31.予想外の客
結花さんは、料理はできないと言っていたけど、それも経験がなかっただけで、私が教えるとすぐに覚えて、色々と手伝ってくれるようになった。
元々、繊細な作業も必要な庭の手入れを得意とする人なので、料理にも向いていたみたいだ。
特に、デザートのデコレーションのセンスなんかはとても良くて、お店を開店したら、そちらも手伝ってもらう事になった。
生活面では、まだ男の人を怖がる様子もあるけれど、亮ちゃんたちには慣れたみたいだ。
結花さんは小柄で細いけれど、胸がとても大きいので、元々向こうにいた時から、男の人のいやらしい視線には敏感だったらしい。
けれど、亮ちゃんたちにはそういったところがないのも、すぐに慣れた理由の一つみたいだ。
私の胸は結花さんほど大きくないけれど、不躾に胸や足を見られる時の不快感はよくわかる。
最初こそ、私が留守の時はコテージに篭っていたけれど、最近は、みんなで迷宮に出かけたりもしている。
迷宮で襲われたのがトラウマになってないか心配だったけれど、先日の冒険者ギルドの一件があってから、信頼関係が出来上がりつつあるようで、みんなが一緒にいることで、安心できたらしい。
一人で入るのは絶対無理だけど、みんながいるなら大丈夫と言っていたから、坂木君達とのあのやり取りも、無駄ではなかったんだと思った。
彼らと結花さんが決別するには、ちょうどよかったんだろう。
「美咲ちゃーん! お客さん連れてきたー」
お店の厨房で料理をしていると、みぃちゃんが元気よく帰ってきた。
お客さん?と、お店はまだオープンしていないので、首を傾げてしまいつつ、玄関ホールに向かう。
「おかえりなさい。お客様って?」
玄関に出ると、みぃちゃんと冒険者らしい男の人が数人、一緒にいた。
「あのね、美咲ちゃんのお弁当、欲しいんだって。僕達が食べてたのをちょっと分けてあげたら、みんな気に入っちゃったみたいで。そしたら、アルフが金取ればいいって言い出したから、相談するのに連れてきたんだ」
みぃちゃんの説明を聞いて、なるほどと納得した。
お弁当を売りに出すのは、問題ないし、色々とあって延び延びになっていたけれど、お金を稼ぐ手段が欲しかったから、ちょうどいいかもしれない。
「みぃちゃん、話を聞くならお茶をいれるから、テラスのあるホールに案内しておいてくれる? 支度がすんだら、すぐに行くわ」
お客さんなのだから、それなりの対応をしなければと思って、紅茶とロールケーキを用意して、ワゴンでホールに運んだ。
アイテムボックスを使うと便利だけど、お店を営業する時に、アイテムボックスから料理を出すのはあんまりだから、料理をワゴンで運ぶ癖をつけている。
厨房で料理を作って、玄関ホールを通らなければ、個室にもホールにも行けなくなっているから、料理を載せるワゴンは必要だ。
「わ、ロールケーキだ♪ 先に食べちゃっていいの? みんなのなくならない?」
みぃちゃんが無邪気に喜びながらも、足りなくなる事を心配する。
食べ物の恨みは恐ろしいから、一人だけ食べたのがわかると、後が怖いんだろう。
「たくさん作ったから、大丈夫」
安心させるように微笑みかけながら、テーブルに茶器とロールケーキのお皿を並べた。
みぃちゃんの隣の席が空いていたので、そこに腰掛ける。
「どうぞ、召し上がってください。お店が開店したら出す予定のケーキなので、甘いものが嫌いでないのでしたら、味見していただけると助かります」
お客様よりも先に手をつけられないから、みぃちゃんは待てを食らった犬みたいになっている。
今日のロールケーキは、みぃちゃんの好きな苺クリームとフルーツで作ってあるので、早く食べたくて仕方がないようだ。
「じゃあ、遠慮なく」
冒険者の人達は、この店の雰囲気が苦手なのか、借りてきた猫みたいになっている。
笑顔でケーキを勧めると、恐る恐るといった様子で、フォークを手に取った。
「すまん。俺達は根っからの平民で冒険者だ。作法とかさっぱりなんで、変なことをしても許してくれ」
冒険者の一人、熊みたいに厳つい人が、大きな手で小さいデザートフォークを持つ姿は、確かに慣れてない感じだった。
本来ならば、フォークなど使わず、手づかみで食べたいところなんだろう。
率直な言葉は人の良さを感じさせて、印象は良かった。
アルさんが、お店に連れて行くように言うくらいだから、いい人達なんだろうとわかっていたけれど、間違いないようだ。
「ジン、意外と繊細なんだねー」
みぃちゃんが失礼な事を言いながら、幸せそうにロールケーキを食べる。
失礼な事を言いながらも、いつもよりも大きくケーキを切って、少し行儀悪く食べているのは、彼らの緊張を解すためなんだろう。
「しかたねぇだろ。こんな高級な店、縁がねぇし、店主は別嬪だし、緊張するなって方がむりだってぇの。――しかし、うめぇな、これ」
ロールケーキをおいしそうに食べている熊みたいな人は、ジンさんというらしい。
日に焼けた無精ひげも残る頬が赤らんでいて、思わず笑ってしまった。
「それで、お弁当を作ればいいんですか? いつまでにいくつくらい、どんなものを作ればいいでしょう?」
みんなに持たせているお弁当は、退化竹を切って、器にしたものに、ご飯やおかずをつめたものだ。
一応、上に布をかぶせて、竹の器の周囲をヒモで結ぶようにして、中身が零れないようにしてある。
ご飯の代わりにパンや、サンドイッチを持って行くときもあるけれど、今日、持たせたお弁当はサンドイッチだった。
お米はアルさんが譲ってくれたのが残っているけれど、できれば、残しておきたいので、そうなると、サンドイッチかパンとおかずということになるだろうか。
「照り焼きチキンのサンドイッチが気に入ったみたいなんだ。今日の、バケットに挟んで、食べ応えがあったでしょ? ああいうの、こっちではないんだって」
ということは、下手にお弁当という形を取らないで、がっつり食べられる肉系のバケットサンドにするほうがいいかもしれない。
照り焼きもいいけど、ハンバーグとかでもよさそうだ。
バケットサンドでいいのなら、竹の器も籠も使わずに、布で包めばいい。
「こういう感じので構いませんか?」
アイテムボックスから作り置きのバケットサンドを、3種類ほど出してみる。
大きさを見てもらって、一回にどれくらい食べるのか聞いてみないと、冒険者の人はやたらと食べる人が多い。
「その大きさなら一回分で3つは欲しいんだが、値段はいくらくらいになる?」
値段を聞かれて、困ってしまった。
みんな冒険者にしては身なりがいいし、そこそこ稼いでいる冒険者さんなんだろうけど、食事にどれくらいかけているのかわからない。
シグルドさんの店では、一品で銅貨30枚から高いので50枚くらいだった。
「値段はまだ決めていないんです。反対に、いくらくらいまでなら出せますか? 普段の食事はいくらくらい使ってますか?」
普段、彼らが食費にどれくらい使っているのかわからなかったので、逆に質問してみた。
そこそこ稼いでいそうな冒険者の金銭感覚を知るいい機会だ。
「普段は携帯食だから比べ辛いが、街にいるときは一食銀貨1~2枚ってところか? 夜は、酒が入るからもっと高いな」
「俺も大体それくらいだな。一品じゃたりねぇから、銀貨1枚は絶対に越える。だから、これを携帯食代わりに持って行けるのなら、そのサンドとかいうの一つで銀貨一枚くらいだと助かる」
「迷宮に篭ってる時のメシはひでぇからな。うまいもんが食えるなら、俺もそれくらいは出す」
冒険者さん達が顔を見合わせて相談している。
バケットサンド一つに銀貨一枚は高いと思う。
こちらでは珍しいものみたいだけど、原価を考えるとあまり高くつけるのも悩んでしまう。
「みぃちゃんは、どう思う?」
このレベルの冒険者さんの収入とかわからないから、こそっとみぃちゃんに聞いてみた。
アルさんがいてくれたら、一番なんだけど、でも、アルさんはお金に無頓着だから、返って役に立たないかもしれない。
「そうだねぇ。あの人達、一回の仕事で金貨一枚は余裕で稼ぐから、一つ銀貨一枚でも懐は痛くないはずだけど……。美咲ちゃんは、一枚だと高いって思ってるんでしょ?」
みぃちゃんに言い当てられて、こくっと頷きを返す。
籠に入れないといけないなら、高くつけたけど、布で包むだけなら、しかも、3個を一枚で包むなら、コストは更に下がるから、3個で銀貨3枚になってしまうのは、高いと思う。
あまり高いと、たまになら頼んでもらえるけど、いつもというのは無理になりそうだし、それに彼らほど稼いでいない冒険者には買ってもらえない。
私は見本で出していたバケットサンドを3つ、布で包んでから、布の端と端を結んだ。
「これで、銀貨2枚でいかがですか? サンドの中身は、照り焼きとハンバーグと卵でどうでしょう?」
私が切り出すと、みんな驚いたように私を見た。
3種類にしたのは、飽きるのを防ぐためもあるけれど、照り焼きの醤油の消費を減らすためでもある。
醤油はなくなるとすぐに手に入らないから、消費はできるだけ抑えたいのだ。
「そんなに安くていいのか? ハンバーグって、あれだろ? シグルドの店で出してる、柔らかい肉の料理だろ?」
ジンさんは、シグルドさんの店のお客さんでもあるらしい。
私が働いていた頃は、厨房に篭ってる事が多いから、お客さんの顔まで覚えてなかった。
「そういや、アンタ、ちょっと前にシグルドのところで働いてた子か」
別の冒険者さんも、シグルドさんの店のお客さんみたいだ。
私に見覚えがあるみたいで、何やら納得したように頷いている。
「エミリアさんが働けない時に、ギルドに依頼でシグルドさんのところにお世話になっていたんです。値段に関しては、このくらいの方が、次も頼みやすいでしょう? 高値をつけて滅多に買ってもらえないより、程ほどで頻繁に買ってもらえるほうがいいんです。こちらも商売ですから。あ、布はいらないなら返してもらえると、また使えるので助かります」
私が説明すると、みぃちゃんが隣で笑う気配がした。
何を笑うのかわからなくて、首を傾げてると、みぃちゃんがおかしそうに肩を震わす。
「美咲ちゃん、逞しいねぇ。アルフが、美咲ちゃんがいれば、どこでも生きていけそうだって言ってたけど、まさにその通り」
「うちの美咲はしっかり者だからな」
話に割って入られて、ホールの入り口を見ると、皆が戻ってきていた。
亮ちゃんが私の隣に椅子を持ってきて座りながら、行儀悪く、私のロールケーキを手で掴む。
「値段の折り合いはついたのか?」
もぐもぐとロールケーキを食べながら、亮ちゃんに聞かれて、バケットサンドを包んだものを指差した。
「これで銀貨2枚。中身は照り焼きとハンバーグと卵の3種類。高いと思う?」
手をつけていなかった紅茶のカップも差し出しながら、尋ねかける。
「んー。いいんじゃないか? リピーター増やしたいんだろ? サンドイッチなら作り置きもできるし、挟むだけの作業なら、他のやつらも手伝えるしな」
説明しなくても、亮ちゃんはわかってくれたみたいだ。
バケットサンドをお弁当にする利点は、手伝いを頼みやすいこともある。
「じゃあ、注文方法とかは、亮ちゃんに任せていい? 量が多い場合は、前日までに注文してくれたら、次の日の朝には渡せるようにするから。数が少ない時は当日販売ということで、注文を受けておいて。私は、皆の分のお茶もいれてくるから」
大食いの鳴君もアルさんも、ロールケーキを食べたそうにしているので、先に食べた亮ちゃんに注文を任せて、席を立った。
どれくらい注文が入るか、わからないけれど、本来意図していたのと違う客層も開拓できそうだ。
一つでも稼ぐ手段は多いほうがいい。
その後、バケットサンドのお弁当は、冒険者以外の注文も入るようになる。
冒険者ギルドの職員さんがまず注文してくるようになって、続いて商業ギルドの職員さんからも注文が入るようになった。
包んである布を10枚持ってくると、一個無料サービスというシステムも目新しかったみたいで、10個単位で買っていく人も増えた。
旅の商人さんみたいに、携帯食を利用する人も、纏め買いしてくれるようになって、バケットサンドは、私の店の持ち帰りの主力商品となるのだった。




