ゆーのっとうぉーりーあー このこい あいつたえて ~伝えるために~
このお店って相変わらず埃っぽい。ああ。くさいくさい。
紺野さんは埃の甘い臭いがして良いって言うけど私は嫌い。
かちかちかち。売り物でもある古時計が時を刻み。
「ねえ。紺野さん」「なぁに。美夏ちゃん」
私はにこりと笑って彼に告げるのです。
「お給金をあげてください。さもないと辞めてあげます」「やめれば?」
ぶち。「なんですって?」
こんにちは。知らない人。
あら。あなたは私をご存じなのですか。
残念です。私の紺野さんはあなたではないようですよ。
……。
……。
「お父さんの久作さんに新しい時計。お母さんの亜紀さんに圧力鍋を買ってあげたいのだね」「です」
『少々』店の中があれてしまった中を私たちは片付けています。
「人に話を伝えて、意思をひとに飲ませるなら暴力は絶対ダメです。理論的に説得する術を身につけましょう」「反省しています」私は破れた障子のさんを修理。彼はノリを練っています。
「じゃ、今日は議論の仕方を教えてあげましょう。準備できたらやってみようね」
【ポイント】
まず。結論を先に言いましょう。
相手に自分の主張を明快に伝えるのです。
「お父さんとお母さんに贈り物をしたいのでお金ください」「ダメ」
センテンスは短くはっきりねと告げる彼に「せんてんす?」と生返事する私。
「思考や感情を言葉で表現する際の完結した内容を示す最小の単位。日本語だと『文』を示すけど」「文で良いじゃないですか」ぶうたれる私の肩を軽く抱いてなだめる彼に思わずどきり。
このひと、自然にこういうことしちゃって。うわ。ちょっといい匂い。なぜだろう。
しずまれしずまれ私のハート。ひっぷぷう。だったっけ。
「『文』だと書き言葉と同一視してしまうでしょう。美夏は」「ですね」
ではやり直し。
『お給金をあげてください。アルバイトに入る時間を増やしてください』
よろしい。彼は頷いてくれました。
~【重要:あなたの気持ちをひとに伝えるため、まずポイントをまとめましょう】~
~【立論】テーマに対して自分たちの立場や根拠を述べる~
※ なぜ。その意見に根拠があるのかを意識しましょう。
「月末は忙しいですよね」彼は私の言葉に返事すると作務衣の袖をせわしなく動かし、ガラスペンの先を優雅かつ素早く動かします。
「前月は紺野さん不在により私が来るまでお客さんを待たせていましたよね」
彼は謝罪の言葉をつげ、甘いお菓子の入った袋を取り出してきます。
「商品に埃が積もっていたりします。明らかに人手が足りないのではないのでしょうか」彼の手元はさらさらと優雅に動き。
ぼーん ぼーん ぼーん
三時だ。
三時なのだ。
「珈琲入れるね」「うん。頼むよ」
珈琲って言ったらインスタントか缶コーヒーなんだけど、このお店には珍しい珈琲を入れるための器具がある。
ここは古美術商、『紺野商店』。
私はここでバイトに入るまではインスタントコーヒーを珈琲だと思っていました。
珈琲って苦いんです。知ってた? へへん。知らなかったでしょ?!
「ねえ。紺野さん」ぼろぼろの掛け軸を眺めながら紺野さんは知らんぷり。
こーんな可愛い女の子がそばにいるのにつれないーんだ。
「どうしたの。美夏ちゃん」「珈琲入りましたよ」「置いておいて」
紺野さんはこのお店の御主人ですっごく美男子なんですけど、いっつもこんな感じの困った人。
はぁ。なんでこんなヒトなんだろ。
「何が。美夏ちゃん」「人の心を読まないでください」「顔に書いています」
澄まし顔で告げるその顔とすらりと背の高い姿。意外と筋肉質な胸元に胸がキュンってしちゃうだよね。
~【反論】対する相手の議論や意見に反対意見を述べる~
「バイトの時間とお給金を増やしてほしいという話だけど」彼はカップを優雅に回してテーブルに置きます。
「人間はもともとぼく一人でも回るからね」まぁ押しかけましたから。
「マンパワー不足の件についてだけど先月末の君はテストが重なっていただろう。学業がやっぱり第一だよ。麻生が心配する」ううう。欠点取りました。
「それにうちの売り上げが足りない。すなわち人件費が足りない」それは営業努力だと思うのです。
「資材やスペースをどうするのかという問題もある」ここはよそにはない不思議で新しい品々があります。そのことをもっと前面に押し出してもよいのではないでしょうか。
~【主張】自分たちの最終意見を強く言う~
立論においての重要ポイント。
『なぜその意見に根拠があるのか』
「迷惑をかけたお父さんとお母さんに贈り物を」「それは感情論。落ち着いて僕を説得してごらん」
彼はそう言って私の言葉を促します。
「ほら。美夏。教えたとおりにやってごらん」「はい」
すっと息をすって、よく考えて練習した台詞を。
「月末、夕方は忙しいように私には見えます。
前月は遅くまで紺野さん、記帳をされていらっしゃいましたよね」「だね」
あのペースでは帳簿をつける余裕はなかったと思うのです。
「本当に私を夕方に返してよいのですか。私が紺野さんのもとで働くこと自体は両親は反対していません」
でも、学業をどうするのさ。そう告げる彼に以前教えていただいたストップウォッチとメモを取り出して見せます。
「私は紺野さんが雑事に追われている間に帳簿をつけることだってできちゃいます」「教えたね」
「責任的に店主でなければできない仕事も、細かく分ければ手作業の部分もあるはずです」「その通り」
「そもそも、私たちがお客さんをまってぼうっとしている時間にできる雑務があるはずです」「それまでは宿題をしていたね」ですね。
「給与計算、売上金の管理などは紺野さんがやらねばいけません」「うん」
【ポイント。相手のやっていることを認め、相手の仕事を認め、その行動の内容を把握しましょう】
「シフトを増やしてください」「無理だろう?」彼はイジワルを言います。
もちろん。私の台詞を促すためなので私は笑って見せます。
茶番ですよね。でもその茶番を用意してくれるのが紺野さんなのです。
「確かに前は月曜日は入れないと言いましたが最近はあまり遊びにいきません」
「接客が苦手と言いました。帳簿もできないとも」
でも、水曜日と土曜日なら入れます。今の自分なら接客も帳簿もお隣のご夫婦から教わりました。
「帳簿の不備については素直に謝罪します」「でも、補ってあげれば問題ないレベルだね」認めてくれたんだ。ちょっと胸が高鳴ります。瞳がちょっと熱くなりました。
「ですから、土曜日の午後、日曜日の朝に入れていただければ紺野さんは余裕ができるはずです。また、仕入れの手間が大幅に省けます。私が接客していれば仕入れにもいけます。すなわち新しい仕事も」
「本当に私の助けはいりませんか」なぜか、別の意味みたい。
ちょっと揺れる言葉。彼は拍手で応えてくれました。
「立派立派。美夏も成長したね。久作さんも喜ぶよ」えへへ。
~練習編~
【発声の練習をしましょう。はっきり。よく聞こえるように丁寧に】
「あいうえお いうえおあ うえおあい えおあいう おあいうえ!」「もう一回」
【滑舌は滑らかに】
「お綾や。過ちを母親に謝りなさい」この選択は嫌味ですか紺野さん。いいですけど。
「お綾や。過ちを母親に謝りなさい」「もう一度」
「この竹垣に竹立てかけたかったから竹立て立てた」い、言いにくいです。「もう一度」
【話すスピードも大事です。早すぎず遅すぎず相手が聞き取れるように。
言葉だけではなく、目線、身振り手振り、表情で明確に気持ちを伝えましょう】
「では、下向きで棒読みで『おカネください』」「オカネクダサイ」
お互い言い合ってみてちょっと可笑しさに噴きだす私たち。
これでは伝わるものも伝わらないですよね! あはは。
「美香」「はい」
彼のその黒い瞳が私を映します。
「僕の瞳を二、三秒見て」「はい」
「視線を外すときは鼻を見なさい。口元でもいい。鼻は本心が出やすいけど」「了解しました」
彼の鼻はすっと通っていて、やっぱり美男子なのです。
「こら、よそ事を考えない」「ごめんなさい」
「大切な言葉の前に間を作る。言葉には強弱をつけて話す。
身振り手振りを加えてね」はい。
”大きく息を吐き出して、緊張していても柔らかな表情を心がける。
重要なところは強く話し、相手や自分を指して要所はお辞儀をする”
「うん。とても印象がよくなったよ」「ありがとうございます」
「でも、指さしは今後日本が世界で戦うならよくない。向うの人は失礼と取るから人差し指で指さずに『スピーチスタイル』を覚えてね」「はい」
曲げた人差し指に親指を添えるような仕草なのです。変なの。
【意思を伝えようと尽くしても通じないことはあります】
「例えば男は星の数ほどいますって言われても困りますよね」「はい?!」
戸惑う彼に笑う私。「ほかの人を好きになってもいいかなぁ」にやにや。
それ以外、考えられない場合辛いですよね。私にとっての紺野さんは『月』なんです。
昼も夜も私の心をささやかに照らしてくれる。そんな存在なのです。
『大丈夫。希望を持っているから今はキツイ。
絶望しきった人間は、心すら削れてしまってキツイとすら考えることができなくなってしまうよ』お父さん。本当にそうですよね。
【本日の結論】
『言葉で人とつながり、お互いの利益を考えること』
……。
……。
私の剣先が石畳に突き刺さり、私の身体は慣性の法則に乗っ取り空に舞います。
月光を背に舞い上がり、燃えるその刃を全力で頭上から。
紺野さんを。かえせええええええええええええええええええええええええええええっ。
『月光』。
ぐわしゃん。
機械だか生物だかわからないそれは粉々になって潰れ、燃え上がる炎の中私は呆然とそれを見守ります。
「だめですか。私の言葉は届かないのですか」
私は。結局暴力で物事を解決してしまう。いやな子だったのですね。
私の名前は夢野美夏。
ピチピチの一六歳新人類。
私の好きな人は。
「あなたはなんでも知っているのね」
「そうでもないさ。知らないことだってあるよ」
トンデモない変わり者でした。




