9.鍛冶屋
短いので一度朝に更新。いつもの時間にもう一度更新します。
「アンちゃん、カラアゲ大盛りで」
「こっちはカツレツ二つ頼む」
新メニューを増やして3日ほどで、目新しさもあるのかすっかり人気メニューになった。
他の料理よりも高めの値段にしてあるけれど、次々に注文が入る。
フライドポテトも珍しかったようで、夜の営業の時は、お酒のつまみ代わりにポテトだけ頼む人もいるくらいだ。
すぐに注文が入るので、それを見越して早め早めに揚げ物を作りながら、その横で盛り付けもしていく。
ちなみに、シグルドさんの店はとても繁盛しているけれど、格安というわけではない。
だから、お客さんも商人さんや中堅以上の冒険者の人が多い。
職人のような人もいるけれど、身なりがきちんとしているので、ある程度稼ぎのいい職人さんなんだと思う。
お酒も出すお店だけど、酔っ払って絡んでくるようなお客さんはいないから、客層はかなりいい。
「もう少し大きな鍋で揚げないと追いつかないな。次の休みは鍛冶屋に行くか」
注文の品を手早く作りながら、シグルドさんが息をつく。
日に日に、忙しかった店が更に忙しくなっていて、目が回りそうなほどだった。
油を提供はしたけど、もしかしたら足りなくなってしまうかもしれない。
「鍛冶屋さんって、注文もできる? 私も作って欲しい調理器具があるんだけど」
泡だて器や食パンを焼くときの型を注文したいので、シグルドさんのツテがあるなら、できれば紹介してほしい。
会話の合間にもしっかりと手は動かし続ける。
食器を洗う余裕もなくて、浄化の魔法で綺麗にしなければいけないくらい今日は忙しい。
いくら生活魔法で魔力の消費が少ないとはいえ、浄化の魔法を使っていたら切りがないので、こういう店では普通は使わない。
私は他の魔法も使えるからか、生活魔法を使うくらいは苦にならないので助かっていた。
「大体の作りがわかってれば、引き受けてくれるだろ。それにしても、ハンバーグはすぐになくなるな。肉を刻むのに時間が掛かりすぎて追いつかん」
包丁を両手に持って、肉を叩くように刻みながら、シグルドさんが首を回す。
肩がこるみたいで、ごきごきっと音がした。
「塊をひき肉にする機械も作ってもらえないかな? 大体の形は覚えてるんだけど、中の構造まではわからなくて。本職に相談したら、何とかならないかな?」
ミートチョッパーは、滅多に使わないけれど家にもあった。
前に、ソーセージの手作りにお祖母ちゃんが嵌った時に、手に入れたものだ。
味噌作りにも使えるので、年に何回かは使っていた。
分解してお手入れもしてたし、構造も少しはわかるんだけど、完全な作り方まではわからない。
肉屋さんを見たけれど、塊で売るのが基本で、スライスをする機械さえなかった。
「どんな機械だ?」
想像がつかないのか、シグルドさんが首を傾げる。
「ハンドルがついていて、上にお肉を入れてハンドルを回すと、中の刃が動いてお肉を挽いてくれて、下からひき肉が出てくるんです。あれが再現できたら、ハンバーグも随分楽に作れると思います」
できれば、ついでに、から揚げをまとめて掬える網も欲しい。
油きりのための網とバットもあれば、もっといい。
欲しいものを考え出したら切りがない感じだ。
「それじゃ、カグラが一緒に行って説明してくれ。職人の腕はいいから、ある程度の説明があれば作ってくれるだろう」
きれいに揚がったから揚げを、一つ一つ菜箸もどきで摘んで皿にのせていく。
シグルドさんは箸が使えないので、私が自分で作った菜箸もどきを使って、揚げ物を担当することになった。
やっぱり、まとめて掬う網は大事だと思う。
何を作ってもらうか考えながら、ただひたすら働いた。
どんなものを作ってもらおうかと、わくわくとしていた。
「また随分珍妙なものを……」
私が思い出しながら描き起こした設計図もどきを見て、ドワーフの鍛冶屋さんは、興味ありげに目を瞬かせた。
言葉の割りに、創作意欲のようなものは刺激されているらしい。
背は165cmある私よりも低いけれど、筋肉の固まりみたいな体つきで、堅そうな髭が生えたシグルドさんくらいの歳に見える人だ。
名前を、ディランさんというらしい。
「お肉の塊をひき肉にする機械なんです。ハンドルを回すと中の刃が動いて、下の穴がたくさん開いたところから、挽き終わった肉が出てくるんですけど、作れそうですか?」
大体の形や、部品の形、使い方などを丁寧に説明すると、さすが本職というべきか、何とか理解してもらえた。
泡だて器や食パンの型、それに網やバットは形もシンプルなので、すぐにわかってもらえる。
「あと、フライパンでこういう形のも作って欲しいんですけど」
シャープペンで卵焼き用のフライパンを紙に描いて説明しながら、注文をする。
コテージの中にも調理器具は揃っているけれど、この世界で一般的に使われるものが多いから、足りないものもある。
本当は金属製のボウルやプリンの型も欲しかったけれど、あまり一度にそろえてもと思って我慢した。
オーブンで使えるように、陶器でグラタン皿も作ってもらいたいので、自重したのだ。
「カグラの買い物は、いつも豪快だな。そんなに色々あっても、宿屋暮らしじゃ使わないだろう?」
自重したつもりだったのに、シグルドさんには自重してるように見えなかったらしい。
呆れたように言われてしまった。
「いいんです。備えあれば憂いなしです! それに、シグルドさんの紹介なら腕のいい職人さんだと思うから、欲しいものを依頼するいいチャンスです。他の鍛冶屋さんに行っても、こんなものは作ってもらえないかもしれないでしょう?」
いきなり、知らない鍛冶屋さんにいって、武器でもないものを注文したって、ぼったくられるのが落ちだと思う。
納得いくものを作ってもらえる可能性だって低い。
「面白そうだから、全部作ってやる。ただし、手間が掛かるから安くはないぞ? 全部で金貨5枚はもらわないと、こっちも商売にならないからな」
金貨5枚というと、50万くらいか。
金貨が1~2枚あれば、平民の4人家族が一ヶ月は暮らせるくらいだというのを考えると、高いのかもしれないけれど、払えない額ではない。
それに、必要なものだし、持っていれば後々助かると思うから、躊躇せずに頷いた。
「問題ないです。先に払っておきますね」
アイテムボックスから金貨を5枚取り出して支払う。
あっさりと支払いをする私に、ディランさんもシグルドさんも驚いている。
「5日くらい時間をくれ。最高の品に仕上げておく」
「お願いします。次の休みに取りに来ますね」
6日後の休みに取りに来ることを伝えてから、受領書を受け取って、シグルドさんとお店を出た。
その後も、陶器を扱うお店を紹介してもらって、程よい形の食器がなかったので、グラタン皿を注文した。
こちらの世界では6が基準の数みたいなので、陶器などの注文は6個単位らしい。
グラタン皿を形を変えて2種類、2セットずつ注文しておいた。
道具が揃うなら、材料も欲しくなる。
シグルドさんのところの仕事が終わったら、材料を集める為に外に出てみるのもいいのかなと思った。