23.いとこ同士
亮ちゃん達は馬に乗って移動していたので、馬を預かってくれる宿ということで、こまどり亭を紹介されたらしい。
偶然にも同じ宿だったことがわかって、遅くても夜には逢えていたのかと、みんなで笑ってしまった。
せっかく同じ宿なのに、アルさんは王都に行ったばかりなので、紹介できないのが残念だ。
「美咲、一条先生が好きなの?」
こまどり亭の私の部屋を訪ねてきた亮ちゃんが、ベッドに座りながら、何気なく聞いてきた。
あの、白い空間のやり取りを見て、声は聞こえなかったはずなのに、私の気持ちがわかってしまったらしい。
「うん。前から尊敬はしてたけど、あの時、『絶対に探し出す』って約束してくれた先生が、私の中で先生じゃなくて男の人になっちゃったんだと思う。どれだけ時間がかかっても、先生は約束を果たしてくれるって信じて、待っていたいんだ」
亮ちゃんの隣に座り込んで、軽く凭れかかりながら、想いを口にすると、優しく頭を撫でられた。
仲がいいといっても、好きな人の話なんてした事がないから、恥ずかしくて顔が熱い。
「あの時、美咲を一人にした先生には腹が立ったし、俺は許せないって思ってるけど、美咲が好きなら仕方ないな。先生が来るまでは、俺が美咲を守る。美咲は俺の唯一の家族だから」
一緒に暮らしてくれるつもりなんだろう。
もう一人じゃない、そのことが嬉しくて、ホッとした。
優しい人はいっぱいいて、思いを寄せてくれる人もいたけれど、この世界に来てからの孤独感はなくならなかった。
やっと、心から安堵することができて、涙が溢れてしまう。
「一人で怖かったか? 2ヶ月も待たせてごめんな」
抱き寄せられて、ぎゅっとしがみつくと、あやすように背を撫でられた。
自分から積極的にパーティを組まなかったくせに、我侭だと思うけど、本当は一人になるのは嫌だった。
我侭を言ってでも先生と一緒に行けばよかったと、何度後悔したかしれない。
優しい人がいても、知らないものが溢れてる世界は怖かった。
強がって一人でも大丈夫って思い込もうとしていたけど、不安も大きかった。
これからは、弱い部分を全部晒しても、受け止めてくれる亮ちゃんがいる。
そのことが、私の心を救ってくれる。
この世界に来て、初めて安らぎながら、流れるままに涙を零し続けた。
「よく頑張ったな。もう大丈夫だから、好きなだけ泣け」
拭っても拭っても涙が溢れる目元を、亮ちゃんがタオルで抑えてくれた。
涙には浄化作用があるというけれど、泣いているうちに不安だったり怖かったりした気持ちが溶けていく。
たった2ヶ月だけど、強がるのも限界だったのかもしれない。
私たち以前の転生者は、みんな一人きりだったから、条件は私と同じどころか、私の方がずっと恵まれているのに、そう思うと、私は弱いのかなって感じる。
過去の転生者達はコテージをもらったりはしていないだろうし、それを考えると、多数の中で唯一、一人だった私を、神様は随分哀れんでくれたのだと思う。
「亮ちゃん、来てくれて、ありがとう。いっぱい、心配掛けてごめんね」
涙がようやく止まり、擦り寄って甘えながら謝った。
仲がいいとはいっても、いつもはここまでくっついたりしないのに、お互い離れられないのは、2ヶ月も離れていたことが初めてだったからかもしれない。
すぐ近所に住んでいて、一緒にご飯を食べることも多くて、2日逢わないだけでも違和感を感じるほどに近しかった。
お母さん達が仲のいい姉妹だったので、生まれる前から一緒で、生まれてからも一緒に育てられた。
亮ちゃんのお母さんはお仕事をしていたので、専業主婦のお母さんが亮ちゃんを預かっていて、小さい頃はよく双子と間違われた。
成長するにつれ、男女ということもあって一緒に遊ぶ事も減ったけれど、それでも、ほぼ毎日のように逢っていた。
小学生の時に、亮ちゃんを好きな女の子達に嫉妬されたのが原因で、私が苛められた事があって、公立の小学校に通っていたけれど、中学からは私立に通うことになった。
その頃から、学校では親しくしないようにしていたから、反動で家にいる時は、前よりも仲良くなったような気がする。
あの時、私がカッターで切りつけられるという事件に発展してしまって、そのことで亮ちゃんは酷い心の傷を負った。
自分が原因で苛められていたのに、私が怪我をするまで気がつかなかったことで、酷く自分を責めていた。
あれから、亮ちゃんは少し過保護になって、私を守ろうとするようになった。
学校内ではどんなに告白されても断ってばかりで、誰も特別扱いしてるように見えないように、公平を心がけるようになった。
男友達は多かったみたいだけど、女子とは必要最低限しか話をせず、近づいてくる人を警戒するようにもなった。
私も、家事や弟達の世話があるからと、積極的に同性の友達を作らなくなって、学校では一人でいることが増えた。
亮ちゃんが従兄なのは、学校のほとんどの人が知らなかったけれど、それでも、親しい友達を作るのが怖かった。
リンちゃんとは、学校の外で繋がりがあったから仲良くなれたけれど、そうでなかったら知り合い止まりだったはずだ。
あの白い空間で、パーティを組まなければならなかった時、女子のいるパーティに入るのは怖くて、男子だけのパーティに入るのは考えられなかった。
だから、一人になったのは仕方のないことだったのかもしれない。
「俺が美咲を探すのは当然。他のやつらは付き合わせて悪かったけど、美咲が心配だからって、一緒に来てくれた」
長い髪を優しく指で梳かれる。
亮ちゃんはとっても甘やかし上手だけど、外ではあまりそういう姿を見せない。
硬派でクールな生徒会長だと思われていて、人気が高かった。
この世界では、転生者はもてるみたいだから、さぞかしお誘いも多いんじゃないかと思う。
「みんな、優しいね。――亮ちゃんたちは、どこに飛ばされたの? どうやってランスまできたの?」
馬に乗ってというのは聞いたから、多分、飛ばされた先で馬の練習をして、移動手段を確保してから探してくれたんじゃないかと思う。
きっと、馬に乗ることを言い出したのは、鳴君だろうな。
「俺達が飛ばされたのは、迷宮がある島だった。迷宮しかないような小さな島で、他に人がいなかった。後で知ったんだが、そこの島までは、10日に一度くらいしか船が出せないらしい。潮の流れが独特で、特別な日以外は島まで辿り着けないそうだ」
随分、辺鄙なところに飛ばされてしまったらしい。
小さな島なら、全体を把握するのは楽だったかもしれないけど、食事なんかは大変だったかもしれない。
「10日に一度の船が来て、それに乗って島を出たの?」
「ああ。船が来ることを知らないから、とりあえず、迷宮でレベル上げをしてた。飲み水は生活魔法で確保できていたし、迷宮以外は安全だったから」
当時の様子を思い出しながら、話をしてくれる。
何か嫌な事もあったのか、眉間にしわが寄ってる。
「早く美咲を探したいのに、島から出られなくてイライラしてた。尊に殴られて、やっと目が覚めた。それで、美咲を探すにも強い方がいいからって、迷宮で鍛えてたら船が着て、何とか島から出られた」
何かを誤魔化すような、硬い話し方をしているから、話せない様なことも色々とあったんだと思う。
亮ちゃんがこの様子では、みんなには随分迷惑を掛けてしまったみたいだ。
亮ちゃんは頑固だから、扱いに慣れた鳴君でも大変だったと思う。
「前より、筋肉がついたね。この辺とか、逞しくなったみたい」
肩から腕の辺りが、逞しくなってる。
少年体型から大人の体型に変わりつつある感じだ。
変わった部分を確かめるように、ぺたぺたと触れていると、くすぐったがって止めるように手を取られる。
亮ちゃんの手は、いつの間にか剣を握る硬い手になっていた。
以前とは違う感触が不思議で、しっかりと手を握り合わせる。
「美咲はあまり変わらないな。手もあまり荒れてないみたいでよかった」
水仕事が多いと、どうしても手は荒れる。
きちんと手入れはしていたけど、お嬢様育ちの人が多い高校では、綺麗な手をしている人が多くて、荒れた手はコンプレックスだった。
こちらには薬草があるからか、ハンドクリームも効能が高くて、料理はするけれど手荒れはしなくなった。
爪はこまめに切っているから短いままだけど、前よりは女らしい手になっていると思う。
「南は島がいっぱいあるんでしょう? もしかして、全部探してくれてた?」
南の島々の国とランスは、船で行き来できるから、一番近い島とランスは3日くらいの距離だったと思う。
ただ、王都がある一番大きな島まで行こうとすると、10日は掛かるらしい。
「どこに美咲がいるかわからないから、手分けして全部の島を探した。大陸に渡ったら移動が大変だからと、鳴に言われて、みんなで馬に乗る練習もした。鳴と尊は元々乗れたから、あまり練習してなかったけど」
やっぱり、馬に乗って移動する事を言い出したのは鳴君だったのか。
機動力という意味では、徒歩とは比べ物にならないから、正しい判断だと思う。
馬が、手に入るツテがありさえすればだけど。
私も馬に乗る練習をしようと思っていたけど、まだどこで練習できるのか、調べてさえいない。
後で時間を作って、亮ちゃんに教えてもらったほうがいいかもしれない。
「大変だったのに、探してくれたのね。ありがとう、亮ちゃん」
たくさんの島に渡るだけでも、大変なはずだ。
亮ちゃん達が最初にいた島のように、特殊な条件じゃないと渡れないところもあったかもしれないし、小さな無人島まで虱潰しに探していたら、本当に大変だったと思う。
2ヶ月もかかったのは当然だ。
むしろ、手分けしたとはいえ、2ヶ月で終わったのは相当早いんじゃないだろうか。
たくさんの島々を、たった一人を探して巡る事が、どれだけ大変な事か、簡単に想像がつく。
私を探しながら、旅費を稼いで、馬の練習をして、かなり高い馬の購入もして、きっと休む間もなく頑張ってくれたんだろう。
よく見れば、体は逞しくなったのに、前よりも顔は痩せて、やつれてる。
亮ちゃんに付き合って無理をしてくれたみんなにも、本当に感謝だ。
「さすがに、ちょっと疲れたな。少し休みたい。美咲がいればゆっくり眠れると思う」
言うなり、軽々と私を抱き上げて、ベッドに横たえた。
夕食までまだ時間はあるけれど、この年でさすがに添い寝は恥ずかしい。
「亮ちゃん、お昼寝なら一人でして。ベッド使っていいから」
体を起こそうとすると、ちゃっかりとベッドに入ってきた亮ちゃんの腕に抱きこまれる。
離さないとばかりに、ぎゅっと抱きしめられて、仕方ないなぁって気持ちになる。
こうして抱きしめられても、安心するだけでまったくときめきはない。
それは亮ちゃんも同じだと思う。
「嫌だ。美咲がいないと眠れない」
駄々を捏ねるように言われて、抵抗は無駄だと諦めた。
こうなった亮ちゃんに、私は勝てない。
それに、夜もゆっくり眠れないほど心配してくれていたんだとわかったから、気持ちよく寝かせてあげたかった。
「ご飯までだからね?」
それでも、ご飯の時間までと制限をつけておく。
寝かせてあげたい気持ちもあるけど、17にもなって従兄と添い寝は、やっぱり恥ずかしすぎるから。
抱き枕になって目を閉じると、さっきたくさん泣いたせいもあって、私も眠くなってしまった。
私を絶対傷つける事も、裏切る事もないと信じられる亮ちゃんのそばは、安心する。
いつしか私も温もりを求めるようにくっついて、眠りに落ちていた。
活動報告にSS書いてみました。




