幕間 守りたいもの
亮二視点。女性に対する軽い暴力描写有り。かなり荒れてます。
「美咲っ!! 美咲っ!」
声の限りに叫んだ。
大事な従妹が見知らぬ世界に一人で放り出されようとしているのに、声をかけることすらできない。
こちらを見た美咲と視線があった。
けれども、諦めるように首を振られ、すぐに視線をそらされてしまう。
真っ白な果てのない空間で、いきなり死亡したと告げられた。
死んだ記憶もないし、転生と言われても納得はできないが、この空間で俺はどうしようもないほどに無力だった。
文武両道の優等生、人望のある生徒会長、そんな肩書きなんて何の役にも立たない。
ずっと一緒に育ってきた家族のような美咲に、声を届ける事すらできない。
見える場所にいるのに、見えない何かに阻まれて、美咲のところへ行く事もできず、きつく拳を握りめた。
6人パーティを組めと言われ、仲のいい生徒会のメンバー4人で集まる。
同じパーティに入れて欲しいと、クラスメイトが何人も群がってくるが、殺気立った俺のそばには、誰も近づいてこなかった。
向こうでは、美咲のクラスの担任の一条先生が、美咲に何事か話しかけている。
一条先生と見つめ合う美咲の表情で、美咲の想いを知った。
忌々しくて腹が立つ。
向こうのやり取りは聞こえないが、神とかいう奴の声だけは聞こえる。
美咲が誰ともパーティを組めなかったらしいのがわかり、気が狂いそうなほどの焦燥を感じた。
美咲が、クラスで特に親しくしている相手がいないのは知っていた。
見てみれば女子だけのパーティはないようだから、あの中で美咲を受け入れてくれるパーティがあるとしたら、担任の一条のパーティだけだろう。
副担任の鳥海先生は、男だけでパーティを組んでいるようだから、そこに美咲が入るのはありえない。
美咲は、ろくに知りもしない男についていくような女じゃない。
それくらいなら、一人を選ぶだろう。
男女混合のパーティでは、多分、美咲を入れることを嫌がる女子がいるだろう。
今後、女子力の高い美咲と常に比べられる可能性を考えれば、絶対拒否とまではいなかくても、組まなくて済むのなら組みたくないと思われても仕方がない。
美咲が他のパーティに入れない理由に気づかず、放り出そうとしている一条に腹が立って仕方がない。
一条は生徒に恋愛感情を向けられるのが嫌いだとは聞いているし、美咲を生徒としてしか見れないというのなら、それは仕方がないことだと思う。
想われたからって、同じように想い返せるわけではないと、身を持って知っているから、美咲の気持ちに応えろとは言わない。
けれど、一条が今、一人で放り出そうとしている美咲だって、一条が守ろうとしている生徒達と同じ生徒だ。
そのことに気づかず、美咲を一人にするという選択をしたことが許しがたい。
一条がパーティを組んだ生徒と、美咲とどこが違う?
多少能力が違えど、どちらも同じ一条の生徒だ。
なのにどうして、片方は守られて、美咲一人だけが切り捨てられなければならない?
今、美咲を守れるのは一条だけなのに、なぜ、そのことに気づかないんだ。
なぜ、よりによって美咲を一人にする。
勝手に知らない場所に飛ばされ、気がつくと、いつもの仲間に加えて、うざい女が二人一緒にいた。
一人は、鳴の今の彼女だから仕方がないが、もう一人はしつこく俺に言い寄ってくるので、できれば顔も見たくない奴だった。
どうしてよりによってこいつをパーティに入れたんだと、思わず鳴を睨んでしまう。
「現状把握を先にしましょうか。寒くはありませんから野宿もできそうですが、村や街があるなら、明るいうちに探した方がいいかもしれません」
こんな異常な状態でも、鳴は普段通りの丁寧口調だ。
俺の心情はわかり過ぎるほどわかっているはずなのに、あえてそこには触れてこない。
「潮の匂いがするから、近くに海があると思う。波音もするよね?」
耳を澄ましていた和成が、確認するように尋ねてきた。
確かに波のような音はする。
見渡す限り、山の中といった雰囲気だが、海岸は近いようだ。
「アイテムボックスに装備が一式入ってる。つけておいたほうがいいんじゃないか? 魔物がいる世界なんだろ?」
鳴の従弟の尊が、言いながら革の鎧らしきものを装備していった。
弓道部だった尊の武器は弓らしい。
確かに、まだレベル1だ。
用心してレベルを上げていかないと、美咲を探すどころじゃない。
俺もアイテムボックスから装備を取り出して、身につけていった。
初めて見るものなのに、装備する方法は何となくわかった。
俺の武器は、剣のようだ。
多分、剣道部だったからだろう。
「何これ、最悪なんだけど。あの神様、変態なんじゃないの?」
鳴の彼女が、中東の踊り子のような衣装を持って、顔をしかめている。
普段、下着が見えそうな長さのスカート姿で平気で歩いているのに、どこが違うのか俺にはわからない。
「女子は向こうで着替えてください。あまり離れると危険かもしれませんから、気をつけて」
あれに着替えるには一度脱がないといけないらしいので、少し離れた位置で背中を向ける。
着替えなんか見たくもないのに、見たと勘違いされるのも嫌だから、あえて無視だ。
それより、美咲はどうしているだろう。
もし、ここと似たような場所に一人で放り出されていたら、危険なんじゃないだろうか。
しっかりしていても、箱入りのお嬢様で、ろくに人を疑う事を知らないお人よしだ。
さっきだって、美咲が望めばパーティを組んでくれる相手も見つかっただろうに、動こうとしていなかった。
多分、一条と一緒でないのなら、どうでもいいと思ってたんだろう。
それに、美咲が入れば、誰かが一人あぶれるかもしれない。
その事も心配したはずだ。
美咲は馬鹿みたいにお人よしだから。
小学生の時だって、俺と仲がいいから、それだけの理由で苛められていたのに、俺には一言も言わなかった。
クラスが違っていたので、美咲が怪我をするまで俺は気づけなかった。
カッターで切りつけられたのは、美咲が地元の名士の一人娘という事もあって、さすがに大問題になって、怪我をさせた奴はどこかに転校していった。
それ以来、学校で俺達はほとんど話さなくなった。
中学から、地元の人間がほとんどいない私立に通うようになっても、それは変わらず、高校でも俺と美咲がいとこ同士だということを知っている奴は、ほとんどいなかった。
学校では接点がなかったし、美咲は母方の従妹だから苗字も違うので、知られてなかったとしても当然の話なんだが。
「亮二君、さっき呼んでたみさきさんって誰?」
甘えるような声で話しかけられて、虫唾が走った。
自分より大人しい女子に対して、きつい口調で罵っているのを聞いたことがあるから、1オクターブ高いような作り声は余計に気持ち悪い。
「関係ない」
説明するのも嫌で、無視をして、アイテムボックスに入っていた、この世界の事が書かれた本を取り出し、読み出した。
それ以上話かけてくることはなかったが、すぐ近くに寄り添うように立たれ、思わず睨みつけてしまう。
笑顔を向けられるけれど、気を許すことはできなくて、ふいっと横を向き和成の近くに移動する。
一度告白されて、はっきり断ったのに、まだ諦めていないようだ。
先が思いやられる、そう思うと、ため息が零れた。
みんなで手分けして探索した結果、ここが小さな島で、他に人はいないことがわかった。
ただ、まったくの無人島ではないみたいで、船を繋ぐための港っぽいものが見つかった。
洞窟みたいなところがあるから入ってみたら、そこは迷宮で、敵はたいして強くないので、とりあえずレベル上げをすることにする。
というのも、海岸から他にもいくつか島があるのは見えたけれど、船がないので他の島に渡る事はできず、食料の問題もあったからだ。
島には食用の木の実のようなものも、動物のようなものも見つからず、代わりとでもいうように、迷宮で倒した魔物は食料を落とした。
迷宮なのに森が広がる層もあり、そこでなら、果物やきのこが収穫できたりもした。
風呂もトイレもない、雨露をしのぐ場所さえない、そんなストレスに加え、島を出ないことには美咲を探せないのに、出る方法がないという焦燥で、俺はイライラとしていた。
みんな、我慢しているだけでストレスは溜まっていて、特に女二人はぐちぐちと文句ばかり言っていたので、それにもイラつかされていた。
迷宮があるから食料は手に入るし、生活魔法で飲み水には困らない。
けれど、このまま島から出られないかもしれないという状況は、酷く俺を追い詰めた。
ここに美咲がいたなら、平常心を保てただろう。
俺の手で守れるところに美咲がいたなら、どんなに不便でも、どんなに苦労しても構わなかった。
夜、交代で眠るたびに、美咲の夢を見る。
泣いている美咲や、魔物に襲われている美咲、時には見知らぬ男に襲われている姿さえ夢に見て、そのたびに飛び起きて、安眠などできなかった。
魔物も怖いが、人も怖い。
奴隷制度はないらしいが、娼館など、どこにでもあるだろう。
何せ、世界最古の職業に娼婦は入っているそうだから。
人のいい美咲が騙されて売られることもあるんじゃないかと、考え出したら切りがなくて、不安だけが募っていった。
いっそ、美咲が見向きもされないほどに不細工ならばいいのに、腹が立つほど綺麗だから、余計な心配は尽きない。
生半可な男じゃ近寄る事もできない雰囲気を持ちあわせているのも知っているが、同時に、そういうものを見ると穢したくなる男がいるのも知っている。
美咲の周りに時々現れるその手の男は、今まで俺が排除してきた。
硬い地面で寝るのには慣れてきたが、夢を見ずに眠る事はできず、いつものように浅い眠りから覚めた時、傍らに寄り添う温もりに気づいた。
見てみれば、離れた位置で鳴の彼女と寝ていたはずの女が、ここにいる。
咄嗟に突き飛ばして、蹴りを入れた。
女に手を上げるのは最低の男のすることだとわかっていたが、気持ち悪くて仕方がなかった。
眠りが浅いくせに、こんなに近づかれて気づかない自分に腹が立つ。
「亮二、何してんだ?」
見張りをしていた尊が、痛みで声を上げて泣く女に気づいて、近づいてくる。
「別に。気色悪いから排除した」
吐き捨てるように言えば、女は余計に声を上げて泣いた。
痛いとか悲しいより、泣く事で同情をされようとしているようだ。
こういう時、宥め役になる和成も、眠そうに起き出してきて、女の頭を撫でながら宥め始めた。
「そういう、甘い事をするから、すぐつけ上がる。美咲とは大違いだ」
眠るたびに見る夢にも、鬱陶しい女にも、それを甘やかす和成にも、イラついて仕方がなかった。
こうしている間にも、美咲が危険な目にあっているかもしれないのに、探しに行く事すらできないことも、何もかもが腹立たしい。
「和成に当たるなよ。お前の尻拭いをしてくれてるだけだろ。大体、美咲の心配をしてるのはお前だけじゃない。いい加減にしろよ。お前がイライラしたってどうにもならないだろ」
尊に諭すように言われても、素直に頷く事はできなかった。
「じゃあ、俺はそこの女が媚び売ってくっついてくるのを、我慢しなきゃならないのか? こんな山の中なのに香水臭い女、俺は嫌いだ。顔も見たくない」
苛立ちを抑えようともせずに言い放つと、泣き止んでいた女がまたうるさく泣き始めた。
あまりのうるささに頭痛がして、顔を顰める。
「お前な、和成の苦労を無駄にするなよ。パーティメンバーなんだから、譲り合いも我慢も必要だろ? そんなの、いつもならお前が一番わかってることじゃないか」
うるさそうに顔をしかめながら、尊に批難されて、何もかもが嫌になった。
どうして俺は、こんな場所にいるんだ。
どうして俺は、美咲を探す事すらできないんだ。
どうして、俺はこんなに無力なんだ。
過去のすべての努力も経験も、何の役にも立たない。
焦燥で気が狂いそうだ。
「そんな女と譲り合いしないといけないなら、一人の方がマシだ。大体、俺はそいつをパーティに入れるのに同意した覚えはない。夜が明けたら、泳いででも違う島に行く。一人で美咲を探す」
あぁ、そうだ。
どうしてこんな簡単なことに気がつかなかったんだろう。
泳いででも一人で行けばいいんだ。
そしたら、この鬱陶しい女とも縁が切れる。
この時の俺は、そう思った。
「ふざけんなっ! いい加減、正気に戻れ!!」
頬に痛みを感じた瞬間、体は吹っ飛ばされていた。
口の中に血の味が広がり、尊に殴られた事を知る。
「お前が冷静さを欠いて、どうやって美咲を探すんだっ。今、一番大変なのは、お前じゃなくてあいつだろ!? そんなこともわかんねぇのかよっ!」
胸倉を掴まれて、怒鳴りつけられて、やっと少し頭が冷えた。
気が強くてかっこつけの尊が、ぽたぽたと涙を零しながら、必死に訴えてくるから、冷静にならざるを得なかった。
「悪い、尊。すまなかった」
俺が謝ると、尊は手を離して、ごしごしと目元を拭った。
尊だってなんだかんだと悪態をつきつつ、美咲のことは気に入ってた。
和成だって美咲とは仲のいい友達だったし、心配していないわけがない。
探しにいけないことでイラついていたのは、みんな同じだったのかもしれない。
その後、見張りと称して、彼女といちゃついていた鳴が戻ってきて、見張りを交代した。
泣いていた女は、もう俺に近づいてこなかった。
「そんな事があったんだ? 私より亮ちゃん達の方が、ずっと大変だったみたいで申し訳ないなぁ」
神様がくれたというコテージの中で、最初の島の話をすると、美咲は心底申し訳なさそうな様子だった。
何の危険もなく、のんびりと安全な場所で過ごしていた事に、罪悪感を感じているのだろう。
誰も助けてくれる人もなく、一人だったというのに、自分が大変だったとは欠片も思っていないようだ。
確かに、このコテージはすごいし、有用なアイテムではあるけれど、こんなに広いところに一人でいたら、余計に寂しかったに違いない。
「それにしても亮ちゃん、想像力が逞しすぎ。娼館って何よ。どんな本を読んでたら、そういう発想になるの?」
笑いながら、からかうように咎められて、体重を掛けるようにわざともたれかかる。
ランスにだって娼館はあるし、街頭に立ってる娼婦もいるんだが、美咲はきっと気づいていないんだろう。
運よく街に辿り着き、誰にも騙される事も攫われる事もなかったが、絶対そういう危険がなかったとは思えない。
最悪の事態も想定して、探している時は娼館でも噂を集めた。
黒髪の娼婦がいると聞けば、美咲でない事を祈りながら確認しにも行った。
幸い、この世界で純粋な黒髪というのは珍しいらしく、そう何度も確認せずに済んだけれど。
美咲を探すためとはいえ、娼館に行ったなんて、絶対に言えない。
「亮ちゃん、重たいよ。前より体重増えてるんだから、加減して」
俺の体を支えきれず、ソファに倒れてしまいそうになりながら、美咲が早く退けろとばかりに俺の腕を叩く。
そのままソファに押し倒して、しっかり腕に抱きこんだ。
本物の美咲だとわかっているけれど、確かめずにいられない。
美咲と再会できたと思ったのに、目が覚めたら夢だったということも、数え切れないほどにあったのだから。
「もう、ずっとこんななんだから。お祖母ちゃんがいたら『はしたない』って怒られちゃうよ?」
美咲のお祖母さんは、いつもピシッとしていて厳しかった。
俺とは血の繋がりはなかったけれど、実の孫のように可愛がってくれた。
『美咲を守る』というのは、お祖母さんとの約束だ。
もう逢えないお祖母さんとの、一番大事な約束だ。
小学生の時、美咲がカッターで切りつけられ大怪我をした時に、「俺のせいだ」と責任を感じていた。
そのときに、お祖母さんが『次は美咲さんを守ればいいんです。亮二さんならできますよ』と言ってくれた。
同じ失敗を繰り返さない事が大切だと教えてくれて、大事な美咲に怪我をさせる原因になったことを許してくれた。
確かに、お祖母さんの前ではこんなにくっついていられない。
『嫁入り前の娘に』と、叱られて、正座で2時間くらい説教を食らってしまう。
延々と正しい男女の在り方や、節度のあるお付き合いの仕方を説かれるだろう。
「もうしばらく、我慢しろ。前みたいに美咲がいるのが当たり前になったら、多分しないから」
譲歩を迫ると、仕方がないといった様子で抱きしめてくれた。
俺にとって美咲が、そばにいるのが当たり前の家族のような存在であるように、美咲にとっての俺も同じだと思う。
あまりにも近過ぎて、家族以上の情はわかないけれど、お互いが大切である事に変わりはない。
今はこうしてくっついているけれど、元々はそうべたべたした関係ではないし、俺の気がすんだら、元に戻るだろう。
どうせ、まだ一条はきていないんだから、これくらいは許して欲しい。
一条が美咲に逢いにきて、美咲をとられてしまうことは、もう諦めた。
美咲を一人にしたあいつは許せないけど、美咲は許してるし、そういう一条だから好きなんだろうから、仕方がない。
顔を合わせたときに、一発殴るくらいで許してやろう。
しばらく、気が済むまで、美咲を腕に囲っていた。
俺の守りたいものはここにある。
幸せになるのを見届けるまで、ずっと守り続けるのだと、改めて心に誓った。
美咲が傷つけられる事に敏感なのは、過去のトラウマのせいです。
美咲を苛めてたのと同じようなタイプの女子には、特に厳しくなってます。




