何を書いてる何をしてる~悪筆対策~
いつもいつも思うのですが、ボールペンってインクが飛び散って不便ですよね。
アンタ誰かって? アンタこそ誰よ。こんにちは知らない人。
ひょっとしたら未来ではボールペンはインクが飛び散らない便利なペンになっていたりするのでしょうか。
白いインクの出るボールペンが出て文字が消せるようになっていたりするのでしょうか。
「紺野さんはガラスペンですよね」
繊細なきらめきがとってもきれいなペンですが当然のようにお高いそうで。
「これは日本発祥のペンなんだよ美夏」じっと見つめます。視線に気づいたかのように彼が口ごもるのを見てにんまり。
「遂に。遂に呼び捨て来ました」「ちゃん」何故ですか。せっかく親密になった気分を楽しんでいたのに台無しです。
キラキラと光に透けるその青いペンは手に取ってみるととっても繊細なのに。
「綺麗な文字ですね。紺野さん」「美夏ちゃんは日ペンでもやったらどう」
ペンを壊したりしたら大変と意外とむきになって私からペンを奪おうとする彼とそれに対抗する私。どうせ私は日ペンの美子ちゃんじゃありませんよ。髪は長いですが。
珈琲の湯気が私ちの喉を蒸らして今日も三時がやってきます。ぼーんぼーーん。
二人で珈琲を飲んで、いちごの入った大福に舌鼓。
これってものすっごく美味しい?! 紺野さん何処で買ったのですか?!
「ああ。この時代にはまだないのか」「??? もったいぶってないで作り方を教えてください! 智子にも教えますから」
くってかかる私を右手で優しく制して彼は呟きます。
「それより。食べ終わったらこの伝票について話し合おうか」そういって彼は書類や連絡簿を出してきます。
「これは6かい? 0かい?」「忘れました」どっちだったっけ。
「文字は下手でもいいから丁寧に結びなさい。美夏。
ひらがなは漢字より一割から二割小さ目に書くほうがきれいに見えるんだよ。
ただし単語は除くけど。末尾を揃えて漢字と同じくらいの大きさにするんだ」「参考にします」どうでもいいと言いかけて相手が相手だけに黙ります。浅生先生なら反論しましたけど。
他にも同じ漢字でも番地は『ー』などで代用できるため記号や接続詞と同じ扱いで少し小さく書くそうです。接続詞が小さいと読みやすいそうです。
「あとこっち」ちょんちょんと『インド人』と書いた連絡簿。なにこれ。
「ハンドルだったっけ」「右左の傾きは揃えなさい。傾きを無くせとまでは言いませんから」
首を右に動かして読解に努める私に珍しく厳しい紺野さん。
むう。ワーどぷろふぇっさ? かタイプライターが欲しいのです。
智子がタイプライターのおもちゃを持っているので使えますし。
「専用のモノは使えないと思うよ。それにそのうちワードプロセッサーにとってかわられるし、そのうち個人用コンピュータがその役目を引き継ぐのじゃないかな」良く分からないですけど。凄いですね。
そうしたらもう文字を書く必要が無いと思うので楽なのです。
そう思っていると紺野さんは私がコースター代わりにしていた答案用紙を翻して一言。
「ここら辺は当面手書きだと思うよ」「うわあああああっ?!」
紺野さんはさささと私のノートに正確な直線でななめ6度の補助線を入れていきます。
手先が見えない早さで一行に4つの補助線が入ったノートが完成。
なんと申しますか。紺野さんのすることに驚いてはいけないのですね。定規無しで数分とか。
「こうやって右斜め6度に固定すると綺麗に見えやすいよ。目の錯覚だけど」それより、どうやって直線なんて書けるのでしょうか?!
驚き呆れはしますが、彼の顔が思いのほか真剣で近いことに気付いてドキドキ。
「美夏ちゃんは筆圧が強いんだ。持ち方はあっているけど握りこんでいるよね」ええ。
彼の意外と細い指先が私の掌をほぐしていきます。ああ。ちょっとダメな子になっちゃいそうです。
思わず潤んだ目で彼を見上げてしまい羞恥とほのかな喜びに震え上がりそうで。
「横の線は右上がり6度気味でも縦の線はまっすぐ縦にするんだ」「はい」
繊細なガラスペンを壊さないように優しく持ちます。ペンは青いインクを吸い上げ、ゆっくりと色に染まっていきます。
「ペンや鉛筆は小学校でも習ったと思うけど三点もちが基本で、
基本は支えるためだけに持つ。
親指と中指でペンを持って人差し指で動かすほうが本当は良いのだろうけど」
美夏ちゃんは筆圧が強いからペンダコが中指に出来ているよねと言われて赤面。
思わずガラスペンを投げそうになって彼がそれをキャッチ。二重の意味でドキドキ。
「ほら、しっかりもって」持ちにくいです。紺野さん。
私はガラスペンを親指の先に。人差し指の第一関節でしっかりささえて。
「筆圧が強い子はこうもったほうが訓練しやすい」
たった二本の指で持つ持ち方は思いのほか頼りなく、何度も高価なペンを落としそうになります。
「違うよ。親指が支える指。人差し指で操作するんだ」はい。
彼の息が近くて、火照るうなじを悟られまいと私は髪の毛を左手で戻します。
「他の指はグーでいいよ」「了解しました」
「ペンの種類によってインクの出方が違うから注意ね。万年筆はやや寝かすしボールペンはやや立てる。ガラスペンもつけペンだから寝かすのだけど、少し回しながら使うとイイ感じみたい」おちつかないとつけペンをするときに割りそうで怖いです。それとは別に胸が破裂思想。もとい破裂しそうです。
「じゃ、ゆっくり丸を何度も書くんだ。右、左と」
少し練習してから書くと書きやすいのだそうです。
親指と人差し指だけだと物凄く書きにくいですよね。
でも余計な力が入らない分綺麗にかけます。
繊細なペンを壊さないように何度も回し、
インクに慎重に浸すので少し落ち着いて書かねばなりません。
「将来的には正確に早く書くこと。そうしないと『紺野商店』は任せられないからね」「はい」
そうですよね。夫婦になるなら必要ですよね。いかんいかん。雑念雑念。
思いのほか真剣な彼の横顔を眺め続ける眼福に浸っている場合ではありません。
ペンをインクにつけないと。
「文字の間隔を正しく開ける」
つめれば詰めるほどノートが節約できると思っていましたがそうではないのですね。
「ごちゃごちゃしていて君のノートは解りにくい。あれでは思考をまとめられないでしょう」ごめんなさい。
しゅんとする私に対してちょっと彼の口元がほころびます。
「難しく考えない。シンプルに。ノートの書き方は次回に譲ろう」楽しみにしています!
ウキウキと喜ぶ私に拷問のような試練を施す彼。
この歳にもなって筆順を指摘されるなんて。しかも練習とか。泣きそうです。
「鏡面文字を一部書く癖があるんじゃないかな?」子供のころ少し。
「鏡面文字をあえて書いてみる練習法もあるんだよ。見本はしっかり見て書いてね」
なんでも頭の中で綺麗な文字をイメージする練習法が有効なのだそうです。
「お箸がキレイにもてるようになれそうです」出来上がった文字を見て満足な私。
あと、木刀を振るのも上手くなれそう。もう持ちませんけど。
「実際に有効だよ。指先の繊細な動きを習得することで剣道の上達が見込める」適当に強く握って力いっぱい殴っていましたけど違うのですね。
「姿勢を正して」彼の意外とやわらかい指が私の背中にそっと触れました。
「背骨を曲げない。首はまっすぐ。ほら。目が悪くなっちゃうよ。机から目線を離す。ちょっと視線が下に行くから目が辛いだろうけど慣れて」苦しいけど頑張ります。
「長く書き物をするなら綺麗な姿勢は大事」「はい」
すっと彼の意外と細い指先が私の背を撫でて身体が震えそうになるのを心で抑えます。
胸が爆発しそうです。運動もしていない筈なのに首筋から足元まで何とも言えない感じが。
「綺麗に書けたね」「うん」
今日はとってもとってもドキドキして良い一日だったなぁ。
紺野さんは私の書いた一筆を手に掛け軸に歩み寄り。なにやら。
って?! ちょっと?! 「色紙にしちゃだめぇぇっ?」
「え? いつも美夏ちゃんの答案に悩んでいる浅生に見せてやろうと」「だめだめだめぇ?!」
『愛』『勇気』
二つの色紙を見比べながら『なら片方にする。どちらが良いか』などと仰っている彼ですが絶対ダメですから。
「処で、美夏。これは何と読むのだい?」「愛と勇気ですか」「アイ……ユーキ……ふむ。覚えた」
適当な冗談をまた言っているし。本当に紺野さんは変なヒト。
私の名前は夢野美夏。
キャピキャピの16歳女子高生。私の好きな人は。
「あなたはなんでも知っているのね」「そうでもないさ。知らないこともある」
とっても変わった素敵なヒト。宇宙人なのです。
きっと。きっとそうだよね。だから私は。頑張っているのです。
挿絵は美夏ちゃんと同じく悪筆の鴉野が代筆。
汚くても良いから丁寧に書く。
自分が読めない字は書かない。
空間を意識する。
無理に詰めた字にしない。
誤字を押し潰して無理やり直したり、脱字を挿入すると逆に解りにくい。
単語はひらがなでも漢字と大きさをそろえる。
接続詞は小さく書く。記号をひらがなで和えて書くときも小さく書く。
名前はやや大きな字で書く。
見せたい言葉をそろえる。
などなどがあると思いますが鴉野の我流も多いのでその手のサイトを巡ってみてください。




