13.商業ギルド 前編
商業ギルドに行く前に、ディアナさんのお店に立ち寄る事にした。
布きんに使う布や、その他にも細々としたものが欲しかったのと、何より商業ギルドの話が聞きたかった。
誰かいいギルド職員を知っていたら、紹介してもらえないかとも思っていた。
情報のほとんどが口コミの世界だから、紹介というのはかなり強力なツテになるから、いきなり一人で行くよりはと思ったのだ。
「こんにちはー」
可愛らしい雰囲気の外観のお店の扉を開けて中に入ると、軽やかな鈴の音がする。
今日はディアナさんじゃなくて、店員さんが店番をしていた。
「いらっしゃいませ、カグラ様。今、店主を呼んでまいりますので、しばらくお待ちください」
ブラを受け取りに来たときのことを覚えていたのか、こちらから何か言う前にディアナさんを呼びに行ってくれる。
たいして待つこともなく、奥からディアナさんが急いで出てきた。
「カグラ様っ! いらっしゃいませ。先日はありがとうございました。おかげで目の回るような忙しさですけれど、新規の顧客も随分増えました」
充実振りが顔に現れた、輝くような笑顔のディアナさんにお礼を言われる。
私が欲しいものを作ってもらっただけで、お礼を言われるような事はしていないので照れてしまう。
「こちらこそ、ありがとうございました。今までのものと遜色ない使い心地ですし、助かってます。それで、今日は少し相談があってきたんです。これ、私が作ったのですけど、よかったら試食してみてください」
布に包んだクッキーの包みを差し出すと、興味深そうにディアナさんが受け取った。
布で遮られているとはいえ、クッキーの甘い匂いが漂う。
「お菓子ですか? いい匂いがします。あ、立ち話もなんですから、こちらへどうぞ」
商談用のスペースに招かれて、席を勧められた。
ソファに腰掛けると、手早くお茶の用意をした店員さんが、紅茶を運んでくる。
ディアナさんは可愛らしいものが好きなのか、カップは白に花模様が入った可愛いものだ。
「それで、相談というのは?」
私がカップに口をつけるのを待ってから、話を切り出される。
そこで私は、職業が料理人でお店を持ちたいと考えている事と、そのために商業ギルドに登録したい事、商業ギルド内で相談するのにいい人がいたら紹介してほしいことを、順に説明した。
「もしかして、このお菓子を売りに出されるんですか?」
布の包みを開き、一言、私に断ってから、クッキーを口にしたディアナさんが、蕩けるような表情でクッキーを味わっている。
言葉で聞かなくても、気に入ってもらえたのはよくわかった。
「さくさくしていて、美味しいです。中に入っているのはくるみですか? お菓子に使っているのは初めて見ましたけど、香ばしくてとてもよくあいますね」
失礼と、もう一つクッキーを摘む様子を見ながら、可愛らしい様子にくすっと笑みが零れてしまった。
ディアナさんが取り繕うように姿勢を正すから、余計におかしい。
「最初は屋台から始めないといけないと思うし、まだ、何を売り出すのか決めかねているんです。適正価格というのもよくわかりませんし、それもあって相談に乗ってくださる方を紹介していただきたくて」
クッキーならば、他と競合しないだろうし、一度にたくさん焼けるけど、でも、嗜好品だからどの程度の需要があるのかわからない。
売り物が一種類というのは弱いから、他にいくつか出せればいいと思っている。
「カグラ様、このお菓子は余分にお持ちですか? それと、他に売りたいものがあるのなら、そちらも一緒にギルド登録の時に持っていかれるといいかと思います。私は仕事柄、下級ではありますが貴族様のお屋敷に伺う事もあります。評判のいいお菓子だからと、振舞ってくださった事もありますが、こちらの方がはるかに食べやすくて美味しいです。ですから、この包み一つくらいで、銀貨3枚でも飛ぶように売れると思います」
銀貨3枚あれば、決して安いわけじゃないシグルドさんのお店でも、4~5人は食事ができる。
嗜好品だからというのを含めても、かなり高い金額だ。
材料費が特別高いわけでもないし、高すぎるような気もするけれど、他のお菓子の値段も知っているディアナさんの言葉だから、間違いはないのだろう。
「今、商業ギルドへの紹介状を書きますね。少し席をはずしますが、しばらくお待ちください」
忙しいはずなのに、ディアナさんはすぐに対応してくれる。
せめて売り上げに貢献しようと、当初の予定通り布を見せてもらうことにした。
布きん用と、それから、竹かごの内側に布をつけたら可愛くなるから、そこに使える布も用意する。
淡い色のついた色物はたくさんあっても、柄物は少なくて高い。
柄物は織るときに手間が掛かるのか、他と比べてかなり高かった。
肌着ではないので、丈夫で扱いやすい布を数種類選んで、10mずつ切ってもらう。
この世界にはミシンはなく、手縫いになってしまうけど、針は使えるので問題はない。
アイロンのようなものは、魔道具も扱っている雑貨屋さんで見かけたので、後で購入するものリストのところに書き足しておいた。
「お待たせしました、カグラ様。商業ギルドのギルドマスターは、若いですが切れ者と評判ですので、強気で対応するのをお勧めします。カグラ様がギルドに登録し、作ったものを売りに出すだけで十分商業ギルドは潤うのですから、それ以上の利益をギルドに持っていかれないように、きっちりしっかりした対応が必要です。カグラ様はお優しいですから、私の時のように、もらえる金額を値下げするのはおやめくださいね?」
ブラの代金の値下げをこちらから申し出たのを思い出したのか、ディアナさんは私がいいように利用されるのではないかと、不安そうだ。
手持ちの、しかも新品でもない下着を買い取ってもらうのとはわけが違うから、そこまで甘い対応をするつもりはないので、安心させるようにしっかり頷いておいた。
「大丈夫ですよ。ありがとうございます、ディアナさん」
紹介状を受け取って、丁寧に一礼する。
こちらでの作法はわからないけれど、感謝の気持ちを示したかった。
「カグラ様にはお世話になりましたから、当然の事です。また、いつでもお越しください」
ディアナさんに見送られて、お店を出た。
商業ギルドと冒険者ギルドは、道を挟んで反対側にあるから、先に冒険者ギルドに寄って、シェリーさんに布で包んだクッキーを差し入れしておく。
まだ、冒険者ギルドは混雑する時間帯だったので、挨拶程度ですぐに出てしまった。
商業ギルドも混んでいるかと覚悟して入ってみたけれど、予想に反して混雑はしていなかった。
普通にお店を経営していたら、今は仕込みや開店準備の時間帯だから、そのせいかもしれない。
ギルド内は冒険者ギルドと同じで、清潔感があって居心地は悪くない。
冒険者ギルドよりも狭いのは、外に馬車を止めるためのスペースが広く取ってあったからだと思う。
左手に2階に続く階段があり、右手の方は多分外と繋がっているっぽい扉が一つあった。
入って正面に受付があったので、紹介状を用意してそこへ向かう。
「すみません、商業ギルドへ登録したいのですが……」
受付嬢は採用基準に容姿も入っているのか、商業ギルドの受付の女性も美人さんだ。
まっすぐな銀髪にアメジストみたいな紫色の目がとても綺麗な人だった。
「商業ギルドでは商業活動を行う人のみ、登録ができます。金貨30枚を預けて口座開設をしていただくことと、何らかの商業活動に携わる事が登録条件です。どちらかにお勤めでしょうか?」
私が若いからか、どこかに勤めていてギルド登録が必要になったのかと思われたらしい。
まずは紹介状を差し出して、何をしたいのか説明することにする。
「冒険者ですから、どこにも勤めてはいません。お菓子や軽食を販売するお店を経営したいので、商業ギルドに登録したいと思って来ました。経営に関する相談は、商業ギルドで担当の方がいらっしゃると聞きましたので」
私の説明を聞き、紹介状の封を切って、ディアナさんが書いてくれた紹介状をしっかり確認してから、受付嬢は用紙を2枚差し出してきた。
口座開設のための用紙と、登録のための用紙みたいだ。
「口座開設のための金貨30枚と冒険者ギルドのカードをお持ちでしたら、こちらを記入して、カードも一緒にお出しください。冒険者ギルドのカードと商業ギルドのカードは同一になります。口座も、冒険者ギルドでもお使いいただけます。ギルドの登録が終わりましたら、経営に関する相談も、別室でお受けします」
淀みなくされる説明を聞いてから、用紙に記入をしていく。
名前や年齢、職業など、冒険者ギルドで記入したものとたいして変わらない。
商業ギルドに登録する理由のところは、軽食、菓子の販売店を経営するため。と、書いておいた。
用紙とカードを一緒に出すと、手早く登録手続きをしてくれる。
「こちらのカードに魔力を流していただけますか? そうすることで商業ギルドの登録は完了です。こちらのカードで口座の取引もできます。現在、カードに口座の残高が表示されていますが、そちらは、魔力を流しながら指でなぞると消す事もできますので、残高を確認する時以外は消しておく事をお勧めします」
言われるままカードに魔力を流すと、今まではなかった、商業ギルドのランクが表示された。
冒険者ギルドのランクはDに上がっているけれど、商業ギルドは最低のEからだ。
口座も金貨30枚が表示されていたので、確認してから表示を消しておいた。
「相談も引き続き、私が担当いたします。こちらへどうぞ」
受付嬢が綺麗な所作で立ち上がり、2階へ案内される。
階段を上がった先には個室の扉がたくさん並んでいて、その中の一つの扉に『商談中』の札を下げてから、中へ促された。
中は机と椅子が4脚ある簡素な作りだけれど、窓があるので室内は明るかった。
「改めまして、私は商業ギルドのミシェルと申します。この度は商業ギルドへの登録、ありがとうございました。早速ですが、本日はどういったご相談でしょうか?」
ミシェルさんは私が椅子に腰掛けるのを待ってから、綺麗な所作で椅子に腰掛け、まずは登録のお礼を口にした。
受付にいた時よりも雰囲気が柔らかいけれど、仕事中だからか、態度はしっかりとしたものだ。
冒険者ギルドもだけど、職員の教育がしっかりとしている。
「まずは、これを見ていただけますか?」
私はアイテムボックスから、布に包んだクッキーと、コテージで焼いたマフィン、クロワッサン、食パンで作ったサンドイッチを取り出した。
「多分、お店を出すにしても最初は屋台からですよね? だから、屋台で売りやすそうなものを選んでみました。お店を出すのなら、もう少し違うメニューも用意できるのですけれど、屋台だと持ち帰りがしやすいことを一番に考えた方がいいかと思ったので。よかったら召し上がってみてください」
クッキー以外は竹で編んだ籠に入っている。
手持ちの布を使って包むようにした状態で籠に入っているので、外に出しっぱなしでも乾燥は防げるはずだ。
私がクッキーの包みを広げると、ミシェルさんは一つ取って、口に運んだ。
一口食べた瞬間、驚いたように固まって、手にしたものをじっと見ている。
しっかりと味わうように食べてから、ふぅっとため息のような吐息を零した。
「失礼ですが、カグラ様は転生者なのでしょうか? こちらの焼き菓子のようなものでしたら、見たことはあるのですが、味は私が知っているものとはまったく違います。それに、他は知らないものばかりです」
クッキーのようなものは、ミシェルさんも見たことがあるらしい。
クッキー以外のものも興味深そうに見て、一つ一つ味わうように食べてくれた。
食べるたびに驚いているのが表情に出ていて、雰囲気が可愛らしくなってしまった。
「お察しの通り転生者です。今回は同時に多数の転生でしたので、私以外にもこういった物が作れる転生者はいると思います」
料理人の職業スキルを持っていなくても、ちょっと料理やお菓子作りが好きな子なら、クッキーやマフィンは作れると思う。
希少価値で売るつもりはないので、情報はきちんと伝えておく。
「転生者が複数現れたことは、こちらにも情報が入ってきています。ただ、ランスの商業ギルドでの登録はカグラ様が初めてです。これだけの料理ですし、すぐに評判になると思います。屋台ではもしかしたらトラブルが起きてしまうかもしれません。少し無理をしてでも最初から店舗での経営をお勧めします」
トラブルが起きるくらいお客がくるだろうと、予測してくれているんだろうか?
確かに、こちらの人は列を作って待つということをしないみたいだから、混雑したらトラブルはおきやすいかもしれない。
お店を持つことは目標だから、ミシェルさんの提案は悪いものではないけれど、問題は資金だ。
購入でなくても借りてもいいけれど、できれば、住居としても使いたいから、広い庭も欲しい。
「資金がどれくらい必要になるのかにもよります。場合によっては、開店資金を貯める為に、しばらく冒険者としての活動を重視しなければならなくなります。住居も兼ねた店舗を借りた場合、どれくらいの資金が必要なのか、購入とどれくらい差があるのか、その辺りがわかると助かるのですが」
私の言葉に頷きを返しながら、ミシェルさんが何事か考え込む。
「とりあえず、現在売りに出ている物件と賃貸の物件をお見せします。大抵の店舗は住むこともできるようになっていますので、住居の件は問題ないかと思います。それと、私一人では権限が及ばない部分もありますので、ギルドマスターにも相談したいと思うのですが、よろしいでしょうか? 一職員よりも、色々と便宜を図ってくださると思いますので」
切れ者と噂のギルドマスターなので、会うのは緊張するけれど、ミシェルさんがギルドマスターも必要だと判断したのなら、呼んでもらったほうがいいのだと思う。
「お願いします」と、私が返事をすると、笑顔で頷いて、ミシェルさんは一度部屋を出て行った。
長くなるので一度切ります。後編は明日更新します。