37.大迷宮70層
「開店前に、みんなで迷宮攻略をしませんか? 美咲さんのコテージのレベルを上げるとどうなるか、とても興味があるので、美咲さんも一緒に」
夕食後、2階の居間にみんなで集まってお茶している時に、鳴君が言い出した。
お店が開店したら、鳴君はピアノを弾くために、夜はずっとお店にいるから、迷宮にはお休みの日にしか行けなくなる。
まとめて時間が取れる今の内に行きたいという気持ちは、とてもよく理解できた。
「それなら、ちょうどいい依頼がある。アーネストがコテージのレベル上げの実験をしてほしいらしいんだ。大迷宮の70層で30回使えるコテージが出たから、それのレベルを上げたいらしい。大迷宮でコテージのレベルがどの程度上がるのか、試して欲しいと指名依頼をもらったばかりだ」
いつの間にか、大迷宮は70層まで攻略されていたらしい。
もしかして、アルさんや尊君たちで篭った時に攻略してたんだろうか?
それにしても、今、出回っているコテージは、最大でも10回しか使えなくて、それでさえもかなりの金額だと聞いたことがあるから、30回使えるとなると、相当な貴重品じゃないだろうか。
それを実験に使おうとするのだから、アーネストさんは思い切りがいいと思う。
「コテージが二つあるなら、寝る場所にも困らなくていいね。臨時パーティを二つ組んで、みんなで行く? アルフがいたら、美咲ちゃんと結花ちゃんは守ってくれるでしょ?」
みぃちゃんも乗り気みたいで、機嫌よく予定を立て始める。
「よさそうな魔物がいたら捕獲したいから、私も賛成」
職業が調教師のカンナさんは、新しいペットが欲しいらしい。
前に少し聞いたけれど、今は職業レベル2で、5匹の魔物を飼育できると言っていた。
魔物もスキルを使えるので、より強いものを捕獲して育てたいけれど、リンちゃんと二人では、強い魔物の捕獲に挑戦する事もできなかったそうだ。
「この人数でコテージもあれば、攻略も進みそうだな。ということで、俺も賛成」
尊君も乗り気なようだ。
結局、みんな賛成だったので、二つのパーティに分かれて、一緒に迷宮攻略することになった。
やっぱり、70層まで攻略したのはみんなだったみたいで、とりあえず70層に飛んで、70層で二日ほど狩りをして、宝箱からもっとコテージが出ないか、試してみるらしい。
リンちゃんは、全員で迷宮ということで、テンションが上がって、とても張り切っている。
「コテージの自動迎撃設定ができるのって、レベル2からだと思うわ。自動迎撃設定ができないと、魔物を倒す効率も悪くなってしまうし、使用回数は一回減ってしまうけれど、レベルが2になったら、一度片付けて、設定を変えたほうがいいと思うの」
私のコテージのレベルが上がったときのことを思い出して、より効率のいい方法を提案してみた。
迷宮のコテージがまったく同じ性能なのかわからないけど、多分、同じという前提で考えておく。
「アーネストから、好きに使っていいって言われてるから、カグラの言う通りにしてみるな。コテージのレベルが意図して上げられるなら、価値も高くなるし、冒険者にとってもありがたいんだ」
自分の持っている物だけが特別過ぎるのは、気が重いから、他のコテージもレベルを上げられる事がわかって、それが出回ればいいなぁと思う。
大迷宮に行くと言えば、またアーネストさんを心配させてしまうかもしれないけど、今回はアルさんと二人というわけでもないし、きっと大丈夫だろう。
戦えないとなったら、コテージでお留守番して料理をしたり、コテージの庭の手入れをしてもいいだろうし、迷宮攻略に参加できなくても、やれることはたくさんある。
鳴君の提案から2日後、10日間くらいの予定で、迷宮に篭る事になった。
開店の日まで、まだ20日以上余裕があるので、迷宮攻略の後、試食会を開く予定だ。
その頃ならば、全員分の衣装が出来上がっているだろうし、実際に営業するのと同じようにやってみて、不備がないか確かめるのもいいと思う。
念のために、しばらくみんなで迷宮に篭る事と、開店の3日前に貴族向けの試食会をすることを、エリーゼさんに手紙で伝えておいた。
ちなみに開店日は、ラルスさんの誕生日だ。
4月の何日にしようか迷っていたら、ラルスさんが誕生日が4の月の8日だと聞いたので、その日にあわせることにした。
開店初日に、ラルスさんがご家族で個室の予約を入れてくれているので、私の店で一番にバースデーケーキを出す相手は、ラルスさんということになる。
そのことを伝えたら、ラルスさんは大喜びしていた。
冒険者ギルドで臨時パーティを組んで、全員で受けられるクエストはすべて受けてから、大迷宮に向かった。
確かに、アルさん達が一箇所に纏まって立っていると、とても目立つ。
この集団に女の子が一人だったときの、結花さんは大変だっただろうと、簡単に予想できた。
今は男女半々に近いけれど、それでも何だか目立ってる気がする。
カンナさんは美人だし、リンちゃんも結花さんも可愛いから仕方ない。
特にリンちゃんと結花さんは、身長が同じくらい小さくて、二人とも可愛い顔立ちなので、並んで立っていると相乗効果で可愛さが際立つ感じだ。
初めて入る70層は、森と草原になっていた。
全体の攻略がしやすいように、まずは、できるだけ真ん中に近い位置に移動して、コテージを出すことになった。
自分のレベルが、この層を攻略するには低すぎる事は理解していたので、薙刀を手にしっかりと周りを警戒しながら歩く。
道中で聞いた話だと、70層にはキングコケッコという、コケッコの上位種や、銀色の毛並みの狼の魔物が、どちらも集団で出るらしい。
森の中では、クモの魔物も出るらしいので、森に入ったら、上にも注意するように言われたけれど、クモが出るなら、できれば森には行きたくない。
今日の方が人数ははるかに多いのに、前の時よりも緊張するのは、周りの魔物のレベルが高いからだろうか。
この層の魔物のレベルは80前後で、複数同時に出ることで、更に難易度が上がっているらしい。
「キングがいた。俺が引くから、援護頼む」
弓を持った尊君が、キングコケッコを発見したようで、弓を構える。
みんなが戦闘態勢に入ったのを見てから、キングコケッコを狙って矢を放った。
私の位置からは、あまりよく見えないけれど、地図に魔物の表示は出ている。
「美咲と結花は下がってろ。流れてきたのがいたら、そのときだけ攻撃頼むよ」
亮ちゃんが私と結花さんを守るように前に立った。
空手をやっていたリンちゃんは、ナックルという武器を手に装備して戦う職なので、アルさんの隣に立ってる。
小柄なリンちゃんが、一番前で戦うのは見ていて不安になってしまう。
「美咲さん、大丈夫ですよ。彼女は強いですから」
私の不安に気づいて、鳴君が声を掛けてくれた。
それとほぼ同時に、リンちゃんが勢いよくキングコケッコを蹴り飛ばす。
アルさんと二人で、数匹いるキングコケッコを相手に、それはもう楽しそうに暴れている。
「……本当に、心配はいらなかったみたい」
生き生きとした様子で戦うリンちゃんを見て、小さく呟くと、鳴君が笑みを零した。
アルさんとリンちゃんだけでなく、みぃちゃんも短剣片手に参戦しているし、尊君も武器を剣に持ち替えて戦っているし、戦闘力は足りてるみたいだ。
普段から良く迷宮にきているだけあって、みんな戦いなれてる。
「お代わり来たよー! 注意してね」
ある意味のんきなリンちゃんの注意を促す言葉に、気を抜いてはいけないと思うけれど、笑ってしまう。
血の匂いを嗅ぎつけたのか、追加でやってきたのは、10匹ほどの銀狼だった。
「ちょっと数が多いですね」
鳴君が、杖を手に氷魔法の呪文を唱えて、銀狼の足元を凍らせる。
範囲魔法だったのか、半分ほどの銀狼の足が止まって、連携が崩れた。
アルさん達が、わざと後ろに流した銀狼に、亮ちゃんが剣で切りかかる。
カンナさんも小さな熊の魔物を呼び出して、銀狼と戦わせ始めた。
後ろで見ているだけというのも嫌なので、亮ちゃんの動きに合わせて薙刀を使い、銀狼に攻撃を加えた。
結花さんも植物を成長させる魔法で、銀狼の足止めを試みている。
数は多かったけれど、みんな強くて戦いなれているので、たいして時間も掛からずに、全部の魔物を倒すことができた。
それぞれ、解体ナイフを取り出して、手早く倒した魔物を処理してしまう。
「さすがキング。卵を結構落とすのね」
キングコケッコのドロップの卵は、サイズは変わらないけれど、数が多かった。
中に色の違う金色の卵も混ざっていて、鑑定をしてみたら、それは質のいい卵のようだ。
卵と鶏肉は毎日山ほど使うので、キングコケッコのドロップはとても嬉しい。
魔石もそれなりに出たようなので、やっぱり迷宮は階層を進むほど、手に入るものの質も上がるのだとわかる。
「コテージを出す場所なんだけど、できたら、キングコケッコが出るところでお願い」
どこで出るのかはわからないので、先にお願いしておく。
卵を使うのはみんなわかっているからか、了承してもらえて、キングコケッコが出やすい場所へ歩き出した。
「アルフ。銀狼のレアなんているのかしら?」
小さい熊を従えたカンナさんが、前を歩くアルさんに声をかける。
カンナさんの胸の辺りの大きさの熊は、茶色で可愛い感じがした。
レアというのがよくわからなくて、首を傾げてしまう。
「一日一回だけ出没するのでいいなら、いるぞ。いる場所もわかるから、行ってみるか?」
一日一回しかでないから、レアなのか。
普通の魔物とどう違うんだろう?
私にはよくわからないけど、カンナさんはそれを捕獲したいのかもしれない。
「レアって、強いの?」
一番後ろを警戒しながら歩く亮ちゃんに尋ねると、頷きが帰ってくる。
「レベルが一段あがるからな」
警戒しながらだからか、亮ちゃんの返事がいつもより素っ気無い。
「行きたいけれど、コテージを出してからにしましょう。大丈夫だと思うけれど、いざという時に、逃げ込める場所を作っておくほうがいいわ」
カンナさんの意見はもっともなので、まずは、私のコテージとアルさんが持っているコテージを出してしまうことにした。
数度、魔物と遭遇したけれど、難なく倒しながら森の近くの草原にコテージを出すことができた。
結界で魔物を倒したいので、互いに邪魔しあう事がないように、あえて少し離してコテージを出す。
見た目は同じだけど、私のコテージの方は広い庭がある。
草原の中にぽつんと庭付き一戸建てがあるのは、不思議な感じだ。
コテージのレベルが上がる前は、詳細設定ができないから、コテージの中に入れたい人を登録することはできなくて、誰でも入れる状態だ。
ただ、侵入を防ぐ結界はついているので、コテージを出した人に害意がある人は、弾かれてしまうと聞いた。
どこの村でも結界の魔道具が使われているので、村の中まで魔物が入り込んでくることはなくて、この世界の人が魔物に殺されるのは、村や街の外に出た時がほとんどだ。
アルさんが出したコテージに入ってみると、初めてコテージを見たときと中はまったく同じで、懐かしい感じがした。
「全然違うんだな。美咲のコテージは育ってるのがよくわかる」
アルさんのコテージに入ってきた亮ちゃんが、驚いたように中を見てる。
最初に私のコテージを見たから、違和感があるんだろう。
「私のも、最初はこんな感じだったのよ。レベルが上がって部屋が増えたときは、とても驚いたわ」
あの時は転生したばかりで、他にも驚くことが色々あったけど、コテージのレベルアップは極め付けだった。
一応、暖炉前のテーブルをみたけれど、まだ操作パネルみたいなものはないようだったので、外に出て、私のほうのコテージでお昼を食べる事にする。
最近は、庭で育った野菜や薬草が、納戸に自動収穫されていたけれど、油の樹だけは自動で収穫できないようなので、先に樹の幹に傷をつけて、下にたらいを置いた。
油の樹は魔物を引き寄せるから、これで、結界が魔物を倒してくれるだろう。
油を集めながら魔物も倒せて、一石二鳥だ。
「ミサちゃんー、お昼ご飯何ー?」
お腹空いたーと、リンちゃんとみぃちゃんが騒ぐ。
仕方がないなぁと思いながら中に入り、昼食の支度をすることにした。
その後、カンナさんは無事にレアな銀狼を捕獲することができた。
アルさんが出したコテージの結界で、複数の魔物が死んでいたけれど、確実にレベルが上がってから、出しなおししたかったので、コテージを一晩放置することになった。
初日の夜は、ロフトに女子、寝室ともう一つのコテージに男子と別れて休んだ。
コテージが二つあるので、お風呂も男女で別れて入ることができて、効率が良かった。




