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密やかに想う  作者: 水城雪見
本編
2/109

1.指輪

異世界だけど恋愛主体です。完結できるようにがんばります。


「いい天気……」



 小高い丘の上に一本だけある大樹の根元に座り込んで、ぼんやりと空を見上げた。

 空は高く、眩しいほどの太陽が二つ見える。



「本当に異世界なんだ……」



 ありえない光景にため息をつきながら、柔らかな芝のような植物の生えた地面に寝転んだ。

 左手の中指に嵌めても緩くてくるくると回ってしまう指輪を、指に嵌めたまま、右手の指先で弄びながら目を閉じる。

 時折吹いてくる心地よい風は、程よく温かくて、秋の気配はない。

 日本では9月の後半、秋も深まり始める頃だったのに、この暖かさは春みたいだ。

 この気候なら野宿をしても問題はなさそうだ。

 魔物がいる世界だとは聞いているけれど、アイテムボックスには安全に泊まるための、結界つきのコテージがある。

 これは、たった一人で異世界に放り出される私にだけ、特別に配布されたものだ。


 のどかだ。

 数時間前の阿鼻叫喚が嘘のように静かだ。

 普通の動物もいるみたいで、遠くで鳥の囀る声が聞こえる。


 真っ白な空間から転送させられて、目を開けたらここにいた。

 だから、ここがどこなのかも、どこへ行けばいいのかもわからない。

 地図機能はあるみたいだけど、自分で地図を埋めていかなければ白地図のままという不親切仕様だ。

 幸いにして、まだ日は高いし、差し迫った危険はない。

 少しだけ、ほんの少しだけ、らしくはないけれど物思いに耽ろうと思った。





 時は、数時間前に遡る。


 気がつくと、クラスメイトや隣のクラスの生徒と一緒に、真っ白な空間にいた。

 果てもなく真っ白だけど、足場はしっかりとしている不思議な空間だ。

 遠くを見ていると、距離感がおかしくなって気持ち悪くなる。


 修学旅行の帰りに、バスは崖から転落して、私達は全員死んでしまったことを、神と名乗る声だけの存在に教えられた。

 突然、わけのわからない空間で死んだと告げられて、泣き叫ぶ者、呆然とする者、一部には何故か歓喜する者、さまざまな反応を私はぼんやりと見ていた。

 よく、冷戦沈着といわれるけれど、実はそうでもない。

 突発事項に弱くて、内心では不安で泣き出しそうだった。


 死んだと聞かされて、もう逢えない家族のことを思い出す。

 会社の経営が忙しくてあまり家に寄り付かない父さんや、私や弟達を育ててくれたお祖母ちゃん。

 そして、春にやっと小学生になったばかりの双子の弟達。

 生まれてすぐにお母さんを亡くして、姉である私まで亡くしてしまったら、どれだけ哀しい思いをしているだろうと、想像するだけで胸が痛くなる。

 赤ちゃんの頃から、お祖母ちゃんと二人で育てた可愛い弟達のことが一番気がかりだ。


 悲しみや不安で落ち着かなくなった心のまま、縋るようにある人を探して視線を巡らせた。

 すぐに見つけた視線の先、担任の一条先生は、泣き叫ぶ生徒を宥め、みんなを落ち着かせようとしている。

 こんな異常事態でも自分を失わない、やるべき事を見誤らないその姿を見て、動揺しそうな心は、段々落ち着きを取り戻していった。

 こんなわけのわからない状態でも、先生がいてくれるなら十分だ。

 他の誰がいるよりも心強い。


 その後、神と名乗る存在に、元と同じ体を再構成して異世界に転生するという、わけのわからない説明をされ、職業やスキルを与えられた。

 転生先は、魔物がいて迷宮があって、すべての人が大なり小なり魔法を使える世界らしい。

 よくあるファンタジー物の小説やゲームみたいな世界だ。

 魔物がいる世界で、戦わなければならないというのに、私に与えられた職業は料理人だった。

 ゲームはあまり詳しくないけれど、料理人って戦闘職ではないと思う。

 この先、どうやって生きていけばいいのかと、不安になる。


 2クラス分、70人程の集団を見渡すと、大体仲のいい人で固まっているみたいだ。

 互いのクラスで行き来ができないみたいで、二つの大きな集団に分かれている。

 中には、顔を合わせれば話をする程度に親しい人もいたけれど、友達とも呼べないような希薄な繋がりしかない相手に、こういう時だけ頼るのも浅ましい気がして、近寄る事はできなかった。

 集団で転生するのなら、そのうち、もう少し親しくできるようになるだろうと、このときは気楽に考えていた。



『それぞれ職業やスキルは確認してくれ。使い方は転生すればわかるようになっている。転生といっても、生まれ変わるわけではなく、その姿のまま転移するだけだから問題はなかろう』



 この体のまま転移するだけなら、普通に料理をしたりはできるだろうけど、戦えるだろうか?

 小さい頃からお祖母ちゃんに薙刀を習っているけれど、当然の事ながら、道場で稽古するだけで実践の経験はない。

 料理だって、元の世界と材料や道具、それに調理法が異なれば、役に立たない可能性もある。


 ゲームならばチュートリアルみたいなものか、ステータスの見方やアイテムボックスの使い方などを説明されたけれど、まだ夢の中みたいで現実味はあまりなかった。

 そもそも、ゲームの知識があまりない。

 弟やいとこ達がやるのを見たことがある程度だ。

 不安に囚われそうになるたびに、先生の姿を見て、何とか自分を保とうとするだけで精一杯だった。



「どうして、俺達を転生させる? 転生後に果たさなければならない義務などがあるのなら教えて欲しい」



 一方的に情報を与えられるだけで、質問をする余裕すらなかったけれど、一条先生が隙をみて質問を口にした。

 神という存在の声が聞こえるだけで姿が見えないので、中空を睨むようにしている表情が険しい。



『好きに生きるだけでいい。再生された能力の高い体を持つ転生者が散らばり、その遺伝子が残されれば、世界全体の能力の底上げになる。能力が高く育ちやすい転生者がいれば、強い魔物も減り、魔物に殺される者も減る。そうすれば人口の減少に歯止めが掛かり、滅びから逃れる事ができる。だから、冒険者になり強くなるもよし、あの世界にはない文化を広げるもよし、王家や貴族と縁付いてもいい』



 散らばるということは、この集団のまま転移させてはもらえないということだ。

 何だか嫌な予感がして、心持ち、先生の近くに移動した。

 けれど、先生の周りには、クラスでも孤立しがちの男子やか弱くて大人しい女子達が集まっている。

 私が近づける雰囲気じゃない。



『あの世界は君達の知るゲームに似たシステムが多数ある。それにより、パーティの最大人数は6人までと決まっている。転移先はランダムでなければならない。それぞれパーティを組むといい』

 


 嫌な予感は大当たりで、パーティを組まされる事になった。

 6人単位でパーティを組むと聞いて、不安が増した。

 私のクラスの生徒数は35人で、それに担任と副担任がいる。

 運転手さんやバスガイドさんは見当たらないので、教師と生徒を合わせて37人だ。

 つまり、6人で組むとなると1人余る。

 先生達や人気のある男子や女子の周りには、既に人が集まっていた。

 少しでも頼りになりそうな人と組みたくて必死になっている様を、私は少し離れた場所から見ていることしかできなかった。


 普段、家の都合でほとんどクラスメイトと接点がない私には、あまり友達がいない。

 仲のいい人は他のクラスだったりして、クラスメイトとはそこまで親しくなかった。

 隣のクラスも混ざっていたならば、一緒に組んでくれる相手に心当たりもあったのだけど、何故かクラスごとに明確に分けられている。

 隣のクラスの人がいるほうを見てみれば、こちらを見て、いとこが何か叫んでいるのが見えた。

 けれど、声は届かないみたいだ。

 多分、必死に私の名前を呼んでくれている。

 そんな予感がするけれど、隔たっている以上どうしようもない。

 いとこを見て、諦めて欲しいと伝えるために、横に首を振った。

 一緒に行けない以上、いとこにはちゃんと自分のことを考えて行動してほしい。

 だから、それ以上隣のクラスのほうは見ないようにした。

 

 修学旅行の班は、人が足りないところに何とか入れてもらったけれど、旅行中だけでなくこれから先もずっと一緒に過ごす事を考えると、みんな気心が知れた相手を選ぶだろう。

 男子で、あまり群れる事をしないタイプの人もいるけれど、そういう人だって完全に友達がいないわけではないし、むしろそういうタイプは女子には人気があるから、見れば複数の女子に囲まれていた。

 弱いものを放っておけない一条先生は、あぶれそうな人の面倒を纏めてみようとしているのか、先生の周りには、か弱そうな生徒が多い。

 心配そうに私を見る先生の視線に気づいたけれど、素直に甘えることも、これ以上近寄る事もできなかった。


 先生と一緒に行きたいと、強く思うけれど、積極的になれない。

 ここで離れ離れになったら、同じ世界にいたとしても、一生逢えないほどに遠くに飛ばされてしまうかもしれないのに、自分より弱そうな子を押しのける事はできなかった。

 小さい頃から亡くなったお母さんの代わりに家事を引き受けて、お祖母ちゃんに色々と鍛えられた私は、多分、あのか弱そうな人達よりは、一人でも生き抜ける確率が高い。

 先生は平等な人だ。だから、あの子達の内の誰かを他に入れて、代わりに私をパーティに入れてくれるなんて事は絶対にしないだろう。



『先生と一緒に行けないのなら、一人でもいい』

 そんな、自棄になったような気持ちもあったのかもしれない。

 積極的にパーティ作りに関わる事もできなくて、予想通り、私一人だけあぶれてしまった。



「女子生徒が一人だけで飛ばされるなんて、かわいそうだろう。例外で一つだけ7人パーティにすることはできないのか? いくら恩恵を与えられても、知らない世界でたった一人でどうやって生きていけというんだ!」


 私が一人だけあぶれた事に気づいて、一条先生はすぐに神と名乗る存在と交渉をし始めた。

 生徒だからだとわかっているけれど、先生が心配してくれている事が心強く、とても嬉しかった。



『最大6人なのだから、7人を二つに分ければよかろう。例外は認められない』



 感情を感じさせられない冷たい声が、先生の訴えを却下する。

 人数が減れば減るほど、一人当たりの負担は増える。

 誰もせっかく組めたパーティを、半分に分けてくれようとする人はいなかった。

 ある人は関わらないように気まずげに目を逸らし、ある人は八つ当たり気味に憎々しげに私を見てくる。

 ごねて余計な事を言って、迷惑を掛けるなということだろう。

 先生はか弱そうな生徒だけ集めてパーティを組んだ為に、それを二つに分けることもできず、かといって、危険のある世界に飛ばされるのに、他の生徒のパーティを半分に分けるように説得する事もできないようだった。



「先生、ありがとうございます。私は一人でも大丈夫です」



 本当は一人は怖かった。

 けど、先生が苦悩している姿を見ているのは辛かったから、そう言った。

 強がるしかなかった。



「だが、神楽。今までとは違う世界なんだ。お前一人だけ辛い思いをさせたくない」



 背の高い先生が歩み寄ってきて、私の肩に手を乗せる。

 クォーターだという噂の先生は、名前は日本人なのに、見た目は日本人っぽくない。

 高い位置から灰蒼の綺麗な瞳で顔を覗き込まれて、不安を隠すように無理に微笑んだ。

 どうにもならない以上、先生に心配をかけたくない。



「絶対に探し出す。どんなに遠くにいても見つけ出すから、待っていてくれ。神楽ならしっかりしているから大丈夫だと思うが、できるだけ治安のいい都市で暮らすんだ。必ず探し当てて合流する、だから、それまでは苦労させるかもしれないが何とか耐えてくれ。力が及ばなくてすまない」



 会話が他の人に聞こえないようにか、声を潜めて今後の指示をしてくれてから、辛そうに謝られる。

 好意を持っている相手に、『待っていてくれ』と言われて、嬉しくないはずがない。

 無理やり作った笑みは、心からの微笑みに変わった。



「焦って無理はしないでください。私は薙刀も使えますし、家事も一通りできますから。だから、先生を信じて、自分にできることをしながら待っています」



 どのくらいの広さの世界なのかわからない。

 一生かかってもたどり着けないほど遠くに、飛ばされてしまう可能性もある。

 けれど、先生の言葉は信じられる。

 先生が絶対って言うなら、ちゃんと探し当ててくれる。

 それを信じて、何年だって待っていられる。

 それより、どんな世界なのかもわからないのに、約束を守る為に先生が無理をすることの方がよほど怖い。

 ちゃんと待っているから、だから、危険のないように余裕を持って探して欲しい。



「神楽には敵わないな。俺よりよほど、地に足が着いてる。焦らずに着実に強くなりながら探すから、心配するな。……ありがとう、神楽」



 まっすぐ先生を見つめると、優しく見つめ返された。

 灰蒼の綺麗な色の瞳に、こんな時なのに見惚れてしまう。

 女子生徒だからと気遣ってか、学校では絶対に生徒に触れようとしない先生が、大きな手で頭を撫でてくれる。

 思いがけないことに、どきっとしてしまったけれど、何とか表情には出さずにすんだ。

 クラスメイトの見ている前で、先生に撫でられて赤面とか、絶対にしたくない。



『話はついたようだな。それでは転移を開始する』



 頭の中に声が響き、パーティ単位でクラスメイト達が消えていく。

 最後の瞬間まで先生を見ていたくて、恥ずかしさを誤魔化す為に俯いた顔を上げると、先生の大きな手が私の手に暖かい何かを握らせてくれた。

 転移の瞬間、先生の腕が離したくないというように私を抱きしめる。

 抱き返そうとした腕は、宙を虚しく彷徨って、この空間に一人きり残されてしまったことに気づいた。



「一条先生っ……」



 誰もいなくなって、気が緩んでしまったのか、涙が零れ落ちた。

 本当は一緒に行きたかった。

 一人は嫌だし、先生とずっと一緒にいたかった。

 感傷的になってるだけなのかもしれない。ただ、この状況に酔っているだけなのかも知れない。

 けれど、自分で思っていたよりもずっと強い恋情が心を苛む。


 きつく握り締めた手のひらを開くと、そこには指輪が一つ残されていた。

 大きなトルコ石のはめ込まれた幅広の指輪は、先生がいつも身につけていた物だ。

 いつも教師らしくあろうとしていた先生が、欠かさず身につけていた唯一の教師らしくない物だから、よほど大切なものなんだろうとずっと思っていた。

 その指輪が、今、私の手のひらにある。

 これは、先生の心だ。

 再会を約束するように残された指輪を見ていたら、涙が止まらなくなって、指輪を握り締めたまま泣きじゃくった。

 泣く事なんて滅多になかったのに、涙が次から次に溢れて止まらなかった。

 離れたばかりなのに、先生が恋しくて恋しくて堪らなかった。




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