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密やかに想う  作者: 水城雪見
本編
26/109

20.帰還報告

少し長いですが、切りがいいところがなかったのでまとめて投稿します。




 予定通り、6日目の昼には、大迷宮を出て街に戻った。

 コテージを出している間、ずっと魔物を撃退していたおかげか、それとも、強い魔物を相手にしていたのがよかったのか、迷宮に入って4日目にはコテージのレベルが更に上がり、自動収穫機能がついた。

 おかげで、外に出なくても魔物の解体が出来るし、庭の作物も魔力を注ぐだけでいいので、かなり楽になった。

 といっても、庭に植えたものは、まだ収穫には少し早いみたいで、一つも収穫できていない。

 ただひたすら、育つように魔力を注ぐだけだ。

 魔力も、大量に取られたのは初日だけで、次の日からはほとんど負担にならなかった。

 魔力切れになるほど必要だったのは、やっぱり、一度に大量に植えたのがまずかったらしい。


 コテージの中も更に広くなり、寝室にはセミダブルのベッドが向かい合わせで二つずつ並び、ロフト部分もベッドが二つになった。

 寝室に入って、左右の壁にベッドヘッドをつけるようにベッドは並んでいて、扉の正面にロフトに続く螺旋階段がある配置になった。

 家具も少し増え、ロフトはますます居心地のいい空間に仕上がっている。

 お風呂も少し広くなったので、3~4人なら余裕で入れそうだ。

 厨房と呼んだほうがいいような広さになったキッチンは、収納スペースも増え、コンロの数も増えた。

 同時にたくさんの料理が作れるので、便利で助かっている。


 そして、何より一番嬉しかったのは、魔物を解体して得られた食材が、山のように増えたことだ。

 はちみつなんて、買うと高いのに大量に手に入ったし、毎日のように使う小麦粉は、店で使うにしても1年は余裕でもつんじゃないかというくらい集まった。

 それだけたくさんあると、アイテムボックスを圧迫しそうだけど、納戸に出来た棚はアイテムボックスと同じような状態になっているみたいで、多すぎる食材はそちらに収納することもできた。

 だた、棚一つ辺りの容量はさすがに少ないので、そんなにたくさんは置いておけない。

 多分だけど、庭で収穫したものが溢れないように、そういう作りになっているんじゃないかと思う。


 アルさんも、魔石が予定以上にたくさん集まって、いい魔道具が作れそうだと喜んでいた。

 集まったものの中から、一番質のいい4つを選んで作ってもらうそうだ。

 魔道具製作は、隣の大陸の森の国がとても盛んらしいけど、ティアランスの王都にも一人、森の国で修行をしてきた職人さんで、とても腕のいい人がいるそうで、アルさんは明日にも、王都に出かけてくると言っていた。

 王都まで往復するとなると、馬でも6日は必要で、魔道具の製作期間も含めると、もっと時間が掛かるから、しばらくランスを離れることになるらしい。

 1週間、ずっと一緒にいたからか、寂しいなと思ったけど、アルさんが帰ってくる頃には店の引渡しも終わっているので、帰って来たら店の方に住み込んでくれると約束してくれた。

 だから、それまでに、生活できるだけの環境を整えておこうと思う。


 冒険者ギルドにクエストの報告に立ち寄ると、シェリーさんがホッとしたような優しい笑顔で出迎えてくれた。

 無事に報告も終えて、クエストの報酬をもらってから、アルさんとの臨時パーティを解散する。

 アルさんの方が明らかにたくさん狩りをしていたのに、討伐クエストの報酬をもらうのは申し訳ないと言ったのだけど、パーティメンバーなんだから当然だし、金には困ってないと、半分の報酬を渡されてしまった。

 だから、お礼代わりに、王都までの往復の間のお弁当を渡した。

 和食を食べ慣れているアルさんに、迷宮の中で渡していたおにぎりのお弁当は大好評で、とても気に入ってくれたみたいだった。

 ずっと同じだと飽きるから、今回はおにぎりの他にもサンドイッチを入れたり、前とはおかずを変えたりしたものを、10食分、別れ際に渡しておく。

 この後は商業ギルドに行くので、アルさんを連れて行けない。

 また、アーネストさんと喧嘩になると、困ってしまう。

 


「カグラ、お疲れ。弁当、ありがとうな。俺は明日の早朝には出かけるから、また帰って来たら連絡する」


「おつかれさま。色々教えてくれて、ありがとうございました。王都まで気をつけていってらっしゃい」



 冒険者ギルドの前で、別れの挨拶を交わして、私はすぐ近くの商業ギルドに移動した。

 アルさんはこまどり亭に戻るみたいだ。

 商業ギルドに入ると、ミシェルさんが急いで2階に上がっていった。

 何事かと見ていると、2階からの階段をアーネストさんが駆け下りてくる。



「カグラ、無事だったか。あの体力馬鹿に襲われなかったか? どこも怪我はしてないだろうな?」



 よほど心配させてしまったのか、次々に尋ねられて、頷く事しかできない。

 どこにも怪我がないか、確かめるように体に触れられたけど、抵抗する気にもならないほどの勢いだった。



「見ての通り、大丈夫です。アーネストさんって意外と心配性なんですね」



 驚きが去れば、娘を心配するお父さんみたいで、おかしくなってしまった。

 横では、ミシェルさんもおかしそうにしていて、二人で顔を見合わせて笑ってしまう。



「昨日辺りから、檻の中の熊みたいでした。カグラ様が無事に戻ってくださって、商業ギルドの職員一同助かりました。これでマスターも少しは落ち着いてくださるでしょう」



 知らないところで多大な迷惑をかけてしまったみたいだ。

 この様子では、また迷宮に行きたいと言ったら、怒られてしまうかもしれない。



「ご迷惑をお掛けしました。いくつか、クエストの納品をしたいので、依頼書を取りに行ってきますね。アーネストさんはお仕事に戻られてください。後でお土産を持っていきますから」



 コテージの中で色々とお菓子や料理を作ったから、いくつかアーネストさんのお土産にと思っていたけど、ギルドの人達にも渡した方がよさそうだ。

 アルさんに聞いた話しだと、アーネストさんは鉄仮面と言われているらしいけど、お土産と聞いて、よく見ればわかる程度に表情が綻んでいる。

 ミシェルさんはアーネストさんの表情の変化がわかるみたいで、後ろで、笑いを堪えていた。



「それでは、カグラ様、依頼書を選ばれましたら、私のところまでお越しください。すぐに処理いたしますので」



 ミシェルさんが丁寧に一礼してから、カウンターに戻っていく。

 アーネストさんも機嫌よくギルドマスター室に戻って行ったので、私もクエストの一覧から、納品できるものを選んでいった。

 食材は売らないけど、他の素材は必要ない。

 アルさんは魔石だけでいいと言うので、食材以外の素材もたくさんあった。

 アイテムボックスは中身を意識すれば、リストみたいに、入ってるものの一覧と数がわかるので、それと照らし合わせて依頼書を取っていく。

 今回は数が多いので、これの報酬と冒険者ギルドの報酬で、今製作を依頼している物の支払いは、十分賄えそうだった。

 まだこれから出て行くお金も多いんだろうけど、材料費もかなり軽減されるので、今回、迷宮に行けたのはとてもラッキーだった。

 レベルは最終的に、52まで上がっていた。

 コテージのレベルも上がったし、全部アルさんのおかげだ。



「これ、皆さんで召し上がってくださいね」



 クエストの納品を手早く終わらせてくれたミシェルさんに、はちみつ入りのマドレーヌが入った籠を渡した。

 ギルドマスター室への案内をしてくれるようだったけれど、場所はわかっていたので、仕事の手を止めさせるのも申し訳なくて、一人で向かうことにする。

 わざわざミシェルさんの仕事の手を止めてまで頼まなくても、飲み物もアイテムボックスに入っている。

 2階への階段を上り、奥まったところにあるギルドマスター室の扉をノックすると、すぐに返事があった。



「失礼します」と、一声かけて中に入ると、大きな執務机でアーネストさんはお仕事中だった。

 こうして見ると、檻の中の熊になってたようには見えない。

 落ち着きのある、仕事のできる大人の人って雰囲気だ。



「あぁ、終わったのか。そこに、掛けててくれ。すぐに終わる」



 応接セットのソファを示されて、腰を落ち着けてから、お土産を取り出した。

 はちみつ入りのマドレーヌとミルクプリンと卵を使って焼いたブリオッシュだ。

 甘いものばかりになってしまったけれど、すぐに全部食べるのでなければ、大丈夫のはず。

 一応、プリンにスプーンを添えて、紅茶のポットやカップもアイテムボックスから取り出す。



「飲み物まで持参とはありがたい。それにしても、君のアイテムボックスは何でも出てくるな? 容量は大丈夫なのか?」



 アイテムボックスのスキル持ちの人は、それなりにいるらしいけれど、普通はこういう使い方をしないらしい。

 少し呆れたように言われてしまう。



「私のアイテムボックスは(大)ですから、無茶な使い方をしていても、割と余裕があります。今回は食材がかなりたくさん手に入りましたから、有効活用できました。レベルも52まで上がりましたし、コテージのレベルも6になりましたし、色々と収穫が多かったです」



 笑顔で迷宮の成果を報告すると、アーネストさんが怖いような顔でやってきた。

 向かいのソファじゃなくて、私の隣に腰掛け、両肩を掴んで、視線を合わせてくる。



「今、レベル52になった、と言ったか? 大迷宮に行く前はレベルはいくつだったんだ?」



 真顔のまま、少し厳しいような声で尋ねられて、入る前のレベルを伝えると、怒りを抑えきれないといった様子で、私の肩をきつく掴む。

 痛いけど痛いと言えないような雰囲気があって、とても怖い。



「レベル17で大迷宮の50層に連れて行くとは、あの馬鹿、脳みそが腐ってるんじゃないか? カグラは知らないようだが、大迷宮の1層でも、レベル20はあったほうがいいといわれている。6人パーティでも、平均15レベルはないと無理だ。それをいきなり50層に連れて行くなんて、本来なら自殺行為だ。本当に無事でよかった」



 しみじみと言われ、肩から手が離れたかと思えば、そのまま抱きしめられる。

 抵抗しようと動きかけた手は、アーネストさんが小さく震えているのに気づいて、止まってしまった。

 もう終わった事ではあるけれど、死んでもおかしくない場所に私がいたのだと思うだけで、震えるほどに心配してくれたのだとわかって、抵抗できなかった。

 まだ、知り合ったばかりなのに、どうしてここまで気にかけてくれるんだろう?

 アーネストさんが、冗談でなく本気だということは伝わってくるけど、自分のどこが、そこまでアーネストさんに気に入られたのかわからない。

 転生者は、この世界の人に愛されやすくなる補正でもあるんだろうか。



「一応、一匹だけなら、50層でも戦えましたよ? もちろん、時間も掛かりましたし、アルさんが残りを全部引き受けてくれて、私は戦う事にだけ集中できたからですけど。でも、心配してくださって、ありがとうございます。心労をお掛けしたのは申し訳ないんですけど、こんなに気にかけていただいて、嬉しいです」



 抱き返すことは出来ないけれど、軽く体を預けるようにもたれると、優しく頭を撫でられた。

 ここに私が確かに存在している事を確かめるように、何度も何度も撫でられて、くすぐったいような心地になる。

 


「カグラは、酷いやつだな。私が手を出せない時にだけ、こうして身を委ねてくれる」



 酷いと言いながらも、アーネストさんが離れる気配はない。

 確かに酷いかもしれないけれど、でも、どうしようもない。

 気持ちに応えられないからといって、すべて拒絶しようとは思わないし、それができるほどに私は強くはないから。

 人と関わっていたいし、温もりを感じていたい。

 心を寄せられたら、できる限りに返したいし、一人きりは嫌だ。

 


「すべて拒絶されるよりはずっといいんだが」



 私の考えている事を読んだみたいな言葉に、少し驚いてしまったけれど、それだけアーネストさんが大人ということなのだろう。

 人生経験も恋愛経験も違いすぎる。



「そういえば、そのミルクプリン。せっかく冷たくしてあるのに、常温だと味が落ちますよ?」



 スプーンを添えたミルクプリンを指差して、意識をお土産に向けると、ようやく腕が解かれた。



「ミルクプリンって、この白いのか? 冷たいうちがいいのならいただこう」



 隣からは動く気がないようで、私の隣に腰掛けたまま、アーネストさんがプリンの容器に手を伸ばす。

 金属だとあまり可愛くないので、陶器で作ってもらった容器は青くて、真っ白なプリンがよく映えていた。



「ふるふるして面白い感覚だな」



 プリンを突いて様子を見てから、スプーンですくって珍しそうに眺めている。

 本当は杏仁豆腐が作りたかったけど、材料が足りなかったから、ミルクプリンになった。

 こういったデザートは初めてなのか、一口食べると食感に驚いたような様子だったけれど、ちょっと目が細まっているので、多分気に入ってくれてると思う。

 ミルクプリンも好きだけど、茶碗蒸しが食べたいなぁと思ってしまった。

 器がないので、陶器屋さんでまた作ってもらわないと。

 お店では出さないだろうから、2セットあれば十分かな。

 茶碗蒸しを作るなら、蒸し器も欲しいから、またディランさんに頼むものが増えてしまう。

 また変なものを……と、呆れられそうだけど、仕方がない。

 ないものは1から作るしかないんだから。

 食材が豊富なだけ、まだマシかなぁと思う。



「美味いんだが、どうしてこれが土産なんだ?」



 プリンを食べながら尋ねられて、逸れかけていた思考がアーネストさんに戻った。



「50層で牛の魔物を狩ったときに、牛乳がたくさん出たので、それで作ったんです。あ、そうだ! 私、料理人のレベルが3になったんですよ」



 ふと思い出して、声を弾ませながら報告する。

 やっぱり、職業レベルが3になるには若過ぎるのか、アーネストさんは声も出ないといった様子で驚いている。



「――この、びっくり箱め。逢うたびに心臓が止まりそうなほどに私を驚かすのは、カグラくらいだ。でも、よかったな。カグラならいつか、レベル5まで到達するだろう。先が楽しみだ」



 別に驚かせようと思ってるわけじゃないんだけど、アーネストさん的には、逢うたびに何かやらかしている印象らしい。

 でも、もうそんなに驚かせるようなことはないと思うんだけど。



「で、こっちのは何だ? これも迷宮で作ったのか?」



 ミルクプリンを食べ終え、紅茶を飲みながら、マドレーヌとブリオッシュをアーネストさんが指し示す。


 

「丸いのがマドレーヌで、パンのようなのがブリオッシュです。ブリオッシュは水や牛乳の代わりに卵を使って焼いたパンですね。普通のものより甘く仕上げてありますしバターも使ってますから風味がいいですよ」



 ついでにいえば、カロリーも高い。

 特に焼きたてはおいしいけど、高カロリー過ぎて滅多に作らなかった。

 マドレーヌは貝の形の型を作ってもらうのが難しくて、簡素な花の形のものを、ディランさんに作ってもらった。

 いつか、できれば、もっといろんな形の型を作ってもらいたいけれど、注文が一段落しないと無理そうだ。



「まだ、温かいな。……ほんのり甘くて、いいんじゃないか? 普段食べているパンと違っていて、これが店に出るなら、評判になるだろう」



 予定ではパンを数種類、小さく作って、できるだけたくさんの種類を食べてもらうつもりだ。

 焼き菓子は、デザートというよりも、持ち帰りのお土産用にと思っている。



「マドレーヌの方は、持ち帰り用にと思ってるんです。お店のデザートはお皿でデコレーションして、見栄えをよくして、お店でしか食べられないものにしようかと。あと、そういえば、アーネストさんに相談があったんですけど、お店の従業員ってどうやって雇えばいいんでしょう? どこか仲介してくれるところとかあるんですか? それと、貴族のお客様が相手のときに、こちらの礼儀作法がわからないのでは困るので、どこかで教えてもらえないでしょうか?」



 開店前にやっておきたいことで、気になっていることを相談してみた。

 商業ギルドのマスターなら、知ってることもあるだろうし、何かツテもあるんじゃないかと思う。



「従業員は商業ギルドで仲介してる。今、教育中の者で、誰か見繕っておこう。雇うのに条件はあるか? それと、礼儀作法のほうはそういった教育を専門にしている婦人がいるから、紹介してもいいんだが、ただ、教えを受ける間は貴族街にいかなければならないし、そうすると貴族の目にも留まりやすくなる。だから、少し考えさせてくれ。何かいい方法がないか、探してみる」



 確かに貴族の礼儀作法となると、平民がわかるわけもない。

 だから、教えてくれる人が貴族街にしかいないのは仕方のないことだ。

 場合によっては、教えてもらうのは諦めた方がいいかもしれない。

 


「礼儀作法の先生はお任せします。従業員の条件は、女性であることと、給仕がきちんとできる事は最低条件です。読み書きと簡単な計算は暗算でできる人って、普通ですか? この世界の識字率とか知らないんですけど、普通にできるものですか? 学校って見たことがないんですけど」



 冒険者はいっぱい見たことがあるけど、学生らしき人も、学校も見たことがない。

 条件を口にしているうちに、不安になってしまった。



「貴族や裕福な平民が通う学園は王都にしかないな。読み書きや計算は親から教えてもらう事が多い。商業ギルドで教育を受けているんだから、計算は問題なくできるんだが、警備はどうする? 女ばかりの店では、狙われやすくなるぞ? ランスは平和な街だが、貧民街もないわけじゃないからな。恐喝や強盗くらいの事件は、毎日のように起きている」



 読み書きと計算は問題ないとわかってホッとしたけれど、一番の問題点を突かれてしまった。

 アルさんが店に住み込んでくれるくらいじゃ、どうにもならないだろうか?



「アルさんが、王都から帰って来たら店に住み込んでくれるみたいなので、夜の警備は大丈夫だと思うんですけど、信用できる人を見つけるのと、結界の魔道具を使うのでは、どちらがより現実的だと思いますか?」



 アルさんの名前が出た途端、アーネストさんが苦い顔をする。

 住み込むという言葉で、一瞬、ひんやりとした空気を感じて、震えてしまった。

 アーネストさん、怖い。



「個人的には魔道具を勧めたいところだが、あの広さをカバーできる魔道具は、店の値段よりも高くなる。あの筋肉馬鹿でも、いるとわかれば狙う奴は激減するだろうから、コスト的には筋肉馬鹿を置くほうがいいだろうな」



 アルさんなら、食費だけですみますからね。と、軽く言えない雰囲気がある。

 アーネストさん、怖すぎる。



「今、手紙を送ってる最中なんですけど、そのうち、友達が二人来る予定なんですよ。そしたら、一緒に住んでくれないかなって思ってるんですけど」



 誤魔化すように言うと、アーネストさんがため息をついた。



「公爵夫人の座より、カグラを探す方を選んだとかいう友人か?」



 アルさんに聞いたんだろうか?

 まさか、カンナさんの事を知っているとは思わなかったので、驚いた。



「よくご存知ですね」


「あの筋肉馬鹿が言っていた。そういう友人がいるカグラが、地位や権力で男を選ぶはずはないと。友人というのはある程度、性質が似るものだからな」



 一体、どんなやり取りをしたんだか。

 思い出しているアーネストさんの表情が、とっても嫌そうだ。



「確かにそうですね。肩書きだけを見ることはないです。でも、それはアルさんだけじゃなくて、アーネストさんだってわかってくださっているでしょう?」



 決して、アルさんだけが特別に気づいたことじゃないはずだ。

 確信を持って尋ねると、苦かったアーネストさんの表情が、見る間に和らいでいく。



「確かにそうだな。わかっているよ、カグラ。私としては、一日も早くその友人がこの街に辿り着くように祈っておこう」



 珍しく素直な感じの笑みをアーネストさんが浮かべるから、つい見惚れてしまった。

 元が整った綺麗系の顔だから、こんな表情をすると、目を奪われるほどに美しくなる。

 こちらでも、エルフは美形で名高いんだろうか。

 某指輪のファンタジーのエルフさんを思い出してしまった。

 森の国に一度は行ってみて、確かめてみたい。



「話が逸れたな。女性従業員はとりあえず二人ほど見繕っておく。どうせ、調理場は人を入れないだろう?」



 入れるのは構わないのだけど、レシピを知るためだけにこられても困るから、入れないのが無難なんだろうと思う。

 シグルドさんのお店で、忙しいのはちょっと慣れたと思ったけど、一人でやれるのかな?

 手伝いと、自分で経営するのでは、天と地ほどに違う。

 一人でどれだけのことができるのか、不安が尽きることはない。



「まぁ、あわてることはない。まだ、物件の引渡しも終わってないんだ。開店準備というのは時間が掛かるものだから、問題は一つずつ片付ければいい」



 私の不安に気づいたように、優しく言われ、頷きを返した。

 そんな私を見て、アーネストさんが何故か申し訳なさそうにしてる。



「悪いな。カグラがしっかりしているから、時々、まだ17だってことを忘れてしまう。一度に大きく物事が動けば、不安になるものだ。特にカグラは、頼るべき家族も友人もそばにいないのだから、尚更だろう。店は逃げはしないから、ゆっくりでいい。私も急かさないようにするから、カグラも少しのんびりと過ごすといい。大迷宮に篭った後なんだ、普通の冒険者なら最低でも3日は休む。翌日から動くのは、あの筋肉馬鹿くらいだ」



 そうなのか。もっとゆっくりでもいいのか。

 気が急いていたというよりも、何かしていないと落ち着かなくて、ずっと無駄に動き回っていた。

 一人でいるのが怖くて、何もしていないと、先生のことばかり考えてしまいそうなのも怖かった。

 でも、今、この街に居場所が出来つつある。

 知り合いも増えたし、いろんな人との繋がりも出来て、寂しいと感じることが少なくなってきた。



「とりあえず、新しい年が明けるまではのんびりしたらどうだ? ランスの冬はそう厳しくはないが、それでもたまに雪が降る。少しは冬支度もしておいたほうがいいぞ」



 言われて見れば、冬に着る服がない。

 雪が降ることもあるのなら、コートとか手袋もあったほうがいいかもしれない。

 コテージの中は適温に保たれているから忘れてたけど、冬用の寝具とかも、持っていたほうがいいんじゃないだろうか。

 この街に辿り着いたのが、10の月の始め。

 そこから、シグルドさんのところで、一月働いたり、色々あって、もう12の月、日本でいうなら師走だ。

 この街でお正月とかあるのかわからないけど、年越しの準備もしておこう。



「そうですね。お店の準備も来年になってからにします。ありがとうございます、アーネストさん。私も、少し焦っていたようです」



 何となく気が楽になって、自然に笑みが零れた。

 無駄な肩の力が抜けたというか、少し楽に息ができる感じだ。



「やっぱり、年の功ですね」



 笑顔で褒めると、「年寄り扱いするな」と、軽く額を小突かれる。

 渋い顔のアーネストさんがおかしくて笑ってしまった。

 アーネストさんの顔は余計に渋くなったけれど、仕方がない、そんな様子だった。

 そこで無理やりでも反論しないところが、大人だなぁと思ったけれど、口にはしなかった。


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