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かふぇ&るんばっ♪1980  作者: 鴉野 兄貴
1980年。夢野美夏16歳
6/49

He came to us from ”cedar” ~花粉症~

「ねえ。紺野さん」「なぁに。美夏ちゃん」


 このお店って相変わらず埃っぽい。ああ。くさいくさい。

紺野さんは埃の甘い臭いがして良いって言うけど私は嫌い。

かちかちかち。売り物でもある古時計が時を刻み。


ぼーん ぼーん ぼーん


 三時だ。

三時なのだ。

「珈琲入れるね」「うん。頼むよ」

珈琲って言ったらインスタントか缶コーヒーなんだけど、このお店には珍しい珈琲を入れるための器具がある。

ここは古美術商、『紺野商店』。

私はここでバイトに入るまではインスタントコーヒーを珈琲だと思っていました。

珈琲って苦いんです。知ってた? へへん。知らなかったでしょ?!

アンタは誰だって? アンタこそ誰よ? 私はあなたのことなんて知らないから!


 代わりに最近の新しい言葉を教えてあげる。

バイトとはちょっとお小遣いを稼ぐためにするお仕事なんですよ。お手伝いさんです。

アルバイトって言うのですよ。なんか英語でカッコいいですよね。

「ねえ。紺野さん」ぼろぼろの掛け軸を眺めながら紺野さんは知らんぷり。

こーんな可愛い女の子がそばにいるのにつれないーんだ。

「どうしたの。美夏ちゃん」「珈琲入りましたよ」「置いておいて」

紺野さんはこのお店の御主人ですっごく美男子なんですけど、いっつもこんな感じの困った人。

はぁ。なんでこんなヒトなんだろ。

「何が。美夏ちゃん」「人の心を読まないでください」「顔に書いています」

澄まし顔で告げるその顔とすらりと背の高い姿。意外と筋肉質な胸元に胸がキュンってしちゃうだよね。

「胸がキュンって美夏ちゃん」「なんですか」

「鼻水出ているよ」「言わないでください!」

この人ってどうも浮世離れしていて、ちょっと女心に疎いんじゃないでしょうか?!

「風邪なんです! 見れば解るでしょう!」「風邪? 風邪にしちゃ熱が」

そういって急に引き寄せられて私の胸が大きく揺れました。

彼の吐息が私の額に。不思議と他の男の人と違って臭くない。

ちょ? ちょっと?! 紺野さんダイタン?!

そんなそんな私?! 心の準備まだ出来ていないからッ?!

「うん。熱は無いし鼻水も水みたいだろ。これはね。『花粉症』って言うんだ」

ああ。でも心の準備無理やりしちゃって。無理無理私ABCのAもしたことが無くて。

……あれ?


 気が付くと紺野さんは平然と珈琲を啜りながら薬箱を取り出して何かしている。

もしもし。もーしもし?! 紺野さーん。

拍子抜けした。どうしよう。この気持ち。殴って良いのかな。


 かっち。こっち。

埃の被った市松人形の掃除をしながら私は知らない病気? に首を捻る。

花粉ショー? 株でショー。うん。詐欺だ。間違いない。

「花粉症っていうのはねぇ美夏ちゃん」穏やかな笑みを浮かべながら説く彼。

この彼の顔って嫌いじゃないんだけど。ちょっと大人大人のふりしててウットオシイ。

こういう気持ち、解ってもらえるかな? わからなくていいけど。

「ほら。新聞に載ってる。アレルギーの一種ね」あれるぎ?!

「荒れる木ですか」そう聞くと彼は意味ありげに優しく微笑むんだけどすっごくむかつく。

子供だと思っていますよね。一六って言ったら結婚できるんですからね!

「簡単に言うと醤油を一升瓶で一気飲みすると死ぬよね」「バカでしょ。紺野さん」

「花粉も一緒。毒でなくても沢山身体に入ると毒だと身体が思うの」「ふ~ん」

そんなことよりお給料上げてください。

私はそう言いながら綿ぼこりを掃ってテーブルを布巾で拭く。

「それ。雑巾」一緒です。細かい事はきにしなーい!


「杉とかブタクサの花粉を吸うとそういう症状になるの。だから風邪じゃないよ」ふーん。じゃうつしたら治るかな。

「治りません」「ちぇ」なぜだろう。うつれよ。うん。

「というか、この鼻水」「笑うな」頬を膨らませる私に微笑む彼は小さなビンを出してきた。

「ワセリンを鼻の穴に塗ると膜が出来て症状が緩和するんだ」ちょ!

ワセリンって怪我とかの時に使うヤツだよねぇ? 風邪薬じゃないんだけど。

ちょっと?! ちょっと! やめてやめてやめて?! なんで私の鼻に指を入れようとするんですか?! おかしいでしょう?! 常識的に?!



 結果だけ言います。

確かに鼻水は止まりました。

それは彼に感謝しなければいけません。

「は、鼻がッ?! ツンとする~~~~~!???」

悶絶する私に不思議そうな彼。

「おっかしいな。ワセリンが無いからヴィップスベポラップにしたんだけど?」ほら、添加物にワセリンって書いているんだけど。そう続ける彼。

でもハッカ油とか書いていますから! 何をするんですか! 紺野さん!

鼻を押さえて恨み言を放ちつづける私に彼は不思議そうにしていました。

「これなに?」なにって。「しょっぱいね」誰の所為ですか。

「涙です。痛いときとか悲しいときとか辛いとき出るでしょう?!」

「知らなかったそうなのか」何言っているのでしょう紺野さん。

合点したように人の顔に触れて指先ですくい取った涙の味を彼は「やっぱりハッカ油は人間にはきつかったね。ごめんね美夏ちゃん」とか言っています。どうしてこの人はこんな変わり者なんでしょうか。


 私の名前は夢野美夏。

ピチピチの一六歳新人類。


 私の好きな人は。

「あなたはなんでも知っているのね」

「そうでもないさ。知らないことだってあるよ」

トンデモない変わり者なのです。

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