幕間 足止め
一条視点。次回はアルフレッドの頼み事編です。
バス事故で死んだと聞かされてから2ヶ月が経った。
つまり、神楽と離れ離れになってから、もう2ヶ月だ。
彼女は無事でいるだろうか。
辛い思いをしていないように、元気でいるようにと、今は祈る事しかできない状態だ。
この世界に飛ばされて、最初に辿り着いたのはエルフの多く住む森の国だった。
二つある大きな大陸の一つ、レム大陸の一番北にあるこの国は、エルフが治める魔道具の製作が盛んな国で、辿り着いた時には冬支度が始まっていた。
この世界で一番冬が厳しい国で、11の月から、次の年の2の月までは雪が深く、旅はできなくなる。
森の国に辿り着いたのが10の月の初めで、森の国の王都で俺達は冒険者登録をした。
というのも、森の国の王都には、王都の中から直通の迷宮があり、そこに入れるのは冒険者と森の国の騎士だけだったからだ。
迷宮の近くに街ができることはあっても、迷宮と街が直結しているのは、世界でもここだけらしい。
旅の資金を稼ぎつつ迷宮でレベル上げをして、11の月になる前に旅立とうと思っていたが、それは果たせなかった。
同じパーティの一員である鈴木結衣が酷い熱を出して寝込み、旅どころではなくなってしまったのだ。
幸い、森の民とも呼ばれるエルフは薬草に詳しいものが多く、どう見ても風邪のような症状に効く薬は、簡単に手に入れることができた。
だが、それまでの心労が祟ったのか、薬が効く様子はなく、出発予定日から5日ほど過ぎても治る気配はなかった。
11の月に入ってすぐに雪が降り始め、一晩ごとに雪は深く降り積もった。
迷宮の近くに冒険者ギルドはあり、宿もその近くだったので、金を稼いだり生活する事に困りはしなかったが、雪が消えるまで、森の国から出ることができないのは確定した。
4ヶ月もの間、足止めを食らうことになり、俺は日々、酷い焦燥感に襲われていた。
「先生、春までに僕達、ここで先生がいなくても生きていけるように基盤を作るから、先生は春になったら一人で旅に出たほうがいいよ」
今日は男だけで迷宮に入りたいと言われて、同じパーティの佐々木透と比良坂勇と3人で出かけていた。
残りの女子は、まだ鈴木が本調子でないこともあって、宿に残っている。
迷宮の途中の、魔物が出ない休憩スペースで休んでいると、佐々木と相談するように顔を見合わせていた比良坂が、意を決したように口にした言葉に驚かされる。
佐々木は内向的で大人しい生徒だった。
学校も休みがちで、修学旅行もいい思い出になるからと、俺が誘って参加させた。
参加しなければ、死ぬ事もなくこの世界にくることもなかった。
だから、恨まれても仕方がないと思っているんだが、何故かこの世界に来てからの方が佐々木は生き生きとしている。
比良坂は佐々木とは幼馴染で、学校の外でも付き合いがあったようだ。
二人とも同じオンラインゲームをしていたらしく、この世界のシステムは、受け入れやすいようで、戸惑う俺に色々と教えてくれたりもしていた。
効率よくレベル上げやスキルの強化ができているのは、二人のおかげだ。
教師として守る為にと彼らをパーティに入れたけれど、この世界では俺の方がよほど助けられている。
「比良坂は何故そう思う?」
俺が旅に出られないことで、いらついていたのが伝わってしまったかと、恥じ入るような気持ちで聞いてみると、比良坂は困ったように口を噤んだ。
よほど言い辛い理由でもあるのだろうか。
「僕達はともかく、鈴木達と一緒にいたら、先生は絶対に旅に出してもらえない。鈴木は……わざと、風邪を引いた。先生が探してくれた薬も、飲んでなかった。そうすれば、最低でも4ヶ月は、ここに先生を足止めできるからって」
比良坂が言い辛そうにしているからか、佐々木が代わりに教えてくれる。
鈴木の風邪が狙って引いたものだと知って、腹が立つというよりも、深いため息が零れた。
大人しく、自分で物事を決めるのが苦手で依存する体質の鈴木は、何をするにも俺に頼るようになった。
以前はもう少し、自分の意見を口にしていたと思うのだが、この世界にきてからは、精神的にまだ不安定なのか、すべての判断を俺に委ね、自分で考える事をしない。
宿に泊まれるようになってからは、別室なので問題ないが、野宿をしていた時には寝るときも離れようとせず、大変だった。
女子は3人いるが、そのうちのもう一人、雪城も張り合うように俺にくっついてくるようになり、最近では二人が喧嘩になることも多い。
新しい環境に馴染む事ができず、不安な気持ちが依存に繋がっているのだろうと思って、今は様子を見ていた。
「ここは冬が長くて暮らし辛いだろう? 迷宮があるから、生活に困ることはないだろうが、佐々木も比良坂も、定住するのがこの街でいいのか?」
俺のことを思って、俺を自由にする為に我慢してくれているのだとしたら、自分の欲の為に、大事な生徒を放り出す事になってしまう。
それは絶対に避けなければならない。
二人の顔を交互に見て、真意を問いただすと、二人は一度顔を見合わせてから、大きく頷いた。
「ここは魔道具作りが盛んな国だから、僕はここで魔道具を作りたいです」
土魔法の適正があって、職業が造形師の比良坂が、真剣な顔ではっきりと言葉にした。
「僕も、結界師のレベルを上げて、勇が結界の魔道具を作る時とか、手伝いたい。向こうにいる時は、何もできなくて役に立たないダメな人間だって思ってたけど、先生が違うって教えてくれたから。先生が、僕の結界を褒めてくれた時、嬉しかった。僕でも役に立てるんだって思った。だから、勇と一緒に、ここで頑張る」
いつも、自信がなさそうで弱々しい佐々木が、はっきりと言葉にして、俺の目をまっすぐに見てくる。
実際、佐々木の結界に、旅の間はとても助けられた。
魔物が出る場所で、交代で見張りをしながら夜を過ごしていたけれど、佐々木の結界のおかげで、まったく襲われることはなかった。
「佐々木は……俺を、恨んでいないのか? 俺が修学旅行に誘いさえしなければ、死ぬ事も、この世界にくることもなかった。佐々木をこの状況に追い込んだのは、俺だ」
恨まれても仕方がないと思っていたのに、感謝しているようなことを言われて、戸惑ってしまう。
きっと、後々いい思い出になるからと、家まで訪ねて修学旅行に参加するように説得した事を、俺は後悔していた。
クラス全員で修学旅行に行きたい。そんな気持ちは、ただの俺のエゴだったのではないかと、悩んでいた。
少なくとも、俺の説得が佐々木を殺した事に間違いはない。
「僕は、修学旅行に参加してよかったです。勇もいたし、楽しかった。死んだって言われても、死んだ時の事なんか覚えてないし、こっちの世界も楽しいし、全然後悔なんかしてないです。むしろ、感謝しています。家族に逢えなくなったのは寂しいけど、それはみんな同じだし、それに……」
言葉一つ一つを、考えながら口にする様子は、大切な事を一生懸命伝えようとしてくれているようで、心に響く。
佐々木のゆっくりとした喋り方は、言葉をとても大切にしているようで好もしく思うけれど、それが原因で、クラスメイトとうまくコミュニケーションが取れず、小さな頃から苦労していたらしい。
「先生も勇もいるだけ、僕は神楽さんよりも、ずっと恵まれています。先生、僕の事で、責任を感じていたんですよね? だから、僕達をパーティに入れてくれた。あの時は、突然過ぎて、凄く混乱してたけど、考える時間がたくさんできたら、酷い選択を、僕達はしたって思った。だから、手遅れにならないうちに、先生を送り出したい」
佐々木は優しくて、人の気持ちに敏感だ。
だからこそ、集団生活に馴染めなくて、引き篭もりがちだった。
不登校でクラスメイトとあまり接点はなくても、一人きりの辛さは知っているから、一人になった神楽を心配しているんだろう。
『僕達』というからには、比良坂とその事について話をしたこともあるのかもしれない。
「だから、先生、この冬の間だけ我慢してください。僕達、先生が旅立ってもきちんと生活できるようにしますから、春までの間、手助けしてくれると嬉しいです」
比良坂の言葉に、佐々木も頷きを返す。
いつの間にか、自分で将来のことを考え、行動することができるようになっている。
教え子の大きな成長を目の当たりにして、あの時の選択は間違っていなかったんだと思えた。
神楽を一人で放り出す事になってしまってから、ずっと思い悩んでいた。
一人で考える時間が増えれば増えるほど、もっと違う選択があったのではないかと、俺は教師である事を優先して、神楽を捨ててしまったのではないかと、思わずにいられなかった。
あの時、誰よりも何よりも優先すべきだったのは、神楽だったのではないか。
そんな気持ちが心のどこかにあって、すっきりとしなかった。
けれど、比良坂と佐々木の成長を見たことで、例え、あの時の選択が間違っていたとしても、無駄ではなかったんだと思えた。
多分、あの時に神楽を選んでいたら、きっと教師なのに生徒を放り出したと、後悔していただろう。
まっすぐに神楽と向き合うこともできなくなって、結局、離れる羽目になったかもしれない。
もう、あの瞬間には戻れない。
それならば、俺ができることは、あの時の約束を果たすことだけだ。
「二人とも、ありがとう。おかげで、気持ちがはっきりしたよ。春までに工房付きの家を手に入れるのを目標に頑張ろう。こっちの大陸の方が、街の外の魔物のレベルも高いようだから、雪に閉じ込められている間にレベル上げもしないとな。俺は、ゲームのようなシステムのことはさっぱりだから、二人が頼りだ。俺の方こそ、助けてもらう事になるがよろしく頼む」
彼らは対等なパーティメンバーなんだ。
ここにいるのは、守らなければならない生徒じゃなくて、自らの人生を切り開こうとしている、頼もしい仲間だ。
そんな簡単なことすら、今やっと気づいた。
俺の気持ちが伝わったのか、二人とも照れくさそうな、それでいて誇らしげな表情だ。
休憩を終え、迷宮の更に下の階へ進む為に、3人で歩き出した。
レベル上げに金策、その他にも春までにやらなければならないことは山ほどある。
たかが、4ヶ月の足止めだ。
すべてを片付けるためには、時間は足りないくらいだ。
迷宮に入る前とは違い、晴れ晴れとした気持ちだった。
まだ、片付けなければならない問題もあるが、俺は一人じゃない。
たった一人で放り出された神楽と違って、何と恵まれている事か。
一人で頑張っている彼女に、恥じるような生き方はしたくない。
再会した時に、まっすぐ彼女と向き合える自分でいたい。
だから、今夜も、ただ祈るのだ。
彼女が寂しがっていませんようにと。無事でいますようにと。元気でいてくれますようにと。




