、お菓子作りというのは、結構手間が掛かる。

 お店の営業日は、作っている暇なんか全然ないし、そうなると休みの日に作るしかない。

 いくら手伝いをする人がいるといっても、それでは、ろくに休めない。

 かといって、持ち帰り用のお菓子の販売をやめて、まったく作らなくなるのはもったいないと思う。

 手軽に手に入るお菓子は、この世界ではほとんど存在しない。

 せっかく材料が手に入りやすい環境なんだから、誰かに譲ってでも、作り続ける方がいい。

 この世界にも大切な人がたくさんいるから、みんなが豊かな生活をできるように協力したい。

 お菓子は嗜好品だから、なくても生きていけるけれど、あればちょっと幸せになる。



「でもさ、譲るとお店の目玉が一つなくなっちゃわない? 決めるのはミサちゃんだと思うけど、でも、お菓子が一番単価は高いから、なくなると売り上げは半分以下に減ると思うよ?」



 林原さんが珍しく真面目モードだ。

 美咲ちゃんが心配なのか、いつもの無邪気な笑顔はなくて、純粋に店の心配をしている。



「林原、そこは多分大丈夫だ。美咲は店をやることに固執しているわけじゃないから。一条を待つ間の生活手段が、たまたま店をやることだったんだ。職業が料理人だったからな。後は、お前と神流が合流した時の、受け入れ場所を作りたかったから、店を手に入れたらしい。流れでこんな大きな店になったが、美咲の当初の予定は、シグルドさんの店と同じくらいの規模だったと思う。大体、売り上げが半分以下になったとしても、何の問題もなく生きていけるだろ。あり得ないが、店が潰れたとしても、美咲ならどうやってでも生きていける。そう、育てられてる」



 亮二がきっぱりと言い切ったので、林原さんの不安は消えてしまったらしい。

 いつもの笑顔になって頷いてる。

 美咲ちゃんが自分達のために店を用意してくれていたというのも、嬉しかったみたいだ。



「大槻君が言うなら、間違いないね。ミサちゃん、逞しいもんね」



 確かに、美咲ちゃんは逞しい。

 美咲ちゃんのお祖母ちゃんの躾を厳しすぎるって、僕は思っていたけれど、今思うと、あれも美咲ちゃんに対する愛情だったんだと思う。

 どこに嫁いでも苦労しないようにと言われて、色々教えられていたみたいだけど、お祖母ちゃんの教えが間違いなかったのは、この世界で証明されている。

 美咲ちゃんなら王族に嫁いでも、平民に嫁いでも、ちゃんとやっていけると思う。



「最終判断は美咲ちゃんだけど、とりあえず、お菓子作りを譲るって方向で考えると、何か他に問題はあるかな?」



 ちょっとずれた話し合いの軌道修正をすると、みんなが真剣に考え出す。



「下手な人に任せると、レシピが流出したり、問題も起きそうですから、ラルスさんに譲るのが一番のような気がします」


「そうだな。領主の事業で使うレシピを流出させる職人はいねぇから、譲るなら領主がいいだろうな」



 鳴の言葉に、アルフも同意する。

 レシピの流出というのは、一番大きな問題だし、他にお菓子の製造販売をやれそうな人で、信用できる人もいないから、やっぱりラルスさんが最適だろうと、僕も思う。

 ラルスさんに話してみないと、どうなるかわからないけれど、これで美咲ちゃんの仕事が減るといい。



「その他にも、お店の営業日でも、美咲さんが休めるようにした方がいいわ。私達はローテーションで休みをもらっているのに、彼女だけまったく休みなしなんだもの」



 更に美咲ちゃんの負担を減らすための、神流さんの提案に、みんな頷いていた。

 僕達は迷宮に行ったりできるようにと、お店の休業日以外にもお休みがあるけれど、美咲ちゃんだけはお休みなしだった。

 神流さんの言う通り、料理を作るのが美咲ちゃんだから仕方がない、じゃなくて、休めるようにするべきだと思う。

 考えれば考えるほどに、僕達が美咲ちゃんに甘え過ぎてたことが浮き彫りになる。

 お店の営業以外の家事も、ほとんど美咲ちゃんが負担していた。


 みんなで話し合い、意見を出し合って、共用部分の掃除の分担表を作ったりする。

 神流さんの意見で、10日に一度くらいの頻度で、手巻きクレープの日を作ることにした。

 その日は美咲ちゃんはお休みにして、僕と結花ちゃんでクレープを焼いて、クレープに巻くための具の用意は、神流さんと鳴が担当する事になった。

 美咲ちゃんにも少し手伝ってもらう事になるけど、生クリームの泡立てとか、前日に簡単にできることだけ頼んで、当日は完全に休んでもらう。

 個室の料理やデザートも、事前に作った物をアイテムボックスから出して提供すれば、問題はないはずだ。

 着付けも、みんなで練習する事にした。

 自分で帯を結べるようになれば、その分、美咲ちゃんの仕事が減る。

 女の子の帯を結ぶのはと思って、何となく遠慮していたけど、僕も結び方を覚えることにした。

 

 

「これで、少しはマシになるといいな。あいつ、何かに取り憑かれたみたいに働くから」



 亮二が美咲ちゃんの仕事を書き出したノートを見て、尊が小さく呟く。

 美咲ちゃんが考える時間をなくそうとするように、忙しくしてる事に、尊も気づいていたらしい。

 やっぱり、好きな子のことは、ちゃんと見てるんだなって思った。

 確かめたことはないけど、多分美咲ちゃんは、ぽっかりと空いた時間ができるのが、怖いんだと思う。

 時間が空いてしまえば、先生のことをどうしても考えてしまうんだろう。

 待つだけしかできないっていうのも、結構切ない立場だ。

 信じていても、いつまで待てばいいのかわからないというのは、不安になってしまうだろう。

 旅をしているに違いない先生の身を、案じているというのもあると思う。

 何にしても、美咲ちゃんの心を完全に埋められるのは先生だけだ。

 あれだけ仲のいい亮二でさえ、完全に満たす事はできないみたいだから。



「ちょっと美咲の様子を見てくる。夜にはラルスさんも来るから、もう少し意見を出し合って、話を詰めておいてくれ」



 粗方話し合ったところで、亮二は席を立って、居間を出て行った。

 その後姿を、尊とアルフが、少し羨ましそうに見てる。


 罪作りな二人だなと思う。

 先生と美咲ちゃんが一緒にいて、仲良くしていれば諦めもつくだろうに、離れ離れのままでは、美咲ちゃんに想う人がいるとわかっても、諦めきれないだろう。

 仲のいい友人達のためにも、二人が早く再会できればいいと思う。

 拗れることなく、みんな幸せになって欲しいから。

 

 その後、迷宮探索の話し合いにはクリスもやってきて、美咲ちゃんがいないのを知り、落ち着かない様子だった。

 前から怪しいとは思っていたけれど、やっぱり、クリスも美咲ちゃん狙いらしい。

 クリスはいい奴だし、多分、血筋のいい貴族なんじゃないかと思うけど、美咲ちゃんがクリスを好きになることはないだろう。

 先生が早く来るといいのにと、再度強く思った。 



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