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密やかに想う  作者: 水城雪見
本編
64/109

47.体調不良




 アルさんは、クリスさんの依頼に付きっ切りで、大迷宮を1から攻略しているらしい。

 ちょうどいい経験だからと、亮ちゃんと鳴君がそれに混じる事が増えた。

 レベル上げや、迷宮の魔物を知るという意味で、しばらく礼儀作法を習いに行っていて、迷宮攻略が疎かになっていた二人には、得がたい体験のようだ。

 二人がいないので、その間、尊君とみぃちゃんが一緒にいることが増えた。

 夜の営業では、カンナさんもピアノを弾けるので、鳴君が間に合わない時はカンナさんが弾いていたりする。

 クールで男の人には手厳しいカンナさんにも、男性のファンがついてしまって、夜のお店は特に賑わっていた。



「美咲、ホールは俺達がやるから、休んでろ。そんな、辛気臭い顔で客の前に出るな」



 ホールに料理を運ぼうとしていたら、尊君に止められた。

 そんなに酷い顔をしているんだろうか?と、首を傾げつつ自分の頬に触れると、額を軽く小突かれる。



「自覚なしか。亮二がいない弊害だな。……もっと、休めよ。お前、働き過ぎ。俺達のうちの誰かがいなくても店は回るけど、お前がいないとどうしようもないんだから、無理するな」



 尊君からは、余程顔色が悪く見えるらしい。

 確かに、少し疲れている自覚はあった。

 お店が休みの日でも、営業する日の準備をしたり、みんなの分の食事を作ったり、それなりにやる事がある。

 お休みの日の食事くらいは、外に食べに行ってもいいし、結花さんやみぃちゃんだって料理は作れる。

 営業する日の下拵えだって、営業日の午前とかにやろうと思えばできる。

 けれど、何かしていないと落ち着かなくて、できるだけ一人でやってしまう。



「とにかく、厨房の椅子でいいから座ってろ。もっと、俺らを頼れ」



 早く休めとばかりに、厨房の方向へ、強く背中を押された。

 


「尊君、ありがとう」


「お前が倒れると、亮二がこわいんだよ! それだけだからなっ」



 お礼を言って厨房に向かうと、背中に素直でない言葉が投げられた。

 いつも通りの尊君で、つい笑ってしまう。

 厨房に入ると、結花さんがデザートのデコレーションをしていた。

 夜の営業の時でも、デザートだけを食べに来る女性のお客様は多い。

 他で食事をした後や、家で夕食を済ませた後で、デザートだけ食べに来る事もあるようだ。

 夜に女性だけで歩けるというランスは、やっぱり治安がいいと思う。

 女性だからといって侮ってはいけないほどに、強い人がいるというのも、女性だけでも襲われ辛い理由の一つかもしれないけれど。

 この世界では、見た目よりもレベルで強さが決まってしまうのだから。



「美咲さん、どうしたの?」



 厨房を出てすぐに戻ってきたので、結花さんに不思議そうに声を掛けられた。



「尊君が、ちょっと休んでろって。ホールには出なくていいって言うから、戻ってきたの」



 説明しながら、椅子に腰掛ける。

 一度座ってしまうと、立つのがだるくなるほどに疲れているのがわかった。

 亮ちゃんならば、私がこういう状態のときはすぐに気づくけれど、今日はまだ迷宮から戻ってきていない。



「美咲ちゃん、大丈夫?」



 みぃちゃんも厨房にやってきて、熱がないか確かめるように、私の額に手を当てた。

 みぃちゃんの手が特に冷たいとは感じないから、熱はないはずだ。



「熱はまだなさそうだけど、今夜はゆっくり休んだほうがいいよ。明日はお店は休みなんだから、何もしないで寝てて。みんなのご飯は僕と結花ちゃんで作るから、何の心配もいらないよ?」



 そこまで大げさにするほどじゃないと思うのに、みぃちゃんは引く気配がない。

 ここで大丈夫といっても、絶対押し切られそうだ。



「美咲さん、体調が悪いの? 今日の個室のお客様は貴族の人はいないから、私と御池君で対応できるわ。注文が入った料理の仕上げだけお願いするから、後はゆっくりしていて」



 結花さんにまで心配を掛けてしまった。

 そんなに酷い状態ではないはずなのに、そうは見えないんだろうか?



「ありがとう。じゃあ、今日は二人に任せて、注文の品だけやるようにするわ。迷惑を掛けてごめんなさい」



 私が謝ると、みぃちゃんに宥めるように頭を撫でられた。

 


「迷惑じゃないよ。助け合うのは当然ことだし、それに、今の美咲ちゃん見てると、中学の時に倒れた時の事、思い出しちゃうよ」



 労わるように撫でながら、みぃちゃんが随分前の話を出してくる。

 中学にあがったばかりの時、慣れない環境でストレスがたまっていたのか、疲れをため過ぎて、倒れてしまった事がある。

 あの時は、熱が引かなくて、1週間ほど寝込んだ。

 まだ、入学したばかりだったのに1週間も休んでしまったせいで、休み明けにはもう、クラス内ではグループができていて、友達ができなかった。

 あの時躓いた事が、後々までかなり影響したような気がする。

 悲しいことだけど、私はクラスでは浮いた存在だった。

 自分から近づく勇気も持てなくて、学校では一人でいることが多かった。

 苛められるとか嫌われるとか、そういうことはなかったけれど、その代わり誰とも特別に親しくはなれなかった。

 だから、友達になってと、ストレートにぶつかってくれたリンちゃんには、とても感謝してる。

 リンちゃんの存在にどれだけ救われたか知れない。



「今回は寝込みたくないから、ちゃんと休むわ」



 仕事として店を経営している以上、1週間も寝込めない。

 もしかしたら、自分がいなければ、店を開けることさえできないというのが、ストレスになっているのかもしれない。

 そんな事を思いながら、閉店まで、必要最低限の仕事だけをして過ごした。








 その夜、みんなに心配を掛けないように、早目に休んだけれど、やっぱり熱を出してしまった。

 自分で思っていたよりもずっと、体調が悪かったようだ。



「美咲、ごめんな。もっと気をつけていればよかった……」



 夜中に暑くて目が覚めると、亮ちゃんがすぐに気づいてくれた。

 冷たいタオルが額に乗せられていて、気持ちいい。

 私が寝てる間に来てくれて、ずっと看病してくれていたのだとわかった。



「薬、飲めるか? 解熱剤しか持ってなかったけど、ないよりはマシだろう?」



 旅行の時に、少し持ち歩いていた薬が残っていたらしい。

 私が頷くと、背中の下に腕を入れて、体を起こしてくれる。



「亮ちゃん、ごめんね。迷宮で疲れているのに、迷惑掛けて」



 腕に体を預けたまま、出された薬を飲んだ。

 薬に頼るのは好きじゃないけど、そんな事を言ってられない。

 早く治さなければ、お店が開けられなくなってしまう。



「迷惑なわけないだろう。美咲を看病する役目は、美咲が嫁に行くまでは、誰にも譲らない。言い換えれば、俺の特権だ」



 私が気に病まないように、冗談のように軽く言って、またベッドに寝かせてくれる。

 額のタオルを替えて、優しく髪を撫で梳いてくれた。

 触れられるのが心地よくて目を閉じる。

 熱っぽくてだるいけれど、我慢できないほどではないから、すぐに治ると思う。

 レベルが上がって、前よりも体が頑丈になっているから、そう酷い事にはならないはずだ。



「店が何とかやっていけるってわかって、気が緩んだのかもしれないな。後は、俺達が美咲に甘え過ぎてた。店の経営をして、毎日9人分の家事もやって、それで疲れないはずがない。そんな当たり前のことにさえ、気づけなくてごめんな」



 後悔を滲ませた声で詫びられて、目を閉じたまま緩く頭を振った。

 そうやって、労わってもらえるだけで、十分なんだけどな。

 頑張ってる事、亮ちゃんはいつもわかってくれるから、それだけでいいのに。



「熱が下がったら、少し話をしよう。今は、しっかり休め」



 眠りを誘うように撫でられ、優しい声で「おやすみ」と告げられる。

 目を閉じたまま、亮ちゃんの優しい手の感触を感じていた。

 薬の影響もあるのか、いつしか眠りに就いていた。







 目が覚めると熱は下がっていたけれど、ベッドから出してもらえなかった。

 久しぶりに人の作った朝食を食べて、のんびりとした時間を過ごす。

 ベッドに入っていると、随分寝た気がするのに、また眠くなる。

 毎朝、遅くても6時の1の鐘の頃には起きて、食事の支度をして、みんなで朝食を取った後は、お店の仕込みをしたり、掃除をしたりしていた。

 着物も、帯は私か亮ちゃんしか結べないので、早目の昼食を取った後は、みんなの着替えも手伝っていた。

 お昼から夜までお店で働いて、その後、夕食の支度をして、食後には持ち帰り用のお菓子の包装や、注文分のバケットサンドを作ったりしていて、確かにあまり休む暇がなかった。

 長期の休みのつもりだった5の月の連休も、ずっと働いていたし、そろそろ休みなさいと、体が危険信号を出していたのかもしれない。


 ベッドでまどろんでいるうちに眠って、目が覚めて、またいつの間にか眠ってと繰り返していたら、すぐに夜になってしまった。

 お休みだったのに、何もできずに一日が終わる。

 寝てばかりだったせいか、食欲がない。

 寝すぎたので、今夜きちんと眠れるかどうかも心配だ。

 


「美咲、起きてるか?」



 一応ノックがされた後、返事は聞かずにドアが開く。

 亮ちゃんが様子を見に来てくれたみたいだ。



「何か食えそうか? アイスがあるといいんだけどな」



 いつも熱が出た時に食べていた苺のアイスが、ちょっと懐かしい。

 買ってきてくれるのは、いつも亮ちゃんだった。



「材料はあるんだから、作れればいいんだけど、レシピがなくて残念だわ」



 アイスは何回か好奇心で作ったことはあるのだけど、レシピは覚えていなかった。

 自作よりも、買ってきたアイスの方がおいしかったから、仕方がないことだ。



「あまり食欲がないだろうと思って、果物を持ってきた」



 亮ちゃんがベッドの上のクッションを集めて、背凭れを作ってから、体を起こしてくれる。

 ちょっと熱が出ただけなのに、重病人みたいな扱いだ。



「みんな、ご飯は食べた?」



 こうして寝ていると、どうしてもみんなのことが気になってしまう。

 それぞれ、アイテムボックスに少しは食べるものを持つようにしているけれど、やっぱり心配だ。



「一日くらい大丈夫だから、安心しろ」



 カットフルーツの皿が乗ったトレイを、膝に置かれた。

 デザートフォークの添えられた皿を見ると、オレンジの残骸と、ヘタを取っただけの苺と、リンゴの成れの果てが入ってる。

 それを見た瞬間、吹き出して笑ってしまった。

 これは絶対、亮ちゃんの犯行だ。

 みぃちゃんに頼めばよかったのに、自分でやりたかったらしい。

 オレンジの残骸をフォークで掬って食べる。

 皮をむくときに力を入れすぎたのか、形は崩れてるけど、味に変わりはない。

 


「美味しい。ありがとう、亮ちゃん」



 果物にはかわいそうなことをしたけれど、亮ちゃんの気持ちが嬉しい。

 亮ちゃんは、慣れないことをしたのが恥ずかしいのか、背中を向けてベッドに座っていた。

 耳がちょっと赤くなってるけど、気づかない振りをしておく。

 我が家は、古風なお祖母ちゃんが取り仕切っていたので、男の人は家事には一切手を出さなかった。

 縦の物を横にもしないという言葉があるけれど、まさにその通りで、下手に亮ちゃんが動くと、『亮二さんに先にやらせるなんて、気が利かない』と私がお祖母ちゃんに叱られてしまうので、亮ちゃんは家では何もしない癖が付いている。

 その亮ちゃんが、果物相手に悪戦苦闘したのだと思うと、嬉しいけど可笑しくて、食べている間も、笑いを堪えるのに必死だった。


 食欲がなかったのに、気がつくと全部食べてしまっていた。

 無残な形にされた上に、食べてもらえないのでは、果物がかわいそうだと思ったのもあったけれど、無理なく食べる事ができた。



「今日、みんなで少し話し合ったんだ。今のままだと、美咲の負担が大きすぎるからな。誰でも雇えばいいってわけじゃないし、人が増えたところで、美咲のやってることを分担はできないだろう? だから、今のメンバーのままで、美咲の負担を減らす方法を色々考えてみた。理想は、美咲が何日か休んでも、普通に店を経営できる事だと思うんだ。今のままだと、美咲は精神的にもきついだろ? 予約を取ってるから店を休むわけにはいかないってなって、休みたいときでも無理するしかなくなる」



 背中を向けたまま、亮ちゃんは、私が寝ている間のことを話し始めた。

 ほんの一日寝込んだだけなのに、みんなが心配して色々考えてくれたんだと思うと、その気持ちだけで嬉しかった。

 亮ちゃんの言う通り、私が何日か休んでも、店の営業に影響は出ないとなれば、気持ちはとても楽になるけれど、でも、そんな事ができるんだろうか?

 今だって、3日おきにお休みをとっているんだし、特に酷い労働条件というわけでもないと思う。

 膝の上のトレイを、亮ちゃんはテーブルの上に運んで、またベッドに腰掛けた。

 寄り添うように座った亮ちゃんに、肩を抱き寄せられて、素直に凭れかかる。



「それに、先のことも考えておくべきだ。美咲は、一条がきて、それで一緒に他の街に引っ越してほしいって言われたら、どうする? そうでなくても、この街に永住したとしても、結婚して子供ができたら、今まで通りに働けなくなる。そうなった時に、これだけの店を長期休業するしかないのは、もったいないだろう? 今の内から、負担を減らしておけば、店を続ける方法も見つかるかもしれない。実行するかどうかは別として、考えるだけでも無駄じゃないさ」



 まさか、そんな先のことまで考えてくれていたとは思わなかった。

 確かに、私がランスで店を始めたのは、先生を待つためだ。

 先生と再会できて、どんな関係になるのかわからないけれど、でも、もし、先生が旅に出ることを選んで、ついてきて欲しいと言われたら、ついていってしまうと思う。

 でも、そうすることは、お世話になっているラルスさんを、裏切る事でもあるような気がする。

 ランスに辿り着いてから、たくさんの人と関わって、たくさんの人に助けられて、桜庵ができた。

 それを、ただ捨てることはできない。

 時間を掛けて、何らかの対策をしておくのは、悪くないと思う。



「先のことなんて、考えた事もなかった。今だけで精一杯だったから」



 亮ちゃんは、私の言葉に頷きを返しながら、労わるように優しく髪を撫でてくれた。



「みんなそうだよ。やっと少しだけ、先のことも考えられるようになったんだ。急がなくても焦らなくてもいいから、少しだけ、先の事も考えていかないとな。俺は、この街は好きだし、ラルスさんに恩返しをしたい。自分にも益があるとはいえ、これほど親身になってくれる領主は、他にはいないと思う」



 亮ちゃんの言葉に、私も頷いた。

 ラルスさんは最初からとても親切にしてくださってる。

 転生者とはいえ、この世界では平民でしかない私達を、子供同然とまで言ってくださって、大事にしてくれる。

 できる限りの恩返しをしたいのは、私も同じだ。



「みんなで話し合ったとき、美咲の負担が減って、ラルスさんへの恩返しにもなるかもしれない方法が見つかったんだ。どうするかは美咲次第なんだが、聞いてくれるか?」



 優しい声で問われて、頷きながら亮ちゃんを見つめた。

 そんなにいい方法があるのなら、知りたいと思う。



「今、美咲が、持ち帰り用の焼き菓子を作って、包装して売っているだろう? あれを領主経営の店なり工房に譲れないかと思ったんだ。ラルスさんなら、料理人や菓子職人を雇えるだろうし、アルフの話では、領主の店のレシピを流出させる職人はいないらしい。流出がばれたら最後、その職人は他では働けなくなるし、自分で店も出せなくなるそうだ。貴族は名誉を重んじるから、いくら珍しいレシピを持っていても、そんな不名誉な職人は雇わないらしい。数種類の焼き菓子を作って、包装して、販売してという手間がなくなるだけで、美咲は随分楽になるんじゃないか? 菓子の材料が手に入りやすいランスで作った焼き菓子が、他と取引されるようになれば、名物になるだろうし、ラルスさんへの恩返しにもなるんじゃないかと思う」



 確かに、持ち帰り用の焼き菓子は、作るのに手間もかかるし、包装はもっと大変だ。

 籠を編んだりしないで済むだけでも、かなり楽になる。

 お菓子を作るのが、店内のデザート分だけになれば、お休みの日はのんびりできる。

 迷宮で出たバターや生クリームを、そのまま販売してもあまり売れないようだけど、お菓子に加工すれば、他の街でも売れると思う。

 ケーキと違って、焼き菓子なら日持ちもするから、販売もしやすいだろう。

 ランスで手に入れやすい物を使って、ランスの名産品を作るという意味でも、いい案だと思う。



「いい考えだと思うわ。レシピを譲っても何の問題もないから、ラルスさんに相談してみる?」



 見つめたまま問いかけると、亮ちゃんが頷く。

 みんなで話し合って、後は私の判断待ちだったみたいだ。



「実は、今夜、逢う約束をしてある。元々、迷宮の攻略計画を立てるために、うちに来る事になっていたんだ。クラウスが頻繁に迷宮に行くせいで、ラルスさんが拗ねてしまったらしくて、一度、アルフのパーティに混ぜる事になった」



 前に逢った時に、ずるいと拗ねていたけれど、本当に迷宮に行くとは思わなかった。

 アルさんがいるなら安全だろうけど、仮にも領主様なんだし、気をつけて欲しい。



「ラルスさんが行くんじゃ、リンちゃんも行くって大騒ぎでしょう? この前、リンちゃんも拗ねていたから」



 思い出して、笑い含みで尋ねると、亮ちゃんは疲れきったように息をついた。

 やっぱり、大騒ぎされたらしい。



「多分、2パーティで行く事になる。ラルスさんに危険が及ばないようにと考えると、人数は多いほうがいいからな」



 領主様の警護という考え方をすれば、2パーティでも少ないくらいだろう。

 何といっても、迷宮は治安が悪い。

 でも、数少ない迷宮行きで、危険な目にあった事はないから、治安の悪さも危険さもあまり実感したことはないのだけど。



「じゃあ、しっかり話し合ってくるから、美咲は寝てろ。クリスもくるかもしれないから、部屋の外には出るな。もし、どうしても部屋を出る時は、外にも出られるようなしっかりした服を着てからにしろ。浴衣姿とか、寝るときのワンピース姿とか、目の毒過ぎる」



 亮ちゃんの過保護発言に、素直に頷いた。

 本当にクリスさんがくるのかわからないけれど、お店のお客さんでしかない人に、あまり乱れた格好は見せたくない。

 トレイを持って、亮ちゃんが部屋を出て行くのを見送ってから、部屋の明かりを少し落とした。

 眠れるかわからないけれど、ベッドで体を休めながら、先生の指輪を握る。

 今までは、先生を待つことしか考えてなかった。

 再会した後どうしたいのか、どうなりたいのか、想像する事もできなかった。

 私がラルスさん達のことを、恩人だと感じて、恩返ししたいと思うように、先生にだって、旅をしている間に、そういう人ができないとは限らない。

 そうなった時、ちゃんと対処できるようにしておくのは、きっと大事だと思う。

 お世話になった人達に、恩返しはしたい。

 でも、先生と再会できたら、もう離れたくない。

 先生がどんな気持ちで、この指輪を渡してくれたのか、どんな風に私を想ってくれているのか、わからないけれど、でも、先生が許してくれるのなら、一緒にいたい。

 離れ離れになったことを、後悔しながら生きるのは、もう嫌だ。

 あの時、いい子ぶらないで、我侭を言ってでもついていけばよかったと、何度も思った。

 何度あの時に戻っても、同じ選択をするだろうけれど、それでも、後悔しないわけじゃない。

 たった一つの約束だけに縋って、ただ待ち続けるだけなのは辛い。

 忙しくしていないと、心に大きな穴が空いたような空虚に囚われてしまう。

 こんなに想っていても、先生にとってはただの生徒でしかなかったら、切ないなぁと思った。





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