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密やかに想う  作者: 水城雪見
本編
32/109

25.引越し




 数日後、カロンさんが王都へと引越しをすませ、物件の引渡しが終わったので、長くお世話になっていたこまどり亭を出て、引越しを済ませることにした。

 といっても、すべてアイテムボックスに入っているので、目に見える形で運ぶのは、馬4頭だけだ。

 幸い、馬車を止めるスペースに馬小屋もあったので、馬はそこで飼うことにした。

 売る事も考えていたみたいだけど、みぃちゃんが可愛がって世話をしていたので、そのまま残すことにしたそうだ。

 その内、私も馬に乗る練習をさせてもらうつもりだ。


 朝の内に、引越しのご挨拶代わりに、クッキーやマドレーヌなどの焼き菓子を詰め合わせたものを、近所に配っておいた。

 日本と違って、死の危険が身近にあるこちらでは、住人同士の助け合いが当たり前で、近所付き合いも大事だそうだ。

 ランスは大きな街だから、小さな村ほどの密な付き合いではないけれど、それでも、非常時は助け合えるように、それなりの付き合いがある。



「美咲ちゃん、ホントにここ? こんな大きな家、どうやって買ったの?」



 お店になる2階建ての建物を見て、みぃちゃんが驚いている。

 敷地も広くて、建物も大きいから、驚くのも仕方がない。

 私の実家は敷地だけはやたらと広かったから、広いのには慣れているけれど、大きくて瀟洒な建物に慣れるには、私も、もう少し時間がかかりそうだ。



「金貨200枚だったのを、料理のレシピをいくつか譲ることで50枚にしてもらったの。売り急いでいる物件だったから、運がよかったのよ」



 説明しつつ、玄関の鍵を開けて、みんなを中に入れる。

 前にきたときは、引越し中でかなり雑然としていたけど、引越しが終わった今となっては、何もなくてがらんとしていた。



「広々としてますね。よくもまぁ、2ヶ月で購入できたものです。ここは立地もかなりいいでしょう?」



 吹き抜けになった玄関ホールを見渡しながら、鳴君が感嘆の息をつく。

 街の作りを見て、ここが平民街では一等地であることを、鳴君は察したらしい。



「ディアナさんが手持ちの衣類を高く買い取ってくれたから。それと、商業ギルドのマスターのおかげもあるわ」



 さすがにブラを売ったとは言えず、衣類と誤魔化す。

 アーネストさんがレシピを譲ることを思いついてくれなければ、ここは手に入れられる金額じゃなかった。

 交渉してくれたのもアーネストさんだし、私は本当に運がよかったと思う。



「2階と屋根裏に部屋があるんだけど、どこを使う? 貴族用に個室を用意しておいた方がいいらしいけど、それは一階の個室で足りると思うから、それなら、2階の日当たりがよくて広い部屋は、自分達で使うのがいいかなって思ってるんだけど」



 階段を上がって、正面と右にL字型に12部屋並んでいるから、気に入った部屋を使ってもらえればと思う。

 こちらの世界でも、水周りは北側にあって、部屋は南側が多い。

 玄関に入って左手に厨房やお風呂、右手に日当たりのいいホール、そして、階段下に当たる位置に個室がある。

 透明度が高くないけれど、大きなガラスは存在していて、ホールの一面はテラス窓になっていた。

 そこを開放すれば、テラス席も作れる。

 その場合、テラス用のテーブルやパラソルを買うか、作ってもらわないといけないかもしれない。

 テラスは道路側だけど、塀代わりの植木が目隠しになって、道路からは建物の2階部分しか見えないので、テラスで食事をしていても、人目が気になるということはなさそうだった。

 


「日当たりを考えると、右のほうか? とりあえず、端から全部見ていくか」



 亮ちゃんが階段を上がって、2階の部屋を端から一つずつ見ていく。

 家具は全部なくなってしまったかと思っていたけど、部屋によっては残されていた。

 今、ベッドが置きっぱなしの部屋は、やっぱり、日当たりのいい広めの部屋が多くて、そちらを住居用にしていたのだと思う。



「美咲はコテージに住むみたいだけど、こっちにも部屋を作っておいたらどうだ? 着替えたりするのにあったほうがいいだろう?」



 一番広い主寝室のようなところを、亮ちゃんに勧められる。

 いわゆる東南の角にある主寝室は、東と南の両方に窓があって、二間続きになっていた。

 あまり使わないのに、一番広い部屋をもらっても、もったいないかと思ったけれど、亮ちゃんに強く勧められて、主寝室を使うことにする。

 多分、自分で店を持つからには、きちんと主としての覚悟を持てって意味もあって、主が使うに一番相応しい部屋を、勧めてくれたのだと思う。

 亮ちゃんは基本的に甘いけど、厳しい時は厳しい。

 ただ甘やかすだけじゃないところが、家族だなぁって感じる。

 


「美咲の部屋がここなら、両隣は空き部屋にして、その隣は俺が入る。俺の隣は和成、反対側の空き部屋の隣は尊、尊の隣は鳴で。空けた部屋には、林原達がきた時に使ってもらえばいいだろ?」



 ちょうどL字型の角の部分が一番広い主寝室だったので、私の部屋を挟むように、リンちゃんとカンナさんの部屋を作って、部屋数が多い方に、尊君と鳴君、それからアルフレッドさんが入れるような配置になった。

 反対側、お客様を入れる個室側に、亮ちゃんとみぃちゃんが入る。

 個室は全部で12あるから、それでも4つ余る。

 余った部屋の内の二部屋くらいを非常用にしておけば大丈夫だろう。

 むしろ一つは、身内用の居間として使うのもいいかもしれない。

 みんなで寛げる部屋は必要だと思う。

 その辺りも、みんなに相談してみよう。

 一人で考えるよりは、ずっといい意見が聞けそうだ。



「家具とかは全部まとめて頼むから、足りないものがあったらメモしておいてね。自分の部屋として、好きなように家具は置いてもらって構わないし、今入ってるのがいらないなら、他の空き部屋に置けばいいから」



 とりあえず、早急にベッドを何とかしないと数が足りない。

 他にもじゅうたんやカーテンや普通の寝具も、足りないものだらけだ。



「掃除はしなくていいみたいだから、助かったな。この後、手分けして買い物に行くぞ。店内のインテリアは美咲が決めるのがいいだろうから、そっちは美咲が行け。鳴は悪いが美咲についていって、護衛と助言を頼む」



 亮ちゃんがてきぱきと仕切ってくれて頼もしい。

 足りないベッドやダイニングテーブルに関しては、亮ちゃんたちに任せる事にした。

 お店の広いホールも個室も、質のいいテーブルと椅子が残されていたし、個室のほうは備え付けの家具もあって、追加で足さないといけないのは、そう多くない。

 持っていっても使わないというのもあるだろうけれど、カロンさんがあえて残してくれたような気がする。



「美咲さん、個室のサイドボードの上なんかは、花器を置いて、花を生けたらどうですか? 玄関ホールにも飾るのがよさそうな場所がありましたし。こちらでは生け花は珍しいでしょうから、目を引くと思いますよ」



 1階の個室を確認していると、鳴君が助言してくれる。

 確かに、花器と剣山を作ってもらって、花を生けるのはいいかもしれない。

 そうなると、陶器屋さんとディランさんの鍛冶屋に行かなければ。



「そうなると、予備も含めて6つくらいは作ってもらわないといけなさそう。先にディアナさんのところで、寝具を揃えて、カーテンやテーブルクロスの注文をしてから、陶器屋さんと鍛冶屋さんに行きましょう」



 頭の中で予定を立て、より効率のいい順番を考えてから、出かけることにする。

 自分の部屋の家具は自分で購入するとみんなが言うけれど、警備を頼む分の前払いとして、亮ちゃんにお金を多目に預けておいた。

 男の人のプライドを尊重してあげたいけれど、ここまでぎりぎりの状態で私を探してくれていた彼らの懐に、余裕がないのは想像がつく。

 馬を売れば、馬は高いから余裕もできるのだろうけど、残すことにしたから余計に大変なはずだ。


 ディアナさんのお店で寝具を纏めて買い、アイテムボックスに入れていく。

 配達を頼まなくていいのは、とても楽でいいと思う。

 鳴君と相談して、お店で使うカーテンの布地を複数選び、それに合わせた色のじゅうたんも選ぶ。

 じゅうたんは見本で、これから職人さんに依頼して、部屋に合わせて作ってもらわないと行けないらしいので、後日、お店まで採寸に来てくれるらしい。

 1から作るとなるとやっぱり時間がかかるみたいで、そういうことを考えても、お店のオープンは春頃になりそうだ。

 店内は急ぐことはないから、まずはそれぞれの個室を整えるのが先だ。

 じゅうたんの採寸のときに、住居の方のカーテンの採寸もしてもらう事になった。

 しばらく、寒々しい部屋になりそうで申し訳なかったけれど、鳴君は、個室があるだけマシだと言うので、気にしないようにした。



「そういえば、石鹸とかシャンプーとか消耗品はどうしてるの?」



 ディアナさんの店を出て、鳴君と並んで歩きながら、ふと思い出したので聞いてみた。

 こまどり亭にはお風呂がついているけど、石鹸なんかは置いてなかった。



「浄化の魔法を使うので、使っていませんね。髪は和成が器用なので、見苦しくないように整えてくれていたのですが、正直なところ、そこまで余裕もありませんでした。個室にお風呂のついた宿に泊まったのは、こまどり亭が初めてです」



 やっぱり、ぎりぎりの状態で旅をしていたのだろう。

 一人だけ、まともな環境を保てていたのが、申し訳なくなってくる。



「雑貨屋さんにも行きましょう。腰を落ち着けられるんだし、人間的な生活を楽しまないとね」



 男性が使っても問題のないような、すっきりとした香りのシャンプーも置いてあったから、買っておこうと思う。

 他にも使いそうなものは人数分揃えていこう。

 リンちゃんとカンナさんの分も、時間のかかるものは早めに頼んでおいた方がよさそうだ。

 趣味に合わなかったらとも思うけど、できれば、部屋を整えて出迎えたい。



「食生活がまともになるだけでも、十分ありがたいですから。食べ慣れたものを、いつも通り食べられるというのは、心を随分落ち着かせてくれます。気にしなくても、美咲さんと再会できた事で、僕達も十分に満たされているんですよ」



 穏やかな笑みを向けられ、本心なのだと伝わってきた。

 そういえば、私が作った料理やお菓子を、いつも一番たくさん食べるのは鳴君だった。

 見掛けは細いのに、大食いなのだ。



「それじゃ、今日は鳴君の食べたいものを作るわ。でも、雑貨屋さんも行きましょう? せっかく大きなお風呂があるんだもの、使いやすくしておかないと」



 こっちの世界にもバスチェアはあるし、シャワーがないから、手桶は必要だったりする。

 そういったものは全部、雑貨屋で手に入るので、鳴君の腕を引いて歩き出す。



「どこまでもお供しますよ、お姫様」



 笑いながら、気障な仕草で反対に手を取られて、小さく吹き出してしまう。

 似合ってるけど、でも、鳴君にこういう扱いを受けた事がないから可笑しくなる。

 鳴君と二人で、お喋りをしながら歩いた。

 前よりも少しだけ、仲良くなれた気がした。

 


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