幕間 森の国にて 5
一条視点。
「先生。僕達、相談があるんです」
鈴木を見送って部屋に戻ると、3人部屋の中には日永もいた。
最近では時々見る光景だ。
何の相談だろうと思いつつ、空いたベッドに腰掛ける。
「僕達、3人で工房付きの家を手に入れたいんです。それで、これをユリアさんを通してでいいので、売れないかと思って……」
比良坂が小さな箱のようなものを差し出してくる。
受け取って見てみれば、それは小さなオルゴールだった。
多分、修学旅行のお土産か何かで買ったものだろう。
「僕も勇も妹がいるから、一緒にお土産に買ったので、二つあるんです。こっちにはオルゴールはないみたいなので、売れれば、それが家を買う資金になるんじゃないかって、3人で話し合ったんです」
俺の知らないところで、3人とも色々と考えて、話し合っていたらしい。
多分、俺に少しでも負担をかけないように、オルゴールを売る事を考えたんだろう。
確かに、こちらにないものなら売れるだろう。
けれど……。
「比良坂。これをサンプルにして、造形師のスキルで、オルゴールを作ることはできないのか? これを売ってしまえばそれきりだが、もし、再現ができるのなら、そっちの方がいいんじゃないか? 日永がデザインした箱にオルゴールもつけて、ジュエリーボックスにしたりすれば、3人で工房を開いた時に、他の店にはない特別な商品になるだろう?」
元の世界にはオルゴールの手作りキットがあった。
それを考えれば、そう複雑な作りでもないだろうし、造形師のスキルで何とかならないだろうか。
「――もしかしたら作れるかもしれません。やってみないとわかりませんが、試す価値はあると思います」
少しだけ悩むようにしていた比良坂が、オルゴールの構造を見て、顔を輝かせ、弾む声で答える。
多分、何とかなりそうな感覚があるんだろう。
「先生、凄い。僕は売る事しか思いつきませんでした」
佐々木に尊敬の眼差しを向けられ、照れてしまう。
「そんなに見るな。照れる」
照れを誤魔化すように軽く言いながら、佐々木の頭を撫でると、何故かそれに日永が過剰反応する。
比良坂が慌てながら、日永を部屋の外に連れ出した。
「二人ともどうしたんだ?」
俺がわけのわからないまま尋ねると、佐々木が苦笑する。
「先生は腐女子って聞いたことないですか? 日永のあれは病気です」
ため息混じりに問われ、婦女子がどうしたのだろう?と首を傾げる。
多分、俺の知る言葉とは、意味合いが違うのだろう。
「知らないなら、知らないほうが幸せです。僕も知りたくなかった……」
佐々木があまりにも憔悴した様子だったので、深く問わない方がいいだろうと、話を変えることにした。
「今日は、比良坂達は休みだろう? これから、早速、商業ギルドに行くか? みんなで住む家なんだから、みんなで選んだ方がいいだろう?」
商業ギルドの担当者は決まっているので、ユリアがいなくても物件を見ることはできるだろう。
佐々木の結界があるとはいえ、できるだけ治安のいいところを探してやりたい。
まだ、旅立つまでに時間はあるから、手持ちの金貨をある程度出し尽くしてしまっても、その後に稼げばいいし、早めに家を購入できそうならその方がいい。
「じゃあ、僕、二人に話してきます。家を見るの、楽しみです」
佐々木が弾かれたように立ち上がり、嬉しそうな様子で部屋を出て行く。
歳相応の、少年らしい無邪気な様子を見せてくれるようになったことを、嬉しく思いながら、俺も佐々木を追いかけて部屋を出た。
王家の血を引く由緒正しい貴族であるユリアの紹介だったからか、商業ギルドでは、とても親切に対応してくれた。
数箇所に候補を絞って、実際に一つ一つ建物を見て回り、最終的に決めた家は、比良坂達が通う工房にも近く、店舗としても使える建物だった。
道路に面しているので、庭こそないものの2階建てで、1階に店舗にできるスペースと工房、それから居間やキッチンがあり、2階は個人で使える部屋になっている。
予定よりも少し広くはあったが、立地も申し分なかったので、思い切って決断した。
金貨80枚という金額だったが、ユリアのおかげか、70枚まで割り引いてくれたので、俺にも何とか払える金額だったのだが、3人に支払いを拒否されてしまった。
「自分達の家なのに、先生に買ってもらうわけには行きません。先生は僕達に生きる方法を教えてくれました。それだけで十分です」
比良坂の言葉に、佐々木と日永も頷く。
「でもな、家を住めるようにするのって、結構金がかかるんだぞ? 今、3人で家を買うと、結構ぎりぎりだろ? だから、俺も少しは出す。旅に出るまで住まわせてもらう分の、家賃だと思ってくれていい」
互いの所持金をはっきり知っているわけではないが、日永は個室に泊まっていたし、迷宮もサボりがちだったから、あまり余裕はないはずだ。
比良坂だって、仕事をしながら、その合間に迷宮に通っていたので、そこまで稼げているとは思えない。
それを考えると、かなりの金額を、一番迷宮に通えている佐々木が負担するんじゃないかと思う。
3人で相談していたけれど、半ば強引に佐々木に金貨を渡して、早速契約の手続きをしてもらうことにした。
後ろで「こんなにもらえない」と、騒いでいるが、あえて無視だ。
こちらの世界では、15歳で成人らしいので、佐々木達でも契約はできる。
商業ギルドの担当者に契約を頼んだ後は、俺は少し離れ、3人にすべて任せる事にした。
魔道具師の店で働くようになったので、比良坂と日永は商業ギルドにも登録してあるし、契約は特に問題なくおわりそうだ。
これで、3人の今後は、然程心配いらないだろう。
住む場所があって、仕事があれば、生きていくのに困ることはないだろうし、最悪の場合でも迷宮という収入源がある。
雪城はあの様子なら、早々にどこかに嫁に行くだろうし、後は鈴木だけか。
ユリアに責任を放り投げたような後味の悪さがあって、ため息が出る。
「先生、ここ、皺になってる」
険しい顔になってしまっていたのか、眉間の皺を佐々木に突かれる。
随分、気安い仕草を見せてくれるようになったなと思うと、気持ちが和んだ。
「契約はおわったのか? 家の引渡しが終わったら、必要なものの買出しにも行かないとな」
住人はいなかったから、すぐに家の引渡しはできるだろうけど、今日はもう遅い。
必要なものをそろえるのは、明日の方がよさそうだ。
「もう、家の鍵はもらえたんですけど、夕食の時間だから今日は宿に帰ろうかって、話してました。明日は勇も日永も仕事があるので、僕が買い物に行く事になったんですけど、先生も付き合ってくれますか? 一人だと、何を買っていいのかがよくわからなくて」
引越しなどしたことがないのか、佐々木が困り顔だ。
「もちろん、言われなくてもついていくつもりだった。俺は2度、引越ししてるからな。少しは役に立つと思うぞ」
大学に入るときと就職する時の2回、引越しの経験はある。
その経験が、こちらでどの程度役に立つのかわからないが、いないよりはマシだろう。
俺の返事を聞いて、ホッとした様子の佐々木を連れて、宿に帰った。
「先生の言う通りでした。引越しってお金がかかるんですね……」
佐々木と二人で、新居に必要なものをあらかた買い出して、たまに昼を食べに行く馴染みの店に入る。
佐々木は疲れてしまったのか、ぐったりとテーブルに伏せていた。
「新しく生活を始める時は、仕方がない。それでも、比良坂達が魔道具を作ってくれるから、安く済んだほうじゃないか?」
キッチンにコンロの魔道具は備えてあったけれど、オーブンや冷蔵庫の魔道具はさすがに置いてなかった。
どちらも、貴族や裕福な平民の家のキッチンでないと見かけないものらしい。
幸い、比良坂が作れるようになったらしいので、買わずに作ることにした。
工房はあるのだから、製作場所にも困らない。
他にも室内の温度調整をする魔道具や、防音の魔道具など、こちらの生活では魔道具があらゆるところで使われている。
ただ、それも、この街ならではで、魔道具が手に入りづらい他の街では、魔道具は高いので、そこまで使われていないらしい。
「食べ終わったら、新居で最低でもベッドは使えるようにしておくか。宿はもう引き払ったから、寝る場所がないと困るよな」
できれば、風呂も入れるようにしたいが、あまりやる事が多いと、佐々木が更に疲れそうなので、言わないでおく。
こちらではカーテンなどは、自宅で作るものらしく、製作を頼むとなると、一度家に来てもらって、採寸などをしてもらわないといけないらしい。
午後にきて貰う事になっているので、佐々木を急かして、食事をする。
とりあえず、必要最低限のものをそろえておけば、後は好みで少しずつ揃えていくだろう。
引越し後は、旅に出る前に、少しずつ家事を教えて行けばいい。
聞けば、日永も料理はできないそうなので、自炊することにした時に困らないように、ノートに簡単な料理のレシピを残しておくことにした。
家を持たない冒険者が多いからか、外食に困る環境ではないけれど、料理をやる気になったときに、取っ掛かりはあったほうがいいだろう。
「先生、明日からまた、迷宮に行きましょう。僕、先生がいるうちに、もう少しレベルを上げておきたいです」
多分、金策もしたいのだろうと思ったので、明日から、いつものように早朝にも迷宮に通うことにする。
今、佐々木も俺もレベルは60を超えたところだ。
この世界の普通に街で暮らしている人のレベルは、30前後で、小さな村など、魔物と戦う事が多い環境で暮らす人のレベルが60前後らしい。
そのレベル差だけでも、街の中がどれだけ安全なのかよくわかる。
この世界では、街から出ることなく、一生を過ごす人も珍しくはないらしい。
俺達は転生者なのでレベルが上がりやすいが、普通はレベル60まであげるとなると、迷宮専門の冒険者でも、2年以上かかると聞いた。
佐々木と比良坂がいうには、危険な階層に行く冒険者は一部で、安全に倒せる魔物がいる階層で戦う冒険者が多いから、経験値を得辛いせいもあって、レベルアップが遅いんじゃないかとの事だった。
冒険者といっても、ある程度のレベルになれば、レベルを上げることよりも、効率よく稼ぐことを重視するので、踏破されていない迷宮も多いそうだ。
ゲームでなく現実なのだから、わかる気もする。
攻略するためでなく、生活する為に迷宮に篭るのだから、よほどの理由がなければ、より強い魔物と戦いたいとはならないだろう。
俺も、可愛い生徒達に怪我をさせたくはない。
だから、迷宮に入るときも安全重視で、確実に倒せる魔物が出る階層までしか進んでいなかった。
この不確かな世界で、大切な人を守るための力が欲しい。
そう思ったから、迷宮で自分を鍛え、金策をし、冒険者ギルドのランクを上げることに務めた。
世界でも一握りのSランクになれれば、貴族にも対抗できるだけの力を持てる。
だから、いつかはSランクの冒険者になれるように、旅の間も迷宮通いをするつもりだ。
守りたい人を思い浮かべると、真っ先に浮かぶのは神楽の姿だ。
遠く離れていて、いつ逢えるかさえわからないというのに、守りたいなんて、滑稽だと思う。
冷静に考える時間ができて、離れ離れになったあの時の事を思い出せば、もっと違う方法があったのではないかと、後悔が押し寄せる。
彼女を一人で放り出すことしかできなかった、自分の無力さを思い知らされる度、もっと強くなりたいと思う。
だけど、今更、後悔したってどうにもならない。
今の俺にできることは、自分を鍛えながら、神楽との約束を果たす事だけだ。
時間が経てば経つほどに、想いは募る。
一日も早く逢いたいと思う。
無事を確認して、あの日、一人きりにしてしまったことを謝りたい。
あの時、どうして神楽を一人きりにしてしまったのか、そのことを突き詰めて考えると、『神楽が特別な存在だったから』という答えに辿り着く。
誰も特別扱いしないようにしていたのに特別だったから、私欲でしかない気がして、一緒に行く事を選択できなかった。
一緒に行けないならば、せめて彼女が一人にならないようにするべきだったのに、あの時はそこまでの心の余裕がなかった。
今思えば、死んだと聞かされて、俺もかなり動転していたらしい。
あの時のことを思い出すと、自分の未熟さや至らなさを思い知らされる。
なのに、彼女に申し訳ないと思う一方で、辛い時、縋るように彼女の姿を思い浮かべてしまう。
目を閉じて、あの凛とした清雅な姿を思い出すだけで、心が癒される。
絶対に再会するのだという気持ちが、逢いたいと思う強い気持ちが、心を奮い立たせてくれる。
「先生、そろそろ行きましょうか?」
食事を終え、佐々木に促されるまま店を出た。
採寸のための約束の時間が迫っている。
こちらの人は、あまり時間には正確でないけれど、新居へ急ぐ事にした。
こまめにユリアと連絡を取って、鈴木の様子を聞いてはいたが、あまり変化はないらしい。
一応、鈴木が菓子作りの仕事をする気になったときのために、ユリアの紹介してくれた鍛冶屋でケーキの型は作ってもらった。
円形で、底が抜けるようになっているもので、俺が知るものよりも、少し深く作ってもらう。
シフォンケーキといえば、真ん中に穴の開いたクグロフ型が思い浮かんだのだが、こちらでそれを再現するのは難しそうだったので、スポンジケーキと同じ円形にしたのだ。
ついでに泡立て器も作ってもらったので、それをもとに、比良坂にハンドミキサーの魔道具を依頼した。
スポンジケーキのレシピを残しておけば、俺がいなくなった後、鈴木が仕事をする気持ちになったときに、少しは役に立つかもしれない。
けれど、俺の知るレシピでは、使う材料が少ない代わりに、かなりしつこいくらいに卵を泡立てないといけない。
いくら、レベルが上がって基礎体力が増えているとはいっても、手動では時間がかかりすぎる。
その状態ではケーキの試作さえできないので、とりあえずは比良坂の魔道具待ちだ。
「先生、これ、もうひっくり返して大丈夫?」
フライパンの前でじーっと肉が焼ける様子を見ていた佐々木が、不安そうに問いかけてくる。
新居に入ってから、少しずつ、簡単な料理を教えていた。
が、比良坂も日永も、料理に向いていない。
手先を使う器用な仕事をしているくせに、料理の時だけは役に立たない事が判明した。
なので、二日目から、料理は俺と佐々木で担当している。
比良坂と日永に料理をさせるのは、材料がもったいない。
「その肉は薄切りだから、周りの色が変わってきたらひっくり返して大丈夫だ。それに、何度ひっくり返してもいいんだから、そんなに神経質にならなくて大丈夫だぞ」
料理なんて、そう神経質になるものでもない。
適当に味付けして、適当に火を通せば食える。
と、最初に教えたら、佐々木にちょっと呆れられた。
「ご飯もほしいですね。この世界、お米はないのかなぁ?」
パン食に飽きたのか、肉をひっくり返しながら佐々木がぼやく。
気持ちはわからなくもない。
こちらの世界の料理もそれなりに美味いんだが、和食が恋しくなる時がある。
「旅の間に見つけたら、手に入れておく。荷物が送れるといいんだけどな」
もちろん、宅急便のようなものはない。
通信は個人的に人を雇って、手紙を送るくらいしかできないらしい。
もし、米が見つかったら、冒険者ギルドで依頼を出して、米を運んでもらうしかなさそうだ。
それか、どれだけ先になるかわからないけど、俺がこの国まで運んでくるという手段もある。
「いつかのお土産リストに、米を入れておく」
今は、雪に閉じ込められているから、行商人に確認すらできない。
ユリアなら知っているかもしれないが、こちらでも米と呼ばれているのかわからないし、説明が難しい。
不思議なものや便利なものもたくさんあるが、やはり不便も多い世界だと思う。
元の世界が便利すぎただけなのかもしれないが。
その後、帰ってきた比良坂と日永に、ハンドミキサーの魔道具が完成したと聞いた。
オルゴールも、何とか再現できそうなので、今は、どの曲をオルゴールにするか、候補をしぼっているらしい。
明日、早速ケーキを試作して、できあがったらユリアに届けようと思った。
できるなら、旅立つ前に鈴木のことを何とかしたかった。




