24.故郷の味
再会の翌日、亮ちゃんの抱き枕にされたまま、目が覚めると朝だった。
夕飯の時間になったのにも気づかずに、ずっと寝てしまったらしい。
寝起きはいい亮ちゃんなのに、朝になっても眠たそうにしていて、それほどにずっと眠れていなかったのかと、胸が痛んだ。
しばらく、できる限りは亮ちゃんの望みを叶えようと思う。
それくらいしか、私にできることはない。
朝食の後、今後どうするかをみんなで話し合うというので、亮ちゃん達の部屋に集まった。
そこで、店の引渡しが終わればそこに住めるので、警備代わりに一緒に住んで欲しいと改めてお願いすると、4人とも了承してくれた。
私は庭のコテージに住むから、一つ屋根の下というわけでもないし、男性ばかりでも問題はないだろう。
リンちゃん達がきたら、コテージの方に一緒に住んでもらえばいい。
4人は、しばらくゆっくりして体を休めてから、迷宮に挑戦してみるらしい。
私を探しながらだった割にはレベルも上がっていて、4人ともレベル50を超えていた。
ここまでみんな随分無茶をしてきたみたいで、一晩経った今はみんな気だるそうな様子だった。
みぃちゃんが言うには、目的を果たして、やっとゆっくりできて、気が抜けてしまったらしい。
昨日の今日で連れ出すのも悪いかと思ったけれど、もしも貴族街に行かなければならなくなった時についてきてもらうために、きちんとした服を作りたかったので、ディアナさんの店に午後から付き合ってもらうことにした。
寝るときはいつも浴衣だった亮ちゃんが、浴衣が欲しいというので、ついでにディアナさんのお店で生地を買った。
亮ちゃん達を紹介するついでに、採寸をしてもらう。
ディアナさんは婦人服が得意だけど、紳士服も扱っている。
仕事を増やして悪い気もしたけど、皆を見て、創作意欲をそそられると、喜んで製作を請け負ってくれた。
冒険者ギルドにも行き、シェリーさんに亮ちゃん達を紹介して、ついでに拠点の登録もしておいた。
冒険者は基本的に定住しないけれど、結婚したり、家を買ったりという理由で、一つの街に留まる時には、拠点登録ができる。
登録すると、緊急時のクエストに呼ばれたり、義務も発生するけれど、報酬が少し増えたり、宿や武器防具屋での割引があったり、特別クエストを受けたりできる特典もある。
ランクが上がればあがるほど、利点は多くなるようにできているようだ。
優秀な冒険者に定住してもらうためのシステムらしい。
もちろん、登録してもいつでも他の街に引越しできるので、登録する事によるデメリットはあまりない。
アルさんの話では、『面倒な指名依頼が増える程度』とのことだった。
Sランクのアルさんならともかく、亮ちゃん達ではまだ指名依頼はないだろう。
商業ギルドは物件の引渡しの時でいいかと、用事を済ませた後は、こまどり亭に帰って、みんなとおしゃべりをしながら、浴衣を縫い始めた。
逢えない間に色々とあったらしく、聞かせてくれる話は面白いものもあれば、腹の立つものもあって、時間はすぐに過ぎていった。
「それにしても、やっぱり、貴族って面倒なのね」
鳴君の彼女が、貴族に取られてしまった話を聞き、腹立たしく思いながらため息をつく。
鳴君は来るものは拒まず去るものは追わずといった感じで、頻繁に彼女が変わっていたから、そう執着はないみたいだし、彼女も望んで貴族のもとへ行ったみたいだけど、強引なやり口に、私は腹が立ってしまう。
「僕達の場合は、彼女と引き換えに馬も手に入りましたし、何の問題もありませんでしたが、美咲さんは気をつけないといけませんね。転生者に酷い事はできないようですけど、たかが平民と見下してくる貴族もいます」
アルさんの話では、ここの領主様はいい人みたいだから、そこまで心配はいらないのかなって思うけど、確かに注意は必要だ。
それにしても馬と引き換えって……。
どうせ彼女と別れるならと、最大限有利になるように、鳴君が交渉したんだろうけど、恋人に対する情みたいなものは、まったく感じられない。
鳴君は前からそんな感じだったけれど、どうしてなんだろうって思う。
「ね、鳴君が恋人にする基準って何?」
普通は好きだからとか、趣味が合うからとか、何かしら理由があるものだけど、鳴君にもあるんだろうか?
好奇心から聞くと、鳴君が人の悪い笑みを浮かべた。
「美咲さん、僕に興味があるんですか? 聞きたいのなら教えてあげましょう。まず、容姿は程ほどに整ってる方がいいです。性格はどうでもいいですが、すぐ浮気するようなお尻の軽い子がいいですね。別れたい時が楽ですから。ついでに――」
「美咲、これ以上は耳が腐る」
鳴君が嬉々として語っているけれど、亮ちゃんに耳を塞がれてしまう。
とても恋人にする基準とは思えなかったけれど、今までの鳴君の彼女を思い出してみると、みんなそんな雰囲気の派手な人だった。
鳴君って、見た目は真面目そうで、性格も穏やかに見えるのに、どこか歪んでる。
尊君はちょっと潔癖なところもあるから、苦々しい顔をしていた。
「鳴。美咲に汚い言葉を聞かせるな。次は雑巾で口を塞ぐぞ?」
ようやく鳴君が黙ったのか、亮ちゃんが耳から手を離した瞬間、脅すような言葉が聞こえる。
「亮ちゃん、聞いたのは私だからいいの。興味本位に聞いたりして悪かったわ」
そこまで親しい友人というわけでもないのに、無遠慮に聞いたのも悪かったのかもしれない。
鳴君は楽しそうだったから、亮ちゃんをからかいたいだけで、そこまで考えてなかったかもしれないけど。
「話を戻すけど、私がお店を開く場所って、お忍びで貴族が来ることもあるみたいだから、誘拐にも注意しろって言われてるの。みんなが一緒なら、そんなに無理な事はされないでしょ? だから、本当に助かるわ。一応、Sランクの冒険者のアルフレッドさんが、店に住み込んでくれるって言ってたんだけど……」
場の空気を変えようと、話していると、途中で亮ちゃんに腕を引かれた。
何だかとっても怖い顔で私を見てる。
「美咲、アルフレッドって誰? 俺達が来なければ、二人で住んでたのか?」
男の人と二人きりで住むつもりだったと、誤解されているのに気づいて、勢いよく頭を振った。
ここは、アルさんのためにも、きっちり誤解を解いておかないといけない。
「アルフレッドさんは、リンちゃん達が私のことを頼んでくれた、ランスを拠点にしてる冒険者さんで、すごくいい人なの。今は、王都に行っているから留守だけど、とてもお世話になってるから、逢ったらお礼を言っておいてね?」
亮ちゃんが不服そうに頷き、鳴君は面白そうに私達を見ていて、尊君は不機嫌そうに横を向いた。
亮ちゃんと尊君は、納得いかないといった感じだ。
「Sランクの冒険者ってすごいねぇ。美咲ちゃん、そのアルフレッドさんが帰ってきたら、絶対紹介してね。楽しみにしてるから」
みぃちゃんだけはにこにこと、笑顔で素直に感心して、アルさんに逢えるのを楽しみにしてくれてる。
「アルさんにはお店に住んでもらって、私は庭にコテージを出して、そっちに住む予定だったの。コテージなら結界がついていて、誘拐とか絶対できないから」
口を噤んだままの亮ちゃんを宥めるように説明しつつ、お茶うけに出していたクッキーを一つ取って、クッキーで亮ちゃんの唇を突いた。
誤解は解けたのか、素直にクッキーを食べてくれてホッとする。
「コテージって、迷宮から出る奴か?」
尊君も不機嫌はなおったようで、横からクッキーに手を伸ばしてくる。
どうして不機嫌になってたのかわからないけど、機嫌がなおったみたいでよかった。
「私が一人だったから、神様が結界付きのコテージをくださったの。ランスにつくまでに10日かかったから、夜はコテージで休めてすごく助かったわ。結界があるから魔物も入れないし、それに、人も登録しないと入れなくなってるの」
コテージがなければ、ランスに辿り着くまで、ろくに睡眠も取れず、苦労していたと思う。
疲れても安心して休める場所があったから、一人でも何とか旅ができた。
「10日もかかったんじゃ、大変だったな。夜は、交代で見張りをしていても、ゆっくり休めないから、美咲にコテージがあってよかったよ」
意地悪な事も多い尊君に労わられて、私が一人だったことを、尊君も心配してくれてたんだなってわかった。
根は優しいってわかるから、意地悪を言われても尊君を嫌いになれない。
「そういえば、美咲。魚あるぞ。鯖を見つけたから手に入れておいた」
「鯖っ? 鯖があるの? さすが亮ちゃんね、私のことをよくわかってくれてるわ。鯖があるなんて嬉しい」
ふと思い出したように亮ちゃんが言った言葉を聞いて、手にしていた縫いかけの浴衣をぎゅっと握り締めてしまった。
久しぶりに魚料理が堪能できそうな予感で、浮き浮きとしてしまう。
それくらい、魚料理に飢えていた。
亮ちゃんに掴みかかりそうな勢いで、大喜びしていると、亮ちゃんと尊君に呆れ顔で見られた。
「鯖でここまで喜ぶ17歳の女も珍しいだろうな」
「よりによって、サバだもんな。美咲ってわかんねぇ」
「だって、鯖よ? 鯖味噌が作れるのよ? 喜ばないわけないでしょう」
二人が顔を見合わせて呆れているので、思わず立ち上がり、拳を握って力説してしまった。
ランスは南と交易しているけれど、魚は市場でもあまり見かけない。
ランスの人は、魚をあまり食べないみたいだ。
南から仕入れて高くなる魚より、迷宮でたくさん出るお肉の方が安くて経済的だから、仕方のないことかもしれないけれど。
「何!? 鯖味噌って事は味噌があるのか?」
さっきまで呆れてた亮ちゃんが、味噌と聞いて血相を変える。
亮ちゃんは朝は和食派だから、お味噌汁が恋しいに違いない。
「味噌も醤油も鰹節も昆布もあるわ」
自慢するように言い返し、にっこりと笑うと、亮ちゃんに笑顔で頭を撫でられた。
「さすが、美咲だな。えらい」
撫でながら、それはもう幸せそうな笑顔で褒められる。
これは、さっそくお味噌汁を作ってあげなければ。
よく考えれば、和食が恋しい事くらいわかったのに、昨夜はずっと寝ていたし、作ることを思いつかなかった。
「お前らの血の繋がりを、今日ほど強く感じた事はねぇよ」
「鯖味噌、いいですねぇ。さすがは美咲さんです」
「美咲ちゃん、僕は豚汁がいい。美咲ちゃんのが食べたい」
尊君は呆れ、鳴君とみぃちゃんは便乗してくる。
せっかくリクエストがあったんだから、今夜は和食尽くしにしてみよう。
「さすがに、宿の厨房は借りられないから、カロンさんの家の庭が借りられないか、聞いてみるわ。コテージが出せたら料理はできるから」
危ないので針を片付けて、料理をしに行く事にした。
亮ちゃんはついてくるというので、二人で出かけることにする。
まだ引き渡し前なのに、カロンさんは快く庭を使う許可をくださったので、もうコテージはずっと出しっぱなしにすることにした。
料理を作るだけで片付けたら、カロンさんに変に思われそうだし、結界には登録した人間しか入れないから、出しっぱなしが一番いいと思った。
コテージの中で、亮ちゃんとお喋りをしながら、リクエストの品を作った。
亮ちゃんが今日は豚汁でいいというので、鯖味噌ときんぴらを作って、鍋でご飯も炊く。
お肉も欲しいというので、メインはしょうが焼きにして、5人でも食べきれないほどの料理を作り、アイテムボックスにしまっていく。
宿の夕食は断って、夜は部屋で食事をした。
久しぶりの和食ということもあって、4人ともほぼ無言でがっついていて、あまるだろうと思っていた料理は、全部なくなってしまった。
味噌や醤油を譲ってくれたのがアルさんだと話したので、みんなのアルさんに対する印象がとても良くなってしまって、食は偉大だと思った。




