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密やかに想う  作者: 水城雪見
本編
61/109

44.お礼と要請




 せっかくの連休を犠牲にして頑張った甲斐があって、ユリウスさんの結婚披露パーティーでの、デザートの評判は上々だった。

 ラルスさん達もとても喜んでくれたし、何よりも、ユリウスさんの奥さんになるレイラさんが一番喜んでくれた。

 クロカンブッシュの意味を教えたら、感激して泣かれてしまって、ちょっと焦ってしまったけれど、ユリウスさんが優しく宥めていて、仲の良さが垣間見えた。

 レイラさんは、エリーゼさんと少し雰囲気の似た、とても綺麗な人だった。

 子爵令嬢ということで、王家に近いエルヴァスティ家と比べると、身分が低いのだけど、ユリウスさんが強く望んで結婚に至ったらしい。

 領地のある子爵家で、土地の住民とも交流が深い家に育ったそうで、平民に対する差別意識などない人だった。

 そういう人だから、ユリウスさんは好きになったんじゃないかと思う。

 ただ、やはり身分差というのは、色々と面倒も運んでくるようで、身分の低い正妻だからと侮って、第二夫人の座を狙う人も多いらしい。

 上位の貴族ほど妻の数も多いので、ほとんどの貴族の常識では、ユリウスさんが他に妻を娶る事は当然の事のようだ。。

 私にはまったく理解できない感覚なので、結婚披露パーティーだというのに、ユリウスさんにこれ幸いと自分を売り込む貴族の令嬢を見て、呆れてしまった。


 パーティーに出てみて思ったけれど、貴族もやっぱり色々だった。

 あからさまに平民と見下してくる貴族もいれば、領主夫妻のお気に入りということで、媚を売ってくる貴族もいる。

 亮ちゃん達がガードしてくれたので、あまり問題はなかったけれど、デザートの様子を見に行った時に、酔っ払った貴族に「愛人にしてやるから、ありがたく思え」というような意味合いの事を言われた時には、呆れてしまった。

 すぐにクラウスさんが気づいて、間に入ってくれて、後々問題にならないようにやんわりと咎めてくれたけど、亮ちゃんが怒ってしまって宥めるのが大変だった。

 平民を見下している貴族と、亮ちゃんがトラブルになってしまったら大変だから、クラウスさんが間に入ってくれて、本当に助かった。

 エリーゼさんに似た騎士のクラウスさんは、女性にとても人気があるようで、華やかなドレス姿の女性に囲まれている様子は、王子様といった雰囲気で近寄り難かったけれど、助けてくださった時はとても優しくて、話しやすかった。

 話題も豊富で紳士的で、とても社交的な人なんだと思った。

 婚約者がいるそうだけど、女性に人気がある理由も、とてもよくわかる。

 亮ちゃんと話が合ったのか、気がつくと仲良くなっていて、クラウスさんがランスにいる間に、一緒に迷宮に行く約束をしていたので、驚いてしまった。

 アルさんも一緒にというところから、みんなも行きたいと言い出して、結局、男ばかりでパーティを組んで行くことになったので、リンちゃんはちょっと拗ねてしまった。

 






 お店がお休みの日、珍しく先触れがあって、ラルスさんが訪ねてくる事を知らされた。

 結婚披露パーティーからまだ二日で、まだお客様も館に滞在していて忙しいはずなのに、わざわざやってくるなんて、どうしたのだろうと思った。

 男子はクラウスさんとパーティを組んで、迷宮に行っているので、今日は女子だけがお店に残っている状態だったけれど、来客がラルスさんなら何の問題もない。

 使いの人に返事を託す時に、昼食に誘っておいた。

 普段お店では出せない和食を、是非食べてもらおうと思って、色々と用意をしておく。



「ミサキ、先日はユリウスのためにありがとう。助かったよ」



 お店にやってくるなり、先日のお礼を言われる。

 いつも、あまり護衛を連れたりもしていないのに、今日はたくさんの人が一緒で、気がつくと次々と、お店に荷物が運び入れられている。



「当然の事をしただけです。それより、これは? 何をお持ちくださったんですか?」



 大小、サイズも様々なものが、玄関ホールに積み上げられてしまった。

 中には、衣装箱のようなものもある。



「先日のお礼だ。貴族街に入るときの衣装や、装飾品。それに、外には馬車もある。馬は飼っていると聞いていたからね、馬車だけ用意させたよ。それと、これがメインなんだが、ナルに渡してくれるかい? こちらの世界の楽譜なんだ」



 手にしていた紙束を、ラルスさんに手渡される。

 見てみると、印刷のない世界なので、手書きで書いてあった。

 音符や記号などは、見たことがないものだけれど、自動翻訳でわかるようになっている。

 こちらの世界の音楽に触れられることを、鳴君は喜ぶだろう。

 その姿を想像するだけで、私まで嬉しくなってしまった。



「ありがとうございます、ラルスさん。きっと、鳴君は大喜びします。今日はクラウスさんと一緒に迷宮に行ってますから、帰ってきたら渡しておきますね」



 ラルスさんにお礼を言ってから、楽譜をアイテムボックスにしまった。

 パーティーでデザートを作る報酬は、ちゃんといただいたのに、それとは別にお礼まで用意してくださるなんて思わなかった。

 玄関ホールに、更に山積みになって行く荷物に驚かされてしまう。

 迷宮と聞いて、一緒に行けなかったことを拗ねていたリンちゃんみたいに、ラルスさんも拗ねてしまった。



「私も行きたかった……。クラウスだけずるいと思わないか?」


「そうだよね、私も行きたかった! ラルスおじさん、今度一緒に行こうよ」



 物音を聞きつけて、2階からおりて来たリンちゃんが、無邪気な様子でラルスさんを迷宮に誘う。

 素直に懐いてくるリンちゃんが、ラルスさんには可愛く見えるようで、いつも幼子のように可愛がっている。

 今日も、笑み崩れながらリンちゃんの頭を撫でた。



「リンの誘いなら、是非時間を作らないといけないな。お土産を持ってきたから、後で見てごらん。リンに似あいそうなワンピースも用意したよ」



 ラルスさんは絶対、孫ができたら溺愛すると思う。

 既に、リンちゃんといる時に、その片鱗が見えてる。



「ワンピースなんて、似合うかな? ありがとう、ラルスおじさん」



 はにかみつつ素直にお礼を言うリンちゃんは、とても可愛い。

 リンちゃんは動きやすいのが好きといって、普段着もスカートはあまり着ない。

 ディアナさんにキュロットやショートパンツを作ってもらったりしている。

 多分、リンちゃんの実年齢を知らなかったら、ラルスさんは子供のように抱き上げてたんじゃないかと思う。

 17歳という年齢を知っているので、淑女扱いして、頭を撫でるだけに留めているようだ。



「先日のパーティーの時のドレスも、とても良く似合っていたから、きっと似合うよ。リンはとても愛らしいからね」



 褒められて照れているリンちゃんに、ホールへの案内を頼んで、私は食事を運ぶ事にした。

 ラルスさんが連れてきた従者さんは、荷物を置いたら帰ってしまったようだ。

 それでも、護衛と従者を兼ねた人が、二人残っている。

 玄関に荷物を置きっぱなしというのもよくないので、厨房に行く前に、全部アイテムボックスに入れて片付けた。

 後で2階の居間に出しておいて、それぞれ、自分の部屋に運んでもらえばいい。



「結花さん、準備は大丈夫?」



 料理は作ってあったので、盛り付けは結花さんにお願いしていた。

 今日は和食なので、ごはんに野菜のお味噌汁、キャベツの千切りを添えたしょうが焼きときゅうりの浅漬けを用意してあった。

 他にも迷宮で手に入った牛肉を薄切りにして、ごぼうとしぐれ煮にして、肉じゃがも作ってある。

 それらを一人分ずつトレイにのせて、定食のように出すつもりだ。

 3段になっているワゴンにトレイをのせて、ホールに運んでいく。

 一応、護衛の人の分も用意しておいた。

 ここは安全だし、同じテーブルが無理でも、ホールの違うテーブルで食事をしてもらえたらと思った。



「ラルスさん以外にもお客様がいるの?」



 トレイの数を見て、後をついてきた結花さんが、不思議そうに聞く。

 


「二人、護衛の人が残っていたから、その人達にも食べてもらえたらと思ったの。ここは、安全でしょ? それに、多分、護衛の人二人より、リンちゃんの方が強いわ」



 大迷宮の70層で戦えるリンちゃんは、元の世界では空手もやっていたから、対人戦もそれなりに慣れている。

 だから、リンちゃんがいたら護衛はいらないと思う。

 リンちゃんの強さを知っている結花さんは、納得するように頷いて、カンナさんを呼びに行った。



「お待たせしました。今日は和風の定食にしてみました」



 数人で囲めるようにくっつけたテーブルの上に、トレイを並べていく。

 見たこともない料理に、ラルスさんは目を輝かせている。

 こういうところは、リンちゃんとあまり変わらないような気がする。



「ラルスさん、護衛の方にも、お食事を差し上げてもいいですか? ここに危険はありませんし、同じテーブルがまずいようでしたら、別のテーブルに用意しますから」



 一応、雇い主であるラルスさんにお伺いを立てると、笑顔で了承してくれた。

 同じテーブルだと緊張して楽しめないだろうからと、扉に近いテーブルに二人分のトレイを並べて準備を済ませる。

 ホールの入り口を警護するように立っていた二人に声をかけて、ラルスさんの許可が出たのでと、食事を勧めると、最初は遠慮する様子だったけれど、ラルスさんも食べるように勧めてくれたので、受けてもらえた。

 カンナさんと結花さんもきたので、私もテーブルにつく。

 


「ミサキ、これはミシディアの料理かい?」



 いただきますと、手をあわせてから箸を取ると、ラルスさんに興味津々といった様子で尋ねられた。

 一応、ミシディアの料理を知っているみたいだ。



「ミシディアの調味料を使っているんですけれど、料理法は私の故郷のものです。私達の国では、パンではなくてお米が主食だったので」



 箸は使えないだろうと思ったので、ラルスさんにはナイフとフォークを用意しておいた。

 フォークでご飯を食べながら、なるほどと頷いている。

 さすが元王族だけあって、ラルスさんのマナーは完璧だ。

 見慣れない料理だというのに、綺麗な所作で食事をしている。



「ミサちゃん、肉じゃが、美味しい! ミサちゃんの作るご飯は、世界一だね」



 食材の関係で、あまり頻繁に作れない和食が嬉しいようで、リンちゃんはご機嫌だ。

 もっと作ってあげたいのだけど、ミシディアは遠い。

 アルさんの家の商人さんと直接取引を始めたけれど、毎回、お米も大量に運んでもらうので、どうしても輸送量に限界がある。



「確かに美味い」



 しみじみ頷きながら、ラルスさんがしぐれ煮を食べている。

 どうやら、今日の料理では、しぐれ煮が一番好みに合ったみたいだ。



「美咲さんは何を作らせても上手ね」



 最近、私を名前で呼んでくれるようになったカンナさんが、素直な言葉で褒めてくれる。

 誤解されそうな言葉をよく口にする、素直じゃないカンナさんだけど、私に対してはそんな感じじゃない。

 元々、手厳しいのは男子相手のときがほとんどだった。

 先日のパーティーの話や、迷宮の話、元の世界の話など、いろいろと会話を楽しみながら食事を終え、食後には緑茶をいれた。

 これも、ミシディアから取り寄せたものだ。



「そうだ。食事が美味しくて、すっかり忘れていた。今日来たのは、ミサキにお願いがあったからなんだ」



 ラルスさんは、本当に忘れていたみたいで、ちょっと慌ててる。

 お礼の品を届けるだけならば、忙しいラルスさんが直接来なくても、執事のベイルさんでも事足りるから、おかしいと思った。



「どこかに嫁げという話以外なら、何でもお受けします」



 冗談混じりに言うと、ラルスさんがおかしそうに笑った。

 ラルスさんを信用しているから、本当に縁談以外なら、どんな話を持ち込まれてもかまわない。



「そこまで信用されているのは、嬉しいものだね。そのミサキの好意につけこむようで申し訳ないんだが、出来るだけ早いうちに、このホールを貸切にして、小規模の食事会をしてもらえないだろうか? 他の領地から来ている客が、パーティーの時のデザートを気に入ったようでね。あのデザートを作った料理人が、店を出していると聞きつけたらしいんだが、個室の予約は随分先まで埋まっているだろう? それで、帰る前に一度、この店で食事をしたいと、泣きつかれてしまったんだ」



 確かに、パーティーの翌日から、何件か個室の予約の問い合わせが入っていたけれど、すぐには無理なので断っていた。

 泣きつかれるは大げさにしても、ここで食事会を断れば、最悪の場合、従者や護衛を引き連れた貴族が、ホールに押し寄せる可能性もある。

 それよりは、一度にまとめて食事会をしてしまったほうがマシだ。

 あまり何日も滞在できないだろうし、早いうちに済ませた方がいいのだろう。



「明日では、招待される側も準備が整わないかもしれませんし、明後日の夜ではいかがですか?」



 私が提案すると、ラルスさんは安心したように頷いた。

 開催が先になればなるほど、ラルスさんの館に残る貴族も増えるだろうし、そうなると、館の使用人の人達も、きっと大変に違いない。

 そういったことも考慮して、早いうちにと言っていたんだと思う。



「ありがとう。とても助かるよ。一人や二人ではなかったから、断るのも大変でね。人数も多いし、立食形式で構わないよ。メニューもミサキに任せる。好きなようにしてくれていいよ」



 すべてお任せにしてくれるのは、ラルスさんの信頼の証だと思う。

 そのことを嬉しく思いながら、メニューを考え始める。

 立食形式だから、多分、貴族の試食会の時くらいの人数で済むだろう。

 明後日は予定を変えて、本来はお休みの人にもいてもらった方がいいかもしれない。



「あ、一つだけいいですか? 護衛や御付きの人があまりたくさんいると、待機する場所が足りないんです。当日は、全員揃って出迎えるようにしますから、できるだけ護衛の人を減らしてもらえますか? 前回の試食会のときと違って、今回は個室は予約客がいますから、待機場所が玄関ホールと外しかないんです」



 店で食事をするだけなら、危険はないと思うから、前もってお願いしておく。

 なし崩しに貴族も来る店になっているけれど、本来、ここは平民相手の料理店で、たくさんの貴族に同時に対応するには、設備的に足りない物だらけだ。



「当日はアルフレッドもいるんだろう? Sランクの冒険者より強い護衛がいるなら、連れて来いと言っておくよ」



 ラルスさんが冗談のように言って笑うから、つられて笑ってしまった。

 アルさんよりも強い護衛なんて、滅多にいるものではない。

 後は、テラス席も作れるようにしておいて、明後日は雨が降らないことを祈るしかなさそうだ。

 ラルスさんは、食事会の軽い打ち合わせをしてから、急いで帰っていった。

 私達がいつでも貴族街に入れるように、領主発行の身分証明書も全員分用意してくれていたので、迎えを頼まなくても、貴族街に入れるようになった。

 事前に約束をしなくても、館にはいつでも訪ねてきていいという許可までもらったので、急ぎの用事の時も、これからは何とかなりそうだ。

 約束もなしに訪ねないといけないほどの急用なんて、滅多な事ではないと思うけれど。

 身分証明書はそれぞれで持つことにした。

 馬の乗り方もだけど、馬車の操り方も練習しないといけないようだ。





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