初めて言葉を交わした日。いいかげんな私を包む光の日々。絡む指先から伝わるアナタの鼓動 ~今という一瞬は未来からやってくる~
麻生さんたちは過去にこのUFOみたいなのを破壊したとき、残滓が麻生さんの思いを映して紺野さんが生まれたという話を戦いながら教えてくれました。
でもですね。
このUFOもどきって強いんです。
自衛隊や米軍より強いのはどうかと思うのです。実感として。
怪光線に謎の爆発。地面というか空間そのものが歪んでえぐれる。
一瞬で瞬間移動したり、分裂したり融合したりも当たり前。
殴っても殴っても効いているのかわかりませんしそもそもお空を飛びます。
女子高生の私には手に余る存在と言えましょう。
そもそも私は恋愛をしていたのであって、世界を救うためにUFOを撃墜することは考えてもいなかったのですよ? 当たり前ですよね?!
『こんにちは。知らない人』
え。あなたはわたしを知っている?
そうね。あなたは私が好きな人と同じくらいハンサムかもね。
でも。あなたは私が知っている人じゃないわ。
私の好きな人はあんたみたいに弱くない。強い? 何処が? 笑わせないで。
8000年生きていて16の女の子の気持ちから目を逸らすほどあの人は弱くない。
誰かを好きになることが辛くて嬉しくてドキドキするほど全て変わっていく事だって。
それが生きていることなんだって教えてくれた。
愛も勇気も知らない? 知らないのにどうして私に教えてくれることが出来たのかしら。
私は知っているわ。
どんなことにも負けない心を。
何より怖いものを。愛すべきひとたちを失うかも知れない怖さを知った。
私にもわかったの。勇気を持って抗う大切さを。
生きていることの喜びを。未来。ともだち。家族。たいせつなひと。
全てが好きになることを。
『あなたのことなんて知らない』初めから何度も何度も言ったわ。
私の好きな人は紺野さん。あなたにとってはエラーとか間違いなのかもしれないけど私にとっては大事な。大事な日々なんだからッ?!
想い出はいっぱいあって。夏が来る前にしたいことはいっぱいあって。
……。
……。
「ねえ。紺野さん」「なぁに。美夏ちゃん」
このお店って相変わらず埃っぽい。ああ。くさいくさい。
紺野さんは埃の甘い臭いがして良いって言うけど私は嫌い。
かちかちかち。売り物でもある古時計が時を刻み。
ぼーん ぼーん ぼーん
三時だ。
三時なのだ。
「珈琲入れるね」「うん。頼むよ」
珈琲って言ったらインスタントか缶コーヒーなんだけど、このお店には珍しい珈琲を入れるための器具がある。
ここは古美術商、『紺野商店』。
私はここでバイトに入るまではインスタントコーヒーを珈琲だと思っていました。
あのね。インスタントコーヒーでもお茶と一緒でいったん水でほぐしてからお湯を入れるとおいしくなるのですよ。ご存じでしたか?
そんな不思議なことをいっぱいいっぱい存じていらっしゃるのが紺野さんなのです。
というか、あなたどなた? あなたなんて紺野さんじゃないですからね。
紺野さんを返してくださいな。
こちこち。こちこち。
時は金なりと言いますが私の場合は時給なのです。
時間が過ぎるのって早いですよね。もっとゆっくりでもいいのに。
帳簿のつけ方を彼に教わりながら私はちょっとよそ事。
時々彼の指先が私の身体に少しふれて時計のようにドキドキ。
「美香ちゃん。ちゃんと勉強しているのかい」「していません。うちは中高一貫で大学もついていますから」
そう答える私に呆れる彼。
「仕事も物事の習い事も時間を決めてメリハリつけないと」「メリ張りって何でしょうか。障子でも貼るのですか」
時々意味不明の言葉を放つ彼と時々聞き違いをする私の会話は歳と同様かみ合わず。
でも年齢差なんて些細な壁ですよね。私はそう思っています。
彼は奥から小さな懐中時計のようなものを持ってきて私のそばに置きました。
「これ、キッチンタイマーね」「それがどうしましたか?」それはなんの変哲もないデジタル式のキッチンタイマーで。
「って。これデジタル式?! カッコいい?!」「あげません」ちぇ。
うちにもありますけど、文字盤の四角い八の字の一部が反転して文字になる形式で液晶に表示されるものは珍しいです。
「美香ちゃんの家にあるのはパタパタ時計の機構が凝っているものなのか」です。お父さんがそういうのが好きなんですよ。
時計といったら三つも四つも買ってきちゃって、お母さんの逆鱗に触れることもしばしば。
あ。総長は暴力振るいません。ご飯を『うっかり忘れる』だけで。
というより、この時計は不思議。
一目見た感じだとただのガラスなのに、中には文字が。どういう仕組みなんだろう。
「こんなのどこで売っているのですか」「紺野商店です」教える気ありませんね。紺野さん。
お父さんにあげたら喜ぶと思うんだけど。
ふわふわ。ふわふわ。
珈琲の湯気は早く冷えてほしい私の吐息を受けて古ぼけた天井へ。
夏日でもホットというのはちょっとやめてほしいけど。私は猫舌気味のようです。
「では、この時計。キッチンタイマーを使った時間の管理方法を教えてあげます」「いりません」「減給します」
すましてほほ笑む彼に憤慨する私。「職権乱用だ。訴えてやる」「なんとでも言いなさい。普段仕事しないじゃないか」「ううう。確かに宿題をここでしていますけど?!」
なんでも自己管理能力を得ることは将来のためにすごく大事なことらしいのですが。
「何ですかこれ」「ようかん」
そう。その羊羹は黒々として、つややかでとてもあまそうなにおいをしていて。
「食べていいですか」「いいよ。ただし15分待ったら二つあげる」なんですかそれは?!
こっち。こっち。こっち。こっち。
柱の古時計が時を刻む中、私は紺野さんのお話に耳を傾けます。
「これが自己管理能力。セルフコントロールを養う訓練なんだけど」「珈琲が冷めます」
温めなおした珈琲っておいしくないと思いません? 紺野さん。
「それを養うためのストップウォッチだね」「へえ」別に食べたくてそわそわしているわけではないです。いやしいコと思わないでください。
でも。ああ。口に広がる羊羹の味を想像してしまうと。食べたいなあ。
冷蔵庫から出したての清涼な黒はその小ささに反して大きく私の関心を惹きつけるのです。
「二人でひとつづつ食べればそれで解決ですよね」「どうしてそうなるのかなぁ」あきれる彼に勝ち誇る私。
根負けした彼ににっこり。へへん。おいしいものはおいしい時に食べるんです。
「辺縁系が美香ちゃんは発達しているのかな?」「どういうことですか」
彼はちょっと意地悪な笑み。私は早く答えてほしくてぶうたれ顔。
わかっています。いつものやりとりですから。
ずっと続く。これからも続くおつきあい。
「脳の考える力を司る部分で、快感を求める部分が辺縁系。
前頭葉が目的達成を求める部分。この二つの思考の対立が人間の行動決定にかかわるのです」
禅東洋ですね。わかります。広島カープとマツダの旧社名だったっけ。
彼は軽く珈琲の湯気を吹いてニコリ。「わかっていないでしょう」う。ちょっとだけ。
「自己管理の鍵はこの前頭葉を先に動かすことを養う訓練からだね」
あ、でも私目的達成のためならどんな困難でも乗り越えられる気がします。
そのためには。
そういって彼はどこからか白い黒板もどきを出してきますが。
あっ? マジックで何を書いているのですか? 消せなくなりますよ。
『IF-THENプラン』とさささと書く彼。マジックの甘い匂いに思わず昔の思い出が。
う、うん。アンパンやってると歯が溶けるからやめていますからね。
その手の臭いはやめてください。
「『こうだったらああする』という決まりを作ることが大事です」
それと羊羹15分待ちとどう関係があるのでしょうか。
「例えば19時までには必ず宿題を終わらせる。20時には就寝する。
カッとなったら10数えるといった決まりを繰り返すことで自己管理能力が必要な場面で発揮されるようになるのです」本当かなぁ。
「ほかにも、ぼくは『伝票を書いて、お金を受け取ってからお釣りを出す』と決めているから、途中で別のお客さんに声をかけられてもお釣りを出しすぎたりしなくて済む」
あ。それでお仕事でもどうでもいい手順を繰り返し教えるのですね。
「前にもいったよ?」「そうでしたっけ? わすれちゃいましたから」
もう。あきれる彼に微笑む私。
こういう会話だったら15分なんてあっという間ですよね。
「本題に戻ると、『こうしたほうがよいとわかっていても目先の誘惑に負けてしまう』習慣を少しでもつぶしていく。そういった訓練の続きが未来を変えていく。そういうことを15分のお菓子で養うことができるんだ。美香」へえ。でも私には不要な訓練ですよね。ええ。
「15分後の二つのお菓子より今美味しいお菓子と珈琲を二人で分け合う時間です」「もう。美香はいつもそうだ」
肩であきれる彼に満面の笑顔。私はアナタが思うほど子供じゃないのですよ?
あと、最近無意識でしょうけど『美香』って呼んでくれるようになったのはうれしいです。
指摘するとすっとぼけますけど。『そんなメモリーはない』とか変なこといって。
「成功するには『熱いゴール』も欠かせない。前述の自己管理に加え、達成可能だけどすごく喜べることの連続を踏み越えていく。大学院の学生は皆優秀というけど、本当に優秀な子は『どうしても解明したいこと』を持っているって麻生が言っていた」あの先生、大学院出ていたのですか?!
「アメリカに一時期行っていた。飛び級で博士持っているぞ」「うっそ。智子。がんばれ」間違いなく玉の輿です。安月給の教師だと思っていました。
「せるふこんとろーるを身につけると、ストレス……心の疲れにも強くなれるんだよ」「そうなのですか」
それも、私には不要ですよねぇ。
「だから、キッチンタイマー」ふむ。なのです。
勝ち誇ったように奇妙なキッチンタイマーをもって説明する彼はちょっと可愛いのです。
年上の男性に言う言葉ではありませんので黙っていますけどね。ええ。
「一五分設定をしたら集中して勉強をする。終わったら振り返ってみてどれほど集中できたか。翻ってどういうときに集中できないのかを自己判断できるようになっていく。これが大事なんです」
ほうほう。なるほどなるほど。
私は冷蔵庫からこっそり冷やしていたチョコレートを取り出します。
ご存知ですか。凍らせたチョコレートって結構オツな味なのですよ。
これがブランデーによく……今のは忘れてください。
「一五分より短くしても良いけど、自分の集中力がどれほど持つのかを把握するのも大事だね」
私は、ずっと持続していますけどねぇ。『目的』がありますから♪
鼻高々なのか、それとも本当に私のためにしゃべっているのか。
……たぶん、いえ絶対後者ですよね。
こういうオトナに見えて子供っぽいところも好きです。
なぜこのような変な人。宇宙人みたいな人が好きになっちゃったのでしょうね。
それが一番、難問奇問。
「それができるようになったらカウントアップ式のストップウォッチで『時間の家計簿』をつけてみるといいね。
紺野さんがおっしゃるには。
日付。
その日に勉強した内容。
勉強の合計時間。
睡眠時間。
合間の時間。
一日の満足度。○×△、ハナマルで。
勉強の成績は個人差がありますが、時間は均等。
その活かし方がはっきりわかるのが貯金をしているような気分になれるそうです。
あと、他人と比較してあれこれ迷うことがなくなり、過去の自分のみが好敵手になるという利点もあるとか。
「ほかにも時間が無くなっていくほど底力が出やすくなるんだ」へぇ。
私はくすりと笑います。
もうだめ。紺野さんおかしい。
「紺野さんは今それをされていらっしゃるのですか」「ううん」
「紺野さんはほしいものを手に入れていらっしゃるのですね……私もです」
意味が解らない。
そういって暖かい珈琲を淹れなおす彼の背中を眺めながら私はおかしさを隠すこともなく。
「だって、この一瞬一瞬が私の夢で未来なのですから」「……」
「私がおばあちゃんになってもこうして色々教えてくださいますか」「えっ」
逃げたってもう外堀は固めていますからね。
大阪城だって外堀内堀。鉄筋コンクリートを流し込めば落ちるでしょう。ええ。
戸惑いの顔を見せる彼にぶーたれる私。
「どうしたのですか。紺野さん」「い、いや……人間は老衰死するのだったね」はぁ。
当たり前です。それは確かにちょっと嫌ですけど。私は十六歳ピチピチきゃぴきゃぴの新人類です。そうそうお婆ちゃんにはなりませんよ?
「そうか。そうだな」
もう。また珈琲冷めちゃいますよ?!
私の名前は紺野美香。
じゃなくて夢野美香。
ピチピチの一六歳新人類。
私の好きな人は。
「あなたはなんでも知っているのね」
「そうでもないさ。知らないことだってあるよ」
トンデモない変わり者なのです。
きっと彼は不老不死の宇宙人なのです。なーんてねっ♪
……。
……。
ねぇ。
紺野さん。
手を伸ばしてください。
一瞬でいいじゃないですか。
私がおばあちゃんになるのがすぐというのはそんなにつらいですか。
立ち上がってください。私から目を逸らさないでください。
アナタが教えてくれたことなのですよ。
私の指先に触れるのは。怖いですか。




