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密やかに想う  作者: 水城雪見
本編
100/109

76.ランスまでの旅




 王都に向かう時は、ほとんど眠っていて、旅気分を味わう事はできなかった。

 まぁ、起きていたとしても、誘拐されていたわけだから、旅気分なんて悠長な事は言ってられなかっただろうけれど。

 だから、王都からランスへ帰る道中は、夏にキルタスに行ったのを除けは、初めての旅で、心が浮き立った。

 知巳さんも一緒というのが、夢のようで、馬車の中から、馬に乗る凛々しい姿をうっとりと見つめてしまう。

 立派な馬に堂々と乗る姿は、とても素敵なので、つい目が行く。

 馬上の知巳さんと目が合うたびに、恥ずかしくて顔を引っ込めてしまうのだけど、しばらくするとまた見たくなってしまう。

 馬車は結構揺れるけれど、乗り物酔いをする気持ちの余裕などない。

 何というか、恥ずかしいほどに夢見心地なのだ。



「美咲さん、凄く幸せそう。先生と再会できて、本当によかったわね」



 私の様子を微笑ましそうに見えていた結花さんが、しみじみと言う。

 今日は天気もいいので、みんな馬に乗っていて、馬車の中は私と結花さんだけだった。

 もう一台馬車があって、そちらにはお義父様の従者とレーナとリーサが乗っている。

 王都育ちだというレーナとリーサを、辺境とも言われるランスに連れて行くのは申し訳ないと思ったけれど、二人とも、親を早くに亡くしていて身寄りはないそうなので、ランスに行けるのは反対に嬉しいそうだ。

 身寄りのない二人を雇ってくれた、二人にとっては恩人でもあるお義父様は、一年のほとんどをランスで過ごすので、ランスがどういった街なのか以前から興味があったらしい。

 


「そうね、とっても幸せだわ。知巳さんが明日も明後日もずっといる事も、夢みたいで幸せだけど、私と同じ気持ちでいてくれたのが、本当に嬉しいの。好きな人に同じように想ってもらえるのが、こんなに幸せなことだなんて知らなかった」



 惚気みたいで恥ずかしいけど、思うことを言葉にした。

 今まで恋愛とは縁遠くて、こんな経験は初めてだから、戸惑う事も多いけれど、とにかく幸せだと思う。

 大切な場所に、知巳さんと一緒に帰れるのが嬉しい。

 お店に近い場所に住んでくれるから、これからは逢いたいときに逢える。

 部屋が別でみんなと一緒とはいえ、結婚前から一緒に住むのは気が進まなかったから、近所に屋敷を用意してもらったと聞いたときは、ホッとした。

 再会したばかりなのに、すっかり結婚前提で考えているのは、気が早いのかな?と思うけれど、一緒にいる時間が増えれば増えるほどに、他の人ではダメだと思う。

 


「一条先生って、もっとクールな人かと思っていたけど、美咲さんといる時は、クールな気配なんて欠片もないわね。誘拐された最後の日に、私と美咲さんは離れ離れだったでしょう? あの時に、みんなで助けに来てくれたんだけど、先生はとても強かったわ。和成君と大槻君も先生と大暴れしていて、誘拐の実行犯はかわいそうなくらいぼろぼろになってたの。よほど腹を立てていたのね」



 誘拐した人達をかわいそうと思ってしまうくらい、みんなが大暴れだったのは、少しだけフレイさんとカイさんからも聞かされていた。

 私達が誘拐されたことを、それだけ憤っていてくれたのだと思うと嬉しい。

 無事だったから、こんな風にのんきに考えられるのかもしれないけれど、私たちを助ける為に、みんなが凄く頑張ってくれたことが、幸せだなって思ってしまう。

 留守番をしていたみんなだって、自分たちにやれる事をやって、色々助けてくれた。

 鳴君は知恵を出してくれたし、尊君はずっとコテージで待機してくれた。

 優美さんとリンちゃんは、お店とコテージと連絡係をしたり、お店の留守番をしたりしてくれたし、ユリウス義兄様は、お義父様の代理で仕事を片付けながら、合間に桔梗を訪ねたりもしてくれた。

 他にも、ランスの街を守る兵士さんとか、見知らぬ人もたくさん捜索してくださったと聞いた。

 これから、私に出来る形で恩返しをしていかなければと思う。



「美咲様、結花様、町に着きましたので、外へどうぞ」



 レーナの声が馬車の外から聞こえる。

 今日のお昼も、町で食事をするらしい。

 ちょうどいい村や町がないときは、外で昼食にするけれど、基本的に昼も夜もどこかに立ち寄っていた。

 食事や宿泊で立ち寄ることで、町や村にお金を落とすことが目的らしい。

 コテージを使えば、どこにも泊まらずにランスまで帰れるけれど、それでは、町や村の人が外貨を得る手段を奪う事になってしまう。

 だからお義父様は、行きも帰りもできるだけ立ち寄って、お金を使うようにしているそうだ。

 こうしたことも、貴族として大切な義務なんだなと思った。

 温厚で陽気なお義父様は、どこでもとても好かれていて、歓迎される。

 元王族だということは、みんな知っていても、お義父様の人柄も知っているので、気安く話をしてくれる。

 むしろ、ランスの平民街の人の方が、お義父様とは距離があるかもしれない。

 年に2回ほど立ち寄る優しい貴族様と、自分の住む街を治める領主では、感覚が違ってくるのは仕方がないことなのだろうか。

 レーナの手を借りて馬車の外に出ると、知巳さんが待っていてくれた。

 昼食を取る店へ、一緒に歩いていく。

 まだ、空気は冷たい2の月だけど、一緒にいるだけで心はほんのりと温かい。



「美咲、午後は俺の馬で一緒に行こうか? 今日は風もなくていい天気だから、馬に乗るのも気持ちいいと思う」



 相乗りに誘われて、笑顔で頷いた。

 知巳さんの馬は、大きくて賢くてとても可愛い。

 紫黒という、和風な色の名前がついた真っ黒な馬は、草原の国で譲り受けた知巳さんの大事な相棒らしい。

 黒色を見ると私を思い出すから、馬を選ぶ時に真っ黒な馬を選んだのだと教えられて、旅の間もずっと知巳さんと一緒にいられたみたいで、とても嬉しかった。


 そう大きくない町とはいえ、腕のいい料理人もいる。

 素朴な味わいのこの世界の料理を堪能してから、今夜宿泊する町を目指して、また移動する事になった。




「紫黒は賢くて強い馬だから、人を乗せるのに慣れてる。だから、安心していい」



 出発前、ワンピース姿の私が横乗りで乗れるように、知巳さんが私を抱き上げて馬の背に乗せてくれた。

 私は女性にしては背が高い方だと思うのに、軽々と持ち上げてしまう。

 今日は、相乗りすることを考えて、鞍を選んであったらしい。

 乗馬の練習はしたことがあるのだけど、馬の背に乗ると、紫黒が大きいからか、前に体験した時よりも高くて怖かったので、鞍にぎゅっと掴まってしまった。

 そんな私の後ろに、知巳さんは慣れた様子で乗り、手綱を握る。

 片手で手綱を持ち、着ているマントで私を包むようにしながら抱き寄せた。



「俺に凭れてていい。掴まるならこっちな」


 

 知巳さんの腰に腕を回すように導かれて、自分から抱きつくような体勢が恥ずかしくなってしまった。

 でも、体を預けてしっかりと抱きついていると、確かに安定するし、何より安心する。

 


「寒くないか? 人を乗せるのは初めてだが、俺も紫黒も絶対に落とさないから、安心してていい」



 シートベルトのある車に慣れているから、馬の上というのは、不安定で怖いと言えば怖い。

 けれど、絶対落とさないという知巳さんの言葉は信じられる。

 まずは私に慣れさせるように、ゆっくりと走り出した紫黒の背で揺られながら、逞しい胸に寄り添った。

 馬上で感じる風は冷たいけれど、くっついていると温かい。

 乗馬は慣れていないから、お尻に来る振動がちょっと変な感じだけど、この鞍は衝撃を吸収する魔道具でもあるらしい。

 


「この辺りから、ラルス殿が治める領地らしい。美咲はランスを出る事は滅多にないだろうから、よく見ておくといい。この世界は、魔物がいるから、外で動物を放牧したり、作物を育てたりすることは少ない。だけど、ラルス殿の領地では、比較的魔物の多い辺境とは思えないほどに、所謂、第一次産業が盛んなんだ」



 少しずつ馬を走らせるスピードを上げて、周りと速度をあわせながら、知巳さんが説明してくれる。

 一緒に馬に乗りたかったからというのもあるだろうけれど、エルヴァスティ家の養女になった私が、領内の事について勉強する機会を作ってくれたのだとわかった。

 こういうところが、やっぱり、知巳さんは教師だと思う。


 知巳さんの説明は、とてもわかりやすかった。

 お義父様は、他の国でも名を知られるほどに素晴らしい領主らしい。

 魔物の脅威がある中、少しでも領民が豊かで便利な生活を送れるように、色々と工夫を凝らしていて、新事業を取り入れることにも積極的だそうだ。

 ランスの街で、お菓子の製造と販売をするようになったけれど、それを包装する籠などの製作は、近隣の町や村で、新事業として立ち上げたらしい。

 私は知らなかったけれど、退化竹という元手のいらない素材で作る竹製品は、力仕事の出来ない老人や女性、そして働きに出られない子供にとっては、とてもありがたい仕事だそうだ。

 他にも、魔物の素材を使った布の製作を、最初に始めたのはお義父様らしい。

 迷宮の素材を有効活用できるように、研究する施設もあるらしくて、そういった珍しい事をしているお義父様に、知巳さんは以前から逢ってみたかったそうだ。

 普段の陽気で、時には子供っぽい姿しか知らなかったから、知巳さんから聞かされたお義父様の話には、とても驚かされた。

 人としてだけでなく、領主としても尊敬できるお義父様の娘になれた事は、とても幸せなことだと、改めて思った。

  

 知巳さんは、他の国の貴族や領主の話や、それぞれの国の歴史の話や迷宮の話を交えて、エルヴァスティ領の素晴らしい部分を説明してくれた。

 転生してからの1年半で、この世界の事を深く勉強している知巳さんに驚かされてしまう。

 フレイさんとカイさんも、歴史的なことや、国の情勢などには詳しく、二人は知巳さんの先生でもあるらしい。

 獣人族には情報収集に長けている種族もいて、他国の情勢もよく知っている。

 外交は王族として大事な仕事の一環でもあるので、どの国の王族も情報収集をしているらしいけれど、獣人族は一歩抜きん出ているそうだ。

 草原の国は、書物として知識を残す文化が根付いていて、学者も多いと聞いて、機会があったら行ってみたいと思った。



「これは、前の世界でも言えたことだが、領民の顔を見てみると、どんな領主が治めているのか大体わかる。いい領主の治める土地の領民は、笑顔が多い。それに、治安のいい街であることが多い。たくさんの領地を回ったが、横暴な貴族の治めている土地は、街中も荒れている事が多いんだ。冒険者ギルドなどに行っても、そういう土地ほどよく絡まれた」



 なるほどと、その言葉に納得すると同時に、私を探して、どれだけたくさんの街や村を巡ってくれたのだろうと思った。

 1年以上もの長い間、私を探し続けてくれた知巳さんに、改めて感謝の気持ちが沸き起こる。

 諦めずに探してくれたから、こうして一緒にいられるのだと思うと、強い感謝の気持ちと共に、愛しく思う気持ちで心を充たされて、思わずぎゅっと抱きついてしまった。

 馬を走らせているのにバランスを崩す事もなく、私を抱きつかせたまま、知巳さんが顔を覗き込んでくる。

 急に抱きついたりしたからか、私の心の動きを探るように見つめられる。

 こうした、些細な仕草の一つ一つが、どれだけ知巳さんに大切にされているのかを教えてくれる。



「絡まれたといっても、フレイもカイもいたし、大事になったことはない。何も心配はいらない」



 私を見つめたまま、安心させるように優しく囁いて、ついでとばかりに額にキスを落とす。

 他人事なら、見惚れてしまうくらいに様になった仕草なのだけど、当事者となると恥ずかしくて仕方がない。

 火照る頬で胸元に擦り寄ると、頭の上で笑う気配がした。

 私はこんなにうろたえて恥ずかしい思いをしているのに、笑うなんて酷い。

 もういい加減、こうしたことに慣れればいいだけだとわかっているけれど、なかなか慣れる事ができない。

 


「そういえばっ、ランスの冒険者は質がいいって言われてるらしいです。唯一のSランクのアルさんが、とても面倒見がよくていい人だから、そのおかげだって冒険者ギルドの人が話してたことがあります」



 話を無理に戻すように、ランスの冒険者ギルドの話をした。

 きっと、冒険者ギルドのシェリーさんも、誘拐された事を心配しているに違いない。

 シェリーさんは、最初に冒険者ギルドを訪れた時から、ずっと優しく親切にしてくれて、今ではお姉さんみたいな友達になっている。

 お店にもよく来てくれるし、お互いのお休みがあった時に、遊んだ事もある。

 一般的な、ランスで働く女性の事情なども教えてくれたり、派手にならないお化粧の仕方を教えてくれたり、本当に素敵な人だ。

 知巳さんを待っているという話もしたことがあるので、紹介したらきっと喜んでくれると思う。

 何だか、そういうことを考えていたら、自然にご機嫌な笑顔になってしまった。

 私の機嫌が上昇すると、何故か知巳さんは無表情になっていく。

 どうしたのだろう?と、首を傾げると、困ったように微笑まれた。



「美咲、他の男を褒めながら、そんなに可愛く微笑まれると、君が誰のものなのか、周りに知らしめたくなるんだが?」



 わざと耳元に唇を寄せて、艶のある声で囁かれる。

 


「誤解ですっ!」



 馬上にいる事も忘れて慌てたせいか、バランスを崩しかけた体を、知巳さんがしっかり抱きしめてくれる。

 一瞬、ひやっとしてしまって、一気に鼓動が速くなった胸を抑えながら、ふぅっと息をついた。



「お前ら、何やってるんだ? 馬の上はじゃれるには向かない場所だと思うぞ?」



 近くで馬を走らせていたアルさんに、呆れたような視線を向けられる。

 アルさんの言う通りなので、落ちないように大人しく知巳さんの腕に納まり、しっかりと掴まり直した。



「美咲が、アルフを褒めるものだから、少し苛めてしまった」



 知巳さんがさらっと反省した様子もなく言う。

 アルさんを褒めると苛めるって、やきもち?

 焼いてくれたのだとわかると、それはそれで嬉しくなってしまうから、私も相当馬鹿だ。



「やきもちも程々にな。俺はカグラほど一途な女を他に知らない。……大事に、してやれ」



 アルさんが一途なんて言うから、恥ずかしくて、その後の言葉は聞き逃してしまった。

 知巳さんはアルさんに返事をしながら、私のことをしっかりと抱きかかえた。



「俺は、情けないな……」



 何だか急に知巳さんが凹んだみたいだったので、慰めるように、腰に回した手で背中を撫でた。

 よくわからないけれど、誤解は解いておこうかな?



「さっき、私が考えていたの、アルさんのことじゃなくて、冒険者ギルドのシェリーさんっていう受付嬢のことだったの。とっても素敵な人で、お姉さんみたいだから、知巳さんにも紹介したいなって思って」



 私が説明すると、知巳さんは何故かますます落ち込んだ。



「余裕なさ過ぎだろう、俺」とか、呟きながら、項垂れてる姿は、可愛いなって思ってしまう。

 普段はかっこいいのに、たまにこういう可愛い姿を見せてくれるから、もっと好きになる。

 きっとかっこよくて素敵なだけの知巳さんだったら、気後れしてると思う。

 本当に私でいいのかな?って、不安になるんじゃないかって気がする。

 けれど、私が絡むことで、やきもちを焼いたり、こうして落ち込んだりして、人間らしい姿を見せてくれるから、私よりずっと大人に見える知巳さんだって、弱点も欠点もある普通の男の人なんだなって思えて、親しみを感じる。

 完璧な姿で傍にいてくれて、甘く愛を語られるより、こういった姿を見せられる方がよほど強く愛されてる実感が沸く。


 それにしても、最近、思考が乙女過ぎて恥ずかしい。

 愛してるなんて言われた事もないのに、愛されてる実感とか、ちょっと自惚れ過ぎ?



「とりあえず、ランスに帰ったら紹介しますね」



 乙女思考を振り切るように、強く言い切った。

 一人で赤くなってうろたえている私を、知巳さんは不思議そうに見ていたけれど、すぐに気を取り直したように微笑んだ。




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