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密やかに想う  作者: 水城雪見
本編
24/109

18.職業レベル3


 朝、起きると、コテージの結界にやられたのか、牛の魔物が山積みだった。

 一匹が大きいので、なかなか壮観だ。

 絶対に結界から出ないように気をつけて、解体を済ませてから、まだ寝ているアルさんのためにご飯を作ることにした。

 いつもならば、朝にもお風呂に入るけれど、男の人が一緒だとやっぱりのんびり入浴し辛い。

 アルさんが覗くとか疑ってるわけじゃなくても、裸でいるのが落ち着かないというか、早く出なきゃという気持ちになってしまう。


 朝食の支度をしていたら、レベルアップの音がした。

 ステータスを確かめてみると、料理人のレベルが3になっている。

 職業スキルがレベルアップしたのを見たのは初めてだ。



「アルさんっ!」



 嬉しさのあまり寝室に飛び込んで、まだ寝ていたアルさんに突撃してしまった。



「何だ!? 何かあったのか?」



 ぐっすり寝ていたはずなのに、私の勢いに驚いてアルさんが飛び起きる。

 寝起きなのにきりっとしていて、臨戦態勢だ。



「あ、ごめんなさい。違うの。料理人のレベルが3に上がったから嬉しくて」



 誤解を招いた事を謝りつつも、笑顔でレベルが上がった事を告げると、一瞬、意味を理解できないといった様子でアルさんが呆けたけど、すぐ笑顔になった。



「職業レベルが上がったのか! よかったな、カグラ。10代で職業レベル3なんて、聞いたことないぞ! おまえは本当にすごい奴だな」



 意味を理解した瞬間、アルさんが不意に私を抱き上げて、笑いながらくるくると回りだす。

 自分のことのように喜んでくれているのがわかって、アルさんの首に腕を回して掴まりながら、声をあげて笑ってしまった。

 料理人として一歩前進できたことが嬉しくてたまらない。

 そして、その嬉しさを分かち合える人が、自分のことのように喜んでくれる人が、そばにいることがとても幸せだと思う。



「ありがとう、アルさん。もしかしたら、迷宮の中で経験を積んだのも、レベルアップの理由の一つかもしれない。アルさんのおかげです」



 素直な気持ちでお礼を言うと、アルさんは照れたように笑った。

 そっと床に降ろされて、腕を解く。



「店を持つなら、レベル3はあった方がいいから、ちょうどよかったな。まぁ、レベル関係なく、カグラの料理は美味いけどな。職業レベルが上がると、スキルも増えるから本当によかった」



 くしゃくしゃと頭を撫でられながら、頷きを返す。

 カロンさんに色々と教えてもらったけれど、誰もが経験さえ積めば職業レベルを上げられるわけではないらしい。

 元々の才能や経験、いろいろなものが合わさって職業レベルになるみたいで、どの職業でも、レベル3くらいで止まってしまう人がほとんどだそうだ。

 料理人は特にレベルが上がり辛いらしく、カロンさんは、料理人の中でも一握りのレベル4で、それだけのレベルを持つ人は、王家に近い上位貴族の家の専属料理人をしていることも多いそうだ。

 カロンさんは、たくさんの人に料理を食べて欲しいから、専属料理人にはならなかったと話してくれた。

 その話を聞いたとき、シグルドさんがレベル4になった事を、あんなに喜んでいた理由がよくわかった。

 私も、カロンさんの話を聞いてから、職業レベルが上がるのかどうか、ちょっと不安になっていたので、レベルが上がったのは余計に嬉しかった。



「俺は着替えるから、レベルの上がった料理人の作る朝飯を食わせてくれよ」



 そう言われてやっと、アルさんが寝起きで下着姿なのに気づく。

 一応、上にはTシャツのようなものを着ているけど、半裸といっていい姿を直視できなくて、慌てて寝室から逃げ出した。

 後ろで、私の慌てぶりを笑うアルさんの声が聞こえて、余計に恥ずかしくなる。

 恥ずかしさを誤魔化すように、パン生地をこねて、打ち粉をした台に叩き付ける。

 父はお風呂上りでも、いつも浴衣をきちんと着ていたから、男の人のあんな姿を見たのは初めてだ。

 恥ずかしさを堪えながら、ひたすら捏ねて作ったパンは、料理人のレベルが上がったせいもあるのか、悔しいくらい美味しかった。

 アルさんは大喜びしてたくさん食べてくれたけど、私はとても複雑だった。




 



「アルさん、その樹の実、欲しいから採集していてもいい?」



 アーシアは樹の魔物だから、森の中に入らないと見つからない。

 55層に辿り着いたところで、コテージを出して待っていてもいいと言われたけれど、入り口に近いところで待っていると、アルさんが帰ってくるのが大変だと思って、ついて行くことにした。

 それくらい、迷宮の1層あたりのの面積は広い。

 55層は見渡す限りの森だけど、中に入ればコテージが出せるくらいに開けた場所もあるそうだ。

 せめてもっと森の中でコテージを出したかった。

 コテージの経験値も稼ぎたいのだ。


 途中でオリーブのような実がなる樹を見つけて、鑑定してみたらやっぱオリーブだったので、実が欲しくて、アルさんに採ってもいいかどうか尋ねてみた。

 今日、移動途中で気づいたけれど、地図を可視化して出しておけば、敵がいるときはすぐにわかるので、警戒は楽になった。

 今、あのオリーブの樹の周りに敵はいない。



「いいけど、時々、子供の頭くらいの大きさのハチの魔物が飛んでくるから気をつけろよ? 俺もちゃんと見とくけどな」



 許可が出たので、ナイフを使ってオリーブの実を一つ採って見る。

 熟してるみたいで、思ったよりも柔らかくて、ちょっと力を入れるとつぶれそうだった。

 つぶしたものからオリーブオイルが取れそうだ。

 私の知っているオリーブとは随分違うけど、こっちの方が油は絞りやすそうだ。

 実がつぶれてもいいように、大きな陶器の入れ物を取り出して、実を採っては入れていく。

 たくさん実がなっているので、この樹だけでも、かなりたくさんのオリーブオイルが作れそうだった。



「その実は何に使うんだ?」



 下手に手伝うと、移動する敵への警戒ができないので、手持ち無沙汰なアルさんに尋ねられる。



「お昼にパスタを食べたでしょ? あれを作るのに使うの。今回はクリームソースだったけれど、次はまた違うソースで作るわね」



 お昼にパスタを作った時、多めにと思ってアルさんの分は3人分くらい茹でたけど、足りなかったみたいで、更に追加した。

 それくらい気に入ってくれてたから、パスタに使うと聞けば、嬉しげな様子だ。



「あれは実に美味かった。うどんとはまた違っていいな」



 曾お祖父さんの影響か、アルさんは和食が好きだ。

 こちらにはないうどんも食べた事があるみたいで、好物だったらしい。

 最初はパスタもうどんみたいに啜って食べようとしていたから、フォークでの食べ方を教えるついでに、うどんとは違う国の料理なのだと教えておいた。



「カグラ! 俺が倒すから、警戒だけしとけ」



 ハチの魔物が数匹こちらに向かってくるのに気づいて、アルさんがすぐに戦闘態勢に入った。

 私も、ナイフを腰に戻して、薙刀を出しておいた。

 ハチの魔物は一匹だとそう強くないそうだけど、必ず複数で来るので厄介らしい。

 ただ、はちみつを落とすので、個人的にはたくさん狩りたい魔物だ。



「こいつをやる時は、羽を狙え。飛べなくなって落ちたところに止めを刺すんだ。針を飛ばしてくる時もあるから、それに注意な。ただ、針は一度飛ばしたら、次はない」



 戦いながら、より効率的に倒す方法をアルさんが教えてくれる。

 Sランクの冒険者に実地で教えてもらいながら、狩りをできるのは、とても貴重な経験だと思う。

 他にも細々とした事をいくつも教えてくれて、とても助かっていた。

 知ってるハチとは比べ物にならないほど大きいけど、かえって狙いやすくなってる。

 アルさんにしてみれば雑魚のようで、ハチはほとんど一撃で羽を落とされ、その衝撃だけで事切れる時もあるくらいだった。

 アルさんがハチを倒しきってから、素早く解体する。

 はちみつがいくつか出て、嬉しくなった。

 以前から、固体以外のドロップがどうなっているのか気になっていたけれど、はちみつを見た感じだと、見えない結界というか、何かで包まれてる感じだ。

 だから、はちみつだけど持ってもべたべたしたりはしない。

 アルさんに聞いてみると、使おうとすると、回りの結界みたいなのが消えてしまうらしい。

 小麦粉も、この謎結界のおかげで散らばったりはしないようだ。



「アルさん、コテージって、ハチがいそうなところで出しちゃだめかな? 結界で迎撃すれば勝手に倒してくれるから、はちみつをたくさん取れると嬉しいんだけど」



 いい場所を知らないだろうかと、ねだるように言えば、食い気が強いアルさんも、さすがに苦笑した。



「カグラにかかると、迷宮も巨大な牧場扱いだな。コテージのレベルも上がるんだろ? いいんじゃないか。わざわざハチを探さなくても、結界の内側に甘いものを置いておけば勝手に結界に突っ込んでくるだろ」



 なるほど。

 ミツバチと同じで、甘いものに寄って来るのか。



「こんなに気安く牧場扱いできるのも、アルさんがいるからでしょ? 一人じゃ絶対こられないんだから、有効活用しないと。それに、街に戻ったら、次はいつ迷宮に入れるかわからないから。お店を持ったら、長期間休むのは難しくなりそうだもの」



 シグルドさんのところの、6日に一度の休みだって、他と比べれば多いほうだった。

 1週間も休んで迷宮に篭るなんて、開店したらできなくなると思う。

 今回、迷宮で戦えたおかげで、レベルは随分上がったから、後は料理人として生きていけばいいのかなって思うけど、まだ迷う気持ちもある。



「別に、迷宮に行きたければ行けばいいさ。カグラの料理なら、客も待ってくれるだろ。店を休んだ分の売り上げが減るのが気になるなら、その分素材を集めればいい。使わないものは売って、食材は残すってすれば、何の問題もないだろ。俺だって、手が空いてたらいつでも連れてきてやるから」



 迷う気持ちがあるから、アルさんが熱心に誘ってくれるのは嬉しかった。

 笑顔で頷いて、オリーブの実の採集に戻る。



「お店も、人を雇うところから始めないといけないから、悩んでるの。手伝ってくれそうな人の心当たりはまったくないし、どうしたらいいのかなぁって。それと、コテージを出すから、私自身の安全は問題ないんだけど、でも、お店のほうの警備の人も必要でしょう? いっそ、閉店後は敷地内に入れないように結界の魔道具を使うほうがいいのかな?」



 実を摘みながら、思いつくままに話すと、アルさんも真剣に考えてくれてるみたいで真顔になってる。

 自分に何の利もないことなのに、ここまで親身になってくれるアルさんは、本当に優しいと思う。

 でも、優しいからといって、誰にでもここまで親身になるわけじゃないだろうから、余程、私のことを頼んでくれた、リンちゃんとカンナさんを気に入ったんだろう。



「従業員に関しては、アーネストに相談してみれば何とかなるだろ。警備の方は、人を頼むよりも魔道具の方がいいかもな。カグラさえよければ、俺が店のほうに住んでもいいけどな。Sランクの冒険者が住んでる建物に侵入してくる馬鹿は、まずいない。そのうち、リンとカンナもくるだろ? 住んでる人間が多くなれば、その分、狙われ辛くなるんじゃないか?」



 前にアーネストさんも言っていたけど、買収とかそういう危険もあるから、下手に警備で人を入れないほうがいいみたいだ。

 私はコテージに住むから、お店は部屋も余っているし、アルさんが住んでくれてもまったく問題はないけど、そこまで甘えてもいいんだろうか?

 賑やかなのは好きだから、人が多くなるのは嬉しいけれど。



「リンちゃん達に、早く手紙が届くといいんだけど。アルさんがお店に住んでくれるのは嬉しいけど、でも、そんなに甘えちゃっていいのかな? 世界に7人しかいないSランクの冒険者を警備員扱いって、あんまりじゃない?」



 冗談交じりに笑いながら言うと、アルさんもおかしそうに肩を震わせた。



「貴重なお宝を守るためだから、いいんじゃないか? 俺なら、貴族が相手でも強く出られるからな。俺が他の街に拠点を移す原因になったりしたら、貴族でも領主様に咎められて立場が危うくなるから、下手なことはしないさ」



 わかっていたことだけど、アルさんって優しい上に頼もしい。

 多分、私が故郷の料理を作れるというのも優しくしてくれる理由なんだろうけど、本当に助けられてばかりだ。

 アルさんに私のことを頼んでくれたリンちゃんとカンナさんには、いくら感謝してもし足りない。



「そういえば、今のところ、貴族にあまりいいイメージがないんだけど、ランスの領主様はどんな方か知ってる?」



 店を始めれば、もしかしたら貴族が来店することもあるかもしれない。

 一応、礼儀作法のようなものを、覚えておいた方がいいのかもと思う。

 元の世界のと同じなら、心配ないけれど、この国の礼儀作法はまったくわからない。



「ランスの街の領主はなかなか庶民的で面白い方だ。先王の弟君なんだが、迷宮が好きで、自らランスの街の領主になった。辺境伯と呼ばれてはいるが、本来なら公爵位にある人だ。冒険者の話を聞くのも好きだから、何度か晩餐に呼ばれたことがあるが、平民だからと差別するようなところもないし、貴族としては変わり者だろうな。たまに、お忍びで迷宮に潜ってるって噂もあるぞ」



 なかなか型破りの領主様みたいだ。

 先王の弟ってことは、それなりの年齢なんだろうか。

 領主の晩餐に呼ばれるほどの人なんだなぁと、アルさんをしみじみと見てしまった。

 最初に竹を切るのを遠慮なく頼んで、こき使ってしまったからか、アルさんに色々気安く頼ってしまうけれど、本来ならばアルさんは、話をすることもできないようなすごい立場の人なんじゃないだろうか。



「他の貴族は? アーネストさんに誘拐の心配もした方がいいって言われたんだけど」



 アーネストさんが大げさだったのかなって思ったけど、アルさんは同意するように頷いている。

 大げさな話でもないんだろうか?



「あるだろうな。貴族も色々だが、領主様みたい貴族はほとんどいない。一番多いのは、平民を見下していて、平民になら何をしてもいいって思ってるような貴族だな。そういう貴族は尊大で横柄で面倒だ。あの場所に店を開くとなると、貴族が来ることもあるだろうから、カグラは十分注意しろ。困った事があれば、俺でもアーネストでもいいから、すぐに頼れ。些細な事だからって後回しにするなよ?」



 くどいほどに注意されて、素直に頷いた。

 二人とも親切ではあるけれど、過保護ってほどじゃないから、それがここまでくどいってことは、本当に気をつけないといけないんだと思う。



「お待たせしました。終わったから、もう移動して大丈夫」



 オリーブの入った容器を片付けて、薙刀を持った。

 アルさんの欲しい魔石は、まだ一つも出ていないので、夜になるまでにもう少し狩らないといけない。

 もしかしたら、私がいないほうが、アルさんはやりやすいのかもしれない。

 私を守りながら戦うのと、一人で好きに戦うのでは、かなり効率が違うはずだ。



「じゃあ、行くか。とりあえず、コテージを出せそうなところを、暗くなる前に探すぞ」



 空を見れば、少し暮れかけていた。

 迷宮の中だけど、外と同じように日が暮れる。

 感覚が狂わなくていいとは思うけど、不思議で仕方ない。


 いろいろと話をしながら、狩りをして、時々、採集もした。

 実体験を伴ったアルさんの話は面白くて、まだ知らないこの世界の話を知れて興味深かった。

 コテージを出した時、アルさんはまだ狩り足りないと言って出て行ったので、私は先に夕飯の支度をすることにする。

 昨夜、コテージのレベルが上がっていたのか、コテージを出すと庭が増えていた。

 薬草などを育てられるようになったみたいなので、明日は一日庭仕事をすることにしよう。

 私がいないほうが、アルさんはやりやすいだろうし、私も、迷宮内で料理をすることが、職業レベルにどれだけ影響を与えるのかわからないので、できるだけ試しておきたい。

 プラスになってもマイナスにはならないと思うから、この後は、狩りよりも料理の方を重点的にするつもりだった。

 ついでに、携帯に入っているレシピの発掘も頑張ってみるつもりだ。

 充電が後どれくらいもつかわからないけど、一つでも多く、お気に入りのレシピを書き起こしておきたい。

 レシピがたくさん調べられる事で有名なサイトに私も登録していて、よく検索してはお菓子を作ったりしていた。

 お気に入りのレシピが多すぎて、探すのが大変なので、特にお気に入りのレシピは、画面を携帯で撮影して、別に保存してあった。

 だから、サイトには接続できないだろうけど、それを見ることができれば、書き起こせるはずだ。

 狩りを頑張っているアルさんのために、特大ハンバーグを作りながら、明日からの予定を頭の中で立てていた。

 


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