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密やかに想う  作者: 水城雪見
本編
23/109

17.大迷宮にて

後半はアルフレッド視点。




 一緒に東門を出て、大迷宮に向かって歩き出した。

 街の外だから、念のために薙刀を出しておく。

 まだ、アルさんに戦うところは見せたことがない。



「カグラはナギナタを使うのか。俺は武器なら一通りなんでも使うが、基本は斧か両手剣だ。敵に合わせて武器を変えるようにしている」



 今日のアルさんは、鎧姿で大きな剣を腰に差していた。

 アイテムボックスもあるから、武器もたくさん持ち歩けるのだろう。



「後は、水魔法と火魔法も少し使えます。料理人だからか、どっちの魔法も相性がいいみたいです。状態異常回復と回復も使えますから、少しは役に立てると思います」



 話しながら歩いていると、急に一角兎が飛び出してきた。

 何となく気配は感じていたので、反射的に薙刀で切りつけると、一撃で事切れる。



「何か武道をやっているのは立ち居振る舞いでわかっていたが、予想以上だな。何でカグラは料理人なんだ?」



 アルさんが不思議そうに首を傾げるのを横目に、解体ナイフで解体して、ドロップをアイテムボックスにしまった。

 今のは、アルさんももちろん気づいていたけれど、弱い兎だったから私にまかせてくれたみたいだ。



「神様の話では、一番適正が高いものが職業となって現れるそうです。職業やスキルというのは、それまでどう生きたのかが形になっているらしくて。私の場合は料理の才能が一番だったみたいです」



 この世界の神様から直接聞いた話だから、間違いはないだろう。

 神様と聞いて、アルさんは驚いたようだったけれど、言葉の内容は納得できるものだったみたいで、うんうんと頷いている。



「カグラの料理はうまいからな。迷宮に篭る間の飯も期待してる」



 むしろ、そっちが目的で誘われたんじゃないかと思いそうなくらい、アルさんがいい笑顔だ。

 作るのも食べてもらうのも好きだから、何の問題もないけれど。



「まぁ、とりあえず、もうすぐ大迷宮につくから、説明をするぞ。大迷宮は踏破していれば10層ごとに転移できるようになってる。55層で戦いたいなら、50層に飛んで55層を目指すか、60層に飛んで戻るか、どっちかなんだが、今回は50層から55層を目指そうと思ってる。50層で牛の魔物が出るから、カグラは倒したいだろ? 迷宮に慣れる時間も必要だろうから、今日は一日、牛を倒して迷宮での戦闘に慣れよう。カグラが戦うのが怖いようなら、55層に速攻で移動するけどな? 無理をさせる気はないから、ダメだと思ったら言ってくれ。迷宮の中は些細な事が命取りになる」



 牛の魔物って、図鑑で見たけれど、バターや牛乳を落としてくれる、私にはとてもありがたい魔物だ。

 前にアルさんと話をした時に、お菓子を作るのにバターが必要だと話したのを覚えていてくれたらしい。

 優しいアルさんの気遣いに感謝しつつも、50層の魔物を私が倒せるのかどうか、少し不安になる。


 

「それと、多分、滅多に会わないと思うが、他の冒険者に会った時は用心しろ。俺の連れに手を出すような奴はいないと思いたいが、迷宮の中はとにかく治安が悪いからな。カグラみたいな綺麗な女がいたら、俺を殺してでも奪い取ろうとする奴が出てきてもおかしくない。大迷宮の50層以降でも戦える実力のある奴なら、最低でもBランクにはなってるだろうから、中には数で掛かれば何とかなるって思い上がる奴もいる」



 予想していた以上に、迷宮の中は危ないみたいだ。

 これだと、魔物より人の方が危険なんじゃないだろうか?

 アルさんの足を引っ張るのは嫌なので、気をつけよう。

 神様の加護があるとはいっても、危ない目にあわないですむなら、そっちの方がいい。



「気をつけるけど、Bランクの6人パーティが相手で、アルさんは勝てる?」



 この世界で、人の命は軽い。

 法律はあるけれど、襲われたら正当防衛というのは認められているし、山賊なんかは問答無用で殺していいらしい。

 敵討ちというのも認められているし、人が人を殺す事が身近にありえる世界なのだ。

 街に入る時に持たされた水晶で、犯罪歴を調べていたけれど、ギルドカードにも似たような機能があって、明らかな犯罪を犯したときはわかるようになっているらしいけど、いわゆるグレーゾーンというのもあるみたいで、特に迷宮内のことは調べるのが難しい為に、明確な犯罪で証人がいない限りは、罪に問えないことも多いらしい。



「Aランク6人のパーティでも、俺に勝てるパーティはそういない。それくらい、AランクとSランクには明確な差がある。今は、転生者が多いから、その内Sランクも増えるだろうが、現時点ではこの世界のSランクは7人しかいない。Aランクの数は1000を超えてるはずだから、どれくらい差があるかわかるだろ?」



「だから、安心しろ」と、私に不安を感じさせないように笑みかけてくれる。

 アルさんは偉ぶったところがまったくなくて気さくだから、忘れがちだけど、やっぱりすごい冒険者なんだ。

 思わず尊敬の眼差しを向けると、気づいたアルさんは照れたように視線を逸らした。



「つまり、Bランクなのに、数がいるからってアルさんに襲い掛かってくるとしたら、相手は馬鹿の集団ってことね。ランクだけで、はかれない事もあるのかもしれないけど、アルさんが強いのはわかった」



 もしかして、さっき冒険者ギルドで注目を集めていたのは、アーネストさんのせいもあったけど、アルさんのせいもあったんじゃないだろうか。

 アルさんが臨時とはいえパーティを組む相手が私だったから、注目されていたような気がする。



「今、俺、カンナとカグラが友人なのを、すげぇ実感した」



 遠慮のない物言いのせいで、アルさんの中にある私のイメージが少し壊れてしまったらしい。

 少し肩を落としているけれど、それはいいことだと思う。

 仲のいい人の前で必要以上に取り繕うつもりはないし、へんな風に理想を重ねられるのも苦手だ。


 並んで歩きながら、他の注意点もしっかりと聞き、ついでに50層から55層の魔物との戦い方も教えてもらった。

 アルさんの狙いは、前に噂で聞いた小麦粉を落とす魔物らしい。

 アーシアという名前の背の低い樹のような姿の魔物で、地属性の魔石を稀にドロップするらしいけど、その魔石が結界と相性がいいらしく、結界を張る魔道具を作るのに必須ということだ。

 私のようにコテージがない人が旅をする時は、結界の魔道具を使う。

 4つの魔道具を地面に刺し、その範囲内に魔物が入り込んでこないようにするのが結界の魔道具だけど、4つ使うので、魔石も最低でも4つは必要になる。

 魔石の質で結界の強さが変わるらしく、アーシアの落とす魔石は大きくて質のいいものが多いから、高レベルの魔物も寄せ付けない魔道具ができるらしい。


 もしかしたら、アルさんは結界の魔道具をリンちゃん達に譲ってしまったんじゃないだろうか。

 Sランクの冒険者ともなると、お金に困ることはないそうだけど、いい素材を使った魔道具はあまり売り出されないので、作ってもらった方が早いと聞いたことがある。

 新しい魔道具を作ってもらうための素材集めなのかもしれない。

 そうだとしても、そうでなかったとしても、アルさんがやりたいことに付き合うことに変わりはないのだけど。

 お世話になっているのだから、恩返しできるなら、できるだけしたいと思った。

 初めての迷宮がSランクの冒険者と一緒なんて人は、滅多にいないだろうから、私は幸運なんだろうなぁとも思った。

 








「カグラ、一匹そっちに流すから、無理せず戦え」



 初めての迷宮、いきなり50層からスタートという事で、最初は緊張していたけれど、戦える事がわかって、すぐに過度な緊張はしなくなった。

 複数の魔物が出ても、アルさんが引き受けてくれて、私は一匹と戦えばいいようにしてくれる。

 格上の敵と戦っている事もあって、レベルの上がりは早いし、戦えば戦うほどにスキルのおかげで、楽に薙刀を振るえるようになる。

 日本にいた頃はできなかったような動きもできるし、技も使えるので、私の知っている薙刀とはもう別のもののようにも感じた。


 牛の動きは、やはり直線的だ。

 魔物だけあって魔法を使ってくることもあるけれど、事前にアルさんから、魔法を使うときの予兆を教えてもらったので、何とか魔法発動を邪魔することができていた。

 突っ込んでくるのをかわし、薙刀を振るって、前脚を切り付け、返す刃で首にも切りかかった。

 怒り狂いながらも、脚にダメージがあるせいで段々スピードは落ちていく。

 スピードが落ちれば、ただの大きな的でしかない。

 薙刀だから、ある程度の間合いも取れるし、ダメージを受ける事もなく戦える。

 アルさんが他の魔物を引き受けてくれて、戦う事にだけ集中できるというのも、レベルが低いのに戦える要因の一つだ。

 途中で追加の魔物が来ても、アルさんが全部片付けてくれていた。

 角の攻撃にだけ気をつけて、4本の脚と首だけを執拗に狙い切りつけていると、牛の魔物は倒れた。

 事切れたのを確認してから、手早く解体ナイフを刺す。



「玉ねぎあったかな? アルさんは牛丼って食べた事ある?」



 手に入った牛肉をアイテムボックスにしまいながら、料理法を考える。

 ハッシュドビーフもいいけれど、下味をつけて焼くだけでも美味しいし、ハンバーグにも使えるし、いっそ、すき焼きでも……と、料理が次々に思い浮かぶ。

 これも、アルさんがたくさんの調味料を譲ってくれたおかげだ。

 


「ギュウドン? 食ったことはないな。うちの曾爺さんの時代は、肉はあまり食わなかったらしい。タイショーとかいう時代の人だって話だった」



 タイショーって、大正時代かな?

 西洋文化が入り始めた頃だけど、牛丼はなかったのかもしれない。

 いとこが食べたがったから作ったことがあるけど、家では丼物が食卓に出ることはあまりなかった。

 だから、実は作れるけど食べたことはあまりない。

 


「アルさんがお醤油をいっぱい譲ってくれたから、作れるようになったの。今夜作ってみるわね」


 

 きっと、がっつり食べるアルさんと丼物は相性がいいと思う。

 料理酒もたくさん持ち合わせているし、料理をするのが楽しみだ。

 牛の魔物が、もう食材にしか見えない。



「料理人っていうのは、何か、逞しいな。カグラがいればどこでも生きていけそうだ」



 アルさんが笑いながら、やってきた牛の魔物を纏めて相手し始めた。

 ここは、迷宮の中なのに見渡す限りの草原で、空は青空だ。

 魔物は何もないところから、いきなりわいてくる。

 一応、前兆というか、沸いてくるときは何となくわかるようになっているけど、最初に見たときは驚いた。

 まだ2匹同時に戦えるほどの能力はないから、一匹を確実に引き受けて、薙刀の技量を上げるつもりで、小さい頃から仕込まれた型を意識して戦うようにする。

 そうするとダメージも通りやすく、回を重ねるごとに思うように動けるようになっていく。

 成長を体感できるのは幸せだ。

 そして、嬉しいご褒美があるのも。

 鳴り響くレベルアップの音を何度も聞きながら、アルさんと二人、思う存分、牛を狩り続けた。

 






 

 50層にコテージを出して夕食を食べた後、アルさんは外に素振りに行ってしまったので、先にロフトに上がり、竹籠に使う布を切って、端にアイロンをかけていく。

 ロフトには作業台になる机もあるので、アイロンをかけるにはちょうどよかった。

 全部にアイロンを掛け終えたら、一枚一枚、端がほつれない様に縫っていく予定だ。

 もしかしたら、こういう布を作るのは、専門の人に任せた方が、早くて綺麗にできるのかもしれない。

 自分でやる事と人に任せる事を考えて、任せられるところは人に任せないと、お店の経営なんてできなくなってしまうだろう。

 誰か雇う事も考えた方がいいのかなぁと思うけれど、頼めそうな知り合いはいない。

 まだ、建物の引渡しには時間が掛かるし、引渡しが終わっても、中を整えるまでにも時間が掛かるだろうから、その間になんとか解決しなければと思う。


 牛丼はアルさんには大好評だったけど、私が作ろうと思っているお店の雰囲気には合わないから、出すとしても知り合い限定の裏メニューになりそうだ。

 和食も多分、そういう扱いになってしまうだろう。

 和食に限っては、材料が高いので、自分達の分が賄えればいいという気持ちもあるけれど。

 明日の昼は、パスタを作ってアルさんに感想を聞いてみよう。

 牛乳や生クリームも手に入ったから、クリームソースのパスタがいいかな。

 今日一日で、かなりの材料が集まったから、色々作れそうなのが嬉しい。

 明日は、55層に移動するみたいだから、また違う食材が手に入ると思うとわくわくする。

 アルさんは、魔石の方が高いから、他の素材は全部私にくれるというので、料理に使えるものは全部取っておくつもりだ。


 今日一日で随分レベルも上がって、迷宮に入る前は17だったのに、32まで上がった。

 それでもまだ、本来は大迷宮の55層で狩りをできるレベルではないらしい。

 布にアイロンを掛け終えたところで、今日は寝ることにした。

 コテージの中のベッドは、結構寝心地がいいから好きだ。

 魔石のスイッチを押して、ロフト部分の明かりを落として、ベッドに潜りこむ。

 アルさんはまだ外にいるみたいだけど、先に休ませてもらおう。

 目を閉じるとすぐ、疲れもあったのか眠りは訪れた。



 




          ◇下心の代償~アルフレッド視点~◇




 カグラを迷宮に誘った事に、何の下心もなかったとは言わない。

 もう少し親しくなりたいとか、お互いを知りたいとか、そういう俺には似合わない感情があったのは確かだ。

 が、しかし。

 無防備なカグラを前に、ここまで悶々とさせられることになるとは思わなかった。


 カグラは隙がないくせに無防備だ。

 矛盾してるけど、そうとしか言いようがない。

 ロフトには上がれなくなっているからと、寝室を譲られたが、風呂上りの色気倍増しみたいな姿で上にいるのがわかっていて、心穏やかに寝ていられるほど枯れてはいない。

 あんなに肌が露わになった夜着姿で、風呂から出てきたのを見たときは、理性が吹き飛びそうになった。

 ワンピースだとカグラは言っていたが、肩はむき出しで、白くて滑らかな肌が見えているし、肩から綺麗な鎖骨に続く胸元は開いているし、丈は膝までしかないし、目が離せなくなった。

 湯上りで上気した頬とか、ほんのりと漂う甘い石鹸の香りが、心を疼かせる。

 毎晩の習慣だからと嘯いて、コテージの外に出て結界内で素振りをして煩悩を何とか打ち払った。


 カグラは知れば知るほどに、嫁にしたくなる女だ。

 アーネストが初対面でプロポーズしたらしいが、気持ちはわかる。

 あんな奴の気持ちなんかわかりたくないが、カグラに関してはすごくよくわかる。

 料理は上手いし、気配りもできるし、芯がしっかりしていて、それでいて可愛げもあるし、何ていうか独り占めしたくなる女だ。

 子供が欲しいと請われて、抱いたことは山ほどあるが、俺の子供を産んで欲しいと思った女はカグラが初めてだ。

 カグラと結婚できる男は幸せだろう。


 カグラが誰かを待っているのを俺は知ってる。

 その誰かが男で、多分、カグラが惚れ込んでる相手だってことも。

 カグラは時々、酷く切なそうな寂しそうな顔をする。

 そんな時は大抵、胸元をぎゅっと握り締めていて、癖なのかと思っていたが、さっき、湯上りの姿を見て理由がわかった。

 カグラの胸元のネックレスに通された指輪は、どう見ても男物だった。

 あの指輪の主を思って、カグラはあんな顔をしているんだろう。

 どんな理由があるんだか知らないが、あんなにいい女を放っておくなんて、馬鹿な男だと思う。


 他の野郎を想うカグラに、気持ちを押し付けたところで負担になるだけだ。

 だから今は、そばで見守っていようと思う。

 俺は俺のやり方でカグラを助け、カグラのそばにいるんだ。

 とりあえず今は、美味い飯を食わせてくれて、笑顔を見せてくれるだけで十分だ。


 しかし、1週間ももつんだろうか、俺。

 持っていた結界の魔道具はリン達にやったから、早急に新しいものを作らないといけないんだが、魔石が十分に集まるのが先か、俺の欲求不満が溜まりに溜まるのが先か、予測がつかない。

 風呂に入り、カグラが寝静まった頃を見計らって、そろっと寝室に入った。

 上でカグラが寝てると思えば落ち着かない気分になったが、何とか無理やり眠りに就くことにした。

 明日からは睡眠薬がいるかもしれない。



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