43.誕生日
5月5日のこどもの日は、亮ちゃんの誕生日だ。
誕生日のお祝いの準備もしたかったから、ユリウスさんのパーティーの準備を前倒しで頑張っていた。
毎年、プレゼントを用意しているから、何か今年も用意したいと思っていたけれど、手作りをするだけの時間が取れない。
なので、諦めて今年はプレゼントを購入することにした。
ディアナさんの店で、お店で使うのとは違う着物をこっそり依頼してあった。
ずっと、私の店の衣装作りで忙しかったのに、更に仕事を増やして申し訳ないと思ったけれど、亮ちゃんの和服姿がとても好きなので、プライベートでも着て見せて欲しかったのだ。
「こんにちは~」
声を掛けて店に入ると、いつもの店員さんが店番をしていた。
すぐに私に気づいて、笑顔で挨拶を返してくれる。
打ち合わせがあるので、何度も店に通っていたから、すっかり仲良くなってしまった。
「カグラ様、いらっしゃいませ。今、店主を呼んでまいりますので、お待ちくださいね」
忙しいのに申し訳ないと思ったけれど、勝手に奥に入るわけにはいかないので、待つことにした。
ディアナさんの店は、前から繁盛していたけれど、ブラの製作を始めた頃から、とても忙しくなってしまったそうで、お針子さんが3人も増えた。
その上、細かいものは、内職にも出したりしているらしい。
忙しさの原因になっている自覚はあるので、納期前にやつれているディアナさんをみると、申し訳ないなと思うときもある。
ただ、ディアナさんは、服を作れるのが幸せという人なので、やつれている時ですら元気だ。
今、手が離せないそうで、奥へと呼ばれて、案内されるままについていく。
冬に衣装を仕立ててもらった時よりも、扱う布の種類などが増えている気がする。
後で、夏の着物によさそうな布があったら、お店で使う着物をまた作ってもらうのもいいかもしれない。
お店を経営するうえで、材料費などは余りかかっていないけれど、衣装や設備には、とてもお金がかかっていた。
みんなに、ちゃんとお給料も払っているけれど、そちらはまだ、衣装代等と比べればささやかな金額だ。
「カグラ様、申し訳ありません。ちょうど依頼のあったキモノの仕上げに入っていたので、散らかったところにお呼びしてしまって」
ディアナさん専用の製作室は、初めて入ったけれど、色々な道具や布が置いてあった。
それでも散らかっているという感じはしないから、きっとディアナさんが使いやすいように置いてあったりするんだと思う。
「構わないです。忙しいのにすみません。まだ少し時間があったのですけど、早く見たくて来てしまいました」
淡藤色の夏の着物によさそうな涼しげな布を見つけたので、仕立てを前からお願いしてあった。
帯もあわせて作ったので、きっと素敵だと思う。
「最初はどうなるかと思いましたけれど、着物を作るのにも慣れてきましたわ。カグラ様のおかげでいい経験をさせていただきました」
出来上がった着物を、ディアナさんが広げて見せてくれる。
和装用のハンガーのようなものを作ってもらったので、それをアイテムボックスから取り出して、着物を掛けると、ディアナさんの目がきらりと光る。
「カグラ様、こんなに使いやすいものがあるのでしたら、教えてくださいませ。これならば、掛けるだけで袖まで綺麗に見えて、全体のチェックもしやすいですわね」
着物を掛けたハンガーを、壁にあるフックに吊り下げると、全体がよく見えた。
「木工屋さんで作ってもらったので、そちらは差し上げますから、それを見本に依頼するといいですよ。着物を頼むのは私くらいでしょうから、あまり使わないかもしれませんけれど」
たいして使わないものを発注してまで用意させるのも悪いかと、あえて教えていなかったのだ。
「それが、着物風のドレスの依頼が殺到してますの。カンナ様が、着物をもとにしたドレスのデザインを教えてくださったでしょう? あのドレスでしたら、帯を結ぶ必要もありませんし、着易いようですので、人気が高いのです」
衣装の問い合わせがあったのは聞いていたけれど、そんな事になっていたとは思わなかった。
製作の打ち合わせをする時に、カンナさんやリンちゃんも一緒で、そのときに着物風のドレスの話をカンナさんがしていたのは覚えているけれど、まさか本当に依頼があるなんて。
カンナさんは、前に使わない着物をリメイクしたドレスを作ったことがあったそうで、細部まで説明することができていた。
パーティーに出ることも多かったそうで、普通のドレスにも詳しい。
異世界のドレス事情に詳しいカンナさんは、ディアナさんには神様のように見えたらしくて、仕事以外でも随分話し込んで、仲良くなっていた。
「ディアナさん、まだまだ忙しそうですね。体には気をつけてくださいね? たまにはお休みも必要ですよ?」
ディアナさんが元気なのは知っているけれど、忙しいのがずっと続いているので、心配になってしまう。
私の言葉に、ディアナさんは微笑みながら頷いた。
「ありがとうございます、カグラ様。ゆっくりしたい時は、カグラ様のお店に伺いますわ。私の友人たちの間でも、カグラ様のお店は評判なんですよ。試食会に招いていただいた事、とても羨ましがられました」
笑顔で自慢げに言い切られて、何だか照れてしまう。
私のお店は、ディアナさんがいなければ困る事も多いのに、衣装を作ったりすることで参加できたことを、とても喜んでくださってるみたいで、嬉しくなってしまった。
「よかったら、今度お友達と一緒にご来店くださいね。サービスしますから」
お世話になっているディアナさんのためだから、精一杯おもてなしさせてもらおう。
ディアナさんは、鳴君のピアノを気に入っているようだったから、特等席を用意しなければ。
「是非、伺います! 楽しみがあると、仕事は余計に頑張れますから。――それより、カグラ様、この着物はいかがですか? イメージ通りに仕上がってますか?」
少し心配そうに尋ねられて、ディアナさんが縫い上げてくれた着物を見ながら、亮ちゃんが着た所を想像してみる。
涼しげな優しい色は、亮ちゃんに絶対に似合うと思う。
満足して頷いた。
「絶対に似合うと思います。ありがとうございます、ディアナさん」
笑顔でお礼を言い、ついでだからと代金を支払っておいた。
手間がかかっているはずなのに、驚くほど安く済ませてくれる。
着物のおかげで仕事が増えたので、反対にお礼を支払いたいくらいだと言われてしまった。
後日、帯と一緒に取りにくることにして、お店を後にした。
後は亮ちゃんの好きな料理をたくさん作って、お祝いをしたかった。
日付が変わってすぐ、夜中だけど亮ちゃんの部屋を訪ねた。
誕生日のお祝いは夕飯の時にするけれど、今日の内に着物を渡しておきたかった。
みんなで決めた連休も明日で終わりで、明後日からはまた仕事なので、今日の夕方にはみんな迷宮から帰ってきている。
疲れて寝ているかと思ったけれど、亮ちゃんは起きていて、部屋の中に入れてくれた。
「誕生日おめでとう。日付が変わったから、言いに来たの」
部屋に入ったところで立ったまま、お祝いの言葉を告げる。
もう夜遅いし、いくら亮ちゃんが相手とはいえ、男の人の部屋に長居するつもりはない。
「ありがとう、美咲。去年の誕生日の時には、こんな未来があるなんて想像もつかなかったな。どこにいても、同じように祝ってくれる美咲がいてくれて、心強いよ」
その言葉で、不安を感じるのは亮ちゃんも同じなんだってわかった。
多分、亮ちゃんは、私を守ることで自分を保ってる。
知らない世界で生きていく不安を、頼るべき相手のいない心許なさを、男の人だからって感じないわけがない。
亮ちゃんだって、まだやっと18歳になったばかりなんだから。
来年の今頃には、どうなっているんだろう?
この1年で、色んなことがありすぎて、来年の想像すらつかない。
でも、多分、来年の誕生日も、こうしてお祝いしていると思う。
「亮ちゃんがいてくれて、本当に良かった。私達は、とても幸せね。みんなは家族と離れ離れなのに、私には亮ちゃんがいて、亮ちゃんには私がいるもの」
家族と二度と逢えない他の人たちと比べて、私はとても恵まれていると思う。
兄のような亮ちゃんもいるし、幼馴染の鳴君もいる。
友達もたくさんいて、結花さんという新たな友達もできた。
この世界の人とも、たくさん知り合えて、とても優しくしてもらえて、本当に幸せだ。
「そうだな、俺達はとても幸せだ。俺は、美咲がいるから頑張れる。お祖母さんとした約束があるから、強くなれる。だから、美咲は好きなだけ俺に甘えて頼れ。そしたら俺は美咲を守る為に、もっと強くなるから」
亮ちゃんの眼差しも声も、とても優しい。
でも、甘やかしすぎだと思うんだ。
「亮ちゃんも、自分の幸せを考えて欲しいな」
家族も大事だけど、亮ちゃんを理解してそばにいてくれる人が、誰か現れたらいいなと思う。
今すぐじゃなくてもいいから、いつか、私以外の人を守る亮ちゃんを見たい。
多分、その日が来たら、ほんのちょっとのやきもちと寂しさを感じながらも、祝福できると思う。
「俺は、まだいい。美咲が嫁に行くまでは、美咲が最優先でいい。それを許してくれるような人がいたら、考えるけどな。まず無理だろう」
私がお嫁に行くまでって、何年先になるかわからないのに。
先生がきてくれなかったら、何年では済まないかもしれない。
先生と再会できるまでは、恋愛どころではないのだから。
離れ離れで、いつ逢えるかすらわからないのに、私の心をこんなに捕らえている先生は、ずるいと思う。
「そんな顔、するな。一条は絶対に逢いにきてくれるって、信じているんだろう? あの不器用だけど頑固な先生なら、遠回りする事があっても、絶対に美咲を探し当てるに決まってる。美咲がさびしいときは、俺だけじゃなくて、みんないる。だから、一人で泣くことだけはするな。家族なんだから、遠慮なく甘えてろ」
一体、どんな顔をしていたんだろう。
私の目元に、亮ちゃんの手が優しく触れてくる。
目を閉じると、労わるように指先で何度も撫でられた。
「亮ちゃん、私の従兄に生まれてきてくれて、ありがとう」
他にも従兄は何人かいる。
亮ちゃんにはお兄さんだっていた。
けれど、こんなに近くて、心が繋がっている感じがするのは、亮ちゃんだけだ。
亮ちゃんが従兄で、本当に良かった。
目を開けて、亮ちゃんと顔を見合わせた。
血の繋がりを感じさせる、私と似た色合いの瞳を見つめて、微笑みかける。
「あ、そうだ。明日はこれを着てね? 私は時間がなかったから、ディアナさんに作ってもらったの」
すっかり忘れていた着物を、アイテムボックスから取り出して、帯と一緒に渡した。
亮ちゃんは和服に慣れているから、一人で着付けもできるし、女性の帯も結べる。
着物が出てきたことに驚いたようだったけれど、嬉しそうに受け取ってくれた。
「どうだ? 似合うか?」
早速、羽織って見せてくれる亮ちゃんに、優しい色の着物はとても良く似合っていた。
笑顔で頷くと、亮ちゃんも嬉しそうだ。
「やっぱり、良く似合うわ。作ってもらってよかった」
転生前と同じ格好をした亮ちゃんを見ると、ホッとする。
多分、それは亮ちゃんも同じじゃないかと思う。
生まれたときから慣れ親しんだものが身近にあると、安心すると思うから。
「ありがとう、美咲。大事に着させてもらう」
羽織っていた着物を脱ぎ、亮ちゃんが丁寧にたたむ。
ついでに、和装用に作らせたハンガーも渡しておいた。
「そろそろ部屋に戻るわね。おやすみなさい。明日は、リンちゃんが誕生日のお祝いって張り切っていたから、朝から起こされると思うわ。頑張って起きてね?」
きっと、リンちゃんのあの様子だと、遠足の日の子供みたいに早起きして、落ち着かないと思う。
亮ちゃんに就寝の挨拶をして、部屋に戻った。
明日の予定を考えながらベッドに入ると、すぐに睡魔はやってきた。
亮ちゃんの願い通り、今日は寂しいと思うこともなく、ただ指輪だけはいつものように握り締めて、眠りに就いた。




