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密やかに想う  作者: 水城雪見
本編
104/109

幕間 主との邂逅

一条の従者のフレイ視点。



『人の命より大切な薬なんて、どこにもない!』



 この言葉を聞いた時、そして命を救われた時、私は一生トモミ様に仕えようと思った。


 私は鷹族のフレイ。

 部分獣化さえできない、獣人族としては出来損ないであった。

 獣人族としての血はかなり薄まっていて、見た目はほとんど人と変わらない。

 能力も、人族と比べて目がいいというくらいで、他には何の能力も持ち合わせていなかった。

 自分の能力が、獣人族としてはたいしたことがないのがわかっていたので、私は知識を増やし、剣の腕を磨き、体を鍛え、馬術にも秀でられるよう努力した。

 馬に慣れるために、率先して馬の世話を引き受け、誰に仕える事になっても、主となる人に恥をかかせることがないよう、作法も覚えた。



『努力は人を裏切らない』



 これも、トモミ様がくださった言葉だ。

 私のこれまでの生き様を聞いたトモミ様は、あちらの世界にある言葉で、私の生き様を認めてくださった。

 幼い頃からの努力が実を結び、私は次期王である第1王子のアクセル様の近衛騎士になれた。

 狼族は獣人族の中でも多産で知られていて、現王には王子が4人、王女が3人いる。

 王子王女が多いということは、近衛騎士も多いということであるけれど、次期王と決まっているアクセル様の近衛騎士という地位は、やはり特別なものだった。

 本来ならば、部分獣化さえできない私のような者が就ける地位ではないが、アクセル様が私を認め、望んでくださった。

 快活でお優しいアクセル様は、黒狼に完全獣化もできる、身体能力にも秀でた方で、素晴らしい剣の使い手だった。

 だから、あの大迷宮から魔物が溢れ出た悪夢の日、剣を持つアクセル様の右腕がリザードマンに食い千切られた時は、近衛なのにお守りする事ができなかった絶望感で、私の心は押し潰されそうになった。

 あの時、偶然通りかかったトモミ様が、機転を利かせて結界を張ってくださらなければ、草原の国の騎士団はよくても半壊していただろう。

 少なくとも、アクセル様と私とカイの命はなかった。

 光魔法で回復をしながら、あの時のトモミ様は、惜しげもなくエルフの貴重な薬を使ってくださった。

 滅多に手に入らないくらい貴重な薬も中には混じっていて、私などに、そんな貴重な薬を使うのはもったいないと言った時には、激しく叱り付けられた。



『瀕死の重傷で何を言う! 人の命より大切な薬なんて、どこにもない! 大人しく治療されてろ!』



 確か、こう仰ったのだ。

 出血も多く、意識も朦朧としていたけれど、太陽の光をきらきらと弾くような金色だけは目に残っていた。

 狼人族にとって、金は尊ぶべき色だ。

 はるか昔の祖先に、金色の毛並みの狼に完全獣化できる英雄がいて、子供たちの童話にも出てくる。

 実際に、過去に数度、王族の直系にだけ現れた、金の狼は、身体能力に優れていてとても強く、王としても名を残している。

 狼人族では尊ばれる金の色をもつトモミ様は、アクセル様の命の恩人ということもあって、最初からとても歓迎された。

 命には命を持って報いる、それが私たち獣人族では当たり前のことだったから、トモミ様が望めばある程度のことは叶えられたに違いないのに、お礼として望まれたのは、馬一頭だった。

 それも、黒い馬なら何でもいいという欲のなさで、王はトモミ様にますます興味を引かれたようだった。

 国一番の名馬を、王はトモミ様に贈られた。

 トモミ様は、漆黒は愛しい少女を思い起こす色なのだと、大変喜ばれて、「シコク」と名づけられた。

 トモミ様の世界の言葉で、黒を表す色の名前だそうだ。

 転生者であるトモミ様のお話は、とても興味深い。

 折りあるごとに、聞かせていただけるのがいつも楽しみだった。


 その後、王の依頼で、トモミ様は魔物が溢れた大迷宮の攻略を開始した。

 その時、滅多にないことではあったけれど、最下層のボスと交戦中に、新たに魔物が沸き、咄嗟に危険に晒された集団を庇われたトモミ様は、大怪我を負われてしまった。

 後でトモミ様に教えていただいたのだが、ドウミャクという大きなケッカンを傷つけたので、出血量が多かったらしい。

 すぐにポーションを使ったけれど、傷口はなかなか塞がらず、ボスを倒し終え、安全を確保した時には、トモミ様は死人のような顔色をしていた。

 その後、急いで迷宮に一番近い城にお運びしたが、5日ほど生死の境をさ迷い、意識を取り戻されてからも、しばらくは療養が必要な身になってしまわれた。

 高熱で苦しみ、意識が戻らず、生死の境をさ迷いながら、トモミ様は「カグラ」という名を、縋るように何度も呼ばれた。

 今思うと、逢いたいという強い執着が、死を寄せ付けなかったのだろう。


 療養中に、トモミ様が探しておられるカグラ様のことを、聞かせてくださった。

 トモミ様はその方を探すために旅に出られたのだと聞いて、元気になって旅立つときには、絶対に連れて行っていただこうと思った。

 王家の騎士という立場を捨てて、トモミ様の従者になるつもりだった。

 私と一緒に救われたカイも同じ気持ちで、絶対にトモミ様の従者になるのだと意気込んでいた。

 トモミ様への最大の恩返しは、カグラ様を見つけ出す事だと思ったのだ。

 そのためには、騎士でなくなることなど、何でもないことだった。

 幼い頃からの努力の末、掴んだ地位ではあったけれど、捨てる事を惜しいとは思わなかった。


 結果的に、トモミ様はまたもや王子の命の恩人という立場になり、最初は王女に婿入りする話が出た。

 人族に王女が降嫁するのならともかく、婿入りというのは破格の申し出だった。

 完全獣化のために、獣人族では同族での結婚が尊ばれる。

 いくら転生者とはいえ、人族を、しかも婿に入れるなど、通常ならばありえない事だ。

 けれど、トモミ様は、心に決めた女性がいるので結婚は出来ないと、お断りになった。

 番という本能も持つ獣人族なので、その気持ちは尊重され、結婚話はなくなったけれど、王はトモミ様とどうしても縁を繋ぎたかったようだ。

 トモミ様と養子縁組をなされて、トモミ様は第5王子となられた。

 もしかしたら王は、トモミ様が婿入りできないのであれば、将来、トモミ様のお子様と縁付けることを考えられたのかもしれない。


 王子という地位がなかったとしても、トモミ様についていきたいという者は多かった。

 命を救われたり、人柄に惹かれたり、理由は様々であったけれど、トモミ様の護衛兼従者に納まるのは、とても大変だった。

 トモミ様のことを命の恩人だと敬い、深く感謝しているアクセル様は、私とカイの気持ちを汲んで、トモミ様の従者になれるよう、口添えしてくださった。

 アクセル様の口添えのおかげで、私とカイはずっとトモミ様に付き従うこととなった。

 他の希望者は交代制で、みんな草原の国と他国を行ったり来たりするのは大変だというのに、喜んで務めを果たしている。


 トモミ様の大切な方を探す為に、どんな小さな村も巡り、虱潰しに探すのはとても大変なことだった。

 私が完全獣化することができれば、トモミ様の探し人を、空から探す事もできたのに、それが出来なくて残念だと言うと、トモミ様は、十分に助けられていると仰ってくださった。

 トモミ様は、王子となられてもまったく変わらず、従者として当然の事をしているだけの私達に、いつも感謝の言葉を伝えてくださる。

 その度に、トモミ様の従者になれてよかったと思うのだ。


 王の依頼で、大迷宮の攻略もしながら、旅を続ける日々。

 トモミ様は、王子としての身分は隠し、冒険者として旅をなさっていたが、何と言ってもあれだけの美丈夫だ、常に注目の的だった。

 本人はあまり自覚がないのが不思議でたまらないのだが、トモミ様は美形が多いと有名なエルフでさえも敵わないような容姿をされている。

 背が高く、逞しい体つきをされているが、見た目はすらりとしていて、同性ながら見惚れるほどのお姿であるのに、お顔もとても整っている。

 そして、何より、とてもお優しいのだ。

 人に親切にする事が、呼吸をするように自然に出来るお方だ。

 素晴らしい主であると誇らしいと同時に、もう少し自分のお顔の威力を自覚していただきたいと思ったことも数え切れない。

 何の気なしにトモミ様に親切にされ、恋に落ちる女性を何人見たことか。

 トモミ様が気の多い方であったら、歴史に残るような大ハーレムを作ることも可能だったのではないかと思う。

 幸か不幸か、トモミ様はカグラ様にしか興味がなく、誘惑されても気づかない事の方が多かった。

 あまりにもトモミ様が気づいてくださらないので、中には言動がエスカレートする女性も出てきてしまい、そうした方の対処には苦労させられた。

 旅の途中からは、街中で宿に泊まるより、野営した方が気が楽という状態だった。


 長い旅の末、ティアランスの王都でカグラ様の情報を掴んだときのトモミ様は、それはもう酷い興奮状態で、従者である私達のことを忘れて、一人で王都を飛び出すところだった。

 何とかお引止めして、その時同行されていたツキノ様を、半ば無理矢理に教会に預けたのだが、これは本当に大変な作業だった。

 教会と言えど、そう易々と誰でも預かってくれるわけではない。

 働く事もできない幼子ならともかく、妊婦ともなれば、受け入れにも厳しい審査がある。

 ツキノ様がトモミ様に執着して、教会に入るのを嫌がっていたのもあって、教会側も最初は受け入れを拒否していた。

 トモミ様が妊娠した愛人を捨てるような男だと誤解された時には、腸が煮えくり返って、怒りで我を忘れるという初めての経験をしてしまった。

 トモミ様は一刻も早く王都を出立したい気持ちを押し殺し、冷静に教会の担当者と話し合い、説得をして、何とかツキノ様を教会に預ける事ができた。

 時々、旅の途中で、トモミ様のオシエゴという方々に遭遇する事もあったが、ツキノ様はその中でも特にトモミ様に対する執着が強く、扱いが大変だったので、何とか教会に預けられた時はホッとした。

 出産間近の妊婦であられるのに、トモミ様のお部屋に夜に忍び込もうとしたり、体調不良を訴えられて、トモミ様の捜索の邪魔をされたり、あからさまな秋波を送っていたが、いつも通りトモミ様は気づく事もなく、無視しておられた。

 私とカイで何度も教会に預けに行こうとしたのだが、泣いて暴れていう事を聞かないので、相手が妊婦ということもあり、あまり無体な事もできず、結局、最後はトモミ様のお手を煩わせてしまった。

 十分過ぎるほどの寄付金と共にツキノ様を教会に預けた後、カグラ様がお傍にいてくださったら、こんな騒ぎはもう起きないのではないかと、まだ見ぬカグラ様に期待してしまった。

 王都を出た後は、早くランスに行きたいと、なかなか休もうとしないトモミ様を、何とかランスの手前の街で宥めて、一晩宿に泊まらせ、身支度を整えるよう説得できたときは、ホッとした。

 


『無精ひげを生やした汚い格好のまま、再会するおつもりですか』という言葉が、効いたようだった。

 一晩とはいえ、宿に泊まるように説得した自分に、その後、深く感謝することになった。

 ランスに辿り着くと、カグラ様は不在で、しかも誘拐されたとのことだった。

 またすぐに王都に引き返すことになり、不眠不休で馬を走らせることとなったのだが、トモミ様の無茶に、数段性能の落ちる馬でついて来る冒険者がいることには、大変驚かされた。

 一人はSランクの冒険者とのことだったので納得できたのだが、他は皆、完全に体の出来上がっていない10代の少年だったのに、素晴らしい身体能力と胆力だと感服した。

 トモミ様は、静かに怒っておられた。

 カグラ様のことがとても心配なのが、強く伝わってきて、従者としてお役に立てないのが申し訳なかった。

 結果的に、思いがけない方法で情報を得て、無事にカグラ様を救い出すことが出来て、本当によかったと思った。

 

 初めてカグラ様にお会いした時、従者である私達にも丁寧にご挨拶をしてくださって、その上、手作りだという菓子まで振舞ってくださった。

 シャシンというもので、カグラ様のお姿は知っていたのだが、実際にお会いしてみると、漆黒の髪が美しいたおやかなお方だった。

 ご挨拶を受けた時、想像以上の美しさに圧倒されて、しばらく反応できなかった。

 お優しく純真な方で、トモミ様といる時の仲睦まじい様子はとても微笑ましく、お幸せそうだ。

 たまに、私達の存在を忘れて、二人の世界に入ってしまわれるので、見ていると、とても照れてしまうが、トモミ様の幸せが従者である私達の幸せでもある。

 気を利かせて退出するタイミングなど、まだまだ不慣れではあるが、このままお二人にお仕えする事ができたらと思う。


 私は、カグラ様はトモミ様の番だと思うのだ。

 命ある限り、お二人に仕える事ができたら、それはとても幸せなことだと思っている。

 お二人の結婚が、お子様の誕生が、今から待ち遠しくて仕方がない。




フレイは美咲を「ミサキ様」と最初から呼んでいますが、一条と美咲が再会する前は、「カグラ様」と呼んでいたので、今回は「カグラ」で統一しました。

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