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密やかに想う  作者: 水城雪見
本編
46/109

幕間 森の国にて 7

一条視点、最終話。



 重い雪雲を見ない日が増え、春が近づいているのを、日差しでも感じられるようになってきた。

 冬の間ずっと閉ざされていた門が、明日には開放される。

 鈴木のことが完全に解決したわけではないが、ユリアや佐々木達の勧めもあって、明日には旅立つ事にした。

 少なくとも、鈴木にはユリアの庇護があり、安全な場所にいる。

 これ以上、俺が鈴木にしてやれる事は何もない。

 ユリアの勧めで馬に乗る練習もしたが、肝心の馬は手に入らなかった。

 森の国で馬を育てている牧場はなく、草原の国から仕入れているらしい。

 馬を買うのなら、草原の国の方が手に入れやすいからと、紹介状だけはユリアが用意してくれた。

 


「先生、ただいまー」



 出かけていた3人が連れ立って帰ってきた。

 もうすっかり新居にも馴染んで、工房も有効活用している。

 魔道具師の見習い期間ももうすぐ終わるらしいが、まだ、自分達で店をやらずに、師匠の店に、作ったものを置かせてもらうことにしたらしい。

 店番をする日数こそ減ったものの、まだ魔道具師の店に通っている。



「おかえり。鈴木は元気だったか?」



 俺が明日には旅立つ事を、3人で鈴木に伝えに行っていた。

 ぎりぎりまで、俺も顔を出すかどうか迷ったが、下手に刺激するのもよくないかと思い、見合わせていた。



「前よりは元気だったと思う。ただ、明日見送りにくるかはわからないけど」



 比良坂が鈴木の様子を思い出したのか、顔を曇らせる。

 その様子を見て、やはり無理だったかと、残念に思う。

 最後に、もう一度だけ話をしに行くべきだっただろうか。



「比良坂、そんなこと、もうどうでもいいよ。それより、先生。明日の準備はすんだんですか?」



 日永が、強い口調で比良坂を遮る。

 気をつかって話題を変えようとしてくれているらしい。



「元々、アイテムボックスに入れっぱなしのが多いからな。忘れ物はないはずだ」



 俺が使っている部屋には、ベッドしか置いていない。

 他の家具は備え付けで、中はからっぽだ。

 居間のソファに体を預けながら、何か忘れ物があったかと、考え込む。



「先生、大事なのを忘れてるよ。これ、持ってないでしょ?」



 佐々木が、魔道具らしきものを取り出す。

 4つセットになった杭のような魔道具だ。



「これ、先生に使ってもらおうと思って、3人で作った結界の魔道具です。これなしで一人旅とか、ありえないですよ?」



 佐々木に差し出されて受け取ると、俺の名前まで入っている。

 前に、結界の魔道具を購入しようとした時に、在庫がないからと言われて、後回しにしていたのをすっかり忘れていた。

 確かに、旅には必須と聞いていたのに、すっかり忘れていたのだから、この分だと色々必要なものを忘れているかもしれない。

 まだ、買い物に行くならぎりぎり間に合うから、チェックしておくか。



「ありがとう、みんな。これがあれば、安心して旅ができるな」



 魔道具を手にお礼を言うと、3人とも照れた様子だ。



「僕の結界師のレベルが、3になってから作ったんです。先生には、少しでもいいものを持って行って欲しくて、結界の魔道具は品切れって、言ってもらってたんです。魔道具製作の段階で名前を入れると、所有者が登録されるので、盗難の心配はなくなるから、安心してください。魔力を流す事で登録完了みたいだから、忘れないうちにやってくださいね」



 考えてみれば、冬の間に魔道具を作って、雪が解けてからやってくる商人に卸すと聞いたことがあるから、春になる前の今の時期に品切れは不自然だ。

 そのことに気づかないほどに、他に気を取られていたらしい。

 説明する佐々木の言葉で、俺のために、佐々木がぎりぎりまでレベル上げを頑張ってくれたんだとわかった。

 前に魔道具製作の話を聞いたときに、試しに日永が名前を描いて、比良坂がそれを刻んでみたら、所有者登録ができたしまったと話していた事があった。

 複数の職業のスキルが絡み合った結果のようだけど、所有者登録というのは今までできなかったようなので、新しいサービスとして確立できるんじゃないかと思っている。

 魔力を流すというのは、ギルドカードで馴染みがあるけれど、やはり不思議な感じがする。

 受け取った結界の魔道具に、忘れないうちに魔力を流しておいた。



「餞別はそれだけじゃないですから。僕達で色々作ったんです。全部持って行って下さい」



 小さなバッグから、比良坂がテーブルの上に色々と取り出し、一つ一つ使い方を説明してくれる。

 アイテムボックスの代わりになるバッグや、携帯コンロのような魔道具、簡易テントに寝袋と、旅で使いそうなものが、次々と出てくる。

 野宿する事があっても困らないようにしてくれたらしい。

 神楽にと、ハンドミキサーの魔道具も渡されてしまった。



「私からはこれです。旅の途中で資金が足りなくなったら、遠慮なくこれを売ってください」



 日永がアイテムバッグから取り出したのは、大小様々なオルゴールだった。

 まだ、森の国でも売りに出してないアイテムだから、他の国でも、物珍しさできっと売れるだろう。

 巾着型のアイテムバッグにオルゴールを戻して、バッグごと差し出される。



「荷物は、たくさん持てた方がいいですから、バッグごと持って行って下さい。せっかく作ってくれたものだからって、売り惜しみしないように、たくさん入れておきました。金策でクエストしてる暇があったら、その分の時間で神楽さんを探してください」



 日永なりに、俺がスムーズに旅ができるように考えてくれたらしい。

 馬を購入するとなると、旅を続けるための金策は必須だと思っていたから、日永の心遣いがありがたい。

 3人とも、俺の事を考えて、精一杯の餞別を用意してくれたようだ。

 


「本当にありがとう。お前達の事を置いていく俺に、ここまでしてくれて」



 明日には旅立つということで、感傷的になっているのか、不覚にも涙しそうになる。

 転生したばかりの頃の不安そうだった姿と比べると、見違えるほどに成長した様子を嬉しく思う。

 俺にはまだ経験がなかったが、3年間受け持った生徒が卒業する時は、こんな気持ちになるのかもしれない。

 見れば、日永と佐々木は、涙を溢れさせていた。



「僕達で先生を独占するわけにはいかないよ。だから、置いていかれるなんて思ってない。先生のことだから、どうせ、旅先で生徒を見つけて、困ってたりしたら、絶対助けると思うし、そうなると、待たされる神楽さんがかわいそうだから、だからっ、他のところで少しでも時間短縮できるようにって、思ったんだ」



 話しているうちに感極まってきたのか、比良坂も涙を零す。

 転生してから、ずっと一緒に暮らしてきた。

 俺達の間には、教師と生徒以上の絆ができていると思う。

 明日には、離れ離れになるのだと思うと、やはり寂しい。



「先生っ、僕達、先生とパーティ組めて、よかった。先生がいたから、目標も見つけられたしっ……頑張れた」


「そうだよ、せんせっ。私、他の人と組んでたら、絶対うまくやれなかった。先生がいて、比良坂達も一緒だったから、何とかなったんだ。先生は、神楽さんを一人にしたって、自分を責めてるかもしれないけどっ、代わりに私達のことは、守りきってくれたんだから、その分だけ、責めるのをやめて、褒めてあげてっ」



 佐々木と日永に泣きながら抱きつかれて、しっかりと抱き返した。

 比良坂も手招いて仲間に入れ、くしゃくしゃと頭を撫でる。

 最初は、まともに会話さえしてくれなかった日永とも、この家で暮らしだしてからは、会話が増えた。

 鈴木や雪城の日永に対する態度を見ていたから、日永の言いたい事はよくわかった。

 多分、他のクラスメイトとパーティを組んでいても、日永は似たような扱いを受けていただろう。

 仕事も、日永一人ではどうにもならなかったけれど、比良坂が一緒にいたことで、道ができた。

 俺の力じゃない。偶然の巡り合わせだと思うが、日永は俺に感謝してくれているらしい。


 神楽を一人にしてしまったけれど、代わりにこの子達のことは守れたのか。

 あの時の選択を、間違いにするもしないも、俺次第だったんだ。

 どうやら俺は、間違わずにすんだらしい。


 一頻り泣いた後は、みんな照れくさそうな様子で、最後の夜を過ごした。

 次の日に備えて寝なければと思っても、話は尽きず、深夜まで4人で過ごした。

 3人とも神楽宛に手紙を書いてくれていて、必ず渡す事と、いつかまた再会することを約束した。








 朝、神がくれた装備の上に、防寒用のマントを羽織って、4人で門まで歩いた。

 今日は雪城は仕事らしく、昨日のうちに別れは済ませてある。

 今の職場は居心地がいいそうで、ご機嫌な様子だった。

 昨日、雪城が転生前のことを話してくれた。

 大きな病院の一人娘だった雪城は、小さい頃からお医者さんを婿にもらって、家を継ぐように育てられていて、働く事など考えたことがなかったらしい。

 だから、転生して自分の力で生きていかないといけなくなった時に、どうしたらいいのかわからなくなって、俺に依存してしまったそうだ。

 鈴木というライバルがいたせいで、余計に執着してしまって迷惑を掛けたと、謝られてしまった。

 小さい頃から教えられた生き方以外はできそうにないから、身寄りがなくても自分を受け入れてくれる人を探すと言っていた。

 あの分なら、彼女は心配ないだろう。

 結婚して、家を守り、子供を生み育てるのも、一つの生き方だ。

 愛情をもてる人を見つけて、幸せになってくれればと思う。



「何かあったら、遠慮せずにユリアを頼る事。こちらでは成人でも、お前達はまだ、人生経験が足りないんだから、年長者を頼る事は恥じゃない。頑張るのはいいが、決して無茶はするな」



 別れ際、くどいほどに言い募っていると、こちらにやってくる馬車が見えた。

 ユリアが見送りにきてくれたのかと思い、視線を向けると、止まった馬車から鈴木が降りてくる。

 降りるなり、こちらへ駆け寄ってきた。



「先生っ、ごめんなさいっ! 私、もう大丈夫ですからっ、ユリアさんと相談して、ちゃんと仕事もします。だから、安心してください。今まで、我侭ばかり言って、本当にすみませんでした。どんなに謝っても、許してもらえることじゃないけど、本当にごめんなさいっ!」



 俺の目の前で、泣きながらもしっかりとした声で鈴木が謝り、謝意を示すように頭を下げる。

 漸く、鈴木も先のことを考えられるようになったのだと思うと、嬉しいと思う気持ちが湧き上がってきた。

 鈴木の頭を撫でて顔を上げさせ、喜びと安堵の入り混じった思いで見る。

 どこか虚ろで生気のなかった表情が、しっかりとしたものに変わっている。

 口先だけでなく、これから先、しっかり生きていこうとする気持ちが伝わってきた。



「俺は怒ってないから、安心しろ。やっと、この世界で生きていく気持ちが固まったんだな。レシピはノートに残してあるから、ユリアと相談して頑張れよ」



 視線を合わせて笑みかけると、鈴木が顔をくしゃくしゃにして泣きじゃくった。

 ユリアが優しく宥めるように鈴木の肩を抱き寄せて、涙を拭ってやっている。

 随分、信頼関係を築けているようだ。

 多分、今日見送りに来るように促してくれたのは、ユリアだろう。

 感謝の気持ちをこめて見つめると、安堵したような笑みをユリアが浮かべた。



「トモミ、約束を忘れないでね。盛大な惚気合戦ができるように、私も頑張るわ」



 旅立ちが湿っぽくならないようにか、軽く冗談めかしてくれる。

 その気遣いに感謝しながら、右手を差し出す。

 顔を見合わせたまま、初めて会った時のように握手を交わした。

 まだ、そんなに前のことではないのに、随分前のことのように思う。

 ユリアと出逢えた事は、俺にとって、紛れもない幸運だった。



「どこまで旅をすることになるかわからないが、手紙は必ず届ける。俺の生徒達を頼むな」



 預かった手紙を必ず届ける約束をして、改めてみんな事を頼む。



「任せておいて。気をつけていってらっしゃい」



 ユリアが力強く請け負ってくれる。

 おかげで、安心して旅立てる。

 ユリアに任せていれば大丈夫だと、心から信頼できる。



「先生、いってらっしゃい!」


「神楽さんによろしく。一人なんだから、気をつけて」



 一人一人の顔を見て、「いってきます」と声をかけ手を上げてから、まだ雪の残る道を歩き出した。

 まずは南下して、南西にある獣族の草原の国を目指す予定だ。

 そこで馬を手に入れてから、旅を続けよう。

 やっと、神楽を探しにいける。

 一人になったことの不安よりも、漸く旅に出られたことの喜びの方が大きかった。

 長い旅になることも知らず、俺は意気揚々と森の国を後にした。




森の国編、後は鈴木結衣視点で1話で完了です。この後の一条側の話は、美咲と再会するまでは書かないと思います。

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