4.辺境の町
採取をしたり、魔物を狩り続けながら歩き続けて10日目、やっと丘の上から見えた建築物に辿りついた。
無理に急がなかった事もあるけれど、随分と時間がかかってしまった。
盗賊などに出会わず、倒せないような魔物に遭う事もなく、こうして人の住む街へ辿り着けた幸運に感謝する。
10日の間にレベルは15まで上がり、薙刀術で使える技が増えた。
火魔法と水魔法も、色々と試してみたので、最初より使える呪文が増えた。
特に水魔法にある回復呪文を覚えた時はホッとした。
これがあれば、多少の怪我ならば対処できるはずだ。
スキルは使うことで成長しているようだけれど、職業は料理人なので、そちらの経験は、ほぼ積めないままだった。
コテージも成長して、Lv4になっていた。
寝室にロフトが増え、もう一部屋増えて、一人では持て余す広さになっている。
コテージ内の操作パネルで開放された機能も増えて、次のレベルでどう変化するのかがわかるようになった。
コテージはLv5になると、庭で野菜や薬草などが育てられるようになるらしい。
調味料になる植物などが育てられると便利になるので、Lv5を目指したいけれど、街にたどり着いたから、しばらくコテージを出す機会はなさそうだ。
近づいてみてわかったけれど、遠くから見えた建築物は街を取り囲む巨大な外壁で、高さといい幅といい素晴らしく大きく、それでいて無骨なものだった。
過去に戦争か何かあったのかもしれない。
無駄な装飾のない実用的な外壁といった感じだ。
華やかさはないから、ここは王都ではないのかもしれない。
ここに辿り着くまで、街道沿いであったはずなのに、村のようなものはまったく見当たらなかった事を考えても、ここは辺境と呼ばれる街なのではないだろうか。
色々と推測しながら、門まで歩いていくと、当然の事ながら兵士が2人立っていた。
揃いの鎧を着て、腰に剣を装備しているから、多分、この街を守る兵士なんだろう。
大きな街のようで、中に入るための列ができていたので、その列に並ぶ。
初めて現地の人と遭遇できて、どきどきと落ち着かない気持ちになるのと同時に、どこからこれだけの人がやってきたのだろうと思う。
列に並んだまま見ていると、私がやってきたのとは門を挟んで反対の方角から、徒歩や馬車の人がやってくる。
多分、あちら側が王都のある方角で、私がやってきたのは辺境から更に国境へ向かった先だったのかもしれない。
それにしては、国境を守る砦のようなものは見当たらなかったけれど。
街の中に入れたら、図書館のようなものを探すか、本屋を探して、足りない知識を身につけたほうがよさそうだ。
いくら現地の人よりも能力が高いと神様に聞かされていても、何も知らなければ足元を掬われることもあるから、安心する気にはなれない。
「身分証の提示をお願いします」
私の二つくらい前にいるグループが、身分証を求められているのが聞こえた。
本には、冒険者ギルドにいけば身分証が作れると書いてあったけど、今は何も持ち合わせていない。
問題なく入れると思うけれど、何だかどきどきとしてしまう。
「すみません。冒険者になるためにきたので、身分証を持っていないんです」
自分の番がやってきた時、聞かれる前に身分証がない事を切り出した。
私のような人は多いのか、特に驚かれることもなく、兵士の一人が水晶玉を取り出して、それを持つように言われる。
落とさないようにしっかり水晶玉を受け取ると、淡くだけど光を放った。
いきなり光ったのでびっくりしてしまったけれど、これが通常なのか、兵士の人は驚いた様子もない。
「犯罪歴はないようなので、入っていいですよ。中に入ってすぐの詰所で、税金を払って証明書をもらってください」
私の後ろにも列は続いているので、手短に説明される。
水晶玉を返してから中に入り、詰所に行くと、こちらも慣れた様子で銀貨一枚の税金と引き換えに証明書を出してくれた。
身分証ができてから証明書を持ってくれば、冒険者は街に入るための税金がかからないようになっているので、半分は戻ってくるらしい。
こちらに詰所はそんなに混んでいなかったので、ついでに冒険者ギルドの場所を聞いてから歩き出した。
言葉も普通に通じるし、文字も普通に読める。
見たところ人が多いみたいだけど、時々、獣の耳やしっぽが生えた人も歩いている。
しばらく一人きりだったから、久しぶりの人の気配にホッとしながら、冒険者ギルドに向かった。
街の中なので、薙刀はアイテムボックスにしまっておく。
門を入ると、まっすぐな幅の広い道が続いている。
馬車が余裕ですれ違えるほどの道幅が取られていて、実際、奥のほうに店があるのか、荷物を山積みにした馬車が通っていった。
その両脇には、門の近くはいざという時の危険度が高いからか、商店などはなく、小さな家が立ち並んでいた。
あまり見栄えはよくなく、長屋のような建物もあるので、この辺りは家賃が安いんじゃないかと予測する。
それでも、街の入り口というだけあって、寂れた感じはしない。
夕方になれば、帰宅する人達で活気のある場所なのかもしれない。
予測は当たっているのか、奥に進むに連れ、道の両脇に建つ家が大きく頑丈そうなものに変わっていく。
領主の城や貴族の屋敷が立ち並ぶエリアなのか、もう一つの門が、まっすぐ続く道の先に見えた。
その門のある城壁の辺りは、商店が立ち並んでいる。
冒険者ギルドもその一角にあり、大きいのですぐに見つかった。
道路を挟んで反対側が商業ギルドらしい。
緊張しながら冒険者ギルドに入ると、昼前ということもあってか中は空いていた。
受付と書かれたカウンターに向かうと、綺麗な人が笑顔で対応してくれる。
中は綺麗だし、銀行みたいな雰囲気で、思っていたのと随分違った。
もっと怖そうな人たちがうろついて、柄の悪い場所だと思っていた。
不良校と名高い学校にびくびくしながら一人で行ってみたら、普通の学校だったみたいな、そんな奇妙な安堵感がある。
「登録をお願いしたいんですが」
安堵の笑みを浮かべながら、受付の人に話しかけると、目の荒い用紙を差し出された。
一応紙はあるみたいだけど、あまり質はよくないみたいだ。
「こちらに必要事項の記入をお願いします。※のついたところは必須で、他は任意の記入で結構です」
必須なのは、名前と年齢、それから職業だった。
スキルや称号は任意だけれど、職業が料理人だから、戦闘手段もあることを証明する為に、薙刀術と魔法は書いておいたほうがいいかもしれない。
日本語と違うのに、書こうと思えば普通に書けるので、できるだけ丁寧に書いて差し出すと、受付嬢が書類に目を通す。
「ミサキ=カグラ様。17歳ですね。ただいまカードをお作りいたしますので、その間にギルドの説明をさせていただきます」
やっぱり、銀行みたいだ。
丁寧な口調で冒険者ギルドのシステムを説明してくれる。
冒険者ギルドは各国共通で、違う大陸のギルドもシステムはまったく同じで、データも共有されるらしい。
ギルドランクというものが決められ、受けられるクエストの目安がわかるようになっているとか、最初はEランクから始まってSSランクまであるとか、説明は本で読んだ事ばかりだった。
お金を預けられて、銀行の口座と同じように使えるというのは本にはなかったけど、アイテムボックスを持っていれば必要ないからだと思う。
ギルドカードは商業ギルドも共通で、同じものが使えるらしい。
「一通りの説明は致しましたが、不明な点がございましたらいつでもお尋ねください。それでは、カードが出来上がりましたので、カードに軽く魔力を通していただけますか? そうする事で、持ち主の魔力パターンが記憶され、持ち主以外には使用できなくなります」
差し出されたカードを受け取って、軽く魔力を流してみる。
そうすると、カードの表面に文字が浮かび上がった。
名前:ミサキ=カグラ Lv15
年齢:17歳
職業:料理人Lv2
スキル:薙刀術 火魔法 水魔法
ギルドランク:E
レベルは書いていないのに、勝手に表示されている。
でも、レベルは勝手に表示されるのに、転生者というのは表示されないみたいだ。
聞いてみたい気もするけど、転生者の扱いが実際はどういうものなのか、はっきりするまでは隠しておいたほうがいいかと用心した。
記入したものと間違いないことを確かめてから、アイテムボックスにカードをしまいこんだ。
「依頼をお受けになる時は、こちらのカウンター、素材の買取の時は2階のカウンターにお願いします。冒険に必要なアイテムも2階には取り揃えておりますので、よろしければご利用ください。何かご質問はございますか?」
素材の買取と言われて、アイテムボックスに途中で倒した魔物の素材があることを思い出した。
必要はないものだし、相場を見るためにも、売りに出してみるのもいいかもしれない。
「それじゃ、お勧めの宿と雑貨のお店を教えてもらえますか? 特に日用品が不足しているので、質のいいものをおいているお店をご存知でしたら教えてください」
武器と防具は今のもので十分だと思うので、今夜宿泊する場所と、普段着等を手に入れる場所を教えてもらう事にした。
旅行バッグがアイテムボックスに入っているから、着替えも少しはあるけれど、シャンプーやトリートメントが尽き掛けている。
浄化の生活魔法で体は綺麗になるけれど、髪や肌の手入れまではできない。
受付嬢はとても綺麗な人だから、それなりの品を使ってスキンケアや化粧をしているんじゃないかと思う。
私は化粧はしないけれど、化粧水や乳液くらいは欲しい。
「それでしたら、お勧めのお店があります。宿は商業ギルドの2軒隣の『こまどり亭』がお勧めです。部屋にお風呂もついていますし、食事も美味しいです。雑貨店はわかりづらいので地図を書きますね。どちらも、冒険者ギルドのシェリーが教えてくれたと伝えていただいて構いません。少しはサービスしてくれると思います」
ギルドには関係ないことなのに、にこやかに説明して、その上地図まで描いてくれる。
何て親切でいい人なんだろうと、感動してしまった。
「ありがとうございました。次は依頼を受けにきますね」
地図を受け取って、丁寧にお礼を言ってからギルドを後にした。
素材を売り損ねた事に気づいたのは、随分後になってからだった。