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密やかに想う  作者: 水城雪見
本編
22/109

幕間 朝の騒乱

冒険者ギルド受付嬢のシェリー視点。



 冒険者ギルドの朝は、とても忙しいです。

 一日24時間営業の冒険者ギルドではありますが、新しいクエストが一斉に貼り出されるのは、1の鐘の頃と決まっています。

 よりよいクエストを受ける為に、1の鐘が鳴る頃には冒険者も集いだします。

 特にEランク等のランクの低い冒険者は、街の中で受けられる一番報酬のいいクエストを受ける為に必死になるものです。


 今日も朝一番のクエスト受諾ラッシュを乗り越えて、ホッと一息ついたとき、騒動は起きました。

 商業ギルドのマスターであるアーネスト=マクダネル様が、血相を変えて冒険者ギルドに乗り込んできたのです。

 普段、無表情で鉄仮面とも呼ばれているマクダネル様が、非常に焦った様子でしたので、街の存亡に関わるような一大事かと、ギルド内に緊張が走りました。



「冒険者ギルドへようこそ、マクダネル様」



 何事が起きたのだろうとは思ったのですけれど、マクダネル様に落ち着いてもらうためにも、あえて普段通りの対応で声をお掛けしました。

 マクダネル様も少し落ち着いたのか、普段の鉄仮面に戻ります。

 第一次ラッシュは終わったとはいえ、まだ冒険者ギルドには多数の冒険者がいます。

 みんなマクダネル様が何の用で来たのか、興味津々の様子です。



「カグラは? もう迷宮に行ってしまったか?」



 マクダネル様から、思いがけない名前が出てきて、一瞬、ほんの一瞬ですが呆けてしまいました。

 カグラ様は、2ヶ月ほど前に冒険者ギルドに登録された、黒髪の美しいお嬢さんです。

 職業は料理人で、先日は一月に渡る長期のクエストで、優秀な評価を得ておられました。

 美しく愛想がよく礼儀正しくて、育ちのよさが一目でわかるので、冒険者ギルド内では、どこぞの没落した貴族の姫君ではないかと噂される少女ですが、貴族特有の平民を下に見る様子がまったくないので、私は転生者ではないかと思っています。

 ギルド職員として当然の事をしただけですのに、先日はお手製だという、とても美味しいお菓子をいただきました。

 もうすぐ、女性向けのお店を開店なさるそうなので、とても楽しみにしております。


 そのカグラ様ですが、パーティは組んでおらず、お一人です。

 先日、迷宮の事を尋ねられましたが、一人で入るのは危険だということをお伝えすると、聡明なカグラ様はすぐに理解してくださって、迷宮行きは取りやめたようでした。

 そのカグラ様が、どうして迷宮に行かれるのでしょう?



「本日、カグラ様はまだお見かけしておりません。直接迷宮に行かれたのでしたら、こちらでは把握できませんが、カグラ様はパーティを組んでおられませんので、一人で迷宮に行かれる事はないかと思います」



 女性一人の割りに、無防備に見えるカグラ様ですが、意外に隙がないことは、ギルド内のやり取りだけでも垣間見えます。

 宿も、私がお勧めしたのですが、ランスの平民街では一番といっていいほどの安全な宿ですし、受けるクエストも無理のないものばかりです。

 困窮した様子がないことが一番の理由だと思いますが、カグラ様は無理や無茶をなさいません。



「1週間ほど大迷宮に篭るとの伝言を本人からもらったんだ。大迷宮に行くのは間違いないようなんだが……」



 大迷宮と聞いて、私も驚いてしまいました。

 マクダネル様が焦る意味がよくわかりました。

 迷宮に入った事もないカグラ様が、いきなり危険な大迷宮に行くともなれば、止めにくるのも当然でしょう。

 カグラ様は商業ギルドでも期待の料理人のようです。

 カロンさんのお店は、私も特別な日に数度訪れたことがありますが、素晴らしいお店でした。

 立地も素晴らしいあのお店を任せたいと思うほどに期待しているカグラ様が、危険に飛び込んでいくのを止めにくるのは当然の事です。



「迷宮が危険であることは説明しましたし、カグラ様は聡明ですから、よく理解しておられるはずです。ですから、一人で行かれるという事は絶対にありえません」


「俺が一緒に行くから、大丈夫だ」



 私がマクダネル様に説明をしていると、割り込んでくる声がありました。

 見てみれば、Sランクの冒険者のキサラギ様がおられます。

 キサラギ様は、世界に7人しかいないSランクの冒険者で、高名であるのに驕ったところもなく、優しくて面倒見のいいお方です。

 ランスの冒険者ギルドで、トップの実力を持つキサラギ様がそういった性質ですので、彼を慕い模範とする冒険者も多く、ランスの街の冒険者は質がいいとよく言われます。

 新人に絡むようなトラブルを起こす人も少ないですし、迷宮内でのトラブルも、他の迷宮と比べると少ないようです。

 それでも、迷宮内の治安は悪く、強姦や誘拐、殺人という事件に巻き込まれる事もあります。



「お前が諸悪の根源か。この馬鹿が! 自分の力を過信しているんじゃあるまいな?」


「お前こそSランクの実力を甘く見すぎだ、馬鹿。カグラには傷一つつけねぇよ。迷宮の事に商業ギルドが口を出すな」



 マクダネル様が、無表情のままキサラギ様に噛み付きます。

 キサラギ様はキサラギ様で、珍しく好戦的な様子です。

 二人の険悪なやり取りを、みんな息を飲んで見つめていました。



「商業ギルドのマスターとしてではない、カグラの求婚者として止めに来てる。カグラは私が妻にする女性だ。大迷宮のようなところにみすみすやれるものか!」



 マクダネル様の発言に、カウンターのこちら側の女性職員が色めきました。

 悲鳴こそ抑えましたが、あちらこちらで小さな声が上がっています。

 私も、何とか表には出さないようにしましたが、まるで恋愛小説のような状況に、心の中ではのた打ち回っています。

 非常に乙女心を擽られる展開です。



「そんな科白は、カグラの心を手に入れてから言いやがれ。公爵夫人の座よりも、カグラを探す事を選ぶような友人がいるカグラが、地位や権力で男を選ぶはずがないだろ」


「そういう女だから急いで求婚したに決まっている」


「早けりゃいいってもんじゃねぇよ」



 カグラ様のご友人も、素敵な方のようです。

 何故、ご友人をキサラギ様がご存知なのかはわかりませんが、この様子では、キサラギ様もカグラ様を想っているのでしょう。

 いつの間にか、迷宮の話から、恋の鞘当といった様子になってまいりましたが、聞くに堪えない言葉も混じえて、口論は更に続いていますし、そろそろ止め時でしょうか。

 この場にカグラ様がいらっしゃったら、いたたまれない思いをするに違いありません。

 その前に、この恋に狂った馬鹿二人を、何とかしなければなりません。



「お二人とも、早くても遅くても愛があれば女は構わないものですけれど、思いやりがないのは嫌われますわよ? カグラ様のような乙女に、その聞くに堪えない下劣な会話をお聞かせするつもりですか?」



 にっこりと微笑みかけると、二人とも同時に沈黙して下さいました。

 商業ギルドマスターとSランク冒険者の下半身事情など、私は興味がありませんのですっきりしましたが、一部の女性冒険者や職員は残念そうにしています。

 お二人がそれだけ人気ということでしょう。

 お金も地位も容姿も揃っている男性ですから、仕方のないことかもしれません。

 この世界では強い男性が好まれる傾向にありますから。



「騒がせてすまない。外に出ていることにしよう」



 いつもの鉄仮面に戻り、マクダネル様は外へ出て行かれました。

 外で、カグラ様を待つのでしょう。



「あー、すまん。とりあえず、大迷宮50層から55層のクエストで受けられるものと、カグラとの臨時パーティの登録を頼む。2の鐘の頃にはカグラもくるはずだから、他に急ぎの仕事があれば、そちらが先でいい」



 気を取り直したように、キサラギ様も用件を伝えてくださいます。

 カグラ様のギルドカードがなければ、完全に仕事を終える事ができないのをわかっておられるので、こうして気遣う一言をくださるところが、キサラギ様はお優しいと思います。

 

 ギルド内は普段の様子に戻りましたが、いつもよりも、クエストに出かけていく冒険者が少ないようです。

 多分、マクダネル様とキサラギ様が争っておられるカグラ様が、どういった方なのか興味があるのでしょう。


 しばらくして、2の鐘の鳴る頃、キサラギ様と連れ立ってカグラ様が来られました。

 カグラ様は混雑した時間帯を避けてこられることが多いですから、カグラ様のお姿を初めて見た者も多いのでしょう。

 あちこちに、呆けたようにカグラ様に見惚れている男性冒険者がいるようです。

 キサラギ様のお連れ様でなければ、声をかけたいところでしょうが、さり気なくキサラギ様も周りの男性を視線で牽制しておられます。

 商業ギルドマスターとSランク冒険者、この二人を敵に回してまでカグラ様に手を出そうとする冒険者は、これでいなくなったでしょう。

 さすがキサラギ様、よいお仕事をなさいます。

 視線に気づいてはいたようですが、クエストを受けて、カグラ様は冒険者ギルドを出て行かれました。

 キサラギ様がいらっしゃいますから、万が一のこともないとは思いますが、ご無事でお帰りくださるよう、願わずにはいられません。


 そして、今後カグラ様がどなたと恋に落ちるのか、楽しみにしながら、見守っていこうと思います。

 




こんな騒動の後では、見られて当然ですよねー。

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