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密やかに想う  作者: 水城雪見
本編
59/109

42.携帯電話




 ユリウスさんが、結婚披露のパーティーに、全員揃って招待してくれたので、みんなで相談してから、出席する事にした。

 当日は、領主の館でのパーティーだから、どうせデザートを作る為に赴かなければならない。

 普段よりも貴族の多い場所で私一人になるより、みんなで一緒にいたほうがいいということになったのだ。

 ランスで唯一のSランク冒険者であるアルさんも、招待を受けているそうなので、みんな一緒というのは心強かった。

 それに、多分、招待してくださったのは、私達が領主夫妻の庇護下にあることを、示したいという考えもあるんじゃないかと思っている。

 貴族の目に留まるのは、私だけじゃない。

 他のみんなだって同じ事だ。

 私に手が出せないならと、他のみんなに被害がいったりしないように、ラルスさんはまとめて面倒を見てくれるつもりのようだ。

 店に食事に来た時に、『優秀な転生者が自分の領地に居付いてくれるのなら、たいした手間ではない』と、笑って言っていた。

 私達がランスに住み着いてくれれば、次代のユリウスさんや、孫が領主を引き継いだ時代にも、私達や私達の子供達が街をよりよくしてくれる可能性が高い。

 ラルスさんが言うには、私欲も絡んだ未来への投資だそうだ。

 多分、ラルスさんは亮ちゃん達が、たくさんいる転生者の中でも特に優れていることに、気づいているんじゃないかと思う。

 ランスは辺境にあるけれど、大きくて活気もあっていい街だから、定住する事には何の問題もない。


 ラルスさんはちょこちょこと、お忍びで食事にきたりしてくれる。

 ホールで一般の人に混じって食事をするのも平気な人なので、結構な頻度で来てくれていた。

 ただ、一人で行ったのがばれると、後でエリーゼさんに拗ねられるので、いつもお土産を買って帰る。

 本当にありがたいお得意様だ。

 そんな感じなので、領主の館に通っていなかった他のみんなも、気がつくとラルスさんと仲良くなっていて、尊君達とは迷宮の話で盛り上がっていたりするし、リンちゃんは面白いおじさんだと懐いていたりする。

 

 パーティーなのでダンスもあるからと、ホールのテーブルと椅子を片付けて、みんなで練習しておくことにした。

 みんなそれなりに運動神経もいいので、割とすぐに覚えてしまう。

 鳴君の演奏で、私と亮ちゃんが先生になって、みんなで練習するのは楽しかった。

 結花さんは、男の人と踊るのが最初は恥ずかしかったみたいだけど、少しずつ慣れたみたいだ。

 けれど、知らない男の人は、やっぱりまだ怖いみたいなので、当日はみんなにしっかりガードしてもらうことになった。

 当日のドレスは、館にあるものを貸してくださるそうなので、新しく作るにも時間が足りないし、エリーゼさんの言葉に甘えることにした。

 前日に領主の館に行って、ドレスやアクセサリーを合わせて、一晩泊めてもらう予定だ。

 当日は、お昼頃に教会で式があって、パーティーは夕方からなので、パーティーだけ参加する私達は、午後まではのんびり過ごせそうだ。

 何度も通った館だけど、泊めてもらうのは初めてなので、どきどきしてしまう。

 ドレスに着替える時に、ゲストルームをいつも使っていたけれど、とても素敵なお部屋なので、泊まるのが楽しみだった。








「美咲ちゃん、シュー焼けたよ」



 店の厨房のオーブンから、みぃちゃんが天板を取り出してくれる。

 確認して見れば、綺麗な色で焼けて、程よく膨らんでいた。

 パーティー当日は、最後の仕上げだけすればいいように、事前に頼まれたデザートは一通り作っておく予定だった。

 アイテムボックスで運んで、当日になってから、仕上げと盛り付けをするつもりだ。

 5の月の頭の連休の内に、作ってしまおうと厨房に篭っているけれど、いつものように結花さんとみぃちゃんが手伝ってくれていた。

 みぃちゃんは迷宮に行くのをやめてまで手伝ってくれている。

 ちなみに、他のみんなは迷宮に行ってしまった。

 私もコテージの様子を見に行きたい気持ちもあるのだけど、作らないといけないデザートの数が多すぎるので、こちらが優先だ。

 ウェディングケーキは大きなクロカンブッシュで、他に数種類のケーキと焼き菓子を作ることになったので、下準備だけでもかなりの手間がかかる。

 お菓子には卵を大量に使うので、70層で手に入るキングコケッコの卵はとても役に立っていた。

 3日に一度くらいは、誰かしら回収してきてくれるので、最近は卵と鶏肉を買わずに済んでいる。

 


「ふたりとも、せっかくの休みなのにごめんね」



 休日だというのに、ずっとこき使っているようで申し訳なくて、謝ってしまった。

 朝から厨房に篭って、ずっとお菓子を作り続けているので、厨房には甘い匂いが充満している。

 お昼休憩もそこそこに、働きっぱなしなので、そろそろお茶にしたほうがいいかもしれない。

 今夜は、みんな迷宮のコテージに泊まるらしいので、店には私達3人だけだ。

『ごはんー』と、騒ぐリンちゃんがいないので、気をつけないと、ご飯を食べ損ねてしまう。

 みぃちゃんも食べるのは好きだけど、何かに熱中すると食べるのを忘れてしまうので、危険なのだ。



「私はお菓子を作るのが楽しいからいいの。美咲さんのおかげで、料理もお菓子作りも結構覚えられたから、得した気分」



 結花さんが可愛らしく微笑んで、優しく言ってくれる。

 屈託のない心からの笑顔が増えて、結花さんはとても魅力的になった。

 童顔だけど、表情が大人びてきて、そこがアンバランスで目が離せない感じだ。

 私の周りには可愛い女の子が多くて、とても癒される。



「結花ちゃんの言う通り。お菓子作りも嵌ると楽しいね。最近、ロールケーキを綺麗に巻けるようになってきたから、任せてくれていいよ」



 元々、手先が器用なみぃちゃんは、色々な技術を習得しつつあって、好きなロールケーキを作るのは、特に上手くなってる。

 苺の季節が終わってしまうかと思っていたら、苺は迷宮でも手に入るらしくて、この前迷宮に行ったときに、大量に手に入れてきてくれた。

 コテージの庭にも植えてくれたらしいので、少し手に入れやすくなって助かった。

 


「じゃあ、みぃちゃんが巻いたロールケーキでお茶にしましょう? ずっと立ちっぱなしだから、少し休憩しないと」



 私が提案すると、返事代わりのように結花さんがお茶をいれる支度をしてくれる。

 私も切りのいいところまで、作ってしまおうと、天板にシュー生地を絞り始めた。



「苺、美味しいよねぇ。美咲ちゃんがいたのが、ランスでよかった。おかげで美味しいお菓子がたくさん食べられるからね」



 ご機嫌でロールケーキの仕上げをしながら、みぃちゃんが言う。

 確かに、乳製品が手に入りやすいランスでよかった。

 他の街に辿り着いていたら、料理はできてもお菓子は厳しかったと思う。

 多分、ミシディアに居付いていたら、丼屋さんとか定食屋さんとか、違う系統のお店を経営していたに違いない。


 厨房にも、休憩用のテーブルと椅子はあるので、そこで休憩する事にする。

 ロールケーキは大きめに切り分けて、お茶はいつでもお代わりできるようにしておいた。



「ロールケーキも、持ち帰りできたら買っていく人がいそうだけど、包装が難しいよね」



 みぃちゃんが、幸せそうにロールケーキを食べながら、何かいい方法はないかと考えるように、首を傾げる。

 普通の生ケーキよりは、持ち運びしやすいけれど、確かに包装が難しい。



「一本のままじゃ無理ね。カットして、竹の器に並べて、といった形なら何とかなるかもしれないけど。ただ、暑くなると生クリームは傷みやすいから、下手に持ち帰られるのも怖いのよ。みんながアイテムボックスを持っているわけでもないでしょ?」



 例え持ち帰ったものでも、それでお腹を壊されたりしたら、お店の責任になってしまう。

 そんなリスクを犯してまで、持ち帰りしてもらおうとは思わない。

 だから、ロールケーキを持ち帰り用に出すとしたら、寒くなってからの冬季限定になりそうだ。

 切れ端のクリームがほとんどないところは、格安の福袋的なものに入れているけど、これからの季節は、控えた方がいいかもしれない。

 ちなみに、一人一つ限定、格安で出した持ち帰り用のお菓子は、毎日開店後1時間くらいで売切れてしまう。

 食事に来たついでや、食事をしなくても、持ち帰り専用のお菓子だけ買っていく人もいる。

 バケットサンドのついでに注文する人も増えた。



「魔法とかあって、不思議なものもあって、便利な世界だけど、でも、思い通りに行かない事も多いね」



 みぃちゃんが、ため息混じりに言うと、結花さんもその言葉に頷いている。

 確かに、その通りだ。

 迷宮という不思議の固まりに、助けられる事も多いけれど、元の世界と同じように生きていくのは難しい。



「再現したいけれど、できないものも結構あってもどかしいのよ。ソースが作れないかと思っているのだけど、できないから、お好み焼きが作れないし、とんかつはトマトソースで食べないといけないし。一番は、カレーよね。スパイスが足りなくて、作れないわ」



 再現したい料理が、いくつもあるのに、思うようにできないのは、時々辛い。

 カレーもスパイスさえ揃えば作れるのに、私の知る限り、市場では見当たらない。

 ハーブがあるんだから、スパイスもあると思うのだけど、まだ数種類しか手に入らなくて、カレーを作るのは難しそうだ。

 そういう意味でも、旅をしてみたいと思う。

 違う名前でどこかに、素材が存在してる可能性だってあるのだから。

 料理人のレベルが4になった時、調味料再現というスキルがあるから、それでどれくらいの物が作れるようになるのか、今から楽しみだった。



「カレー、食べたい。スパイス探しの旅に出たくなるよねー。誰か転移魔法作ってくれないかなぁ」



 他力本願な事を言いながら、みぃちゃんがテーブルに懐く。

 いつのまにかロールケーキは食べきってしまったようだ。



「私も食べたいなぁ。それにしても、美咲さんはカレーのスパイスも調合できるのね」



 感心したように言われて、種明かしをするように、携帯を取り出した。

 カレーのレシピは、ここに入っていたから、再現できるに過ぎない。

 さすがに細かい材料や分量までは覚えていなかった。



「良く使うレシピは、携帯に残してあったから、ちょっと前に発掘したの」



 説明しながら、携帯の電源を入れてみれば、充電は満タンのままだ。

 前回使ったときに、半分まで減ったのを見たのに、どうして、充電されているんだろう?



「ね、携帯の充電、減ってたのが増えてるんだけど、二人はどう?」



 あの時に、充電が減っていたのは間違いがないから、驚いてしまいながら、二人にも確認をお願いする。

 二人とも電源を切って、アイテムボックスにしまっていたみたいで、取り出して電源をいれてる。



「あれ? 僕のもほとんど充電なくなってたのに、フルだ」



 みぃちゃんが、不思議そうに首を傾げる横で、結花さんも驚きで目を瞠ってる。

 やっぱり、みんな充電されてるみたいだ。



「アイテムボックスに入れっぱなしだったからかな? 使えるのは嬉しいけれど、電話とかメールは無理だから、あまり意味ないね」



 みぃちゃんが、携帯を操作して、色々と試している。

 ネットに繋がらない段階で、あまり役には立たない。

 せいぜい、カメラ機能で、写真や動画を撮ったり、もとからあるデータを呼び出すくらいだ。



「せめてメールができたら、便利だったのにね」



 残念そうに言いながら、結花さんも携帯を操作している。

 メールができたら、みんなとも連絡が取りやすくて、便利だったに違いない。

 


「メールできたら、僕が一条先生に連絡して、美咲ちゃんの居場所を教えてあげたんだけどな。一条先生は生徒会と関わる事もあったから、プライベートの携帯のメールアドレスだけは知ってるんだ」



 みぃちゃんが、珍しくからかうような笑みを向けてくるので、恥ずかしくて頬が熱くなってしまった。

 先生とメールができたら、そんな想像をしただけで、胸が高鳴って、落ち着かない気持ちになる。



「美咲さん、顔が真っ赤よ。一条先生が好きなのね」



 結花さんに追い討ちを掛けられて、両手で火照る頬を抑えた。

 そういえば、こういった話を、結花さん達とはしたことがなかった。



「美咲ちゃん、先生の指輪を大事にしてるもんね。早く、迎えに来てくれたらいいのに。僕らで精一杯守るけどさ、先生がいてくれるなら、それが一番だからね」



 みぃちゃんの言葉で、私がネックレスに通している指輪を思い出したのか、結花さんが納得顔だ。



「どこかで見た指輪だと思えば、先生のだったんだ。噂でだけど、その指輪、先生の仲のよかった先輩が作ったもので、形見だから大事にしてるって聞いたわ。噂通りなら、とても大事な指輪だろうから、絶対迎えに来てくれるね」



 一条先生は人気があったから、先生に纏わる噂は山のようにある。

 指輪に関しては、先生がいつもつけていたから、尋ねた人も多いみたいだ。

 結花さんの言う噂は知らなかったので、もしその通りなら、余計に大切にしなければと思う。

 先生の心を預かったような、そんな気持ちがしていたけれど、もっと大きな意味がこめられていたのなら、嬉しい。

 胸が疼くような切なさを感じて、物凄く、泣き出したいほどに強く、先生に逢いたいと思った。

 普段はできるだけ忙しくして考えないようにしているけれど、思い出すと恋しい。

 ただの先生と生徒で、絶対に探すって約束以外、先生と私の間には何もないのに、期待してしまう。



「メール、できたなら良かったのになぁ……。ランスにいるって伝えられるだけでいいから、返事はいらないから、できたらよかったのに」



 それができたなら、先生は苦労して私を探さなくて済む。

 まっすぐにランスを目指せるだけで、どれだけ先生の負担が減る事だろう。



「再会したら、いっぱい甘えるといいよ。僕は、あの先生好きだよ。美咲ちゃんとうまくいってくれたら嬉しいんだけどな」



 にこにこと可愛い笑顔でみぃちゃんが言うから、照れてしまうけれど素直に頷けた。

 先生と再会するだけでなく、そこから新しい関係を築けたらとても幸せだ。



「そういうみぃちゃんは? 好きな子、いないの?」



 紅茶を飲んで、一息ついてから、話を振ってみる。

 みぃちゃんは、ちょっと驚いたようだったけれど、その後、少し困ったように微笑んだ。

 何となくいつもよりも大人っぽく見える表情が、みぃちゃんにも誰か想う人がいるんだと、教えてくれた。



「まぁ、僕は地道に頑張る。今の状況も悪くはないからね。みんなで一緒にいるのが楽しくて、居心地がいいよ」



 やっぱりいるのか。

 でも、今の状態が居心地いいのはわかる気がした。

 忙しかったりするけれど、毎日がとても楽しい。

 のんびりと休憩した後、またお菓子を作って夜まで過ごした。

 眠りに落ちる前、いつものように指輪を握り締めたままで、せめて夢で先生に逢えたらいいのにと思った。



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