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密やかに想う  作者: 水城雪見
本編
18/109

14.商業ギルド 後編

商業ギルドの続きです。



 ミシェルさんがマスターを呼びにいっているけれど、話が大きくなってしまいそうで、ちょっと不安だ。

 料理を作るのは好きだけど、本当にお店をやっていけるのか、そう考えると怖くなる。

 それに、一人でやれる事には限りがある。

 お店を経営するならば、誰か人を雇わないといけないだろうし、その場合、どうやって雇ったらいいんだろう?

 きちんとお給料が払えるだけの利益を出せるんだろうか?

 リンちゃんとカンナさんがいたらきっと手伝ってくれるだろうから、せめて二人と合流できるまでは、資金を貯めて待つべきだろうか。

 悩んでいると、軽いノックの後、背の高いすらっとしたスタイルの男の人が入ってきた。

 かっこいいと言うよりは美形といった方がいい容姿なのに、表情がまったくない。

 ギルドマスターだろうと思い、席を立って出迎える。



「お忙しいところすみません。本日登録しました、カグラと申します」



 軽く一礼して挨拶をすると、冷たくも見える顔がほんの僅かに綻んだ。

 赤みがかった金髪は長く、後ろで一つに纏められている。

 グリーンの目は鋭く、見つめられると怖いくらいだけど、顔は綺麗に整っている。

 若いとは聞いていたけれど、どう見ても20代半ばではないだろうか。



「アーネスト=マクダネルだ。商業ギルドのマスターをしている。ミシェルの判断に間違いはないだろうから、長い付き合いになるだろう。よろしく頼む」



 手を差し出されて、こちらにも握手の習慣があるのかと思いながら、握手を交わした。

 席を勧められて腰を落ち着けると、マスターの後ろから、ミシェルさんが大きなファイルのようなものを持ってくる。



「私も試食させてくれ。ミシェル、悪いが珈琲を3つ頼む」



 座ってすぐ、クッキーに手を伸ばしながら、マスターがミシェルさんに珈琲を頼む。

 入ったばかりだというのに、またすぐにミシェルさんは外へ出て行った。



「――美味いな。転生者らしいが、女性の転生者は皆、このようなものを作れるのか? 私も父が転生者ではあるが、男だからか、こういったものはまったく伝わっていないんだ」



 淡々と感想を口にしているように見えるけど、好奇心が薄っすらと伝わってくる。

 転生者が転生者の子孫に会う確率は結構高いんだろうか?

 アルさんに続き、現れた転生者の子供に驚いてしまう。



「料理やお菓子作りが趣味の人で、材料と器具が揃う環境にいるのなら作れると思います。それに、レシピをある程度覚えていれば、という条件もつきますが」



 私も、レシピを完全に覚えていなくて作れない料理が山ほどある。

 携帯の電源はこちらについてすぐ切ってしまったので、まだ充電が残っていればレシピを少しは発掘できるかもしれない。

 早めに発掘して、書き出しておくべきなんだろうか。



「なるほど。それでは、唯一を売りにすることはできないわけだな。今現在、ランスで限って言えば、唯一となるだろうが」



 サンドイッチにも手を伸ばしながら、何事かを考え込むかの様子だ。

 ちょっと怖そうに見えるけれど、思ったよりは穏やかな感じだ。



「ん。これは美味いな。挟んであるのは卵か? 甘いのも嫌いではないが、こっちの方が口にあう」



 どうやら、卵サンドが気に入ってもらえたみたいだ。

 マスターはマヨラーの素質ありと覚えておく。



「お待たせしました、珈琲をどうぞ」



 軽くノックをしてから戻ってきたミシェルさんに、珈琲を出される。

 ミルクがあったので、ミルクだけを入れてスプーンでかき混ぜた。

 陶器のカップにスプーンは木製だ。

 金属のスプーンはまだ見たことがない。



「マスター、一人で食べすぎです。朝食も召し上がってたじゃないですか。こんなに美味しいものを独占したら、他の女子職員から怒られますよ?」


 

 マスターの隣に腰掛けたミシェルさんが、苦情を言いながらマスターからクッキーを遠ざけた。

 マスターは無表情ながらも、何故か嬉々として食べているのが伝わってくる。

 不思議な人だなと思いながら、珈琲をいただいた。

 味も香りも、日本で飲んでいたのとほとんど変わらない。

 珈琲があるのは知っていたけど、こちらのものを飲んだのは初めてだった。



「美味いんだから仕方ない。これならば、屋台でなく店を持つことを勧めるミシェルの判断も間違いないな。しかもこれは、屋台で出すことを考慮して選んだ料理とのことだから、まだ他にもあるのだろう?」



 尋ねられて頷きを返した。

 この辺りで和食が受け入れてもらえるかはわからないので、もし店で出すなら、パスタをメインにしようかと思っている。

 生パスタを作るのはそんなに大変じゃないし、ソースを工夫すれば種類も増やせるという利点がある。

 パンもクロワッサンだけではなく、デニュッシュやこちらでは見かけない菓子パンを作ろうかと思っている。

 デザートも皿で出してデコレーションできるのならば、出せるものがかなり増える。

 クッキーや焼き菓子はお土産用にして、デザートは生ケーキを出してもいい。

 乳製品が手に入りやすい環境というのは、とても助かる。



「お店を出すなら、女性客をターゲットに、恋人やご夫婦でも利用しやすい店にしたいと思っています。食事だけでなく、お茶とデザートを楽しむ為に立ち寄っていただけるお店って、貴族街がどうなっているか知りませんが、平民街にはないですよね?」



 貴族街は門を隔てた向こう側にあるので、行った事はない。

 話を聞いた限りでは、すべての貴族の権力がそこまで強いわけじゃないみたいだけど、身分差は確実に存在していて、住むところから既に分けられている。

 下級や下手すると中級貴族よりも、豪商のほうがよほどいい暮らしをしているらしいけれど、それでも貴族と平民と分けられている以上、壁のあちら側に行きたいとは思わない。

 平民街の店は色々と見て回ったけれど、飲食店は、シグルドさんのお店のように、昼は食事、夜は食事とお酒を出す店が多い。

 女性向けの店は、見当たらなかった。

 働く女性もそれなりにいる世界なのに、女性向けの娯楽は少ない。



「そういう店なら、対象は富裕層だな。店を出すなら、貴族街との壁に近いほうがいいだろう。店が評判になれば、どう考えても貴族がお忍びで来店するのは避けられない。トラブルを避けるためにも、個室も用意しておいたほうがいい」



 ますます、店を手に入れるのが大変になりそうな気配だ。

 そこまで言ったところで、マスターは真顔で私を見つめた。

 


「カグラがどれだけこの世界の事情を知っているか知らないが、転生者でカグラほどの容姿の持ち主となると、貴族に狙われる可能性が高い。建前では神の加護をもつ転生者に無理強いはできないとなっているが、中には狡猾な貴族もいる。店を出すなら貴族には十分気をつけろ」



 私をまっすぐ見つめたまま、店を持つことで予想されるトラブルを教えてくれる。

 怖いイメージを持って会ったのに、意外に親切で驚いてしまう。



「一番いいのは、ある程度の権力を持った男とさっさと結婚する事だ。何だったら、私と結婚するか? これでも商業ギルドの過去最年少のギルドマスターだ、領主とも面識はあるし、多少の権力は持ち合わせているぞ?」



 ニヤっと人の悪い笑みを浮かべながら、お茶に誘うかのような気安さでプロポーズされても、冗談にしか聞こえない。

 まぁ、間違いなく冗談なのだろうけど。

 初めて見た笑みが、これなんだから、食えない性格なんだろう。

 マスターの横では、ミシェルさんが驚きのあまり絶句していて可愛かった。



「そんな理由で結婚はしません。それに、私、人を待っていますから。その人に再会できるまでは、結婚どころか恋愛も考えられません」



 私の心は先生に持っていかれたままだ。

 だから、先生が私を探し当ててくれるまでは、恋はお預けだと思う。

 冗談だったからか、はっきり断ってもマスターは気にした様子もない。



「振られたか。まぁ、気が変わったらいつでも言え。後、困った時も遠慮なく相談しろ。貴族関係は、色々厄介だからな。――ミシェル、結界付きの土地はあいてたか? 侵入者に対する結界がある土地なら、少なくとも寝るときは警戒しなくて済むんだが。護衛や門番を置いてもいいが、よほど信用できる者じゃないと、買収されたりする危険もあるからな」



 つまり、誘拐の危険もあるということか。

 コテージを神様がくださったのは、そういう危険に対する対策でもあったのかもしれない。



「複数回出せるコテージを持ってますから、土地は普通の土地で構いません。ですから、建物のほかに、コテージを出せるくらいに庭があるところを希望します。立地は、こちらの世界の事情は私にはよくわからないので、助言していただけると助かりますが、資金の問題もありますので、場合によってはある程度、冒険者として活動して資金を貯めなければならないかもしれません。人も雇わないといけないでしょうし、今日は大体の目安を知りたいので、開業に必要な大体の金額を教えていただきたいです」



 コテージと口にしても、二人とも驚いた様子はないので、アルさんの言う通り、コテージを家代わりに使っても問題はないみたいだ。

 どのコテージも結界がついているのは普通なので、結界付きの土地を探すよりは、安く済みそうだ。

 けれど、さっき、ギルドの口座に金貨30枚預けたので、手持ちは金貨80枚ほどしかない。

 少しは余裕を持って、手元に残しておいたほうがいいと思うし、そうなるとやっぱりすぐにお店を持つのは厳しいと思う。



「コテージがあるのなら、敷地の広い店舗で、できるだけ壁に近いところ。できれば、行列ができても対処できるスペースがあるところでしょうか。賃貸も買い取りも可という物件でしたら、最初は賃貸契約、余裕ができたら買い取りということもできますが、それでしたら、カグラ様の負担にはなりづらいのではないでしょうか?」



 ミシェルさんが条件を口にしながら、ファイルの中からそれにあうものを探していく。

 今までのマスターの言動を見ると、信頼されているようだし、優秀な職員さんのようだ。

 マスターも何か考え込んでいるようで、記憶を探るように、目を閉じている。



「ミシェル。確か、王都に移転するということで、売りに出してた店があったよな? 出資者がいるらしいから王都での店の準備はいらないらしいが、こっちの店が売れない事には王都に移れないから、売り急いでたはずだ」



 マスターが説明すると、すぐに思い当たったのか、一枚の紙をミシェルさんが取り出す。

 スポンサーがついて王都に店を出すなんてこともあるのか。

 商人ならば自分で店を出すろうし、この場合の出資者は貴族なんじゃないかと思う。

 そう考えると、貴族も敬遠するだけでなく、うまく付き合っていくことが大事なんだろう。



「カロンさんのお店ですね。飲食店でしたので、厨房の設備はある程度整っているはずです。貴族もお忍びで来るお店でしたので、もちろん個室も備えてありますし、ガーデンパーティーができるくらいの広さの庭もあります。数年前にカロンさんがお店を開く時に新築した建物ですので、ほとんど補修なしで使えると思います。ただ、こちらは賃貸ではなく買い取りのみです。金貨200枚でということでしたので、どんなに交渉しても180枚ほどは必要でしょう」



 差し出された紙に大体の間取りが書いてある。

 敷地は城壁に沿っているようで、道路側に建物があり、壁側が庭になっている。

 建物は2階建てのようで、1階は厨房と個室が4つと広いフロア。

 2階は個室が12ほど並んでいる。

 こうして見ると、かなり広い建物のようなので、敷地自体も広そうだ。



「本来なら、最低でも金貨300枚は見た方がいい場所だからな。売り急いでいるのでなければ、200枚では買えないだろう」



 資料を見つつ、マスターが一つ頷く。

 今の所持金では足りないけれど、破格の物件であるのはわかった。

 条件にもぴったりだし、悪くはないけれど、あちらが急いでいるのなら、資金を貯めるのも間に合わない。

 どうしてマスターは、この店のことを言い出したんだろう?



「残念ですが、私では資金が足りません。いい物件なのはよくわかるのですが、あちらが急いでいるというのでしたら、余計に私では無理じゃないでしょうか?」



 わざわざ言い出したからには、何か理由があるのだろうけど、わからなくて首を傾げてしまう。

 下手に借金など作りたくないし、分割払いというのもしたくない。

 だから、あちらが急いでいて、私の資金が足りない時点でダメじゃないだろうか。



「足りない分は私が個人的に出すといったら?」



 何か企むような顔で提案されて、思わずため息が出た。

 絶対、試されている気がする。

 本気で言ってくれているのだとしても、却下だけど。



「私の世界に、『ただより高いものはない』という言葉があります。いくら商業ギルドのマスターで身元がしっかりしているとはいえ、初対面の人に借りを作る気はありません。自分の力でどうにもならないのなら、今回は縁がなかったということでしょうから諦めます」



 試されているのだろうけど、きっぱりと断ると、マスターは肩を震わせて笑い出した。

 やっぱり、当たってた。

 ディアナさんに先にマスターの事を聞いていたのが、役に立った。

 あとでお礼をしておこう。



「合格だ、カグラ。ますます気に入った」



 無表情だった顔に、満面の笑みが浮かぶ。

 元が整った顔だから、見惚れるくらい綺麗なのに、悪寒がするのは何故だろう?

 合格したのがいいことだったのか悪い事だったのか、判断がつかない気分になる。


「本題に入るぞ。カグラ、この料理は転生者なら作れる可能性があると言っていたな? それじゃ、レシピを独占していてもあまり意味はないから、カロンにレシピを売って交渉しないか? カロンも出資者がいるとはいえ、王都で新たに店をやるとなると、成功する可能性が高くなるほうがいいだろう。確実に評判になる料理のレシピならば、喉から手が出るほど欲しいはずだ。ここにあるもののどれか一つでも食べさせれば、絶対に食いついてくる。カグラがいくつレシピを持っているか知らないが、レシピを譲ったからといって、カグラが作れなくなるわけではないから、うまくいけば、レシピと交換で店が手に入る」



 思いがけないことを言われて、驚いてしまった。

 こういう人だから、切れ者と言われるのか。

 カロンさんがどういう料理を出すお店を経営していたのか知らないけれど、お店の場所から推測すると、高級な料理店だったんじゃないかと思う。

 そういうお店なら、必ずパンを出すだろうし、そうなると、クロワッサンやデニッシュは珍しいはずだ。

 交換とまではいかなくても、安くなるだけでもかなり違う。

 交渉してみる価値はあるかもしれない。



「レシピを譲るのはまったく問題ないです。私の料理をカロンさんが気に入ってくださるのか、カロンさんのお店に合う料理なのか、そこが問題ですが、試してみる価値はあると思います」



 私が了承すると、マスターが満足げ頷いた。

 普段が無表情に近いから、表情があると、やっぱり何かを企んでいるようなそんな雰囲気になる。

 顔立ちが綺麗に整っているのが、悪く作用してる感じだ。

 かっこいいというよりは、美形といった感じなんだけど、これも一種の残念なイケメンなんだろうか。

 私が失礼な事を考えていたのがわかったように、軽く頭を小突かれる。

 やる事が随分気安い。



「カロンの店は住居も兼ねているから、早速出かけよう。物件の下見はいつでも行けるようになっているから、すぐでも問題はないはずだ」



 珈琲を飲み干して、マスターが立ち上がる。

 結構せっかちみたいだ。

 否やはないので、頷き、席を立った。



「ミシェル、私は出かけてくる。後は頼んだ」



 クッキー以外のものはマスターに食べつくされてしまったので、空いた籠は引き取って再利用する事にした。

 ついでに、クッキーをもう一包み取り出して、残っていたものと一緒にミシェルさんに差し出す。



「これは、ギルドの皆さんで召し上がってください。珈琲ご馳走様でした」



 女性職員も結構いるみたいだから、マスターが一人で色々食べたのがばれると、後で苦情が出そうだしフォローしておく。

 食べ物の恨みは恐ろしいから、フォローは大事だ。

 それに、商業ギルドも女性職員が多い。

 クッキーが気に入ったらお店に来てくれるかもしれないし、これも大事な先行投資だ。

 マスターに急かされ、一緒に商業ギルドを出た。



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