表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
密やかに想う  作者: 水城雪見
本編
57/109

40.桜庵開店




 すべての準備が滞りなく終わり、ラルスさんの誕生日でもある4の月の8日に、『桜庵』は開店した。


 桜色の着物風の衣装で、半幅帯を大きなリボンのような、小春片長しという形に結び、髪は邪魔にならないように編みこんで、アルさんがプレゼントしてくれた髪飾りをつけた。

 赤い宝石で花を模った髪飾りは、とても素敵で、開店祝いにと用意してくれたアルさんの気持ちが、何よりも嬉しかった。

 最初は髪を結い上げようと思っていたのだけど、こちらで髪を結うのは既婚者だけらしい。


 庭は、開店に合わせて花が咲くように、結花さんが調整してくれて、色とりどりの薔薇の花が咲き誇っている。

 ご近所の人が、次々に開店祝いの花やお酒を届けてくださって、玄関ホールも花で溢れていた。

 どれくらいお客様がきて下さるのかわからなかったけれど、個室はラルスさん御一家や商業ギルド、冒険者ギルドなどの知人で予約が埋まっていた。

 ジンさん達も待ちかねていたように、個室の予約を入れてくれたので、少なくともお客様がほとんどいないという状態は避けられそうだ。


 開店時間は12時の3の鐘の少し前にした。

 食事だけでなく、ゆっくりお茶を楽しんだりもしてほしいので、夜の仕込みのために店を閉めることはせず、12時から夜の10時までの営業になる。

 一日10時間、ずっと働くのは大変なので、お休みは多めに設定してあった。



「ようこそお越しくださいました。お誕生日おめでとうございます、ラルス様」



 夜、予約をしていたラルスさんが、家族揃って来店してくれた。

 今日は店主モードなので、ちゃんとラルスさんの敬称も変えて、できるだけ淑やかな仕草を心がけて挨拶する。

 一番広い個室には、ラルスさん、エリーゼさん、そして3人の息子さんが揃っていた。

 ラルスさんの誕生日ということもあって、王都の学園から帰ってきたらしい。



「ミサキ、人のいないところでは、いつも通りで構わないよ。私は君達の父親のつもりでいるからね」


「そうよ、ミサキ。遠慮は要らないわ。ここにいるのは家族だと思ってほしいの」



 ラルスさんの言葉に、エリーゼさんが優しく言葉を重ねる。

 室内には、ラルスさん御一家と、執事のベイルさん、侍女長のデラさんしかいない。

 エリーゼさんにとっては、ベイルさんやデラさんも家族同様なんじゃないかと思った。

 事前に聞かされていたのか、ラルスさんの息子さん達は、その言葉に驚いた様子はなかった。

 優しい心遣いに感謝しながら、笑顔で頷く。



「やっと息子達を紹介できる。左から、長男のユリウス、その隣が次男のクラウス、一番右が三男のマティアスだ。クラウスは先日学園を卒業したんだが、騎士団に入ってしまったから、王都の騎士団の寮に住んでいるんだ。マティアスはまだ学園に通っている。ミサキよりも一つ年下の16歳だ」



 ラルスさんが紹介すると、それぞれ、座ったまま軽く会釈してくれる。

 長男で結婚間近というユリウスさんは、ラルスさんにそっくりだけど、ラルスさんよりもちょっと真面目そうな雰囲気だった。

 騎士団に入ったというクラウスさんは、どちらかというとエリーゼさんに似ていて、華やかな雰囲気の人だ。

 一見細身に見えるけれど、騎士というからにはきっと鍛えられているんだと思う。

 マティアスさんは、いかにも末っ子という雰囲気で、ちょっと可愛らしい感じがする。

 ラルスさんの何にでも興味を持つ好奇心旺盛さを、一番受け継いでいるようにも見える。



「ミサキ=カグラと申します。改めてよろしくお願いします。ユリウスさんは、近々ご結婚なさると伺いました。おめでとうございます。本日は誕生日のお祝いですけれど、私共からも、ささやかですがご結婚のお祝いを用意させていただきました。デザートの時にお出ししますので、楽しみにしていてくださいね」



 着物姿なので、あえて元の世界と同じ作法で一礼すると、ユリウスさんに親しみの篭った笑顔を向けられる。

 ラルスさんのところは、夫婦仲だけでなく、親子仲も良好なようだ。

 突然、両親が平民の私を娘扱いしても、まったく気にした様子もなく受け入れてくれている。

 先王の王弟という、ラルスさんの血統などを考えると、ありえないほどに好意的だと思う。

 それは、両親への尊敬や信頼があるからこそなのではないだろうか。


 他にも予約客はいるので、あまりここにかかりきりにもなれず、話はまた今度にして、料理を運ぶ事にした。

 夜は、昼よりもメニューの品数を増やしてある。

 今日はあえて、大皿からシェアする形で料理を出すことにした。

 2種類のパスタとピザ、男性が多いので肉料理はローストビーフとカツレツにして、グラタンだけは、小さい器で個別に作った。

 彩りがよくなるようにサラダも作り、数種類の小さく作ったパンも籠に盛り合わせて、大きなテーブルに並べていく。

 給仕は亮ちゃんも手伝ってくれた。

 着物姿は珍しいようで、ラルスさんは好奇心で輝く瞳のまま、亮ちゃんを見てる。



「キモノだったか。リョウジもよく似合っているね。そうしていると、年齢よりも随分落ち着いて見える」



 確かに、亮ちゃんの着物姿は10代に見えない。

 変に貫禄があって、下手すると20代半ばに見える。



「ありがとうございます。本日はようこそお越しくださいました。誕生日おめでとうございます、ラルスさん」



 ちょっと人見知りする亮ちゃんだから、ラルスさんの息子さん達がいるので、少し心配だったけれど、自然な笑顔だ。

 緊張した様子も、初対面の相手を気にした様子もない。

 転生して、色々な経験をして、亮ちゃんも前とは違ってきてるんだとわかった。



「デザートは食後に運びますので、ごゆっくりお過ごしください」



 料理の説明を一通りしてから、亮ちゃんと一緒に個室を出た。

 まだ、他の予約客もいるから、挨拶と料理の説明にいかないといけない。

 個室の料金は、個室使用料として、少し高めに料金を設定しているので、特別感を出すためにも、個室のお客様だけは、店主である私が挨拶することにしている。

 料理はあらかた作ってあって、盛り付けをみぃちゃんと結花さんが手伝ってくれるからこそ、できることだ。

 


「さすが、ラルスさんの子供だな。あの3人は大丈夫。美咲が普通に付き合っても問題ないタイプだ」



 人見知りを発揮してなかったと思ったのに、そういうことを考えていたのか。

 でも、亮ちゃんのこの手の判断は、間違いがない。

 今後、ラルスさんの息子さん達とは、上手く付き合っていけるだろう。

 紹介の時にはいなかったけれど、亮ちゃんは3人のことを気に入ったようだ。


 その後、厨房と個室を行ったりきたりして、料理の仕上げをしたり、ご挨拶や給仕に務めた。

 ホールでケーキを出すのは、誕生日であるラルスさんのところだけだけど、お皿に綺麗にデコレーションされたデザートは、どのお客様にも、とても喜んでもらえた。

 結花さんがデコレーションしてくれたけれど、本当に綺麗でセンスがいい。

 私が作ったものが、とても美味しそうに見える。


 ラルスさんの誕生祝いには、苺で飾った生クリームのケーキを作り、ユリウスさんの結婚祝いとしては、クロカンブッシュを作った。

 二つをワゴンに乗せて運んでいくと、ラルスさんから歓声が上がる。

 本当にこういう時は、領主様とは思えないような姿を見せてくれる。

 そんな姿には親しみを感じるし、本当に喜んでくれているのが伝わるので、見てるだけでこちらまで嬉しくなってしまう。

 エリーゼさんも、そんなラルスさんを愛しげに見ていた。

 多分、ラルスさんのこういうところが、とても好きなんだと思う。



「こちらが、誕生日を祝うバースデーケーキで、こちらは、ユリウスさんの結婚のお祝いに、作りました。食べやすいように少しアレンジしてあるのですけど、子孫繁栄を願うという意味のある、ウェディングケーキなんです」



 飴細工は難しいので、たくさん作った小さなシュークリームが崩れないように、飴でくっつけて、上から飴掛けのようなものをしてある。

 取り分けがしやすいように、あえて飴でがちがちにはしていない。



「ありがとう、ミサキ。父のお祝いの席で、こんなに素敵なものをいただけるとは思わなかった。レイラがこの場にいないのが残念だ」



 本当に心から残念そうに言うので、ユリウスさんが婚約者のレイラさんと、とても仲睦まじいのが伝わってきた。

 ユリウスさんも、貴族には珍しい恋愛結婚らしい。

 前に、二人は学園で知り合ったのだと、エリーゼさんが教えてくれた。

 レイラさんは、ユリウスさんよりも3つ年下らしい。

 


「また、いつでも作ります。次は二人でお越しください」



 私がそういうと、ユリウスさんは気を取り直したように、笑顔で頷いてくれた。

 結婚したら、きっと二人できてくださるだろう。

 クロカンブッシュは、見た目はそんなに派手じゃないから、女性向けなら、もう少し華やかなケーキを作りたい気もする。

 ケーキを切り分け、取り皿に見栄え良く盛り付けていく。

 隣では、紅茶を亮ちゃんがそれぞれに出していた。



「ラルスさんは、カスタードクリームがお好きですから、どちらも楽しめるだろうと思って、クロカンブッシュにしたんです」



 クロカンブッシュを選んだ理由の一つは、カスタードクリームがお気に入りのラルスさんのためだ。

 直接確かめたことはないけれど、カスタードクリームを使ったケーキの時は、ラルスさんが特に嬉しそうだから、好きなのはすぐにわかった。

 クロカンブッシュのシュークリームは、小さいとはいっても数が多いので、食べ飽きてしまうかと思って、クリームの中に、フルーツを隠したり、生クリームとカスタードクリームを半々で混ぜて作ったり、趣向を凝らしてある。



「ミサキは良く見ているね。料理も素晴らしかったけれど、デザートも美味しいよ。ミサキのおかげで素晴らしい誕生日になった」



 早速、小さなシュークリームに手をつけながら、ラルスさんがご満悦な表情だ。

 お祝いする気持ちが伝わったのは、とても嬉しい。

 お世話になっているラルスさんに、少しでも恩返しができたようで、良かったと思った。



「ミサキ、さっき言っていたウェディングケーキというのは、何? こちらではないものだから、教えてくださる?」



 エリーゼさんが、興味深げに尋ねてくる。

 私たちの世界の結婚式や披露宴の話をして、披露宴で出されるウェディングケーキの説明もした。

 実際のケーキは、ほとんどが作り物で、入刀するところだけ本物にしてあることが多いと聞いたけれど、私も女の端くれなので、結婚式に憧れはある。

 自分で焼いたウェディングケーキを使えたらいいのにと、思ったことがあった。

 実際は、崩れないように素人が作るのは、とても難しいだろうけど。

 


「こちらでの、披露パーティーと似た場所で、出されるケーキなのね」



 私の説明で理解してくれたエリーゼさんが、何を思いついたか、瞳をきらきらと輝かせる。

 その表情を見ただけで、ラルスさんは何を言いたいのかわかってしまったらしい。



「ミサキ、ユリウスの結婚披露パーティーで、ウェディングケーキを作ってもらえないか? 日程や参加人数は後で知らせるから、できれば他のデザートも担当してほしい」



 前に作法を習っているときに、結婚披露のパーティーは男性の方の親が取り仕切るものと聞いた。

 だから、ラルスさんが全権を握っているのだろうけれど、ユリウスさんはそれでいいのだろうか?と思って、ついユリウスさんを見てしまう。



「父上、私のためにありがとうございます。こんなに心の篭ったケーキで祝ってもらえる、私達は幸せです」



 ユリウスさんは感動した様子で、ラルスさんにお礼を言う。

 その後、すぐに私に向き直った。



「私からもお願いする。遠くから嫁いでくるレイラのためにも、是非、作って欲しい。子孫繁栄というのは、私達にとっては何よりの願いだ。神に遣わされた転生者であるミサキに、結婚祝いのケーキを作ってもらえるのなら、これに勝る祝いは他にはない」



 熱心にお願いされて、断れるはずもない。

 そして、もちろん、最初から断る気もない。

 ラルスさんの大切な家族のためなら、できる限りのことをしたい。

 それに、遠くから嫁いでくると聞いて、まだ逢った事のないユリウスさんの婚約者のために、何かしたくなった。

 嫁いでしまえば、里帰りも滅多にできないと思う。

 多分、少しは侍女を連れてきたりとかするだろうけど、遠くに嫁ぐことが、どれだけ寂しくて心細いことかは想像がつく。

 大好きな人と結婚するためとはいえ、不安も大きいだろう。

 その不安が少しでも消えるように、喜びに変わるように、お手伝いしたい。



「喜んでお引き受けいたします。精一杯、心をこめて作らせていただきますので、よろしくお願いします」



 私が返事をすると、ユリウスさんはとても嬉しそうに微笑んだ。

 その表情がとてもラルスさんに似ていて、親近感が沸く。


 披露パーティーの相談は、後日することにして、その後はデザートを楽しんでもらった。

 すべてのお客様を送り出した時には、予定した10時を過ぎていて、まだ初日だというのに、ぐったりと疲れきってしまった。

 

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ