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密やかに想う  作者: 水城雪見
本編
36/109

28.領主の館 後編




 その後、作法を習う日を決めて、ラルスさんの奥様のエリーゼさんも紹介してもらった。

 若々しく見えるけれど、ラルスさんよりも年上だそうで、二人は大恋愛の末、結婚したそうだ。

 政略結婚が多い貴族社会では、とても珍しい事らしい。

 仲睦まじくて、見ていて微笑ましいご夫婦だった。

 何かお礼をしたいという話をしたら、私のお菓子が食べたいと言うので、礼儀作法を習う日は、何かお菓子を持って行き、勉強も兼ねたお茶会をすることになった。

 毒見の心配はいらないのかと気になったけれど、こちらの世界の王族や上位貴族は、みんな迷宮から出る解毒のアクセサリーを身につけているらしい。

 だから、暗殺の手段に毒殺が使われることはまずないそうだ。

 そういった知識も、貴族でなければ知らないことだから、学ぶ事は多そうだ。

 私と一緒にいることも多いということで、亮ちゃんと鳴君も、執事さんから作法を教わる事になった。

 貴族としての作法は、アーネストさんが教えてくれるそうだ。

 多分、貴族じゃないかと思っていたけれど、予想通り、アーネストさんは森の国の公爵家の子息らしい。

 本人は、もう家を出て随分経っていて、爵位とは関係ないと言い張っていたけれど、実家というのは、そう簡単に縁が切れるものでもないだろうと思う。



「何か疲れたな。美咲、お茶いれてもらってもいい?」



 家に辿り着くと、亮ちゃんは少し疲れた様子だった。

 3人だけなので、コテージの方に誘ってお茶にする。

 みぃちゃんと尊君は、アルさんと一緒に迷宮に出かけていた。

 Sランクの冒険者であるアルさんが、色々と教えながら鍛えてくれるので、みんな、めきめきと実力をつけて、冒険者ギルドのランクも上がっている。

 お土産にと、いつも食材も持って帰ってくれるので、とても助かっていた。


 アルさんなら一口で食べてしまいそうな小さめのタルトと、ティーセットを暖炉前のテーブルに運んだ。

 寒くなっているけれど、コテージの中は暖かいから、暖炉はまだ使った事がない。



「このタルトは可愛いですね。お店で出すんですか?」



 早速苺のタルトに手を伸ばしながら、鳴君に聞かれる。

 女性でも、2~3口で食べられそうな小さ目のタルトは、色々なフルーツをのせて作っている。

 少しずつ色々食べたいという欲を満たせるようにと、あえて小さく作ってみた。



「デザートってあれもこれも食べたくなるでしょ? だから、いくつか選べた方が嬉しいかと思って。苺とリンゴと桃とオレンジで作ってみたの。よかったら感想を聞かせてね」



 本当はチョコレートがあればいいんだけど、ないのが残念だ。

 だから、今回は、フルーツで作ってみた。

 苺とオレンジは生のまま、リンゴと桃はコンポートにして、時間が経っても変色しないようにしてある。



「女性は、別腹と言いつつカロリーを気にする、謎の生き物ですからね。小さいから二つ食べても大丈夫となれば、喜ばれるでしょう」



 納得するように頷く鳴君の横で、亮ちゃんはオレンジのタルトを食べている。

 気疲れしたみたいで、無口になってるけれど、口元が緩んでいるので気に入ったみたいだ。

 私も桃のタルトを食べながら、のんびりとお茶を飲んだ。



「二人とも、作法の勉強に巻き込んでごめんね」



 結局、私が礼儀作法を習う日は、二人ともついて来ることになった。

 3日に一度、領主の館に行くとなると、冒険者としての活動はかなり制限されるだろう。

 迷宮にも篭れず、長くても二日くらいで出なければいけないし、他の二人と差がつくかもしれない。



「気にするな。美咲を一人で行かせたら、心配で落ち着かない。それに、知識や経験は無駄にはならないさ」



 亮ちゃんにぽんぽんと頭を撫でられて、自然に笑みが零れた。

 過保護だと思うけど、同時に頼もしくも思う。



「貴族社会を垣間見るいいチャンスです。知らなくては対処のしようもありませんから。美咲さんのおかげで、得がたい経験をさせてもらえるのですから、気にすることはありません」



 鳴君も亮ちゃんに同意するように頷きながら、言葉を重ねてくれる。

 二人とも本当に優しい。

 言葉や態度で、私を安心させてくれる。



「それより、肝心の料理は美咲さんしかできませんから、その他の部分を僕達で手伝えるように、みんなで話し合った方がいいですね。持ち帰り用のお菓子の包装や、店内での販売くらいは手伝えますから。いくら冒険者として活動しているとはいえ、美咲さんに養ってもらうわけにはいきませんからね。好きなだけこき使ってください」



 冗談めかして言いつつも、鳴君は真剣だ。

 亮ちゃんも何も言わずに頷いているし、頼る事もしないと、プライドを傷つけてしまいそうだ。

 一緒に住んでくれているだけで、十分に助けられているけれど、それだけでは納得できない気持ちもわからなくはない。

 それに、実際のところ、私一人でできることには限りがある。

 手伝ってもらえるのは、本当にありがたい。



「籠は俺も作れるし、和成も器用だから教えればすぐ覚える。鳴は接客は慣れてるだろ? 尊と一緒にやればいい。ただし、客を口説くなよ?」



 鳴君とは亮ちゃんを介しての付き合いだったし、どうして接客に慣れているのかわからなかったけれど、口説くなという言葉を聞いて、笑ってしまった。

 鳴君は、すぐに彼女が入れ替わる。

 割と真面目そうに見えるのに、そうでもない人だ。



「失礼な。口説かれたことはあっても、僕から口説いたことはありませんよ」



 いかにも不満といった様子を作っているけれど、鳴君も少し笑っている。

 最近、鳴君がよく見せるようになった笑顔は、以前と違って柔らかくてリラックスしてる感じがする。

 笑っていても感じていた冷たさがなくなって、とても優しそうに見えるようになった。



「接客に慣れているのはどうして?」



 以前よりもずっと気安く話しかけられるようになった鳴君に、気になったことを聞いてみる。



「あぁ、美咲さんは知りませんでしたか? 僕は内緒でアルバイトをしていたんですよ。親戚の店でピアノを弾いていました。お酒も出す店だったので、学校にばれたら停学を食らってたでしょうね」



 鳴君が、大人びて見えるからできたことだろう。

 驚きつつも納得してしまう。

 さぞかし、もてたに違いない。



「鳴君、ピアノ、上手だものね。小学校の劇のときも、弾いてくれたし」



 ピアノと聞いて、小学5年生の時のことを思い出した。

 いわゆる文化祭のような発表会があって、私達の学年では劇をやることになった。

 当時の学年主任の先生が演劇の経験者で、みんなが知っているアニメ映画を、先生が劇に作り変えてくれた。

 途中、劇中歌を歌うシーンもあって、そこの伴奏を鳴君が担当していた。

 その劇に関しては、苦い思い出もあるけれど、今となっては懐かしい。



「あの時は、亮二が主役で美咲さんがヒロイン役でしたね。二人とも息がぴったりでしたから、小学生とは思えないような、いい出来の劇だったと思いますよ」



 あの当時は、劇に出たのがきっかけで、亮ちゃんを好きな女の子達から苛められるようになり、劇なんか出なければよかったと思った。

 けれど、今は懐かしく思うだけで、胸が痛くなったりはしない。

 もうすべて、過去の事だ。

 でも、そう思っているのは私だけみたいで、亮ちゃんの顔が渋い。



「亮ちゃん、もうずっと昔の事よ。みんなで一緒に練習したり、亮ちゃんと一緒に歌ったり、楽しい事しか覚えてないわ」



 強がっているわけではなく、本心なのだと伝えたくて、亮ちゃんを見つめ、微笑みかける。

 あのアニメ映画は、亡くなったお母さんも好きで、小さい頃から何度も繰り返し一緒に見ていたから、歌も全部歌えた。

 一緒に育った亮ちゃんも、それは同じだ。

 劇をやる事になった時は、お母さんが死んでまだ数ヶ月しか経っていなくて、寂しくてたまらない頃だった。

 そんな中、亮ちゃんと一緒に劇の練習をできるのは、とても楽しかった。



「でも、あの劇に出て、目立ったりしなかったら、あんなことにもならなかっただろ?」



 亮ちゃんが私の右手を取り、肘の下の辺りをそっと撫でる。

 そこには、よく見ないとわからないくらいうっすらと、傷痕が残っていた。

 カッターで切りつけられて、咄嗟に顔を庇った時にできた傷の痕だ。

 あの事件は、私よりもずっと亮ちゃんを傷つけた。

 あれ以来、学校内で親しいとわかるような言動を、亮ちゃんはほとんどしなくなった。

 だから、中高と同じ私立に通っていたけど、私と亮ちゃんがいとこ同士であることを知っている人は少ない。



「あの劇がなくても、同じだったと思う。劇以外でも仲良しだったでしょ? 今思うと、あの頃ってちょうど異性を意識し始める頃だったものね。だから、クラスが違うのに毎日一緒に登下校して、名前で呼び合って、仲良くしてるだけで目立ってたんじゃないかな?」



 亮ちゃんも私も、周りの子より大人びて見えていたからか、仲がいいことをからかわれたりとか、そういうことはなかった。

 ただ、亮ちゃんに惹かれだした女子の羨望や嫉妬は、ストレートに私に向かってきていた。

 亮ちゃん宛てのラブレターとかプレゼントを、一切預からなかったのも、苛められた理由の一つだったかもしれない。

 私を経由したものを亮ちゃんが受け取らないのは知っていたので、預かれなかったのだ。

 色々とタイミングも悪かった。

 お母さんを亡くしたばかりの私を、亮ちゃんは気遣ってくれていたし、私も普段より亮ちゃんに頼ったり甘えることが多くて、それが目に付いたのもいけなかったのだと思う。



「亮二と美咲さんの関係は、特別なものに見えましたからね。劇がなくても同じだったでしょう。実際、あの時の劇の評判はとても良かったですし。あのまま、地元の中学や高校に進んだ人達の間では、伝説になっていたらしいですよ」



 私の言葉をフォローするように、鳴君が言い募るけれど、伝説って何?

 わからずに首を傾げていると、亮ちゃんに腕を引かれた。

 バランスを崩して、軽くもたれかかると、何故かわからないけれど頭を撫でられる。



「美咲が、気にしてないならもういい。それより、鳴、今日、ピアノあっただろ? グランドピアノは無理かもしれないが、アップライトなら店に置けるんじゃないか? 夜営業の時だけ、弾けば? 指がなまるだろ?」


「それは、いい考えね。アーネストさんにアップライトのピアノがあるかどうか、あるなら手に入るかどうか聞いてみるわ。こちらでは、店内で音楽を流す事もできないから、どうしようかと思っていたの」



 ピアノを購入する事になることを鳴君が気にしないように、亮ちゃんの提案に言葉をかぶせておく。

 ラルスさんの館でピアノを見たとき、鳴君が弾きたそうにしているのに気づいていた。

 できるなら、思う存分弾かせてあげたい。

 実際、店内で音楽があるかどうかで、随分雰囲気は違うと思う。

 亮ちゃんも私も、ピアノは習っていたけれど、暗譜しているのは僅かだし、鳴君みたいに上手く弾けない。



「ありがとう、美咲さん。でも、無理はしないでください。領主の館だからあっただけで、手に入りづらい、高価な物かもしれないから」



 感情を隠すように微笑んで、鳴君が緩く頭を振る。

 その様子が、好きなだけ弾けるピアノが手に入るかもしれないという希望を、無理に押し込めているように見えた。

 だめだったときの事を考えると、期待したくない、そんな風にも見えた。

 鳴君は、大事なものに対しては、意外と臆病なのかもしれない。



「高くても、確かにあるんだから、例えすぐに手に入れるのが無理でも、いつか手に入れるわ。今、手が届かない値段だった時は、頑張って稼ぐから待ってて!」



 ないものを1から作るのは大変だけど、あるものを手に入れるのなら、頑張れば何とかなるはず。

 領主様や、流通を取り仕切る商業ギルドマスターというツテもあるし、お金が足りないのなら、頑張って稼げばいい。

 絶対に手に入れるという決意をこめて言ったのに、鳴君は、私を見て笑い出してしまった。



「……美咲さん、男前過ぎるっ」



 褒めてるのかどうかわからないようなことを言いながら、涙まで滲ませて笑っている。

 困惑していると、ぽんぽんと亮ちゃんの大きな手で髪を撫でられる。



「――ありがとう、美咲さん。もう、何も諦めなくていいんだって事を、実感できたよ。僕は絶対にピアノを手に入れて、好きなだけ弾く」



 きっぱりと強く言い切って、鳴君が珍しく真顔で私を見つめてくる。

 こんな風に鳴君と向き合うのは、初めてかもしれない。

 いつも鳴君と私の間には亮ちゃんがいて、二人だけでいるときでも、一定の距離があった。

 でも、それは私だからというわけじゃなくて、鳴君は誰に対してもそんなところがある。

 親友である亮ちゃんが相手でも、従弟である尊君が相手でも、その距離感は薄れるだけで消えはしなかった。






 その後、亮ちゃんがこっそりと教えてくれた。

 鳴君はずっと音楽科に通いたかったけれど、両親に反対されて通うことができなかったそうだ。

 高校も音楽科のある有名私立を受験して、合格していたのに許してもらえなかったらしい。

 アルバイトでピアノを弾く事で、不満を紛らわすと同時に、当て付けてもいたんだろうと亮ちゃんは言った。

 私達の通っていた学校は私立で、規則もかなり厳しかったから、生徒会役員とはいえ、夜のお店で働いているのがばれていたら、絶対に停学、下手をすると退学だったかもしれない。

 そう考えると、亮ちゃんの言葉は当たってると思う。

 この世界に転生して、亮ちゃんに付き合って私を探してくれて、ピアノどころではなかったし、ピアノがあるかどうかさえわからなかった。

 けれど、あるのがわかって、手に入れる手段も何とかなるかもしれないとわかった。

『もう、何も諦めなくていい』と言った鳴君の言葉に、どれだけの想いが籠められていたのか理解したら、何だか泣けてしまって、亮ちゃんを慌てさせてしまった。




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