冷やしてあげたい ~ぬるいビールを一瞬で冷やすすごい技~
守ってあげたいは1981年発売の松任谷由実の17枚目のシングル。
余談だが東京都八王子(松任谷の故郷)では小学校の下校時に防災無線でこの曲が流される。
こんにちは。知らない人。
え。あなたはわたしを知っている?
そうね。あなたは私が好きな人と同じくらいハンサムかもね。
でも。あなたは私が知っている人じゃないわ。
……。
……。
暑い。暑すぎます。
町の電気屋さんの前のクーラーや扇風機。
ご町内の皆さんや子供たちが涼んでいるのです。
マイコン遊びをする子も多少は。
楽しそうだけどテクノストレスとかはどうなのかな。
あ。ストレスというのは心が疲れてしまうことらしいの。
何でもマイコンがお友達になっちゃったりするそうだけど。
ゲームを作る場合算数が出来ないとダメらしいし、私には無縁かな。
「美香ちゃん。今日もお手伝いに行くのかい」「ええ」
スイカを取り出してよーっとはしゃぐ大人たちを尻目に私は歩きます。
「よかったら、美香ちゃんもっていっていいよ」「え? 悪いですよ」
だって私、昔おばさんのお店のガラスを割っ……黙っておきます。
「なんか一時期荒れていたけど、また素直でかわいい元の美香ちゃんに戻ってよかった」
にこにこ笑うおばさんに何も言えずに私は店を出ます。
素直だったわけではないのです。怖かったんです。
誰に対しても怖いと思うことができない自分が。
誰に対しても負けることができないこと。
親友ですらおびえるその瞳が怖かった。
でもね。
良いことがあったの。
私は赤い麦わら帽子を額で抑えるようにして「きゃ」と思わずつぶやいて。
ふわりと舞うスカートを抑えたいけど赤く砕け散るスイカの汁の香りを思い出してちょっと躊躇。
結果的に私の両足は蒸し暑さを孕む尾道の風を受けて。
「もうっ?! エッチ!!」誰彼ともなくつぶやいて、あの階段を上ります。
「いーち にー さーん」
「きゅーじゅーきゅー!」「百だよ。美香」
そのお店に入って、スイカを手に勝ち誇る私。
「お土産ですよ紺野さん。今すぐ食べましょう」「冷えていないじゃないか」
冷えるまで待ちきれないのですよ。わかるでしょう。
そう告げると彼は楽しそうに微笑んで、優雅に珈琲のカップを手に取り。
ふわりと広がる湯気が香ばしい香りとともに私の喉を鳴らします。
にこりと笑う私にふと視線をこちらに向ける彼。ちょっとドキドキしますね。
ちょっと? たぶんすごく。
「美香ちゃん。そこのスイカとビールとって」え? まだ冷えていませんよ?
そう思って氷水に手を入れてみるとひゃうぅっ?! 冷たいッ?!
「もうっ?! そんな笑うことないじゃないですか!!」いつも飄々としている紺野さんとは思えない笑い声。
ムキになって喰いつく私に彼はお塩の入った袋を出してきました。
「塩水は零度以下になるらしいんだ。だからビールを素早く冷やしたい場合、氷水に塩を入れるといいらしい」「そうなのですか?」
そういってビールを飲む彼から無言で缶を奪う私。
するりと彼の細い指がまた缶を奪います。その時に私の肩に彼の腕がかかってドキリ。
「ダメ。未成年でしょ」「え~? だって私暴走族だもん」
「丈夫な赤ちゃんが産めませんよ」「えッ?!」
思わず頬を赤らめる私にほほ笑む彼。
「お酒は二十歳になってからでも遅くありません」「意地悪」
舌を出してあげる私。
「二十歳になったら子供できてたらどうするのですか」「今は飲んでもあまり言われないけど、将来的には妊婦の飲酒は禁止になるだろうね」へえ。
「飲酒運転も禁止になると思う」「最近シートベルトの取り締まりも増えてきましたものね」
穏やかな風はまだ熱波を含んでいるけど。私たちの将来も運んできてくれるものだと信じて。
……。
……。
私の好きな人はあんたみたいに弱くない。強い? 何処が? 笑わせないで。
8000年生きていて16の女の子の気持ちから目を逸らすほどあの人は弱くない。
誰かを好きになることが辛くて嬉しくてドキドキするほど全て変わっていく事だって。
それが生きていることなんだって教えてくれた。
愛も勇気も知らない? 知らないのにどうして私に教えてくれることが出来たのかしら。
私は知っているわ。
どんなことにも負けない心を。
何より怖いものを。愛すべきひとたちを失うかも知れない怖さを知った。
私にもわかったの。勇気を持って抗う大切さを。
生きていることの喜びを。未来。ともだち。家族。たいせつなひと。
全てが好きになることを。
私は。負けない。




