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密やかに想う  作者: 水城雪見
本編
20/109

幕間 足止め

一条視点。次回はアルフレッドの頼み事編です。

 バス事故で死んだと聞かされてから2ヶ月が経った。

 つまり、神楽と離れ離れになってから、もう2ヶ月だ。

 彼女は無事でいるだろうか。

 辛い思いをしていないように、元気でいるようにと、今は祈る事しかできない状態だ。


 この世界に飛ばされて、最初に辿り着いたのはエルフの多く住む森の国だった。

 二つある大きな大陸の一つ、レム大陸の一番北にあるこの国は、エルフが治める魔道具の製作が盛んな国で、辿り着いた時には冬支度が始まっていた。

 この世界で一番冬が厳しい国で、11の月から、次の年の2の月までは雪が深く、旅はできなくなる。

 森の国に辿り着いたのが10の月の初めで、森の国の王都で俺達は冒険者登録をした。

 というのも、森の国の王都には、王都の中から直通の迷宮があり、そこに入れるのは冒険者と森の国の騎士だけだったからだ。

 迷宮の近くに街ができることはあっても、迷宮と街が直結しているのは、世界でもここだけらしい。

 旅の資金を稼ぎつつ迷宮でレベル上げをして、11の月になる前に旅立とうと思っていたが、それは果たせなかった。

 同じパーティの一員である鈴木結衣が酷い熱を出して寝込み、旅どころではなくなってしまったのだ。


 幸い、森の民とも呼ばれるエルフは薬草に詳しいものが多く、どう見ても風邪のような症状に効く薬は、簡単に手に入れることができた。

 だが、それまでの心労が祟ったのか、薬が効く様子はなく、出発予定日から5日ほど過ぎても治る気配はなかった。

 11の月に入ってすぐに雪が降り始め、一晩ごとに雪は深く降り積もった。

 迷宮の近くに冒険者ギルドはあり、宿もその近くだったので、金を稼いだり生活する事に困りはしなかったが、雪が消えるまで、森の国から出ることができないのは確定した。

 4ヶ月もの間、足止めを食らうことになり、俺は日々、酷い焦燥感に襲われていた。



「先生、春までに僕達、ここで先生がいなくても生きていけるように基盤を作るから、先生は春になったら一人で旅に出たほうがいいよ」



 今日は男だけで迷宮に入りたいと言われて、同じパーティの佐々木透と比良坂勇と3人で出かけていた。

 残りの女子は、まだ鈴木が本調子でないこともあって、宿に残っている。

 迷宮の途中の、魔物が出ない休憩スペースで休んでいると、佐々木と相談するように顔を見合わせていた比良坂が、意を決したように口にした言葉に驚かされる。

 佐々木は内向的で大人しい生徒だった。

 学校も休みがちで、修学旅行もいい思い出になるからと、俺が誘って参加させた。

 参加しなければ、死ぬ事もなくこの世界にくることもなかった。

 だから、恨まれても仕方がないと思っているんだが、何故かこの世界に来てからの方が佐々木は生き生きとしている。


 比良坂は佐々木とは幼馴染で、学校の外でも付き合いがあったようだ。

 二人とも同じオンラインゲームをしていたらしく、この世界のシステムは、受け入れやすいようで、戸惑う俺に色々と教えてくれたりもしていた。

 効率よくレベル上げやスキルの強化ができているのは、二人のおかげだ。

 教師として守る為にと彼らをパーティに入れたけれど、この世界では俺の方がよほど助けられている。



「比良坂は何故そう思う?」



 俺が旅に出られないことで、いらついていたのが伝わってしまったかと、恥じ入るような気持ちで聞いてみると、比良坂は困ったように口を噤んだ。

 よほど言い辛い理由でもあるのだろうか。



「僕達はともかく、鈴木達と一緒にいたら、先生は絶対に旅に出してもらえない。鈴木は……わざと、風邪を引いた。先生が探してくれた薬も、飲んでなかった。そうすれば、最低でも4ヶ月は、ここに先生を足止めできるからって」



 比良坂が言い辛そうにしているからか、佐々木が代わりに教えてくれる。

 鈴木の風邪が狙って引いたものだと知って、腹が立つというよりも、深いため息が零れた。

 大人しく、自分で物事を決めるのが苦手で依存する体質の鈴木は、何をするにも俺に頼るようになった。

 以前はもう少し、自分の意見を口にしていたと思うのだが、この世界にきてからは、精神的にまだ不安定なのか、すべての判断を俺に委ね、自分で考える事をしない。

 宿に泊まれるようになってからは、別室なので問題ないが、野宿をしていた時には寝るときも離れようとせず、大変だった。

 女子は3人いるが、そのうちのもう一人、雪城も張り合うように俺にくっついてくるようになり、最近では二人が喧嘩になることも多い。

 新しい環境に馴染む事ができず、不安な気持ちが依存に繋がっているのだろうと思って、今は様子を見ていた。



「ここは冬が長くて暮らし辛いだろう? 迷宮があるから、生活に困ることはないだろうが、佐々木も比良坂も、定住するのがこの街でいいのか?」



 俺のことを思って、俺を自由にする為に我慢してくれているのだとしたら、自分の欲の為に、大事な生徒を放り出す事になってしまう。

 それは絶対に避けなければならない。

 二人の顔を交互に見て、真意を問いただすと、二人は一度顔を見合わせてから、大きく頷いた。



「ここは魔道具作りが盛んな国だから、僕はここで魔道具を作りたいです」



 土魔法の適正があって、職業が造形師の比良坂が、真剣な顔ではっきりと言葉にした。



「僕も、結界師のレベルを上げて、勇が結界の魔道具を作る時とか、手伝いたい。向こうにいる時は、何もできなくて役に立たないダメな人間だって思ってたけど、先生が違うって教えてくれたから。先生が、僕の結界を褒めてくれた時、嬉しかった。僕でも役に立てるんだって思った。だから、勇と一緒に、ここで頑張る」



 いつも、自信がなさそうで弱々しい佐々木が、はっきりと言葉にして、俺の目をまっすぐに見てくる。

 実際、佐々木の結界に、旅の間はとても助けられた。

 魔物が出る場所で、交代で見張りをしながら夜を過ごしていたけれど、佐々木の結界のおかげで、まったく襲われることはなかった。



「佐々木は……俺を、恨んでいないのか? 俺が修学旅行に誘いさえしなければ、死ぬ事も、この世界にくることもなかった。佐々木をこの状況に追い込んだのは、俺だ」



 恨まれても仕方がないと思っていたのに、感謝しているようなことを言われて、戸惑ってしまう。

 きっと、後々いい思い出になるからと、家まで訪ねて修学旅行に参加するように説得した事を、俺は後悔していた。

 クラス全員で修学旅行に行きたい。そんな気持ちは、ただの俺のエゴだったのではないかと、悩んでいた。

 少なくとも、俺の説得が佐々木を殺した事に間違いはない。



「僕は、修学旅行に参加してよかったです。勇もいたし、楽しかった。死んだって言われても、死んだ時の事なんか覚えてないし、こっちの世界も楽しいし、全然後悔なんかしてないです。むしろ、感謝しています。家族に逢えなくなったのは寂しいけど、それはみんな同じだし、それに……」



 言葉一つ一つを、考えながら口にする様子は、大切な事を一生懸命伝えようとしてくれているようで、心に響く。

 佐々木のゆっくりとした喋り方は、言葉をとても大切にしているようで好もしく思うけれど、それが原因で、クラスメイトとうまくコミュニケーションが取れず、小さな頃から苦労していたらしい。



「先生も勇もいるだけ、僕は神楽さんよりも、ずっと恵まれています。先生、僕の事で、責任を感じていたんですよね? だから、僕達をパーティに入れてくれた。あの時は、突然過ぎて、凄く混乱してたけど、考える時間がたくさんできたら、酷い選択を、僕達はしたって思った。だから、手遅れにならないうちに、先生を送り出したい」



 佐々木は優しくて、人の気持ちに敏感だ。

 だからこそ、集団生活に馴染めなくて、引き篭もりがちだった。

 不登校でクラスメイトとあまり接点はなくても、一人きりの辛さは知っているから、一人になった神楽を心配しているんだろう。

『僕達』というからには、比良坂とその事について話をしたこともあるのかもしれない。



「だから、先生、この冬の間だけ我慢してください。僕達、先生が旅立ってもきちんと生活できるようにしますから、春までの間、手助けしてくれると嬉しいです」



 比良坂の言葉に、佐々木も頷きを返す。

 いつの間にか、自分で将来のことを考え、行動することができるようになっている。

 教え子の大きな成長を目の当たりにして、あの時の選択は間違っていなかったんだと思えた。

 神楽を一人で放り出す事になってしまってから、ずっと思い悩んでいた。

 一人で考える時間が増えれば増えるほど、もっと違う選択があったのではないかと、俺は教師である事を優先して、神楽を捨ててしまったのではないかと、思わずにいられなかった。

 あの時、誰よりも何よりも優先すべきだったのは、神楽だったのではないか。

 そんな気持ちが心のどこかにあって、すっきりとしなかった。

 けれど、比良坂と佐々木の成長を見たことで、例え、あの時の選択が間違っていたとしても、無駄ではなかったんだと思えた。

 多分、あの時に神楽を選んでいたら、きっと教師なのに生徒を放り出したと、後悔していただろう。

 まっすぐに神楽と向き合うこともできなくなって、結局、離れる羽目になったかもしれない。

 もう、あの瞬間には戻れない。

 それならば、俺ができることは、あの時の約束を果たすことだけだ。

 


「二人とも、ありがとう。おかげで、気持ちがはっきりしたよ。春までに工房付きの家を手に入れるのを目標に頑張ろう。こっちの大陸の方が、街の外の魔物のレベルも高いようだから、雪に閉じ込められている間にレベル上げもしないとな。俺は、ゲームのようなシステムのことはさっぱりだから、二人が頼りだ。俺の方こそ、助けてもらう事になるがよろしく頼む」



 彼らは対等なパーティメンバーなんだ。

 ここにいるのは、守らなければならない生徒じゃなくて、自らの人生を切り開こうとしている、頼もしい仲間だ。

 そんな簡単なことすら、今やっと気づいた。

 俺の気持ちが伝わったのか、二人とも照れくさそうな、それでいて誇らしげな表情だ。

 

 休憩を終え、迷宮の更に下の階へ進む為に、3人で歩き出した。

 レベル上げに金策、その他にも春までにやらなければならないことは山ほどある。

 たかが、4ヶ月の足止めだ。

 すべてを片付けるためには、時間は足りないくらいだ。

 迷宮に入る前とは違い、晴れ晴れとした気持ちだった。

 まだ、片付けなければならない問題もあるが、俺は一人じゃない。

 たった一人で放り出された神楽と違って、何と恵まれている事か。

 一人で頑張っている彼女に、恥じるような生き方はしたくない。

 再会した時に、まっすぐ彼女と向き合える自分でいたい。


 だから、今夜も、ただ祈るのだ。

 彼女が寂しがっていませんようにと。無事でいますようにと。元気でいてくれますようにと。

 

  


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