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密やかに想う  作者: 水城雪見
本編
6/109

幕間 いつか君に辿りつく

一条知巳視点。



 小さく震えながらも無理に微笑む表情に胸を衝かれた。

 無意識に「絶対に探し出す」と、約束を口にしていた。

 俺の言葉一つで、信じきったように微笑む姿を見たら、強い庇護欲が沸きあがってきて、本能のままに華奢なその体を抱きしめそうになった。


 神楽美咲はいわゆる優等生だ。

 成績もよく、プライベートが忙しい割にはクラスにも馴染んでいて、いい生徒だ。

 大学を卒業して2年目、初めて担任を受け持ったクラスに神楽はいた。

 つい先日までは中学生だったのが信じられないほどに、容姿は凛として大人びていて、高嶺の花といった風情だった。

 艶やかで長い黒髪と漆黒の瞳が印象的な綺麗な子だったから、教師の間でも話題になっていた。

 教師である以上、生徒を恋愛対象にしてはならないと、俺は常々思っていたから、一生徒としてしか見ていなかったけれど、時々彼女から向けられる熱の篭った視線には気づいていた。

 元々成績優秀ではあったけれど、俺の担当する古典は特に、見る見る成績を上げていったので、好意を持たれていることはわかっていた。

 けれど、若く独身でそれなりの見た目の教師となると、似たような感情を向けられる事は珍しくないので、その事を特別には思っていなかった。


 俺は日本生まれの日本育ちで、名前も一条知巳(いちじょうともみ)と純日本人のようなのに、見た目は完全に外国人だったので、小さな頃から否応なく目立っていた。

 日英ハーフの父とスウェーデン人の母の間に生まれたけれど、海外には旅行くらいしか行った事がない。

 英語よりは日本語が得意で、特に古典は小さい頃から好きだった。

 いわゆるギャップ萌えというやつらしく、小さい頃から告白されることは多かった。

 好意を寄せられるのにも、熱心に口説かれるのにも慣れているけれど、奥床しい女性が好みなので、積極的にこられると恋愛対象として見ることができなくなっていた。

 神楽は、教師と生徒でなければ、即口説きたいくらいに好みのタイプだったけれど、生徒というだけで対象外だ。

 意識して他の生徒と同じように扱っていた。


 こんなことがなければ、普通に教師と生徒として高校生活を送り、彼女が卒業したら、そのまま疎遠になっていただろう。

 だけど、想像もしない事態に巻き込まれ、心を戒めていた枷は壊れた。

 不安を押し隠して無理に微笑むあの姿に、俺は心を奪われたのだと思う。

 いや、その前から、意識しなければ特別扱いしてしまいそうになっていたあの頃から、教え子だからと理由をつけて、自分の気持ちに気づかない振りをしていただけなのかもしれない。

 家庭訪問に行った時の、いかにも普段着として着慣れている様子だった和服姿や、幼い弟達に向ける優しい笑顔を、忘れる事ができなかったのだから。


 一人きりで知らない世界に放り出される不安もあるはずなのに、焦る事で俺の身に危険が及ばないようにと気遣ってくれた。

 清楚で芯が強く心優しい神楽。だけど、強がりで一人で頑張りすぎる事も知っている。

 家庭訪問や三者面談で垣間見えた、彼女の家庭環境を思えば仕方がないことだと思うけれど、人を頼ったり甘えたりすることがあまり上手くない。

 今時珍しいほどにきちんと躾けられていて、家事万能な事も知っているから、一人でも何とかやっていけるだろうとわかってはいるけれど、心配は尽きない。

 間近で見つめた瞳には、俺への信頼があって、胸が熱くなった。

 抱きしめたくなる衝動を堪えるように、頭を撫でたけれど、動揺を表に見せないようにと彼女が取り繕っているのに気づいて、理性が吹き飛びそうになる。


 学生時代からずっと身につけていた指輪を渡したのは、離れていても俺のことを忘れないで欲しいと願ったからだ。

 あれだけ美しい子が一人でいれば、余計な虫も寄って来るだろうから、少しでも虫除けになればいいと思った。

 もちろん、必ず探し出すという約束の証でもあったけれど、彼女に俺を強く刻み付けたかったのだ。

 馬鹿げた独占欲だと、我ながら思う。


 転移の瞬間、一瞬だけ抱きしめることができた体は細く、頼りなかった。

 確かに腕の中にあった体が掻き消え、甘い香りと温もりが失われて、神楽がもういないのだと実感させられた。

 酷い喪失感を覚えて、あの数分のやり取りで、完全に心を持っていかれてしまったのだとわかった。

 彼女の髪を撫でた右手を、ぎゅっと握り締めて、一日も早く逢いに行く事を決意する。



「先生、これからどうしたらいいんでしょう?」



 不安そうな女子生徒の声が聞こえて、我に返った。

 俺は教師として、自分のできる限り、生徒を守る道を選んだ。

 大切に思う彼女を犠牲にしてまで、教師である事を貫いたのだから、中途半端なことはできない。

 神楽を想う気持ちを今は押し殺して、しっかり現実と向き合うべきだ。

 周りを見れば、ここは森の中のようだった。



「まずは、持ち物を確認するか。その後、お互いの職業やスキルを教えあって、役割を分担しよう」



 神楽を一人にしてまで、守らなければならないと思った生徒達なんだ。

 教師として、彼らがこの世界で生きていけるように導いていかなければ。


 再び、神楽に巡り逢うための、長い旅路はここから始まった。








短いので早めに更新。本編に続きは、いつもの時間に更新します。

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