21.冬支度
少し短いですが、切りがいいので。
少しお休みをすることを決めたのはいいけれど、ただボーっと宿にいるのも退屈で、ディアナさんに服を作ってもらうことにした。
毎年、新年は新しい着物で迎えていたから、着物が無理だとしても服を新調しようかと思ったのだ。
それと、もしよさそうな布があったら、寝る時に着る浴衣を作ろうかと思っていた。
和裁はお祖母ちゃんに仕込まれたので、浴衣くらいなら問題なく縫える。
問題は反物だけど、よさそうな布を探して代用しようと思っていた。
洋服も好きだけど、着物を着慣れていたので、まったく着物がない生活は物足りなくもある。
「こんにちはー」
声をかけながらディアナさんのお店に入ると、店員さんが店番をしていた。
「カグラ様、いらっしゃいませ。先日は美味しいお菓子をありがとうございました」
まずはクッキーのお礼を言われて、気に入ってもらえたようだと嬉しくなる。
すぐにディアナさんを呼びに行ってくれたので、服を見ながら待った。
やっぱり、冬支度ということなのか、厚手の冬物がかなり増えている。
コートのような物もあったので見ていると、ディアナさんはすぐにやってきた。
「カグラ様、お待たせしました。商業ギルドのミシェルから聞きましたけれど、お店を出されるのですって? おめでとうございます。開店のときは、是非伺わせていただきます」
丁寧に祝いの言葉を述べられて、私もお礼の言葉を返した。
スムーズに事が進んだのも、ディアナさんが紹介状を書いてくださったからだ。
開店の時は、こちらから招待したい。
「まだ、開店まで時間を掛けようと思っているので、お店の給仕用の制服も含め、相談に乗っていただけると嬉しいです」
忙しいディアナさんを更に忙しくしてしまうかもしれないけれど、仕事をお願いするのが一番の恩返しになるんじゃないかと思った。
それに、お店の制服を作ることは決めているのだけど、デザインでずっと悩んでいた。
女の子を雇うのは決めているので、こちらでも作りやすいメイド服のようなものにするか、それとももっと違う、お店独自のデザインの制服にするのか、考え出したら切りがない。
「それで、今日は新年用の新しい服の製作をディアナさんにお願いしたくて。それから、冬物の服がまったくないので、そちらも購入したいんです。後、私の故郷の伝統的な服も作りたいので、それに合う布を譲っていただきたくて」
思いつくままに用件を口にすると、まずはと、お店の奥にある応接室に案内された。
ここは、採寸をする部屋でもあるので、前に、ここで採寸してもらった事がある。
「お作りする服は、どういったものがよろしいですか? サイズはわかっておりますので、大体のデザインができて、使う布が決まりましたら、すぐに製作に入らせていただきますけれど」
ソファに腰掛けて、ディアナさんと話していると、製作担当の針子さん達が、布を次々に運んでくる。
まず、こちらで新年によく着られている服のデザインを教えてもらったけれど、平民はワンピースのようなものが多いみたいだ。
貴族だとドレスみたいだけど、貴族じゃないからドレスは必要ない。
服は、あまり派手な色は好きじゃない。
一から作らせる時は、着物が多かったから、洋服となると悩んでしまう。
あと、こちらにはストッキングはなく、靴下になるみたいだけど、もちろんゴムがないから、靴下をはくならガーターベルトのようなものもつけないといけない。
作るなら、服だけでなく小物も必要そうだ。
「こちらで普通に着られているワンピースにしてもらえますか? 新年しか着られないようではもったいないですし、ちょっとした訪問着にもなるようなデザインでお願いします」
後で、行儀作法を習いに行く時に、きちんとした服があった方がいいかもしれない。
日本から持ってきた荷物にあるのは、秋物なので、上にコートを着るにしても、今の季節は寒い。
「布を先に選んでしまいましょうか? カグラ様の髪色が映えるような色がよろしいかと思うのですけれど、どういった色がお好みですか?」
布がたくさん広げられていて、一つ一つ手触りや厚みを確かめていく。
色は、紺とか落ち着いた色が好きだけど、新年だから、もう少し明るめがいいかもしれない。
ワインレッドよりは少し落ち着いた色合いの布が、手触りもよく、これで服を作ったら着心地がよさそうだと思った。
「カグラ様は肌でいい物を知っておられますね。そちらは、羊の魔物の毛で織られた布で、他と比べると少しお高いのですが、保温力もありますし何より発色がいいんです。綺麗に染まるので、そちらも素敵なお色でしょう?」
私が気に留めた布は、高級品らしい。
値段を聞いてみたけれど、晴れ着としては問題ない値段だと思ったので、これでワンピースを作ってもらうことにする。
大体のデザインをディアナさんが描いてくれたので、好みにあうように細部を変更させてもらう。
腕はゆったりと布を使ってもらい動きやすくしてもらって、代わりに袖口はぴったりと手首に沿うようなデザインにしてもらった。
ウエストも袖口と同じようにアクセントをつけ、後ろでリボンを結べるようにしてもらう。
要所要所をきゅっと締めていれば、メリハリがついてスタイルもよく見える。
襟の形も、少し凝ってもらって、布地に重ね合わせるようにして、布と同色のレース編みの飾りをつけてもらうことにした。
丈は膝下くらいにしておく。
このくらいの丈が許されるのは、若いうちだけらしい。
靴屋さんも紹介してもらえるようなので、この後に回ることになった。
「こちらの方が女性的で綺麗なラインになりますわね。カグラ様の世界の服がどういったものなのか、もっと知りたいです。こんな襟の形は初めてですし、レースの使い方もとても面白いです。他に伝統的な服も作られるとの事でしたけど、それはカグラ様が作られるのですか?」
ワンピースのデザインが決まったので、浴衣によさそうな布を選んでいると、興味深げに尋ねられた。
吸湿性のありそうな、寝るときによさそうな布を見つけたので、それを浴衣にちょうどいいくらいに裁ってもらうことにする。
「私の住んでいた国の服なのですが、私は祖母から作り方を教わっているので、ためしに作ってみようかと思って。お店の開店は少し先にして、のんびり過ごそうと思ったけど、何もしてないと落ち着かないので」
布が違うから、どこまで再現できるかわからないけれど、せっかく教えてもらったものを錆付かせてしまうよりはと思って、挑戦してみる事にした。
元々、裁縫はそんなに嫌いではない。
ミシンがあれば、もっといろいろなものが簡単に作れていいのにと思うけれど、ミシンを再現するだけの能力も知識もない以上、手縫いで頑張るしかない。
「もし出来上がったら、見せていただいてもいいですか? カグラ様の故郷の伝統衣装ですから、とても気になります」
出来上がったものを見せるくらいなら問題はないので了承して、後はコートや冬物の既製服をいくつか選ぶ事にした。
ディアナさんはすぐ出てきてくれたけれど、やっぱり忙しいみたいで、申し訳なさそうにしながらも製作に戻ってしまう。
いつまでも拘束するのも申し訳ないので、後は店員さんにお願いする事にした。
コートは長く使うものなのか、濃い色の物が多い。
作ってもらうワンピースにも合うようにと考えると、なかなか色が決まらない。
丈はロングコートがいいのだけど、いっそ、コートも2着あってもいいかもしれない。
淡いクリーム色と紺色の2着のコートを選んで、それに合わせて服も選んでいった。
羊の魔物がいるからか、毛糸もあるようで、セーターやマフラーも置いてあった。
自分で編む人も多いみたいで、聞いてみたら、道具は雑貨屋においてあるそうだ。
針や裁ちばさみ、メジャーといった道具も、全部雑貨屋みたいなので、後で行ってみたい。
編み物まではしないと思うけど、浴衣を作るのに、針以外の道具を持ってなかった。
簡単なソーイングセットは持ち歩いていたので、手元にあるけれど、それ以外の物は揃えなければならない。
ついでだと思い、クッキーを包む布を作る依頼もしておいた。
布を数種類選び、大きさも2種類作ってもらう。
刺繍も入れられるようだったので、布の端に、ディランさんのお店でスプーンの柄に入れたのと同じ桜の模様を、淡いピンクの糸で刺繍してもらう事にした。
製作を依頼するならと、ついでに、竹籠が入るサイズのまちつきの巾着も作ってもらうことにする。
紙にサイズや大体の形、作り方などを書いて、旅行先で購入していた和柄の巾着をサンプルに出して説明をすると、単純な物なので、すぐに理解してもらえた。
紐が、同じ物は作れず、もっと細くなってしまうようだけど、何とか再現できるそうだ。
これも、刺繍を入れてもらうことにして、2色の布の組み合わせで数種類作ってもらうことにした。
少し時間が掛かったけれど、必要なものをすべて選び、支払いを済ませた。
神様にもらった装備を身につけているとわからなかったけれど、普通の服だと確かに寒く感じるようになっていた。
薄手のカーディガンも購入したので、ワンピースの上からそれを羽織っておく。
冬用の寝具も揃え、必要なものをすべて揃ったのを確認してから、ディアナさんの店を出た。
迷宮に1週間篭っている間に、季節は完全に冬になっていて、吹き付ける風が冷たく感じた。




