2.単独転移者の救済
『落ち着いたか?』
一頻り泣いて落ち着いた頃、頭の中に声が響く。
答える気力もなくて、ただ頷きを返した。
『一人きりで異世界に転移する者への特典を授ける』
声と共に、淡い光が私の体を包み込んだ。
何が変わったのかわからずに首を傾げると、勝手にステータス画面が開く。
名前:神楽 美咲(転生者)Lv1
年齢:17歳
職業:料理人Lv2
スキル:鑑定 アイテムボックス(大) 料理(熟成 醗酵) 薙刀術 火魔法 水魔法
称号:良妻賢母 単独転移者
見てみると、アイテムボックスが(小)から(大)に変わっていた。
本来ならば6人で分けて持つものを一人で持つ代わりに、容量が増えたのかもしれない。
火魔法と水魔法もさっきまではなかった。
称号も単独転移者というのが増えている。
というか、称号の意味がわからない。何で未婚なのに良妻賢母なんだろう?
『水魔法には回復魔法も含まれている。永続使用できる結界つきのコテージも授けたから、無理をしなければ一人でも危険はないだろう。詳しい事はアイテムボックスにある本を読んで確認してくれ。転生をさせるのは、何も苦しめるためではない。本来ならば死すべき魂の救済と、私の愛する世界を緩やかな滅びから救う為だ』
さっきまでは機械的だった声に感情が混ざる。
一人だけ残されてしまった私を哀れんで、慰めてくれているような気がする。
できるだけばらばらに転移させたのも、一箇所に能力の高い人間が集まることで、問題が起きる事を防いだのかもしれない。
国がいくつあるのか知らないけれど、一つの国に強大な力が集まりすぎれば、全体のバランスが崩れる。
下手をすれば侵略戦争になりかねない。
そうなってしまえば、神の目的は果たせないから、ばらばらに転移させられたのは仕方のない事といえる。
『先に単独者の特典を知れば、特典狙いで単独者を選ぶものも増える可能性がある。世界は広く、移動手段は馬や馬車か徒歩といっても、何年かかければ合流はできる程度の広さだ。まず一人で特典を受け取って、後で合流すればいいという、安易な考えのものを排除したかった。これは正確には特典ではなく、単独者の救済であるから、特典狙いの者は好ましくない。だから、そなただけ最後まで残した』
一人が苦にならない人なら、特典があるのを知れば、一人で転移するのを選んだかもしれない。
仕方なく一人になったのと、利を考えて一人になったのでは、神にとっては意味合いが違うのだろう。
一生かけても逢えないというほどに、世界が広いわけではないと言外に教えてくれてる気がする。
何年か掛かるかもしれないけれど、待っていればいつかは先生と再会できると思えば、辛くても頑張れる。
「聞いていいですか? 称号って何か意味があるんですか?」
答えはないかもしれないと思ったけれど、気になって聞いてみた。
『称号は、何かしらの効果がある。良妻賢母は転生者特有の称号だ。転生する時に純潔の乙女であった場合に得られる。この称号を持った転生者は多産で安産であるから、優秀な後継者を欲しがる貴族や王族には特に好まれる。だが、元は転生者を守るための称号だ。良妻賢母の称号を持つ者は、心から望んだ相手以外の者に襲われそうになっても必ず守られる。安心して旅をするがいい。単独転移者は、気休め程度に運気の上がる称号だ』
思いがけない称号の効果に、驚いて絶句する。
多産で安産って……。
確かに、医療技術がどうなっているかわからない世界で、安全にお産できるのは凄くいいことだと思うけど、よほど子孫を増やして欲しいんだなぁと思った。
でも、日本よりずっと治安が悪いだろう世界で、一人旅をしていて強姦被害を心配しなくてすむのは助かる。
運気があがる称号というのが、どの程度効果があるのかはわからないけれど、一人で転生する私に対する心遣いなのだろうと思うと嬉しく感じる。
『辛い思いをさせた侘びに、一つ教えておこう。職業というのは、その人の能力で一番高い適正のものが表示されている。だから、職業が料理人でも戦えないわけではない。あの場にいた者の中でも、そなたは上位の戦闘力を持ち合わせておる。ただ、それよりも料理人の適正は更に上であったから、職業は料理人となった。職業やスキルは、それまでどう生きてきたのかが形になったものだ』
私が不安に思っていたことが伝わっていたのか、職業について教えられ、きちんと戦えるのだとわかって、安堵した。
家事と弟達の世話で、まともに友達を作ることもできない生活をしていたけれど、それも無駄ではなかったんだ。
たくさんの事を教えてくれたお祖母ちゃんに、心から感謝する。
今時、薙刀なんて習っていても役に立たないなんて思ってて、ごめんなさいって感じだ。
『それでは、転移を開始する』
また、機械的に戻ってしまった声に促されて、立ち上がる。
「特典をつけてくださって、ありがとうございました」
お礼を言い、頭を下げた瞬間、眩い光に包み込まれ、気がつくと丘の上に一人で佇んでいた。
丘の上にいたので、辺りをよく見渡せば、遠くに森や大きな建築物のようなものが見えた。
高い山が連なる山脈もあって、山には行かないようにしようと思った。
勝手な想像だけど、山の中は魔物や強い動物が多そうだ。
元々、視力はそんなに悪くないけれど、前よりも更によく見えるようになっている気がする。
この世界の情報はないに等しい。
まずは自分の状況を確認するために、コテージを出して、中で持ち物を確かめたりすることにした。
アイテムボックスから取り出したコテージは、鶏の卵のような形をしていて、色も卵のように白い。
コテージを出したい場所に転がすと、何もないところに、いきなりログハウスのようなものが出てきて、さすがに驚いてしまう。
平屋で煙突があって、あまり透明度の高くないすりガラスのようなものが嵌った窓もある、童話に出てくる森の中の一軒家といった雰囲気の可愛い家だった。
扉を開けて中に入ると、自動的に明かりが灯った。
室内を見渡してみれば、あちこちに照明器具らしきものがある。
意外と近代的な設備が整っているようだ。
右の方にセミダブルくらいのベッドが一つ、壁にくっつけるように置いてあった。
左の手前の方、窓がある位置に近いほうにはソファと暖炉があり、その奥にキッチンがある。
ダイニングテーブル代わりか、キッチンとは広めのカウンターで仕切られていて、カウンターの下には、予備らしき折りたたみ椅子が収納されていた。
椅子の数を見ると、6人くらいまでは対応できそうだけど、部屋は広めのワンルームといった感じだ。
「椅子は来客用かな? 部屋は一人用って感じがするけど」
誰もいないのはわかっていたけれど、呟くように言いながら、部屋の中を確かめて回る。
正面の奥の扉は浴室に繋がっていて、脱衣スペースと洋式のトイレもあった。
水も流せるようになっていてホッとするけれど、さすがにトイレットペーパーのようなものはない。
どう使うんだろう?と思ったけど、後で本を読んでみることにした。
お風呂は二人くらいなら余裕で入れそうな広さがあった。
もしかしたら、この世界には体の大きな種族の人がいるのかもしれない。
キッチンには調理道具や食器も揃っているし、これが、元は卵サイズのアイテムだとは信じられない。
ソファの前のラグに座り込んで、アイテムボックスの中身を全部取り出してみた。
バスに乗せてあった荷物は、それぞれのアイテムボックスに入っているとは聞いていたけれど、修学旅行の荷物がそのままバッグごと出てくるのは、夢に現実が混じりこんだような、変な感じがする。
着替えを入れていたバッグとお土産を入れていたバッグ、他に、この世界の説明の書かれた本と武器の薙刀、そして防具なのか、膝丈のワンピースのような上衣に黒いスパッツのようなパンツ、革のショートブーツと指なしの手袋のようなものがあった。
解体用のナイフも入っていた。鑑定してみると、これはナイフを刺すだけで解体ができる優れものらしい。
上衣は、綺麗な蒼色に銀の糸で刺繍が入っていて、派手すぎはしないけど華美だ。
立ち上がって薙刀を持ってみると、重さもちょうどよく、手に馴染んだ。
お財布に入っていたお金は、こちらのお金に換算されて、直にアイテムボックスから取り出せるようになっている。
貨幣については本を読むようにと言われていた。
あまり所持金を持ってなかった人の救済のために、一律で支給された支度金のようなものもあったので、よほどのことをしなければ、路頭に迷うことはないと思う。
6人で助け合える人たちならば、まず問題はないはずだ。
修学旅行の行き先は、京都と奈良だったので、お土産にと買ったお茶とお菓子があった。
とりあえずはキッチンでお茶をいれて、ソファで本を読むことにした。
まず、この世界の名前はリディエール。
大きな二つの大陸にそれぞれ3つの国、そして、南方にある小さな島々を治める国があるらしい。
全部で7つの国に、人族、獣人族、エルフ、ドワーフが暮らしている。
幸いな事に人種差別とか奴隷制度のようなものはないらしい。
それぞれ、船で行き来はでき、交易も盛んで、戦争の兆しはないみたいだ。
魔物という共通の脅威があるので、戦争どころではないというのは、いい事なのか悪い事なのか。
魔物をまだ見たことがないから、私にはなんとも言えない。
貨幣はすべての大陸で共通、銅貨、半銀貨、銀貨、半金貨、金貨、白金貨がある。
銅貨50枚で半銀貨、半銀貨2枚で銀貨、銀貨50枚で半金貨、半金貨2枚で金貨、金貨100枚で白金貨になる。
物価は、まだ街を見ていないからなんとも言えないけれど、銅貨が10円くらいだと考えれば、銀貨が千円、金貨が10万円くらいか。
白金貨は商取引や国の取引で使われるのが主となれば、そんなに間違ってはいない気がする。
一律で支給されたのが金貨5枚となると、物価次第だけど、結構な支度金をもらったんじゃないだろうか。
でも、アイテムボックスで確認すると、お財布に入っていたのは2万くらいだったはずなのに、金貨が25枚あるから、計算が合わない。
日本円1万円で金貨10枚は、価値があわないような気がする。
この辺りは、人のいる場所に行ってみないと判断しようがないので保留だ。
曜日の感覚はなく、一月は30日で1の月から12の月まであるらしい。
一週間は6日だから、慣れるまでが大変だ。
一日は24時間で、6時、9時、12時、15時、18時と、一日5回、街中では鐘が鳴って時間を知らせるみたいだ。
3時間おきなので、わかりやすいと言えばわかりやすいけど、時計があるのが普通で、分単位で生活していたのと比べると、曖昧すぎてなれるのが大変そうに思える。
職業スキルはレベル1から、最大はレベル5らしい。
職業以外のスキルにレベルはなく、使い続けているうちにそのスキルで使える技が増えていくシステムだ。
料理人レベル2は料理上手な主婦レベルらしい。
レベル5まで到達する人は稀で、レベル3の料理人でも自分の店を持てるくらいの料理が作れると書いてある。
レベルが上がるごとにスキルも増えるらしいので、何とか頑張ってレベルを上げたいと思う。
職業以外にも自分自身のレベルというものもあって、レベルアップすれば身体能力が上がったり、スキルを覚えやすくなったりするらしい。
けれど、ゲームのようにHPとかを数値で表示する概念はないみたいだ。
個人の強さを表すレベルと、職業の熟練度を表すレベルで分かれていると、思うことにした。
すべてが数値に表れないのは、すっきりしない気もするけれど、個人的にはこの世界の曖昧な感じがするシステムの方が好きだ。
おかげで、わからないことも山積みなのだけど。
スキルの中には、生活魔法のようなものもあって、それを使って体を浄化したり、外で小さな火を起こしたり飲み水を出したりできるらしい。
トイレにトイレットペーパーがなかったのは、浄化の魔法があるからみたいだ。
草で拭いたりしないといけないのかと思っていたから、生活魔法があると知ってホッとした。
さっき、お湯を沸かす時にキッチンを使ったけれど、魔石を使ったコンロだったので、使い方は簡単だった。
冷蔵庫のようなものとオーブンのようなものもあるので、中世レベルと聞いていたけれど、意外に暮らしやすいかもしれない。
ちなみに魔石は、魔物が稀に落とすドロップアイテムで、日々の生活に利用されたり、魔道具や武器に使用されたりする。
通常は倒した魔物を解体してドロップアイテムを入手するみたいだけど、私は刺すだけで解体できるナイフがあるので、解体で苦労せずにすみそうだ。
魚は捌けるけれど、動物の解体をしたことはないので、簡単に解体できるシステムでよかったと思う。
アイテムボックスは(大)までで、無限とまでは行かないけれど、かなりたくさんの物が入るようになるらしい。
コテージは、通常は回数制限ありの使い捨ての物で、上位の冒険者や金回りのいい商人や貴族などが使うものらしい。
ダンジョンからしか手に入らないアイテムで、値段は高くはあるけれど、普通に店で手に入るものみたいだ。
ただ、永続使用可というのは、もしかしたら他に存在しないかもしれない。
一人は寂しいけれど、与えられた特典は大きなものだ。
いつか、先生達と合流できたら、これが役に立つ日が来るかもしれないから、今、こうして一人でいるのも無駄じゃない。
まだ一日目なのに、寂しいと思う気持ちを押し込めるように、自分に言い聞かせる。
目を閉じて、先生の姿を思い浮かべる。
短くいつも清潔に整えられた薄茶の髪、生徒一人一人をよく見ている灰蒼の瞳。
整っているのに怖い感じの顔は、黙っていると威圧感があって最初は怖かった。
でも、よく見ていれば、すぐに生徒思いのいい先生だってわかった。
高校に入学した時からの担任で、1年半くらい、学校での先生しか知らないけれど、優しい人なのは知っている。
古典の担当で、古い和歌が好きなロマンティストだ。
ずっと、年上の男の人への憧れと尊敬だって思ってた。
けれど、自分で思っていたよりもずっと先生のことを好きだったみたいだ。
先生の姿を思い浮かべると、寂しくもなるけど、同時に不安も和らぐ。
約束を守ろうと、頑張ってくれる人だって知ってる。
だから、大丈夫。私も頑張れる。
一人きりの寂しさと不安、それと戦いながら、先生に渡された指輪を握り締めた。
他の人は、日本円1万=金貨1枚で換算してありましたが、単独者特典で10倍に増えています。
解体用ナイフはダンジョンでしか手に入らないレアアイテムです。通常の冒険者は普通のナイフで普通に解体します。これは転移者全員に配布されています。
コテージの永続使用可のものは、他にはありません。神様特製のアイテムで譲渡不可、破壊不可のチートアイテムです。
ついでにコテージ内の設備は、高位の貴族の屋敷並みの設備が揃っています。