番外。信じられない事があったの~朝起きたらガチムキ~
あなた。どなた? 私はあなたなんて知らないから。
私の名前は夢野美夏。キャピキャピの16歳女子高生。
ちなみにキャピキャピとは脚婢脚妃と書き、侍女の脚だか妃の脚だか解らぬことから発生した言葉だと浅生先生がおっしゃっていました。なぜかみんな爆笑していましたけど。
ところで本当にどなたかこの状況を説明してほしいのですが。
取り敢えず鏡に映る裸の殿方はどなたでしょうか。かろうじて下着は身に着けていますが。
真っ黒でつやつやの肌。
つるつるに輝く頭はこぎれいに太陽の光を跳ね返し、
男の人独特の臭気に舌と喉奥までむせそうです。
鏡に近寄るたびに隆起する脚の筋肉はキャピキャピというより戦闘用というかなんと申しますか。
私の胸は確かに一般的な女性より大きいのは事実ですがこんなに筋肉の塊で別の意味で躍動感ありましたっけ。少し動くたびにピッグンピックンと動くのは醜悪ですらあります。
あと上背ですが私は女性にしては長身ではありますが鴨居で頭を強打することはいまだありませんでした。
具体的に言いましょう。朝起きたらガッチムキの真っ黒な肌のお兄さんになっていました。どうしよう。
じっと足元に投げ捨てた制服を手に取ります。
ただでさえ胸のところとお腹のところにそれぞれ別の理由で適切なサイズが無い制服です。
こんなものを着たら絶対破けます。というか物理的にまとう事は不可能です。
私は今更鳴り出した目覚まし時計の音にびくりとなります。
やばい。お母さんがおこしにくる。どうしよう?!
がらりと即座に戸が開き、穏やかな顔立ちのお母さんの右手には燃えるゴミの日に出した筈の伝説の赤い鉄木製の木刀『朱闘羅怒』が。
お母さん。物騒なものを部屋干しに使わないでください。
襲名の時に先代から譲られたその木刀は細い見た目に反して2キロ半ありますから?!
彼女の放った突きは軽々と土壁を貫通し、斬撃はというと木刀であるはずなのにふすまを両断。私の背中にだくだくと汗が流れるのは別に暑いからではありません。
人間ですかお母さん?!
「あなたどなた? 娘はどうしたの?」「私です私ですお母さんお願いそれでぶたないでっ?!」
すごむお母さんは現役時代の私でもビビったでしょう。
恐るべし娘を想う親の愛。というか、現役時代彼女がその気になっていたらどのような修羅場になっていたのやら。
「え、えっと。美夏です美夏です。私が美夏っ?!」「あん?! 初代『童裏夢血恵威早頭』の総長を舐めたら」ちょ?! 伝説の初代がお母さん?! というか恥ずかしいからそのチーム名なのらないで?!
「あら。私としたことが」
何とか事情を話し終えるとお母さんはにこりと笑うと凄惨な二階の部屋から私を一階の台所へ。
背後に広がるあれはつい先ほどまでその猛攻撃を受けていた私をして。
『見なかったことにしましょう』現実味ゼロですから。
「チーアからもらった木刀を握ると昔を思い出すわぁ」頬を年甲斐もなく染め、ぶりっこを決めるお母さんはちょっと引きます。
「外人さんからアレいただいたんですか」「正確には借りたままなんだけど。あ。そうそうよくも思い出の品を燃えるゴミに」その話は後でしましょう。ゆっくりと。
流石にもう暴走族じゃありませんから。
空恐ろしいことになっている上のお部屋を想いながら私は彼女の淹れた紅茶に口を運びます。
ふわふわした薫り高い湯気と自然な甘みが現在の異常性を超えたおかしな気分に拍車を。
ああ。このまま布団をかぶって寝ておきたい。
「あれはね。炎竜の血を浴びた木刀なのよ~」
くらくら。お母さんあなたまで。
とはいえ、今の私の姿に至ってはそれ以上の異常事態なのですが。
全身筋肉のハゲのおじさんとか。お父さんがいなくてよかった。
お父さんと言えばこの家にあるはずのない大量のジャンプはお母さんが読んでいる模様。女の人なのに少年誌。
リングにかけろ? でしたっけ。そういう漫画が彼女のお気に入り。
「おかあさん。まいなちゃんじゃないんだから」「あの子はかわいいわよね。妖怪とか言うんでしたっけ。この世界では」この世界もあの世界も無いでしょう。
「そんなことよりこの身体では制服が着れないから学校にはいけないよね」「そうね。流石に女子高生の格好をしたぼでぃびるだー? が道を歩いていたら機動隊が出てきてもおかしくはないでしょうね」
ああ。機動隊やだ。自衛隊も怖いけど。
頭を抱える私。今の私には腰より長いあの黒髪が無いわけでして。つるつるです。つるっつる。
ぺちぺちと手でたたいてみるとなかなかの手触りです。意外とぶにぶにしていて面白いですし何より涼しいのが良いです。女の子って暑くても男子のようにもろ肌脱いだり薄着できませんから貴重な体験です。
「意外とハゲって快適ね。お母さん」「私に同意を求めないで。経験ないから」
この異常事態でどうしてそのように落ち着いているのですか。
「妖怪やつくもがみや宇宙人だっているのに、娘がある日筋肉の塊の男になっていても驚かないわ」こんがり焼いたパンを噛みながら彼女。珍しいことに彼女だけは朝はパンを自分で焼いて食べています。戦前からそうだったと仰りますがそれでしたら浅生さんより年上になっちゃいます。お爺ちゃんやお婆ちゃんの話なのかな。
「すっごく驚いていたというか、凄く殺す気だったでしょうに」「あらあら。人違いって怖いわよね」
かわいこぶりっ子してみせる彼女ですが。
巨大な身体を無理やり椅子の上に乗せて肩をすくめてテーブルにつく私は実に窮屈。
「ちょっと待ってね。今素敵な服を縫って」「学校に間に合いませんから?!」
「普段サボっていたじゃないの」「いまは真面目な学生なんです?! 紺野さんに嫌われてしまうじゃないですか?!」いえ、今筋肉の塊の殿方なのですが。私。
「おい。おい。美夏。いるじゃろ~」「あら、まいなちゃん」げ。
私は何とか今は小さくなったテーブルに身を隠そうとするのですが。
「美夏。おぬし何をやっとるのじゃ」あっさり『まいなちゃん』に見つかります。
というか、チャイムも鳴らさずに家に入ってこないでほしいのですがお母さんは意に介していないよう。
それよりなにより。「誰? あなた?」「おぬしと浅生と紺野が『鵲 埋名』と呼ぶ存在じゃが」
この姿では正確な身長ははかりかねますが家具から推測するにかなりのすらりとした長身に赤い着物をまとったモデルさんのような美人さん。
「まいなちゃんのお姉さん? いつもお世話になっています。ってちょっと変だよね」「あっとる。ワシがおぬしの知る存在じゃ」お姉さんまで。
お母さんはまいなちゃんを名乗るお姉さんを見ても気にせず、「よく来たねまいなちゃんゆっくりしていってね。浅生先生はどうしているの? たまには家庭訪問に来てね」と猛アピール。
お母さん浅生さん気に入ってるしなぁ。
「遅刻しないかと浅生が気をもんでいたから呼びにきたのじゃが」
自称、まいなちゃんは私の身体をぺちぺちと叩き。
「何故に筋肉」「私がききたいです?! というかまいなちゃんは何処?」「わしじゃわしじゃ。いつもの身体と違うからおかしいと思ったらおぬしに霊力の一部がうつったか」
何処をどう間違えたらそれがガチムキのオッサンになるのか理解できませんが?!
というか、この綺麗な自称まいなちゃんはなにもの?!
「すっごくびっくりしたわよ」「うむ。騒がせたの。菅原亜紀よ」
自称まいなちゃんはお母さんに頭を下げると柏手を打ち。
あれれ? 眠い。眠い。眠いよ……。
目が覚めると浅生先生に教室で質問をあてられていました。
よだれの後を拭い、目やにをふいて教科書を持つ私。隣で智子が告げます。
「教科書逆。58ページ」「うひゃ?!」
私の名前は夢野美夏。
筋肉ガチムキ。自称女子高生のボディビルダー。
私の好きな人は男の人です。
「みかっち。何を読んでいるのよ」爆笑する教室のみんな。
私の教科書を手ににんまりと笑ういたずら好きの幼女に私はなんとも変な気持でいました。
「何度も何度も言うが、ワシは妖怪なのじゃよ。おぬしが何度否定しても事実は動かん」
まいなちゃんはそう告げると忽然と教室から姿を消していました。




