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密やかに想う  作者: 水城雪見
本編
101/109

77.ただいま




「ミサちゃん! 心配したよ~。結花ちゃんもっ、無事でよかった……」



 ランスに辿り着くと、玄関先でリンちゃんに泣きながら飛びつかれた。

 本当に心配させたみたいで、しゃくり上げながらしがみ付いてくるので、しっかりと抱き返して頭を撫でる。

 


「ほら、リン。みんな疲れてるんだから、中に入れてあげて。玄関先を塞ぐんじゃないの」



 優美さんに促され、何とか泣き止んだリンちゃんと手を繋いで中に入ると、エリーゼさんやユリウスさん夫妻までいた。

 今日帰るのを、妖精を通して聞いて、待っていてくれたらしい。



「ミサキ、おかえりなさい。怖い思いをしたわね。でも、本当に無事でよかったわ。それと、私達の娘になってくれて、ありがとう。これからは、お義母様と呼んでくれるのでしょう?」



 ホールに入ると、エリーゼさん改め、お義母様も優しく抱きしめてくれた。

 感情の昂ぶりを、余り表に出さない教育を受けたお義母様だけど、抱きしめる腕は安堵でか、少し震えていた。

 あの侯爵に、お義母様も攫われた事があるらしいから、嫌なことでも思い出させてしまったのかもしれない。



「心配をおかけしました、お義母様。お義父様が颯爽と助けてくださったから、そんなに怖い思いはしませんでした。それに、結花さんも一緒だったから、励まし合えたのも大きかったです」



 誘拐されたのに、心の傷を負わなくて済んだのは、みんなのおかげだ。

 不安を感じたりはしたけど、それすら、すぐに吹き飛ばしてくれた。

 その後、ユリウス義兄様にも、改めて家族になった挨拶と、お世話になったお礼をして、みんなとも無事に再会できたことを喜び合った。

 やっと帰ってきたという感じがしてホッとする。

 ここが私の家なんだと、しみじみと思う。



「ホントに一条センセーだ。先生、きらきらだねぇ」



 やっと笑顔になったリンちゃんは、知巳さんの金髪がやっぱり気になるみたいで、ジーっと見ている。

 無邪気な様子に和まされてしまう。

 やっぱり、リンちゃんは笑顔が一番だ。



「林原は相変わらずな感じだな。元気でよろしい」



 教師の顔で笑みながら、知巳さんがリンちゃんの頭を撫でる。

 リンちゃん達のクラスは理系の進学コースだったから、古典の授業はなかったはずなのに、仲がよさそうだ。



「トモミ殿、妻と息子を紹介しよう。リンは、ミサキが新作のデザートを持っているから、もらっておいで」



 お義父様は、相変わらずリンちゃんを小さい子扱いだ。

 でも、「新作~」と喜んで、私に突進してくるので、扱いは間違っていないかもしれない。



「知巳さんがチョコレートをたくさん持ってきてくれたから、色々作ってみたの」



 突進してきたリンちゃんを受け止めてから、とりあえず、茶器の用意がしてあるテーブルの上に、チョコレートを使ったお菓子を並べていった。



「ミサちゃん、先生の事、名前で呼ぶようになったの?」



 驚いたような様子で尋ねられて、恥ずかしくなってしまいながら頷いた。

 色気より食い気のリンちゃんが、チョコレートより名前呼びに食いついてくるとは思わなかった。



「そっかぁ……。ずっと待ってたんだもんね。よかったね、ミサちゃん」



 しみじみと呟いた後、無邪気に微笑みかけられて、照れてしまいながら頷いた。

 知巳さんと再会できて、本当によかったと思う。

 


「男なんて、ろくなものじゃないと思っているけど、一条先生は違うかもね。本当に美咲さんを探し当てるなんて、見直したわ」



 優美さんは辛口な事を言いながら、チョコクッキーを摘んだ。

 優美さんも私を探して旅してくれていたから、探し当てる事がどれだけ大変なことか、身を持って知っている。

 だから、知巳さんに対する評価があまり厳しくないのかなと思った。


 お菓子を並べた後、用意してあった茶器でお茶をいれていく。

 リンちゃんもやっとお菓子に気が向いたのか、チョコムースを堪能するように食べ始めた。

 幸せそうに食べている姿を見ると、嬉しくなってしまう。

 こういう顔が見るのが嬉しいから、私は料理が好きなのかもしれない。

 


「隣の大陸の森の国から、ずっと探してくれたそうなの。無事に再会できて、本当によかったわ」



 優美さんの男性不信は根強いなぁと思いながら、知巳さんから聞いた話をする。

 6つの国を探してくれたのだと、教えてもらっているから、無事に再会できてよかったと、心から思ってしまう。



「美咲、おかえり。俺にもお茶をくれ。それと、夕飯はから揚げがいい。俺のアイテムボックスに入ってた料理は食い尽くしたから、また作ってくれ」



 尊君がお茶をねだるついでに、夕飯のリクエストもしてくる。

 わがままを言っているようでいて、そうでないのが尊君らしい。

 から揚げは、下味をつけた鶏肉を常に持っているから、揚げるだけで簡単に出来上がる。

 手間を掛けなくても出せるメニューだという事を知っていて、私に負担がないようにリクエストしてくる尊君の優しさは、いつも通りわかり辛い。

 でも、素直な尊君は気持ち悪いから、これでいいのかなと思う。



「ただいま。尊君には特におせわになりました。お礼に、から揚げは、山ほど揚げてあげる」



 お茶を出してから、軽く冗談めかしつつも、丁寧に頭を下げた。

 本当に、尊君のおかげでとても助かった。

 桔梗を通して、尊君には凄く励まされた。



「そういえば、最近、桔梗が意味不明に悶えるんだけど? 真っ赤になってじたばたしながら、ふらふら飛んでる時とかあるぞ?」



 理由がわかっているのか、からかうように言われて、頬が熱くなる。

 火照る頬を抑えながら、「どうしたのかしらね?」と、誤魔化したけれど、尊君は訳知り顔で笑っている。

 妖精と感覚が繋がるとどんな感じか、尊君は知っているから、誤魔化しが効かない。



「美咲、俺にもお茶をくれないか?」



 お義父様達との歓談はおわったのか、知巳さんが私の隣に腰掛ける。

 お茶をいれて差し出すと、ふぅっと小さく息を吐きながら、カップを手に取った。



「ご家族揃って、まだ嫁にはやらないと言うんだ。溺愛されてるな、美咲」



 知巳さんがぼやきつつ、ため息を吐く。

 楽しく話をしていたように見えたけれど、遊ばれていたらしい。

 


「ありがたいことです。私、結婚する前にしてみたいことがたくさんあるから、まだ先でも大丈夫でしょう?」



 当たり前のように将来のことを語れるのが嬉しくて、笑顔で問いかけると、返事の代わりに髪を撫でられた。

 知巳さんに触れられると、それだけで胸がきゅうっとなって、落ち着かない。



「何をそんなに、してみたいことがあるんだ?」



 見つめながら問いかけられて、やってみたい事を思い浮かべた。



「まずは、お友達に知巳さんを紹介したいです。後は、待ち合わせてデートしてみたいし、手を繋いで街を歩いてみたいです。私のコテージの妖精にもあってほしいし、次の夏は知巳さんも一緒に旅行したいし、やりたいことだらけです」



 思いつくままにしてみたいことを並べていくと、知巳さんの表情がとても甘くなった。

 私を見つめたまま、髪に触れていた手で、優しく髪を梳き撫でてくる。

 仕草で愛しいと伝えられているようで、幸せを感じてしまう。

 心地よさにうっとりと目を閉じると、小さな咳払いが聞こえた。



「二人とも場所を考えて自重しろ」



 亮ちゃんに呆れたように頭を小突かれる。

 見れば、リンちゃんと尊君は並んで座ったまま、真っ赤になっていて、優美さんも赤面しつつ呆れ顔を作っている。



「ミサちゃんが、いつの間にか先生とらぶらぶだねぇ」



 真っ赤な顔のまま、ぼそっとリンちゃんが呟く。

 我に返ると恥ずかしくなってしまったけど、知巳さんは平然としている。

 俯きかけた私の顔を上げさせて、熱くなった頬に唇で触れてきた。



「俺は、今夜はラルス殿の館に泊めてもらうから、そろそろ行くよ。明日、また逢いに来る。ラルス殿に譲り受けた屋敷はここの近くらしいから、一番に美咲を招待したい」



 知巳さんはもう、お義父様と一緒に帰ってしまうらしい。

 留守の間の仕事が溜まっているお義父様に、あまり時間がないのはわかるけれど、まだ一緒にいられると思っていたから、心の準備が出来てない。

 再会してからずっと一緒にいたから、場所がお義父様の館とはいえ、離れ難い気持ちが沸いてきて、寂しくなってしまう。

 今までだって、部屋は別々だったし、夜はもちろんそれぞれの部屋にいたのだから、たいして違いはないと思うのに、何だか切ない。



「先生、帰っちゃうの? 一緒に住まないの?」



 リンちゃんが寂しそうに問いかける。

 知巳さんも一緒に暮らすものだと思っていたらしい。



「俺には従者がいるしな。部屋が足りるにしても、結婚前から一緒に暮らすのは気が咎める。それに、俺は、俺の美咲に対する自制心を信じていないから」



 知巳さんの言葉の意味がわからなかったのか、リンちゃんが首を傾げる。

 私もわかるようなわからないようなといった感じだ。



「わかってない顔だな。例えばだ、林原。俺はどんな美女の裸が目の前にあっても、手を出さない自信がある。興味ないからな。だが、美咲が相手だと、きっちり服を着てようが、些細な言葉や仕草で、理性を吹っ飛ばす自信がある。だから、一緒に暮らすのは結婚するまではお預けだ、わかったか?」



 教師モードで、例えを出してわかりやすく説明するのはいいんだけど、私は恥ずかしくて仕方がない。

 意味をよく理解したリンちゃんも、真っ赤な顔で何度も頷いている。



「結婚するのは決定事項なんだな」



 尊君が赤い顔のまま、ぼそっと突っ込みを入れた。



「当然だ。美咲が結婚したくなるまで待つが、離しはしない」



 力いっぱい肯定されて、嬉しいけどでも、顔がみっともなく緩みそうで、両手で頬を抑えた。

 知巳さんはいつも、言葉が直球過ぎて、心臓に悪い。

 嬉しいけれど、何て言えばいいんだろう?

 胸がきゅっと切なくなる感じで、じたばたと悶えたくなってしまう。



「桔梗が悶えるわけだ」



 尊君に更に追い討ちを掛けられて、撃沈した。

 おかげで、知巳さんと離れる寂しさは、少しだけ紛らわす事ができた。




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