誰も同じだテープ跡落としは辛い ~マニュキア落としでテープ跡落とし~
紺野さん紺野さん紺野さん。
「なんだい。美夏ちゃん騒がしい」
うふふふ。やった~。美夏ちゃんだって~?! やっぱり私たちは運命の紅い糸で。
「夢野君。掃除してくれてありがとう」がっくし。
おはようございます。知らない人。
私はあなたの事なんて知らないけどあなたは私の事を知っているのかな。
現在、お店の掃除中なんです。
目に埃が入って大変なんですよ。
あと制服に埃がついちゃいますよね。
このお店は埃だらけで喉が痛いわ鼻水が出るわと酷いんです!
一斉に掃除をしようと前々からこのお店の店主である紺野さんに相談していたのですが。
「毎日掃除しているけど」それは雑巾を床にかけているだけではないですか?!
そう言うわけで半ば強引にこのお店の掃除を始めた私。
「まだ正月じゃないのに」それは大みそかです。紺野さん。
紺野さんって何でも知ってるように見えて凄く変わり者だしなあ。
「商品の埃は任せましたよ」「面倒だなぁ。まぁツクモガミが喜ぶかもしれないか」「一番埃が詰まっているじゃないですか?! こんなもの喜んで買っていくのは浅生さんだけですから?!」
あの人は何処からあんな大金持ってくるのでしょう。
殆どこのお店の収入は浅生さん頼みです。
って今、誰が喜ぶって言いましたっけ。取り敢えず綺麗だと私が喜びます。私がぜんそくになってしまったら責任を取ってもらいますから。
はい。美夏ちゃんあーんして。とか。フフフ。
しかし、紺野さんは私の幸せな未来予測を完全に無視しました。
「その割には浅生にぞんざいだなぁ。美夏ちゃん」
「紺野さんだって学生時代の恩師を呼び捨てじゃないですか」
二人は親友でもあるそうですけど。歳の離れた友達っていいですよね。
「そうかな? 浅生しか友達いないし」「いま、目の前にいる私は?」
じーっと期待に燃える瞳を彼にそそぐと、彼はしばらく視線を泳がせて。
「従業員?」「むきー! 紺野さんのばかー?! 掃除してやんない?!」
はたきを手に彼に背を向けると長崎かすていらの箱を発見。
埃がつかないように退避退避っと。
私は懐から剃刀の刃を取り出すとカリカリとセロハンテープだかセロテープだかいうものが古くなって窓に張り付いているのを慎重に取ります。
水で軽くふやかして。窓ガラスを傷つけないように。
”優しくしてね。いたくしないでね”はいはい。あれ?
思わず振り返ると紺野さんはツボを落としかけていらっしゃいます。
まあいいか。幻聴だね。つかれているのかな。
ガリガリガリガリガリガリガリガリ。
「何しているの?」
商品の埃をはたいていた紺野さんが近づいてきました。
だめ?! 近づかないでよ?! ぱんつ見えちゃう?!
「見えないし見ないし」なんかそんなこと言われると逆に腹が立ちますが。
「というか、美夏ちゃん。剃刀の刃なんて持ってたら危ないよ」えっと。
「もうスケバンじゃないんだから」「人の恥ずかしい過去をさらっと言わないでください」
「鞄に薄い鉛を入れる必要はもうないでしょう」「なにかないと不安で」
踏み台に座ってしゅんとなる私の手を優しくとった紺野さん。
思わず顔を上げると穏やかに微笑む彼のやさしく暖かな鼻息。
『あ。来る。もうだめ。私心の準備まだだし。だめだめだめ』
でもちょっと。思わず目を固くしめる私の掌を強引に開いた紺野さんは。
「むきだしの剃刀の刃なんて持ってたら手を切っちゃうから」え?!
くるくるとセロハンテープで私の剃刀の刃をくるんで捨てた紺野さんは何処からか除光剤(マニュキア落とし)を持ってきました。
「私、もう不良じゃないので要らないのですけど」おしゃれには興味ありますが。
「ん? 違う違う。これは備品」備品。ですか。
私は筋肉ムキムキな浅生さんや紺野さんが女装している姿を思わず妄想してしまい吐き気がちょっと。
「こうやってね。テープ跡とかマジックで書いた後を除光液で落とせるんだよ」
彼はちょっと背伸びして私が必死で取ろうとしていたテープ跡を簡単に拭き取ってしまいます。え?!
「シンナーと成分似ているから、こういうものは簡単に落ちるんだ」へぇ。
「だからってシンナーで遊んじゃダメだよ」「しません。昔からしていません」
思わずむきになる私に。
でも煙草の匂いがしましたよ。
彼はにこりと私の鼻先で微笑みました。
私の名前は夢野美夏。
ピチピチの一六歳新人類。
私の好きな人は。
「あなたはなんでも知っているのね」
「そうでもないさ。知らないことだってあるよ」
トンデモない変わり者なのです。