34.桜のない世界
短いですが、きりのいいところで切りました。
「結花さん、リンちゃんとカンナさんがきたけど、馴染めそう? リンちゃんはあの通り素直な子だし、カンナさんはちょっと口は悪いけど、結構優しい人なのよ。でも、一緒に暮らすとなると、お互い気をつかうだろうから、もし、気になることがあったら遠慮なく相談してね?」
リンちゃんとカンナさんにコテージのお風呂を勧めて、その間に店の厨房で夕飯の支度を始めていた。
お喋りをしながらのお茶の時間が長かったので、お腹が空くか怪しかったけれど、リンちゃんが言うには、別腹で余裕らしい。
結花さんが手伝ってくれるというので、一緒に料理をしながら、できるだけさり気なく切り出した。
今集まっているメンバーの中では、結花さんだけ、元から親しい相手がいないから、居心地が悪くならないように、気をつけなければと思っている。
もう十分辛い思いをしたのに、これ以上疎外感とか感じさせるのは嫌だ。
「二人とも中学の時に同じクラスになったことがあるから、少しは知っているし大丈夫。それに、私、美咲さんがいればどこでも、誰がいても平気」
にこっと無邪気な笑顔で告げられて、嬉しくなってしまう。
思わず微笑み返しながら、小さく安堵の息をついた。
これから、コテージで女子4人で暮らすことになるから、結花さんに無理をさせたくないので、ホッとした。
「それに、女の子が増えるのは嬉しいし、ちょっと助かるかな。冒険者ギルドとか迷宮に行く時、あのイケメン集団に私一人だけ女だから、ちょっと周りの視線が痛くて。アルフさんとか、組みたがってる女性冒険者もたくさんいるみたいだし、他のみんなも、めきめきと成長して、頭角を現したって感じでしょう? 羨まれるのも嫉まれるのも、反応に困っちゃうの」
から揚げを揚げながら、結花さんがため息をつく。
どういった状態なのかは、簡単に想像がついて、気の毒になってしまった。
私は最近は、礼儀作法を習いにいったり、料理をしたり、冒険者ギルドとは無縁の生活をしているから、そんな状況になっているとは知らなかった。
そういったことにみんな敏感だから、ちゃんと守ってくれてると思うけど、リンちゃんとカンナさんが混ざる事で、緩和されるといいなぁと思う。
「何かあったら、すぐに亮ちゃんに頼ってね? 妹認定していたから、きちんと守ってくれるはずだから」
言わなくてもちゃんと守ってくれると思うけれど、結花さんが頼りやすいように、伝えておく。
「みんな、すぐに気づいて守ってくれるから、大丈夫。向こうにいた頃なら、恐れ多いって感じだったんだろうなぁって、時々不思議に思っちゃうの。美咲さんがいなかったら、話をすることもない人達だったのにって考えると、夢みたいって思うときもあるわ」
ついでに、明日の注文分のバケットの生地を作りながら聞いた結花さんの言葉で、予想通り、みんなが守ってくれているとわかって、ホッとした。
アルさんはSランクだけど、今まで固定パーティを組んでなかったらしい。
以前組んでいた人とのパーティを解散して以来は、ソロか臨時パーティを組むかだと聞いた。
そのアルさんが目をかけているということで、みぃちゃん達は注目の的らしいから、多分、知らないところで、みぃちゃん達も苦労してるんじゃないかと思う。
女の人の嫉妬も怖いけど、男の人の嫉妬も結構怖い。
まだ冒険者のランクが高いわけじゃないみぃちゃん達が、Sランクのアルさんと一緒にいるとなると、嫉妬される事もあるだろう。
「でも、みんな普通の男の子でしょ? 亮ちゃんなんか、クールじゃなくて無愛想だし、鳴君は、最近は大人しいけど、前の素行は褒められたものじゃなかったし、尊君は口が悪くて素直じゃないし、みぃちゃんは可愛いし」
4人のそれぞれの特徴を並べ立てる。
4人とも、見た目はかっこいいんだけど、中身は普通の高校生男子だと思う。
欠点だってあるし、弱点だってある。
バケットをオーブンに入れてから、大量に作ったゆで卵の殻を剥いていった。
冒険者ギルドに依頼を出したいほど、卵の消費が激しい。
今度、街から1日以上離れた、Eランクの冒険者のクエストの邪魔にならない場所で、コケッコ退治をしたいくらいだ。
「美咲さん、それ、御池君だけ褒めてるから」
笑いながら突っ込みを入れられて、顔を見合わせて笑ってしまう。
最近、結花さんの笑顔が増えて、本当に嬉しい。
「あ、そうだ。アルフさんに聞いたんだけど、こっちに桜はないみたいなの。庭に、美咲さんに似合う、花が咲く植木を入れようかと思って、桜を探してたんだけどだめだったから、他に何かないかなって思ってたの。今、前庭は薔薇が咲いているけど、コテージのあるほうの庭にも、何か植えてもいいかなって思って。お店が開店したら、生け花にも使えるでしょう?」
迷宮に行ったりしながら、庭の手入れをするだけじゃなくて、もっと綺麗にしてくれようとしていたらしい。
確かに、生花用のお花を買わなくて済むなら、とても助かる。
桜がないと聞いて、少し残念に思った。
毎年家の庭でお花見をしていたから、みんなでお花見ができないのは、寂しいなぁと思う。
家の縁側で夜桜を眺めたり、部屋の窓から見える桜を眺めるのは、とても好きだった。
ご先祖様で桜が好きだった人がいたらしく、私の家には、たくさんの種類の桜が植えられていて、開花時期のずれている桜を、長い間楽しむことができた。
「桜がないのは残念ね。私は薔薇も好きだけど、木に咲く花なら椿も好き。商業ギルドの市場には植木もあるから、今度一緒に見に行きましょう」
庭に植えるのなら、椿がいいなと思ったけれど、この世界にあるのかがわからない。
この世界では、同じ名前でも、ちょっと違っていたりする時もあるから、実物の確認が必要だ。
「椿があるといいな。美咲さんにはよく似合うから。それに、椿は実も使えるものね。油が取れるでしょう?」
すっかり料理にも慣れた様子で、手際よく働きながら問われて、頷きを返した。
元の世界と同じかわからないけれど、似たものなら、実からは良質な油が取れると思う。
「市場で植木の取り扱いが多い日を調べておくわ。もし、庭を整えるのに、足りないものがあったらいつでも言ってね?」
遠慮しないように言うと、もう何度も同じ事を言ったことがあるから、心配性だと笑われてしまった。
話をしながら料理をしていたら、途中でみぃちゃんも混ざってきた。
よく手伝ってくれるので、みぃちゃんのエプロンも用意してある。
リンちゃんとカンナさんの歓迎会だからと、張り切って作った料理は、気がつくと有り得ないような量になってしまい、少しずつ、できるだけたくさんの種類を並べる事にした。
作ったデザートはアイテムボックスにしまって、他の料理は大皿に盛り付け、ワゴンで運んでいく。
今日は品数が多いので、ホールのテーブルをいくつかくっつけて、料理を並べることにした。
言わなくても、取り皿やお箸を二人で運んでくれるので、私は後片付けに専念する。
浄化の魔法が使えるので、隅々まで綺麗にするのも苦にならくて、とても助かっていた。
ちなみに、お箸は竹を加工して、みぃちゃんが作ってくれたのを使っている。
ミシディアですら、箸はあまり使う人がいないらしい。
「美咲、みんな揃ったから、早く来い」
片づけが終わった頃、尊君が呼びにきたので、エプロンを外して厨房を出た。
リンちゃんとカンナさんは、もうお風呂から出たらしい。
店のほうのお風呂は、男子が交代で入っていたはずだけど、全員が入れるほどの時間は経っていないから、ご飯を優先したんだろうか?
店のお風呂は、一度に3~4人は入れる広さがあるけれど、みんなばらばらに入っていることが多い。
「呼びに来てくれてありがとう」
結んでいた髪を解きながら言うと、尊君がふいっと横を向く。
「別に。腹が減ったから、呼びにきただけだ。美咲がこないと、食えないし」
素直じゃないなぁと思ったら、おかしくなってつい笑ってしまった。
尊君が拗ねたように、ぺしっと私の後頭部を叩く。
「笑ってないで、さっさと行くぞ。――……林原達、合流できてよかったな」
先に歩き出しながら、最後だけはボソッと付け加えるように言われて、この一言を言う為にきてくれたのだとわかった。
私が、リンちゃん達のことをずっと気にしていたのを知っていたから、やっと逢えた事を、尊君も喜んでくれているんだろう。
素直じゃないけど優しいなぁと思いながら、尊君の後を追いかけて行った。




