33.到着
待ちに待っていたピアノがやってきた。
朝に連絡を受けたので、商業ギルドに亮ちゃんと二人で行き、みんなが留守の間にピアノを受け取った。
中古と言われなければわからないほど綺麗な、白いグランドピアノは、鳴君によく似合う。
貴族の持ち物だっただけあって、白に金で綺麗な意匠が施されてあって、優美な雰囲気のピアノだった。
調律やメンテナンスの方法を聞いてみたら、ピアノには状態保存の魔道具が備わっているそうで、ほぼ必要ないらしい。
鳴君の反応を楽しみにしながら、亮ちゃんと二人で店に戻った。
今は、みんなで小迷宮に出かけているので、今の内にホールを綺麗に片付けて、ピアノを設置してしまうことにする。
「亮ちゃん、ピアノ、どこに置くのがいいと思う?」
一度、テーブルと椅子を全部片付けて、ホールに何もない状態にしてから、設置場所を二人で考える。
「そうだな。直射日光はさけたいから、テラスからは離した方がいいな。テーブルや椅子を置く事も考えると、できるだけ端に寄せた方がいい。ディナーショーじゃないんだから、真ん中はあんまりだろう」
ホールを歩き回りながら、亮ちゃんがピアノを置くのにちょうどよさそうな位置を探す。
扉から、ワゴンを押して入り、給仕する事を考えると、ピアノを置く場所は一箇所しかなかった。
「暖炉が近いけれど、大丈夫かしら?」
もっといい位置はないかと、室内を見渡しながら考え込む。
状態保存の魔道具が備わっているとはいえ、音にも影響するし、よりよい位置に置きたい。
「どうせ、飾りの暖炉なんだから、問題ない。美咲、ここに出してみて」
亮ちゃんの言う通り、暖炉に火を入れなければいいだけだし、入れるときはピアノを片付けるか、移動させればいいのかもしれない。
ピアノは私のアイテムボックスに入っているので、亮ちゃんに言われるままピアノを出してみる。
やっぱり、グランドピアノともなると大きくて、広々としたホールでも、かなりの存在感があった。
「後は、テーブルと椅子も並べてみよう。恋人とか夫婦で来るのを想定しているのなら、テーブル一つに椅子は二脚でいいだろう?」
より効率のいい方法を話しながら、テーブルや椅子を並べていく。
あまり隣の席が近い状態にはしたくないし、ワゴンが余裕で通れるだけの幅はほしいので、どうしても席数は減ってしまう。
やっぱり、皆で話し合いをしてみたほうがいいかもしれない。
「テラス席を作るとか、よりよくする方法を皆で考えた方がいいかもしれないわ。二人だけで考えるよりも、いい案がでるかもしれないし。他にも相談したいことがあるから、皆が帰ってきたら時間を作ってもらいましょう」
並べ切れなかったテーブルと椅子を、ホールの隅に纏めておく。
亮ちゃんはホールの中を見ながら、まだ考え込んでいる様子だ。
その時、ホールの扉があいて、何かが私に突進してきた。
「ミサちゃんだ、ミサちゃんだ、ミサちゃんだ~!!」
突進の後、私の胸にぐりぐりと顔を擦り付けるようにして甘えてくる。
癖のある髪をツインテールにした小さな姿は、よく見慣れたもので、思わずぎゅっと抱きしめていた。
何より、私を『ミサちゃん』と呼ぶのは、一人しかいない。
「リンちゃん! 無事についたのね。よかった……」
懐かしい友達が、無事でいてくれたことが嬉しくて、安心すると同時にじわっと涙がわいてくる。
「ミサちゃんも無事でよかったよ~。すっごく心配したんだからっ!」
感極まったように、泣き出されてしまった。
その様子を見ただけで、どれだけ心配を掛けてしまったのかわかってしまって、涙が溢れた。
「ごめんね、リンちゃん。でも、探してくれて、ありがとう。アルさんにも本当に助けられたのよ。リンちゃんとカンナさんのおかげで、本当に助かったの」
二人がアルさんに私のことを頼んでくれなかったら、どれだけ大変で寂しかっただろうと、想像するだけで怖くなる。
一人だった頃の私が、何とかやってこられたのは、リンちゃん達のおかげだ。
二人の気持ちが、離れ離れでも私を守って、助けてくれた。
泣きながらしがみついてくる小柄なリンちゃんを、しっかりと抱きしめたまま、近くで呆れ顔を作っているカンナさんに微笑みかけた。
泣き出しそうなのを誤魔化すように、呆れ顔を無理やり作っているカンナさんは、相変わらず素直でない人みたいだ。
「私はリンがうるさいから、付き合っただけよ。それに、神楽さんのそばにいたほうが、まともな食事をできると思ったから」
ふいっと、そっぽを向くカンナさんの後ろから、鳴君が入ってくる。
私たちの様子を見て、おかしそうに笑みを零した。
「相変わらず素直じゃないですね。久しぶりの再会なんですから、泣いたって誰も笑いませんよ?」
「うるさいわ、歩く生殖器は黙ってて」
からかう鳴君に、ぴしっとカンナさんが言い放つけれど、鳴君は気にした様子もない。
私は知らなかったけれど、いつもこんな感じだったんだろうか?
首を傾げていると、リンちゃんが、「ミサちゃん、可愛い~」と、更にぎゅうっと抱きしめてきて、さすがにちょっと苦しくなる。
リンちゃん、どれだけレベルを上げたんだろう?
元々力は強かったけれど、以前とは比べ物にならなくて苦しい。
「馬鹿、加減しろ!」
尊君が苦しくて動けないのに気づいてくれて、リンちゃんの腕が緩んだ時は、ホッとした。
それにしても、鳴君を驚かせるつもりが、反対に驚かされてしまった。
「ミサちゃん、ごめんね。大丈夫?」
伺うように上目遣いに見てくるリンちゃんは、叱られた犬みたいにしゅんとしてて可愛い。
よく、勢いで行動して叱られて、その後、こんな感じになっていたから、とても懐かしく感じた。
「大丈夫」と微笑みかけると、満面の笑みを返される。
「サプライズの予定が狂ったけど、まぁ、いいか。美咲、よかったな」
二人が来るのを待ち望んでいた事を、よく知っている亮ちゃんが、自分のことのように喜んでくれる。
頷きを返し、顔を見合わせたまま微笑むと、注意を引くようにリンちゃんに腕を引かれた。
「ミサちゃん、大槻君と仲良し? 従兄なのは教えてくれたけど、学校では話とかしないから、仲悪いかと思ってた。冒険者ギルドでみんなに会って、ミサちゃんのところで一緒に暮らしてるって聞いて、びっくりしたんだよ?」
従兄なのは話したことがあったけれど、学校で無関係を貫いている理由までは話してなかったから、不思議に思ったらしい。
だからこそ、亮ちゃんはあてにならないと思って、余計に私を心配して探してくれたのかもしれない。
みんなが案内してくれたから、中まで入れたのかと、今頃になって気づいた。
「一緒に育ったから仲はいいの。ただ、小学生の時に、亮ちゃんを好きな子達に苛められた事があって、それ以来、学校では話をしなくなったの」
簡単に説明すると、なるほどーと、素直に頷いている。
相変わらず、リンちゃんは可愛らしい。
「美咲さんっ! ピアノ、手に入れてくれたんですか?」
リンちゃん達に気を取られていたのか、あれほど存在感のあるピアノに、漸く気づいた鳴君が、ふらふらっと近づいていく。
やっぱり、鳴君の雰囲気に、優美な白いピアノはよく似合う。
「取り寄せだったから、時間が掛かってしまったの。もう、うちのピアノだから、好きなだけ弾いていいわよ」
確かに存在しているのを確かめるように、鳴君がピアノに触れるのを見ていたら、無理にでも手に入れてよかったと思った。
ピアノの音色は好きだし、好きなだけ、いくらでも弾いてくれたら、手に入れた甲斐もある。
鳴君は早速ピアノを弾きだして、演奏に夢中なので、残りのみんなでお茶することにした。
「尊君、亮ちゃんと一緒に、テーブルをくっつけて、席を作ってくれる? カンナさんとリンちゃんは、疲れてるだろうから座ってて。今、お茶をいれてくるから」
適当に指示を飛ばして、厨房に行くと、みぃちゃんも手伝いに来てくれた。
みぃちゃんはいつもよく手伝ってくれるから、とても助かる。
「紅茶いれるの? コーヒーも用意する?」
お湯を沸かしながら、ティーセットを用意していると、コーヒーカップもみぃちゃんが取り出す。
亮ちゃんはコーヒーの方が好きだから、両方あったほうがいいかもしれない。
「両方淹れるわ。それより、みぃちゃん。キッチンタイマーみたいなの、砂時計で作れないかな? 紅茶はいいんだけど、パスタを茹でるときにね、茹で時間が終わったら教えてくれる物があると助かるんだけどなぁって思ったの」
パスタは茹で加減が大事だから、キッチンタイマーが欲しかったけれど、さすがにこの世界では手に入らないので、相談してみた。
この世界で短い時間を計るのは、砂時計くらいしかない。
砂時計の砂が落ちきった時に、それを音で知らせてくれるように加工できないかと思ったのだ。
みぃちゃんは手先が器用なので、既にあるものを加工するならば、みぃちゃんに頼むのが一番だった。
「それなら、僕の目覚ましをあげるよ。太陽電池で動くし、きちんと時間も計れる機能もついてるから。こっちの世界だと、時計ってあまり使わないし、朝は鐘の音で起こされるからいらないんだ」
あ、そうか。
元々持っていたものを利用してもいいんだ。
修学旅行の荷物がそのままだったから、私も、使えるものを何か持っているかもしれない。
私は、携帯が目覚ましの代わりもしていたけれど、みぃちゃんは寝起きが悪いから、携帯だけでは起きれなくて、目覚ましも持っていたのかもしれない。
寝起きの悪いみぃちゃんも起こす鐘の音って、考えてみると凄い。
「ありがとう、みぃちゃん。これで問題が一つ解決したわ。今日は、リンちゃんとカンナさんも合流できたし、ピアノも届いたし、とてもいい日ね」
嬉しい事が一度にやってきて、浮き浮きと心が弾んでしまう。
今夜は、ケーキも焼いてご馳走を作って、お祝いをしよう。
とりあえずは、手持ちのデザートを色々と取り出して、お茶と一緒に持って行くと、リンちゃんが大喜びだった。
お菓子を食べるのも久しぶりだと、喜ぶリンちゃん達から旅の話を聞くことにする。
途中で、先生がいなかったかどうか、気になっていた。
「アルフの手紙が届いたのが、ゼファードに入ってからだったんだ。ゼファードって雪が降るから、すっごく寒かったよー。歩けないくらい雪が積もっちゃうし、滑って転ぶし、そりが欲しかったー」
ゼファードは、とても雪深くて寒かったらしい。
リンちゃんが思い出しただけで体を震わせている。
そういえば、リンちゃんは寒がりで、冬には着膨れていた。
「リンの説明じゃ、話が進まないわ。雪の影響が少ないように、ゼファードの王都は南寄りにあるのよ。隣の大陸との貿易も、ミシディアの港町を経由する方が多いらしいわ。その王都の冒険者ギルドで、アルフの手紙を受け取ったのが1の月の半ばだったの。一番雪が深い頃みたいで、すぐにも飛び出しそうなリンを抑えるのは大変だったわ……」
とっても大変だったのが、カンナさんの表情と口調で伝わってくる。
大雪の中を旅するのは大変だから、それなりに準備をするか、雪がやむまで待つしかないのに、飛び出そうとするリンちゃんを宥めるのは、付き合いの長いカンナさんでも苦労しただろう。
「幸い、アルフの実家の隊商が同行させてくれたの。おかげで馬車で移動できたから、とても助かったわ。ミシディア経由で遠回りになってしまったけれど、大雪の中を歩くよりは遥かに早かったわね」
ここでも、アルさんのお世話になっていたらしい。
本当にアルさんには、いくら感謝してもし足りない。
アルさんの実家である商家にも、何かお礼になるようなことができればいいんだけど。
喋るのはカンナさんに任せたのか、リンちゃんは幸せそうにケーキを食べている。
生クリームが唇の端についていたので、ハンカチで拭っておいた。
「私達が一番最初に飛ばされたのは、ティアランスに近いミシディアの村の近くだったの。あの時、ミシディアの方に移動したのが本当に悔やまれるわ。ティアランスを目指していたら、もっと早く合流できていたのに……」
本当に悔しそうにカンナさんが言う。
でも、そうしていたら、きっとアルさんと知り合うこともなかっただろうから、遠回りも無駄ではなかったと思う。
辛い旅を長くさせてしまったのは、申し訳なく思うけれど。
「まぁ、結果論でしかないわよね。アルフに逢えたし、和食の食材も見つかったから、悪い事ばかりでもなかったと思うことにするわ。女子6人のパーティだったのだけど、みんな旅は怖いっていうから、村よりもずっと人の多い、大きな街まで移動して、そこで他の子とは別れたの。ランスに来る途中で立ち寄って、様子を見てきたけどみんな元気にしてたわ。冒険者としてやっていくのは無理そうだからって、4人で衣料品がメインの雑貨店を経営していたの」
カンナさん達と一緒のパーティだった人達も、無事でお店をやっているんだとわかって、ホッとした。
聞いてみれば、4人とも手芸部たったそうで、小物製作もだけど、編み物も洋裁も得意だったらしい。
確か、去年の文化祭で、手芸部ではウェディングドレスを製作していて、ドレスを着て記念撮影をするという催しをやっていた。
とても素敵なドレスだったらしくて、1時間待ちの行列ができるくらい人気だったらしい。
最後は整理券を出して対応したと聞いた。
「あの文化祭のドレスは見事だったからな。あれをやりきった人達なら、お店も上手くやっていくだろう。4人で助け合えるだろうしな」
亮ちゃんも文化祭の時の事は覚えていたみたいで、感心した様子だ。
その言葉に、みんな同意するように頷いているから、やっぱり印象的な催しだったんだと思う。
その4人がメインで進めていたかはわからないけれど、でも、企画や運営を経験しているのなら、転生者らしい発想で、お店を発展させる事もできるんじゃないだろうか。
「あの子達も凄いって思ったけれど、神楽さんも凄いわね。まさか、こんなに大きな店を手に入れているなんて、思いもしなかったわ。ここに案内された時、リンってば、拳が入りそうなくらい大口開けて、ぽかんとしてたんだから」
リンちゃんの様子を思い出したらしいカンナさんが、くすくすと忍び笑う。
その様子は、簡単に想像できてしまった。
「それは内緒にしてっていったのに~」
ばらされたくなかったのか、リンちゃんが真っ赤になって恥らうから、それが可愛くて、つい笑ってしまう。
私まで笑ってしまったから、リンちゃんが涙目になって、ぽかぽかと隣のカンナさんを叩いている。
見慣れたやり取りが、やっぱり懐かしい。
「まぁ、リン。これでも食って、落ち着け」
ずっと聞き役に徹していたというより、話を聞きながら食べるのに夢中だったアルさんが、小さな苺のタルトをリンちゃんの口に、運ぶというより半ば突っ込んだ。
食べ物でご機嫌を取る作戦らしい。
頬を赤らめたまま、照れ隠しみたいに勢い良くリンちゃんがタルトに食いつくと、アルさんは慌てて手を引く。
指まで齧られそうになったらしい。
「餌付けって、こういうのをいうんだな」
手を引いたアルさんが、笑いながらリンちゃんの頭を撫でる。
前から、アルさんの言葉の端々に、二人に対する好意は感じていたけれど、リンちゃんをとても可愛がっているみたいだ。
「子ども扱いしなーい!」
しっかりタルトを食べ終えてから、憤慨するリンちゃんを見て、みんなで笑ってしまう。
二人が旅の途中で逢った転生者や、現地の人の話を聞いたりしながら、午後はのんびりと賑やかに過ごした。
先生の目撃情報はなくて、がっかりとしたけれど、でも、二人がきてくれたことは、やっぱりとても嬉しかった。
鳴君は、その間、それはもう幸せそうに、延々とピアノを弾き続けていた。
楽譜もないのに、一曲として同じ曲はなく、レパートリーもクラシックだけじゃなくジャズも混ざっていて、アルバイトの経験は伊達じゃないんだなと思った。
ピアノとリンちゃんとカンナさんが同時に到着。




