30.恥を知れ
「神楽さん! この街にいたの? 元気そうだね」
結花さんと再会して数日後、シェリーさんに用事があってランスの冒険者ギルドに行くと、中に入ったところで親しげに声を掛けられた。
振り返ると、結花さんの彼氏だった坂木君がいた。
他のパーティメンバーも一緒で、それぞれ声を掛けてくる。
「お久しぶりです。そちらも元気そうですね」
結花さんに酷いことをしたのに、まったく気にした様子はないので、素っ気無くなってしまう。
半分嫌味で『元気そう』と言ったのだけど、当然気づかない。
彼らは、私が結花さんといるとは思いもしないんだろう。
「神楽さん、一人なんでしょ? うちのパーティ、空きがあるんだ。入れてあげるから、一緒に迷宮に行こうよ」
坂木君とは違う人に、入るのが当然とばかりに誘われて、ついでに胸元に粘つくような視線を感じて、顔を顰めそうになる。
「いいえ、結構よ。それに、私の職業は料理人だもの。お役に立てないと思うわ」
戦闘手段を持たない結花さんを、蔑ろにしていたようだから、職業を言えば引くかと思ったけれど、そんな様子はない。
「神楽さんだったら、いてくれるだけでいいって。そんなこと、気にしないでいいから入れよ」
熱心に誘うのに、視線が何度も胸元を彷徨うから、気持ち悪くて仕方ない。
ある意味正直なのかもしれないけれど、不愉快極まりない。
以前、同じクラスにいたときは、こんな風に見られることはなかったし、ここまで積極的でもなかったから、こちらでの生活で彼らは変わってしまったんだと思った。
余程、行く先々で歓待を受けたのか、変な風に自信をつけてしまった感じだ。
どう対応したものかと迷っていると、横から伸びてきた腕が私を抱きこんだ。
仕草だけで亮ちゃんだとわかったので、安心して体を預ける。
「入ってください、お願いします。の、間違いだろ? 女を平気で捨てるような奴らのパーティに、美咲はやらないけどな」
亮ちゃんが嘲るように言うと、腹を立てたようで突っかかろうとしたけれど、すぐに亮ちゃんの正体に気づいて、大人しくなってしまった。
亮ちゃんは背が高いし、高校生とは思えない落ち着きがあるから、真顔だと怖く見える。
今みたいに威圧してる時なら、尚更だ。
「何で生徒会長が……」
クラスメイトの一人が、呆然と呟く。
坂木君は、亮ちゃんのがいることよりも、その言葉に驚いたようで、顔を青くしている。
結花さんを捨てたという自覚はあるみたいだ。
「いるのは会長だけじゃありませんよ?」
「そうそう。美咲に手を出すつもりなら、容赦しない」
「そうだよねぇ。美咲ちゃんに手を出すなんて、100万年早いよ」
鳴君、尊君、みぃちゃんと、生徒会役員が勢ぞろいしてしまって、彼らの顔色が余計に青くなっていった。
か弱い結花さんには酷い事を平気でしていたくせに、意気地がない。
自分より強い相手だと、言い返す事すらできないのかと、冷めた目で見てしまった。
結花さんから話を聞いたときも腹が立ったけれど、こうして顔を見て、反省した様子もないのを見ると、怒りを掻き立てられる感じがする。
「本当に転生者も色々だなぁ。お前ら、俺の事も忘れるなよ。カグラに手を出されたらぶち切れるのは、俺も同じだからな。ついでにいうなら、ユウカにもな? お前らがあの子にしたことは、同じ冒険者として許せるもんじゃねぇ」
今日はみんなで狩りに行くと言っていたから、このメンバーが揃っているのなら、結花さんもいるはずだ。
亮ちゃんに抱きこまれたまま、目で探すと、結花さんは少し青褪めた表情のまま、それでも、私の視線に気づくと、気丈に微笑んでくれた。
すぐ近くにいるのに、彼らはまったく気がついていない。
「キサラギ様。Sランクの冒険者がそう脅してはかわいそうですわ。と言っても、同じ女性として、彼らの所業は許せるものではありませんけれど」
いつの間にかカウンターから出てきたシェリーさんが、アルさんを窘めながらも、にっこりと笑顔で毒を吐く。
アルさんがSランクの冒険者と聞いて、ますます青くなってしまった彼らが後ずさった。
「あなた達は結花さんに謝るべきだと思いますけど、心のない謝罪なんて意味ありませんから、いりません。少しでも自分達のしたことを恥じる気持ちがあるのなら、ランスの街から出て行かれることをお勧めします。結花さんはもう、私達の家族同然ですから、安易に目の前に現れないでください。うちの人達、みんな身内に甘いですから、敵には厳しいんですよ? 徹底排除です」
私を抱きこんだままの亮ちゃんを見上げ、シェリーさんの笑顔を見習って、「ね?」と、甘えるように笑みかけた。
虎の威を借るのはどうかと思ったけれど、結花さんに彼らがつけた傷のうちの、ほんの少しでもやり返したい気持ちだった。
私一人なら甘く見てかかるだろうけれど、今は味方がいっぱいいるのだから、利用しない手はない。
勝手に謝罪はいらないと決めることも、街から出て行くように勧める事も、出過ぎた事だとわかっていたけれど、同じ街にいて、彼らの恨みが結花さんに向くと困るから、あえて言い切った。
「あぁ、そうだな。うちの子にこれ以上手を出すようなことがあれば、容赦はしないな」
珍しく甘い微笑みを浮かべたまま、亮ちゃんが手を伸ばして、結花さんの肩をそっと抱き寄せた。
まだ結花さんがいることに気づいていなかったのか、彼らの間から驚きの声があがった。
結花さんは数日前と違って、やつれた様子は完全に消えて、髪も艶々になっているし、元通りとても可愛らしくなっていた。
亮ちゃんに肩を抱かれて、驚き、恥らう様子は可憐で、坂木君の青褪めた顔に、悔しそうな色が浮かぶ。
他の男の人に肩を抱かれているのを見て、悔しいと思う気持ちが残っていたのならば、もっとしっかり結花さんを守ってくれたらよかったのにと思う。
元パーティメンバーの、恨めしそうに結花さんを見る視線にも気づいて、結花さんが怖がらないように、そっと手を繋いだ。
結花さんも私の手をぎゅっと握り返してくれる。
「あまり、恥を晒すような事をするな。同じ転生者として恥ずかしい。こちらの世界の人より少しくらい強くなったからって、それがなんだ。調子に乗ってると、後々後悔するのは自分達だぞ。種馬扱いされて喜ぶな、恥を知れ」
亮ちゃんが5人を睨み据え、叱り付けるようにきつく言う。
でも、亮ちゃんの言う通りだと思う。
今は、転生者だと大切にされたり、女の人にもてたりするかもしれないけれど、そんな事はいつまでも続かない。
転生者が一人だけなら、何かしでかしても、まぁ、仕方がないと見逃してもらえる事もあるかもしれないけれど、今回は70人以上いるんだから、それが知れ渡れば、あまり酷いことをしていると排除されるかもしれない。
今まで転生者が大切にされたのは、他に転生者がいないからというのも、理由の一つだと思う。
言い方は悪いけれど、他にスペアがいくらでもいる状態で、問題ある人間を大切にする事に意味はない。
こちらの人は、身近に命の危険があるからか、仲間意識も強い。
近所との付き合いさえ、希薄になりつつあった日本と全然違う。
仲間を大切にできない人は、信用されない。
彼らが早いうちにそれに気づいて、行動を改めてくれればいいと思う。
結花さんも何か言いたい事があるんじゃないかと思って、顔を覗き込んでみたけれど、何だかすっきりとした表情で微笑みかけられた。
好きなだけ罵っていいと思うけれど、我慢するわけでもなく、何も言わずに済ませる結花さんは優しいなぁと思う。
彼らが逃げるように冒険者ギルドを出て行くと、結花さんが小さく息をついた。
「私、あんな人に縋ってたんですね。見る目がなかったんだなぁ」
少し寂しそうに呟く結花さんの頭を、亮ちゃんが私にする時みたいに撫でる。
私も繋いだままの手を、しっかりと握り締めた。
「男性を見る目なんて、経験を伴って磨かれていくものです。まだまだお若いのですから、クスキ様はこれからですわ。それに、身近に素敵な男性が勢ぞろいしているのですから、見る目なんて、嫌でも磨かれます」
シェリーさんが力づけるように言い、微笑みかける。
女性としての先輩であるシェリーさんの言葉は、とても説得力があって、思わず私も頷いてしまった。
「皆さん、ありがとうございました。私、もっと強くなれるように頑張りますので、今後ともよろしくお願いします」
何かを決意するような表情で顔を上げて、結花さんがみんなに頭を下げる。
「一緒に暮らす以上、家族のようなものだからな。妹が一人増えたと思っておく」
亮ちゃんの中では、私に続いて二人目の妹になってしまったらしい。
女の子とは常に距離を取りたがる亮ちゃんにしては珍しい。
「亮二の言う通りですよ。皆でがんばりましょう、結花さん」
「そうそう。そんなに肩に力入れることないって。自分にできることをやればいいんだよ」
「僕達こそよろしくね」
鳴君も尊君もみぃちゃんも、結花さんを受け入れてくれたみたいだ。
もてる弊害で、一定以上に女の子を近づけない人達なので、これだけの短期間でというのも珍しい。
「強くなるのはいいが、シェリーみたいになると、婚期が遠のくぞ」
ぼそっとアルさんが、余計な一言を言うと、シェリーさんがそれはもう綺麗な笑顔のまま、アルさんの鳩尾に肘を入れた。
今は鎧を着ていないから、思いっきり入ったみたいで、アルさんが悶絶してる。
「すげぇ、Sランクの冒険者より強いギルドの受付嬢、かっこいい……」
尊君が感動したように呟くのを聞いて、シェリーさんは恥らうように頬を染める。
とてもアルさんに肘鉄を入れたばかりとは思えない、可愛らしい仕草だ。
シェリーさんと、その足元で悶絶中のアルさんがおかしくて、みんなで笑ってしまった。
アルさんだけは、声も出せずに床にしゃがみこんだまま、痛みを堪えていたけれど、発言が酷かったから仕方がないと思う。




