手を合わせて見つめるだけで(物理的に) ~『可愛い』では靡かない~
「おっさん。人の帽子を取る気?」
腰まである長髪に足首まであるスカートを翻して威圧する私。
分厚い鞄にはおもりになっている薄い鉛を入れていて殴り合いでも威力を発揮する。
「九九段も登って子供に感謝されるどころか叱られた」ションボリとするオジサンに私は罵り声を上げた。
処であなたは誰?
私はあなたの事なんて知らないから。
私。夢野美夏。
一六才。女子高生。
自分でもなんだけどイケているほうだと思う。
私はイモくもダサくもない。
イモいとかダサいとかを体現した作務衣に風呂敷を背負った若いオジサンに私は威圧を続けるが、彼は飄々としたものだ。
「帽子。着物」「着物? 君のでしょう。常識的に」「そうともいう」ぷっ。ばかみたい。
「ぼくは紺野塊山。古美術商」「ん?」名前なんて聞いていないし。
「で、君は夢野美夏ちゃん?」「おっさん気持ち悪いんですけど」なんで知ってるのよ。おかしいし。
「だってさっき名乗ったじゃないか」「そうだったっけ?」
くすくすと余裕の笑みを浮かべる彼は上からそっと帽子を私の頭に乗せた。
「かわいいね」はぁ?
「不審者だ。可愛いなんか言った程度で女の子が靡くとか思ってるとか変態か女の子を知らなさすぎるんじゃない」「ぼく、何も言っていないんだけど……」
心臓が早鐘のように鳴り出す。
なんだこれ。おちつけおちつけ私。
頬が熱いし。運動しすぎた。深呼吸深呼吸。
えっと息をどうやって吸えば良かったっけ。
えっとヒッヒフー?
「それ、違うから」煩いし?!
「それはラマーズ法ってやつでね。まだ君にははや……」
私は思わず鞄で彼の顔面を殴りつけてしまった。
照れ隠しの意味があったのは否めない。
私の名前は夢野美夏。
ピチピチの一六歳新人類。
1980年の春。
とある夏日に私たちは出逢いました。
私の好きになった人は。
「あなたはなんでも知っているのね」
「そうでもないさ。知らないことだってあるよ」
付き合って、可愛い女子高生になって気づきました。
彼は。彼は……。宇宙人並のトンデモない変わり者だったのです。