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密やかに想う  作者: 水城雪見
本編
25/109

19.魔力切れ




 狩りにいくというアルさんにお弁当を持たせて見送って、今日はお留守番することにした。

 まずは、レシピを何とかしようと、アイテムボックスから旅行バッグを取り出して、中に入れっぱなしの携帯を探す。

 そういえば、ロフトにも寝室にもクローゼットがあるんだから、この中の服は掛けておくといいかもしれない。

 修学旅行の行きと帰りは制服だったけど、旅行先では私服でもよかったので、私服と寝る時の学校指定のジャージがバッグに入っていた。

 旅行期間が長かったので、それなりの量の衣類がある。

 下着とタオル以外は、バッグに入れっぱなしで出番がない感じだ。

 電源をオフにしていた携帯はすぐに見つかり、久しぶりに電源ボタンを押してみる。



「あれ? 充電がフルになってる……」



 この世界に辿り着いた時、充電は少し減っていたはずなのに、今は満タンだ。

 元々、携帯はこまめに充電するほうだったし、早いうちに電源を切っておいたので、電源が入らないという事は多分ないとは思っていたけど、満タンだとは思わなかった。

 理由はわからないけど、ありがたいことなので、早速携帯の中のデータをチェックする。

 ほとんどがレシピだったけど、中には弟達や家族の写真が混ざっていた。

 開いたら、とても懐かしくなってしまって、涙が溢れた。

 まだ2ヶ月くらいしか経っていないのに、もうずっと昔の事のようにも感じる。

 写真の中には、体育祭の時、ジャージ姿の先生を撮ったものもあった。

 人気のある先生の周りに、他の女子生徒が群がって写真を撮っていたので、こっそり便乗して撮った一枚だった。

 偶然だと思うけど、先生がこっちを見てくれたから、正面から撮る事ができた。

 


「先生、元気かな?」



 指で携帯の画面に触れる。

 色々ありすぎて、こんな写真があることをすっかり忘れていた。

 日本にいた頃は、先生の写真を撮ったものの、何度も見返すようなことはしなかったから、多分、あの頃の想いは、本当に憧れに近いものだったんだろう。

 顔を見れば嬉しかったし、些細な事でどきどきとしていたし、先生が教えてくれる古典は特に頑張って勉強していたけど、先生の恋人になりたいとか、そういう感じではなかった。

 ただ、教師として誇りを持って生徒に接している先生の、いい生徒でありたいと思っていた。

 こうしてデータに残された先生の姿を見ていると、とても切なくなる。

 ほんの一瞬だけ、抱きしめてくれた先生の温もりの記憶も、少しずつ遠くなる。

 離れるってこういうことなんだなと、変に実感してしまう。

 ずっと記憶に留めておければいいのに、どうして忘れてしまうんだろう。

 先生のことだけでいいから、些細な事もすべて心に刻んでおければいいのにと思う。



「ダメだ! ちゃんとやることやらないと」



 自分の頬を軽く叩いて、写真のフォルダを閉じた。

 携帯を出したのは、思い出に浸るためじゃない、レシピを書き写すためだ。

 お気に入りのレシピを種類ごとに纏めたデータを開いて、とにかく、急いで書き写していく。

 後できちんと清書する予定だから、できるだけ単純に略せるところは略して、できるだけ少ない文字数で書いていく。

 食パンだけでも数種類のレシピがあった。

 牛乳を使ったものや、卵を使ったブリオッシュ等は、細かい分量を覚えていなかったので、今までは作れなかった。

 和食は作りなれているので、目分量で何とかなるけれど、やっぱり、お菓子やパンに関しては、分量がわからないことにはどうしようもない。

 お店で出せそうなものを選びながら、一つ一つ書き写していく。

 元の世界の荷物の中に、ノートは何冊か持っていたので、そのうちの一つをレシピノートにするつもりだ。

 修学旅行先で自由行動の時に、可愛い雑貨屋さんを見つけて、班の人と入ったのだけど、そこで購入したノートが大活躍だった。

 いかにも京都といった雰囲気の、和風の雑貨がたくさんあったのだけど、和紙で綺麗に飾られた表紙のノートは一目で気に入ってしまって、数冊買い込んでいた。

 元々、和風の小物は大好きなので、私にしては珍しくあれやこれやと買い込んだのだけど、こんな風に役に立つとは思わなかった。

 でも、兎柄の風呂敷なんかは、使う日はこないかもしれない。


 レシピを一通り書き写したので、清書は後にして、コテージの機能を確かめることにした。

 レベルが上がって、庭が出来たのはわかったのだけど、使い方がわからない。

 普通に耕すにしても、鍬とかはもちろんない。

 レベルが上がるごとに、機能の未開放の部分が減っていくので、そこを見ればわかるようになるかもしれないと思った。

 リビングのテーブルに設定画面を呼び出してチェックすると、次のレベル6では、収穫物の自動収納となっていた。

 私が納戸と呼んでいるあの空き部屋は、やっぱり納戸みたいで、庭で収穫したものや倒した魔物が自動的に収納されるみたいだ。

 ますます便利になって、チートアイテム化しているけど、どれくらい鍛えたらレベル6になるんだろう?

 やっぱり、結界の内側に甘いものを置いて、ハチの魔物をどんどん誘い込むべきかもしれない。


 コテージの庭に植えるつもりで、色々と用意してあったから、まずはそれを植えられるだけ植えてみようと思う。

 油の樹も植えられたらと思ったけれど、あの大きな樹を引き抜けるわけもなく、枝だけを用意してあった。

 庭に出て、まずは一番外側に、昨日手に入れたオリーブの実を二つ植えてみる。

 植えようと思ったら、目の前にステータスの画面と似たような画面が現れて、手順を教えてくれたので、鍬もないのに苦労せずに植えることが出来た。

 オリーブの隣に、油の樹の枝を差すように植えてみると、それでよかったみたいで普通に根付いた。

 他にもオレンジやリンゴなどの数種類の果物の木の苗と、畑になっている部分に薬草や野菜を植えていく。

 種や苗は市場で売っていたので、買ってきたものも混ざっている。

 向こうにいた時は、庭掃除くらいはしたことがあるけれど、家庭菜園を作ったりという経験はなかったので、何をするにも恐る恐るといった感じで、手際も悪いし疲れてしまったけれど、何とか用意されていた枠いっぱいに、欲しいものを植えることが出来た。

 全部植えたら、水をやるわけではなく、今度は地面に手をついて、魔力を流すらしい。

 疲れてしまったので座り込んだまま、両手を地面について、魔力を流してみた。

 目の前に画面があって、そこにゲージが出ているので、そのゲージが満タンになるまで流さないといけないみたいだ。

 勢いよくゲージが満たされていくけど、同時に体の中から何かが抜けていく感覚が、貧血の時みたいで気持ち悪くなってくる。

 もしかしたら、これはとても魔力を食うのかもしれない。

 まだゲージがいっぱいになっていないから、魔力を流し続けているけれど、目の前が真っ暗になってくる。

 もう限界。そう思った瞬間、ゲージが満たされたのか小さな機械音が聞こえた。

 やっと終わったんだとわかり、その場に倒れこむ。

 眩暈は酷いし、土の上だけど気にならないくらい疲れきっていた。



「毎回これだと、困っちゃうなぁ……」



 最初だったから大量に魔力が必要だったのか、それともいつも必要なのか、わからないのが怖い。

 分割で注いでもいいのなら、何とかなりそうなんだけど、一度に全部は結構きつい。

 コテージの取扱説明書が欲しいと思う。

 誰に聞いてもわからないことだし、すべてが手探りだ。

 貴重なアイテムをもらっているんだからと思うけれど、わからないことだらけで、色々と悩ましい。


 仰向けになって、迷宮の中なのに青い空を見上げながら、とりとめのないことを考える。

 レベルアップの音がしたのでステータス画面を開くと、レベルが34に上がっていた。

 アルさんとパーティを組んでいるから、私は戦っていないのに経験値をもらえているらしい。

 アルさんのレベルは100を超えているそうで、この辺りの魔物を虐殺しつくしても、レベルが上がる事はないらしい。

 私だけ恩恵を受けているようで、申し訳なくなる。

 せめて、アルさんの欲しい魔石がたくさん出ますようにと、まだ起き上がれないまま祈ってみた。

 疲れ切ってしまったみたいで動けないので、結界の中だということもあって安心して目を閉じた。

 温度調節された結界の中で、暑くもなく寒くもなくという心地よさのおかげもあるのか、いつしか眠り込んでしまった。








「……カグラっ! 大丈夫かっ………頼む、目を開けてくれっ!」



 遠くで私を呼ぶ声が聞こえる。

 泥のように深い眠りから呼び覚まされて、ぼんやりと目を開けると、アルさんにぎゅーっと抱きしめられた。

 力が強すぎて苦しくて、意識が飛びそうになる。



「アルさんっ……くるしい…」



 力なくアルさんの腕を叩いて、力を緩めてくれるように合図すると、すぐにわかったみたいで腕が緩んだ。

 あれだけ青かった空は、いつの間にか夜の色で、随分長く眠っていたみたいだ。



「馬鹿カグラ! 帰って来たら庭で倒れてるし、すげぇ心配した。俺の方が死ぬかと思った」



 腕は緩めても、抱きしめる腕を解いてはくれなくて、私がいるのを確かめるみたいに頬で擦り寄られて、こんなに取り乱すほどに心配させてしまったのだとわかった。

 こんな風に心配されるのも叱られるのも久しぶりで、懐かしさで胸が温かいもので満たされる。

 心配してくれるアルさんには申し訳ないけれど、大切にされてる感じがして、それを嬉しいと思ってしまった。



「アルさん、ごめんね。魔力の使いすぎだと思うんだけど、疲れて起きれなかったの。もう、大丈夫だから。心配かけてごめんなさい」



 手を伸ばして、アルさんの頭を宥めるように撫でた。

 いきなり庭に倒れていたら、私がアルさんの立場でも、きっと物凄く心配してしまったと思う。

 本当に申し訳ないことをした。



「魔力切れだったのか。あまり無茶するな? いくら結界の中とはいえ、まったく無警戒っていうのはよくないからな」



 言いながら、アルさんが私を軽々と抱き上げる。

 もう歩けるんだけどなって思ったけど、アルさんの気のすむようにさせることにした。

 見てみれば、植えた樹はもう随分大きくなっていて、驚いてしまう。

 もしかして、魔力を食ったのはあれのせいなんだろうか?



「もう少し休んでろ。飯はどうせ作ったのがあるんだろ? 見えるところにいないと、俺が落ち着かないから、悪いんだがここにいてくれ」



 暖炉前のソファの上におろされて、そのまま、寝かされる。

 そんなに心配いらないのにって思ったけど、こんな風なやり取りは随分久しぶりで、甘えたいような気持ちになってしまった。

 寝室のベッドから持ってきたブランケットを優しく掛けられて、そのまま床に座り込んだアルさんに頭を撫でられる。

 触れていないと心配になるほどに、驚かせて怖がらせてしまったみたいだ。



「アルさんは魔力切れになったことがある?」



 ただ、撫でられているのも恥ずかしくて問いかけると、アルさんが頷きを返した。

 いつもは陽気で明るい雰囲気なのに、今は表情が硬い。

 理由がわかって安心しても、気が緩まっていない感じだ。



「加減のわからないガキの頃にな。といっても、俺はそんなに魔力は使わねぇ。身体強化に使うのと、たまに有効な時に武器に纏わせて使うくらいだ。ただ切りつけるより、魔力を纏わせて切りつけた方が、ダメージが通る魔物もいるからな」



 そうか。普通は子供の時に限界を覚えていくものなんだ。

 私も早く覚えないと、庭に何か植えるたびに倒れたら大変になってしまう。



「転生者は魔力も桁違いの奴が多いんだけどな。カグラも魔法が使えるくらいだから、少なくはないだろ? どんな無茶をやらかしたら、切れたんだ?」



 アルさんに尋ねられて、コテージの庭に色々植えた後に、指示通り魔力を注いだのだと説明した。

 すると、アルさんは呆れたように私の額を軽く小突く。



「植え過ぎだろ。地面に魔力を注ぐって事は、魔力で育てるって事なんだから、植える数を加減しろ。俺の早死にを防ぐためにも、今後は気をつけろ」



 欲張ってあれもこれもと植えたのがまずかったらしい。

 小突かれた額を押さえつつ、「ごめんなさい」と謝っておく。

 心配を掛けたのは申し訳ないと思うけれど、こういった気安いやり取りはホッとする。



「心配しすぎて、アルさんがハゲないように、次からは気をつけるわ」



 冗談めかして言うと、アルさんが嫌そうに頭を抱える。



「シャレにならないから止めてくれ。うちはハゲの家系なんだ」



 心底怯えて嫌がっている様子がおかしくて、声を上げて笑ってしまった。

 どこの世界でも、男の人にとってハゲるというのは大きな問題みたいだ。



「大丈夫、アルさんなら、ハゲてもかっこいいから」



 慰めるでもなく言うと、アルさんがぴくっと反応した。

 何だろうと思って首を傾げると、何だか照れくさそうにこっちを見てる。

 本当にアルさんならハゲでもかっこいいと思うんだけど、嘘くさかったんだろうか?



「なぁ、カグラ、俺って、かっこいい?」



 何やら真剣に聞かれたので、勢いに押されて頷く。

 


「アルさんはかっこいいよ? よく言われるでしょ?」


「言われねぇとは言わないけどよ、そっか、俺、カグラから見てもかっこいいんだな。よかった」



 問いかければ、何やら満足げにアルさんが頷いている。

 ずっと年上なのに、アルさんは少年っぽいっていうか、可愛いところがある。

 そういうところが親しみを持てて、すごくいいなぁと思う。

 いいお兄ちゃんって感じだ。



「あ、そうか。アルさんといると、何か居心地いいなぁって思ってたけど、理由がわかった。アルさんはね、私の従兄に似てるの。近所に住んでてずっと一緒だったから、お兄ちゃんみたいな感じだったんだけど、アルさんといる時って、従兄といる時と同じで安心してられる」



 心配されたり叱られたり甘やかされたり、同じ歳なのに、お兄ちゃんみたいだった従兄とアルさんは、見た目は全然違うけど、存在が似ていた。

 私が安心して甘えられる相手はそういないけど、従兄もアルさんも、私にとっては無意識に甘えちゃう相手だ。



「お兄ちゃんねぇ。複雑だけど、まぁいいか。それだけ気を許してくれてるってことだろ? カグラは甘えるのが下手そうだもんな」



 言いながら段々ご機嫌になってきたアルさんが、最後には満面の笑みを浮かべてる。

 そんなに喜ばせるような事を言った覚えはないんだけどなぁ。


 ソファに寝転んだまま、とりとめもなく思いつくままにアルさんと話をした。

 従兄と重ねて見てしまったからか、今までよりももっとアルさんを身近な存在に感じて、一緒に過ごす時間はとても楽しかった。



パワーレベリングっぽい。

いとこは、多分大方予想が付いていたでしょうが、男でした。

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