幕間 必要不可欠な男
アルフレッド視点。
馴染みの魔道具師に結界の魔道具を依頼して、出来上がりを待つ間に、王都での依頼をいくつかこなした。
夜、酒場に行けば、自然に情報が集まってくる。
顔を出すだけで、取って置きの情報というのを持った奴らが、我先にと話しかけてくるからだ。
俺の拠点はランスだが、王都にはたまに顔を出すので、冒険者の間では顔も名前も知られていた。
興味を持てる情報の場合は、更に細かく聞き出し、場合によっては報酬も払う。
最近は、転生者の情報が増えている。
俺が転生者のひ孫というのは知れ渡っているので、転生者関連のことを聞かせてくれる奴は多かった。
「そういや、アルフレッドさん、白薔薇館の姐さん方が、王都に滞在しているのならお立ち寄りくださいって言ってましたけど、まだ顔を出してないんですか?」
話のついでとばかりに、なじみの娼館の話を出され、苦笑する。
カグラと知り合ってから、そういった場所からは足が遠ざかっていた。
今更、かっこつけたところで仕方がないが、カグラに知られたときのことを思うと、どうもそういった気になれない。
カグラに軽蔑の眼差しを向けられたら、立ち直れない自信がある。
「そういった気になれねぇから、行かないって伝えておいてくれ」
伝言を頼んだ男に金貨を一枚渡し、切りがいいので席を立った。
同じパーティの奴らと飲んでいたようだから、この後全員で娼館に繰り出しても、十分足りるだろう。
揃って頭を下げる男達に軽く手を振り、外に出ると、冷たい風が吹き付けてきた。
ランスは南寄りにあるから、かなり暖かい。
あの気候に慣れると、王都は寒く感じる。
明後日には魔道具もできあがる。
明日は何かカグラに土産でも買いに行こうかと思った。
あの艶やかな黒髪に似合う髪飾りでも……と思ったんだが、ランスで手に入らない食材の方が、喜ばれるような気もしてきた。
どっちも手に入れればいいかと、浮かれた気分で宿に戻った。
帰れば、カグラの店に住み込む予定だ。
今までも、同じ宿で顔を合わせているから、何ら変わるわけではないが、二人きりということで心は浮き立っていた。
「アルさん、おかえりなさい。あのね、アルさんの留守中に、従兄と再会できたのよ。紹介するわね」
浮かれきって馬を飛ばしてランスに帰れば、カグラの従兄だという、黒髪の男とその仲間が待っていた。
カグラの表情は見たことがないほどに晴れやかで、安心しきっているのが伝わってくる。
「初めまして、アルフレッドさん。うちの美咲が大変お世話になったと聞きました。ありがとうございます」
お礼を言い、きっちりと頭を下げる姿は、貴族の子息にしか見えない。
さすがはカグラの従兄だと感心しつつも、にこりともしない無表情が気にかかる。
随分、警戒されているようだ。
続けて挨拶をしてくれた、ナルもミコトもカズナリも、愛想はいいが、品定めされているような気がした。
特にカズナリは、表面はにこにこと笑顔だが、目が笑ってなくて一番怖い。
どうも、俺のカグラに対する気持ちは、筒抜けになっているような気がする。
一気に増えた小舅4人に頭痛を感じながらも、カグラが初めて見るほどにリラックスした様子だったのは嬉しく感じる。
俺にはかなり気を許してくれるようになったんじゃないかと自惚れていたが、リョウジといる様子を見て、あれでもまだ気を張っていたのだと気づいた。
リョウジに安心しきって甘えている様子は、歳相応のものだ。
普段の、年齢よりも大人びた姿を知っているからこそ、その違いがよくわかる。
ずっと気を張って、一人で頑張っていたんだなと思うと、いじらしさを感じると同時に、リョウジと再会できた事を心から良かったと思える。
仲のよさにやきもちを妬くより、歳相応の可愛いカグラを見てるのが楽しい。
俺がそんな様子だったからか、4人の警戒はすぐに解けた。
一緒に迷宮に行ったりして、親睦を深めたのも良かったのかもしれない。
これでもSランクの冒険者だから、迷宮なら俺の独壇場だ。
一緒に戦い、迷宮を攻略していくうちに、お互いの性格や行動パターンのようなものも理解しあえるようになった。
リョウジは完全にカグラの保護者だ。
理由は知らないが、何が何でもカグラを守ろうと決めているらしい。
ナルは、真面目かと思えばそうでもない。
物腰はどこぞの貴族か王子と言われても納得できるほどなのに、一番シモネタが通じるのはナルだ。
カグラのことはそれなりに大事にしているが、執着や恋情みたいなものは感じない。
カズナリは、最初こそ一番怖かったが、慣れたら一番懐いてくれた。
少し経つ頃には、弟のように可愛い存在になっていた。
手先が器用で、人の心の機微にも敏感だ。
一番子供っぽく見えて、もしかしたら精神は、一番大人なのかもしれない。
ミコトは、素直じゃないが結構可愛いところがある。
弓の腕はなかなかのもので、冒険者としても、もっと上にいけるだろう。
まぁ、これはミコトだけじゃなく、全員に言えることだが。
転生者というのを抜きにしても、4人の能力はかなり高い。
まだ時間は掛かるかもしれないが、いつかはSランクまで上り詰めるだろう。
4人とも、何よりもSランクの冒険者に必要な資質を持ち合わせている。
「アルフ、美咲は理由のないプレゼントは受け取らないから、それを贈りたいのならせめて開店まで待ったほうがいい。開店祝いと言えば、理由が付く」
カグラに渡しそびれていた髪飾りを眺めながら、今更土産というのもどうかと悩んでいたら、リョウジに見つかった。
赤い宝石を使った髪飾りを見ただけで、カグラに買ってきたものだとわかったらしい。
最初こそ、警戒していたリョウジも、今では普通に接してくれる。
応援はしないようだが、カグラから遠ざけようともしない。
「リョウジがそう言うのなら、開店まで待つことにする。カグラに関しては、お前が言う事に間違いはないからな」
見ていて不思議になるほどに、カグラとリョウジは通じ合っている。
言葉がなくても互いの考えている事が、大体わかるようで、二人の言動に時々驚かされることがある。
「そういや、リョウジはなんで、俺のことを排除しようとしないんだ?」
カグラが可愛いのなら、纏わりつく俺は邪魔な存在だろう。
だが、警戒はしても、それ以上のことは一切されなかった。
「恩人に対して、そんな失礼な事はしない。それに、アルフは美咲を口説くわけじゃないから。ただそばにいて、力になってくれようとしてるアルフを遠ざける理由がどこにある?」
どうやら、俺の気持ちを見透かして、認めて、警戒を解いてくれたらしい。
カグラと似た色合いと雰囲気のリョウジに認めてもらえるのは、嬉しかった。
「そりゃ、他に思う奴がいるとわかっていて、口説いても意味がないからな。カグラの待ち人が現れて、そいつを見てから、俺は動く事にする。それまでは、そばにいて、できるだけ助けて、カグラの必要不可欠な男になっておくさ。カグラを一人にしたことを後悔させるくらい、カグラの中に入り込んでやる」
現れた男が、カグラに相応しくないと思えば、そのときは猛攻をかけて奪い取る。
相応しいと認めざるを得ない相手だったとしても、それまでにカグラにとって必要不可欠な男になって、せいぜいやきもきさせてやる。
カグラに寂しい思いをさせているんだから、それくらいは甘んじて受け止めるくらいの、度量のある男であってほしい。
「あぁ、それはいい考えだな」
人の悪い笑みを浮かべるリョウジと、顔を見合わせて笑った。
リョウジもカグラを一人にした男には、思うところがあるらしい。
「だろ? 迷宮と同じで攻略は大事だからな。カグラの負担になる気はねぇよ」
初めて、心から大事にしたいと思った女なんだ。
それがカグラのためになるのなら、俺の気持ちなんぞ一切気づかせずにそばにいる。
こんな風に俺が腹を括れたのは、リョウジ達と知り合えたからだ。
今は、同じ家に住んで、美味いメシを食わせてもらって、家族のように近くにいられるだけでいい。
カグラが困った時は絶対助けるし、貴族が相手でも守ると決めている。
それに、今の賑やかな暮らしは、結構楽しい。
「亮ちゃん、アルさんー、ごはんできたよー」
1階から、カグラの声が聞こえる。
カグラはあたりまえのように、俺の分も3食用意してくれる。
一緒に暮らしてみてわかったが、カグラは予想以上に働き者で気が利く。
今日は何を作ってくれたんだろうなと思いながら、リョウジと一緒に階段を下りていった。




