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密やかに想う  作者: 水城雪見
本編
28/109

22.再会



 靴屋さんと雑貨屋さんを周り、必要なものを買いそろえてから、久しぶりにシグルドさんのお店に向かった。

 ばたばたとしていて、クッキーを渡し損ねていたし、お店を持つことを報告したかったのだ。

 お昼の忙しい時間は過ぎたので、もう、料理はあまり残ってないかもしれないけれど、久しぶりにシグルドさんの料理が食べられるのが楽しみだ。

 シグルドさんの作るものなら何でも美味しいから、食べられるなら何でも構わない。

 それに、この時間からなら、もうすぐ昼休憩に入るから、のんびりお話ができるかと思った。



「いらっしゃいませー。って、カグラじゃない。久しぶりね。こっちに座って」



 お店に入ると、アンさんがすぐに気づいて、カウンター席に案内してくれた。

 ここからは厨房の様子がよく見える。

 シグルドさんが料理を作って、エミリアさんが盛り付けていた。

 厨房から目の届くところにベビーベッドも置いてあって、エミリアさんは赤ちゃんの面倒を見ながら働いてるみたいだ。

 忙しいのはわかっているので、軽く会釈するだけの挨拶をして、シグルドさんの得意な煮込み料理を注文した。

 店内はまだ混みあっているけれど、昼休憩も終わりに近いのか、急いで食べている人も多い。

 あと少ししたら、料理も売り切れて、昼の営業は終わってしまうだろう。


 料理はすぐにできて、パンと一緒に並べられた。

 この世界では一般的な料理だそうだけど、お肉と野菜を煮込んだ料理は、ホッとする味でとても好きだ。

 こまどり亭の料理も美味しいけれど、この煮込み料理だけは、シグルドさんのが一番だと思う。

 久しぶりのシグルドさんの料理を味わって食べていると、段々お客さんも減っていった。

 ゆっくり話をしたかったので、のんびりと料理を食べていると、給仕のおわったアンさんがやってくる。



「久しぶりだけど、元気そうね。お客さんから、噂は色々聞いているわよ」



 何を聞かされたのか、アンさんはやけに楽しげな様子だ。

 噂をされるようなことがあっただろうかと、首を傾げていると、まだ仕事中だと、アンさんがエミリアさんに叱られてしまった。

 肩を竦めて、アンさんは空いたテーブルを片付けに行く。

 こちらのお店は、どこも基本的に先払いなので、料理を食べたらみんなそのまま帰っていく。

 注文を受けて、即座に代金を計算して受け取らないといけないので、給仕をする人は結構大変なのだ。

 私もお店を経営するのなら、料金をいつ受け取るか、値段をいくらにするか、考えないといけない事は山ほどある。

 少しのんびりすると決めたのに、気がつくと、お店の事を考えてしまう。

 でもそれは、仕事が好きだからというよりも、何かしてないと不安になってしまうからというのが大きいかもしれない。



「いらっしゃいませー。もう、出せないメニューもあるんですがいいですか?」



 お店に入ってきたお客さんに、アンさんが声をかけている。

 常連さんはもっと早く来るから、初めてのお客さんかもしれない。

 一度、シグルドさんのお店にきたお客さんは、次からは料理が売り切れる前にくるようになる。



「構わない。4人なんだがいいか?」



 低めの落ち着いた声が聞こえた。

 その淡々とした話し方は、私にとって、とても懐かしいものだった。

 聞き間違いだったら、そう思うと怖くなったけれど、どうか本人でありますようにと、祈りながら振り返る。



「美咲!?」



 そこには、驚愕の表情を浮かべた、従兄の亮ちゃんがいた。

 アーネストさんほどじゃないけど、どちらかというと表情は乏しいのに、すべての感情が見て取れる。

 まず、驚愕、次の瞬間には歓喜。

 顔を見ただけで、どれだけ私を探してくれていたのかがわかった。



「亮ちゃんっ!」



 駆け寄って飛びつくと、しっかりと抱きしめられた。

 背の高い亮ちゃんに、腰にまわした腕で抱え上げられ、両足が宙に浮く。

 子供みたいにぎゅうぎゅうと抱きしめあって、しばらく再会の喜びに浸った。



「ずっと探していたんだ。元気そうで良かった。美咲が一人だったみたいだから、心配してた。見つかって本当に良かった」


 

 珍しく興奮を露わにした亮ちゃんが、私を腕に抱いたまま、こつんと額を合わせてくる。

 私とよく似た色合いの瞳で、無事を確かめるように見つめられて、夢ではなく本当に亮ちゃんがいることを実感した。

 私と同じ真っ黒な亮ちゃんの髪を、くしゃくしゃと両手で撫でまわすと、くすぐったそうに頭を振られる。

 毎日のように顔を合わせていて、兄妹のように育った相手だから、こうして触れているだけで、心が凄く充たされていくのを感じた。

 久しぶりに実家に戻ったような、安心感も感じる。



「僕達の事を忘れてませんかー?」



 笑いを含んだ声で問われて視線を向けると、亮ちゃんと仲のいい、いつものメンバーが揃っていた。

 離したら私がいなくなると思ってるかのように、床には降ろしてくれたけど、亮ちゃんは私にくっついたままだ。



「みんなも久しぶりね。元気そうで良かった」


 

 いくら嬉しかったからとはいえ、すっかり状況を忘れて亮ちゃんに甘えていたのが恥ずかしくなって、頬が赤らんでいく。

 見てみれば、アンさんもシグルドさんも驚きで固まっていた。



「美咲ちゃんが無事でよかった。こっちに来てからずっと探してたんだよ」



 小柄で人懐っこい笑顔を向けてくるのは、御池和成みいけ かずなり君。

 私はずっと前、知り合った頃から、みぃちゃんと呼んでいる。

 みぃちゃんは男の子だけど、私には話しやすくて、仲のいい友達だ。

 不思議なくらい、人の心にするっと入ってくるのが上手い人で、笑顔にいつも癒される。

 何故か、他のメンバーには、「あの笑顔に癒されるのは美咲だけだ」と、言われてしまうのだけど。



「亮二がそろそろ限界でしたから、助かりました。お元気そうで何より。逢えて嬉しいですよ、美咲さん」



 相変わらずの丁寧口調は、生徒会副会長もしていた月島鳴(つきしま なる)君。

 生徒会長をしていた亮ちゃんの親友で、私も小さい時から知っている。

 亮ちゃんと一緒にということはあっても、鳴君と二人でということは一度もないから、幼馴染といってもいいほどの付き合いの長さなんだけど、亮ちゃんの親友という認識だ。

 見た目は真面目そうなのに、底が見えないというか、本音を見せない人だ。

 多分、私が亮ちゃんの従妹でなかったら、そんなに親しくなってないと思う。



「どうせ、自分なら一人でも何とかなるとか思ってたんだろ。お人よし過ぎ」



 痛いところを突いてくるのは、月島尊(つきしま みこと)君。

 鳴君のいとこだけど、付き合いは鳴君ほどは長くない。

 尊君は口は悪いけれど、とても優しい人だ。

 リンちゃんが言うには、ツンデレさんらしい。

 

 懐かしい顔を見て、湧き上がる歓喜を抑えられない。

 まるで夢のようで、確かめるように亮ちゃんの腕に触れた。

 それに気づいた亮ちゃんが、甘やかすように髪を撫でてくる。



「カグラ、その人達、知り合いなの?」



 ようやく我に返ったアンさんに尋ねられて、頷きを返す。

 軽い興奮状態で、すっかり説明を忘れていた。



「私の従兄と、そのお友達なの。ずっと私を探しててくれたみたい」



 亮ちゃんがくっついて離れないので、腕を引いて、空いてる席に座らせた。

 みんな、その後をついてきて、同じテーブルにつく。



「よかったな、カグラ。同郷のやつらなんだろ? お祝い代わりに、今日は俺の奢りだ。料理を出すから、好きなだけ食ってくれ」



 シグルドさんが厨房から出てきて、亮ちゃん達と再会できたことを、とても喜んでくれた。

 前に弟達ともう逢えない話をしていたから、気にかけていてくれたんだろうと思う。



「シグルドさん、ありがとう。もう、お昼の営業は終わりでしょう? シグルドさん達も一緒にいかがですか?」



 私が誘うと、賛成とばかりに、アンさんがテーブルを二つくっつけて、みんなで座れるようにしてくれる。



「エミリアはリオと一緒に上にあがるから、俺とアンだけになるけどな」



 エミリアさんは乳飲み子を抱えて、仕事までしているから、休める時に休まないと体がもたないんだろう。

 せめて少しでも疲れが癒えればと思って、クッキーの包みをアンさんに渡した。



「アンさん、甘いものを食べると疲れが取れるっていうから、エミリアさんに持っていってあげて。ここは、私がやっておくわ」



 勝手はわかるので、アンさんの代わりに、カウンターに出てくる料理を次々運んでいく。

 他のお客さんは、みんな食べ終えて帰ってしまったようなので、お店の暖簾を下げて、準備中に札を変えておいた。



「美咲ちゃん、随分、ここのお店に馴染んでるんだね」



 座ったまま、興味深そうに私を見ていたみぃちゃんに尋ねられて、空いたテーブルをついでに片付けながら、ギルドの依頼で、しばらくここで働いていた事を説明する。

 シグルドさんにはとてもお世話になったのだと説明したら、料理を作り終えて出てきたシグルドさんに、4人で揃ってお礼を言ってくれて、気恥ずかしいけど嬉しかった。



「カグラっ! あれ、何? あの甘くて美味しいの、カグラが作ったの?」



 クッキーを一つもらったのか、興奮状態のアンさんが降りてくる。

 やっぱり女の子だから、甘いものも好きらしい。



「私が作ったの。アンさんにもあげるから、お家でゆっくり食べて」



 ここまで喜んでもらえるとは思わなかったので、嬉しくなりながらクッキーの包みを取り出して、アンさんに渡した。

 アンさんは宝物を受け取るように両手で包みを持って、それはもう嬉しそうに微笑んでる。



「それにしても、カグラ。商業ギルドのギルドマスターにプロポーズされたのに断ったのは、この人がいるからなの?」



 この人と、亮ちゃんに目を向けながらのアンさんの爆弾発言に、シグルドさんの料理に舌鼓を打っていた亮ちゃん達が、思いっきりむせた。

 何で、アーネストさんのこと、アンさんが知ってるんだろう?



「プロポーズって、美咲ちゃん、結婚するの!?」



 みぃちゃんに詰め寄られて、あまりの勢いに驚きながら、ふるふると首を振る。

 私にまったくその気はない。



「当然だ。美咲が結婚なんて早過ぎる! 俺は認めない」



 亮ちゃんは、どこかの頑固親父みたいになっちゃってる。

 冷静に考えれば、結婚なんてまだありえないってわかるはずなのに、冷静さを欠いてるみたいだ。



「いつから美咲さんの父親になったんですか。頭ごなしに反対すると、嫌われますよ?」



 鳴君は冷静に突っ込みを入れてくれて、尊君はまだ呆然としてる。

 まだ意識は高校生だもの、結婚なんて普通にありえないよね。

 みんなが驚くのも当然だと思う。



「アーネストさんには、貴族対策で結婚すればいいって冗談みたいに言われただけよ。言ってなかったけど、私、転生者だから、貴族の人に狙われることもあるんですって。それに、亮ちゃんはただの従兄よ。赤ちゃんの時から一緒だから、兄妹みたいな感じなの」



 色々端折って説明すると、シグルドさんは私が転生者とわかっていたのか、驚いた様子もなく、アンさんは口をあんぐりとあけて驚いている。



「え? っていうことは、この人たちも? 転生者がこんなにたくさんいるの?」



 複数同時にというのは初めてのことみたいだから、驚くのも無理はない。

 シグルドさんが、アンさんを落ち着けようと、背中をぽんぽんと叩いている。



「70人くらいいたよね? 美咲ちゃん、話してなかったんだ?」



 亮ちゃんとみぃくんの間の椅子に招かれて、そこに座る。

 亮ちゃんはやっと逢えたのに、誰かに取られそうな気がしたのか、腕に私を抱きこんだ。

 普段は冷静沈着で大人びているのに、たまに子供みたいなことをする。

 そういう時は、大抵何か理由があるときだから、好きなようにさせることにしている。

 赤ちゃんの頃からずっと兄妹みたいに育ったから、こうしてくっつくことに、何の抵抗もなかった。



「何となくね。自分から言う事でもないかなって思って。聞かれたら隠さないようにしてるけど」



 亮ちゃんの腕を宥めるように撫でながら、みぃちゃんと会話する。

 その間も、鳴君は料理を食べ続け、尊君はまだぼーっとしてる。

 料理、なくなっちゃいそうだけど、いいのかな?



「シグルドさん、今日は報告もあってきたんです。今度、カロンさんがお店を出していたところで、私もお店を経営することになりました。まだ、開店は先の予定なんですけど、オープンの時は招待するので来ていただけますか?」



 私が店を持つことを、シグルドさんは商業ギルド繋がりで知っていたのか、驚いた様子もなく、笑顔でおめでとうと言ってくれた。

 ここは、ギルド関係や商人のお客さんも多いから、情報も集まりやすいみたいだ。



「美咲、お店を経営って、何をするんだ?」



 抱きこむ手はそのままに、亮ちゃんに尋ねられる。

 お腹が空いたからここにきたはずなのに、食べるよりも私の方が大事らしい。



「私ね、職業が料理人だったの。だから、パスタとかデザートを出すお店を経営しようと思って。もう、お店は購入済みなのよ。亮ちゃん達がこの街にいてくれるのなら、一緒に住んでくれる?」



 お店を購入済みと言うと、さすがに驚かれてしまった。

 私を探しててくれたんだから、すぐにどこかに行ってしまうことはないと思うけど、お店に住んでくれるかどうか確認してみる。

 みんながいてくれたら、警備の人もいらないし、助かるんだけどなぁ。



「2ヶ月しか経ってないのに、頑張ったんだな。やっぱり、美咲はすごいよ」



 褒めながら頭を撫でられて、くすぐったいような心地で笑う。

 亮ちゃんは昔から、些細な事でもすぐ褒めてくれる。

 お母さんが死んでしまった後、お母さんの代わりみたいに、亮ちゃんは褒めてくれるようになった。

 お父さんは仕事であまりいなかったし、お祖母ちゃんは厳しくて滅多に褒めてくれる事はなかったから、亮ちゃんがちゃんと見てるよって、伝えるみたいに褒めてくれるのは、いつもとても嬉しかった。



「みんなが探してくれてるって思ったから、待ってる間に拠点を作りたかったの。リンちゃんとカンナさんも私を探してくれているのよ。今、行商の人に手紙を預けて、ランスにいることを伝えようとしてるところなの」



 リンちゃんもカンナさんもみんなとは同じクラスだったし、それなりに仲は良かったはずだ。

 早く再会できたらいいのになぁと思う。



「その人は大事な家族なんだね。良かったね、カグラ。いつもより、カグラが甘えた喋り方になってるから、それだけで、どれだけ大事な人かわかるよ。本当に逢えてよかったね」



 アンさんがしみじみと言いながら、エプロンで涙を拭う。

 アンさんもとても家族を大事にしている人だから、自分に置き換えて考えてしまったのかもしれない。

「ありがとう」と、私も涙目になってしまいながら、お礼を言った。


 シグルドさんとアンさんも交えて、お互いの近況を話したり、足りなくなった料理を私が出して、みんなで食べたり、賑やかな時間を過ごした。

 亮ちゃんはきっと私を探してくれているだろうと思っていたけれど、思いがけなく早く逢えたことが夢みたいで、何度も確かめるように亮ちゃんを見てしまった。

 そのたびに目が合って、安心させるように優しく微笑まれて、どこか張り詰めていた気持ちが緩んでいくのがわかった。

 シグルドさんの夜営業の仕込が始まるまで居座ってしまったけど、楽しい時間を過ごすことができた。



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