足りずマン ~唐辛子が辛いと決めつけるのも辛くない唐辛子は意味がないと思うのも偏見だ~
「沖縄のシーサーが言っていたけど、沖縄には『唐辛子から辛みを取ったら何も残らない』って諺があるんだよ」
紺野さんはもだえる私たちに意味不明な諺を呟くとまいなちゃんの両の頬を軽く抱くように持って一言。
「めっ」「いたずらはほどほどにするのじゃ~」
まいなちゃんは一回もぶたれることなく無罪放免。
あんた誰だって? アンタこそ誰よ?
私はあなたの事なんて知らないんだから?
そして私と智子は。
鼻から喉から胃の下までを焼き尽くす熱さ。舌と喉を電気のように走る激痛。
流れ落ちる涙や鼻水まで辛く感じる強烈な刺激。
「からいからいからいからい~」
『紺野商店』の畳の上で悶絶していました。あ。今パンツ見えたかも。
「何かあったの? 店で育てている唐辛子なんて生で食べて」
「世界一からい唐辛子を目指して作ったものじゃからなぁ」
「綺麗だから食い物と思ったのじゃないか? 紺野?」
『辛い物を食べると辛い気持ちがふっとぶのじゃ』と余計なことを言ったまいなちゃんは毬を手にニタリ。
浅生先生が持ってきた牛乳を飲み、油みたいなのを舐めていると落ち着いてきました。
「辛みは痛みだからな。味覚において辛いっていうセンサーはないらしい」「そうなのですか? 浅生先生は博学ですね! もっともっと色々教え」「紺野。続きは頼む。今から家庭訪問だ」「あ。私も行きます! 歓迎しますからぜひぜひうちに?!」
やかましい二人というか一人は退場しました。がんばれ友よ。
お前の立ち直りの早さだけは本当に尊敬する。
ちなみに辛みと言うのは本質的に痛みと同じであり、辛み成分を油で包むことで口の粘膜から遮断し、痛みを緩和することから、水で辛みを洗い流すより牛乳のような油が混じったものや油そのもの、たとえば生卵を食べるのは有効なのだそうです。ちょっとだけ賢くなりました。
だからといって成績に影響するわけではありませんが。
でもね。紺野さん。
不思議な事があったの。いくつかの唐辛子はとっても甘くておいしかったの。
「大韓民国? だったっけ。中国の」「紺野。地理くらいいい加減覚えろ」私もちょっと解らないな。あの辺。みんな中国でイイよね。
「あの国だと唐辛子は甘みを出すために使うそうだよ」「へぇ。中国の人って偉いんですね」
女の人は超能力使えるし、男の人はカンフーが使えるし凄いよね。
「使えないぞ」「え?! そうなのですか?!」「そりゃそうだろ。夢野君」
いつの間にか逃げた筈の浅生先生がため息をつきます。智子はどうしたのでしょう。
「わしが瞬間移動で家まで吹っ飛ばしたのじゃ」はいはい。まいなちゃんは適当いわないの。
最近まいなちゃんは露骨に智子を嫌いだしている。
普段の余裕は何処へ行ったのやら。小さいけど女の子ですよね。
「わ。わしは別に余裕がない訳ではないぞ。ただ、世を守るために世間一般の不幸を一身に受ける運命である浅生の一族に村神の娘はちょっと向かないだろうと」
あわふたするまいなちゃんは年相応に可愛い。
顔真っ赤ですけど? って子供にからかわれるのはさておき、自分から幼い子供をからかうのはダサいよね。
「だからワシは300年以上生きておるというに」
鼻を寄せるように可愛らしい唇を曲げて飛び上がって抗議する幼女を抱き上げ。って重いし?!
「先生モテますね」「妖怪しか持てない」「浅生の一族は剛運じゃ」「浅生は強いぞ。日本の神や妖怪どもと一緒に俺を一度は退けた」「もう無理だがな」
はいはいはい。まいなちゃんみたいな子供はさておき、
大人二人が子供に話を合わせる程度には優しいのは私だって知っていますからね。
どこまで話したかな。
中国の韓国では甘さが唐辛子で唐辛子が甘くてあれってとっても美味しいよねって話?
すっと差し出された唐辛子はぷるぷる震えて新鮮で、丁寧に綿を取ってあります。
最初にまいなちゃんがくれた唐辛子と同じものですね。
「これ? ほら。食べたら甘いと思うよ」「それ。いくつかはとっても甘くておいしかったのです。智子も喜んで」
結果盛大に酷い目にあいましたが。
すっとした口当たりにふんわりと広がる果実の甘み、ほのかな辛みはさわやかで。
「新鮮だとこんなもんさ」「ピーマンやトマトも唐辛子の仲間なんだよ。紺野」「ピーマンは嫌いですがお二人が食べるなら私も食べましょう。幼女と女子高生をたぶらかす変態の浅生先生」「だれが変態じゃ。浅生は変態じゃない。取り消せ」ふふふ。
どうして唐辛子は甘くなったり辛くなったりするのか。
私は唐辛子は辛いものだと思っていたのですがそうでもないらしいです。
「夢野だってワルのボスだったが紺野の前では可愛いしな」「先生。殴られたいですか」
下から軽くにらむ私を笑ってスルーする浅生さん。
最近素直に先生と言うべきか変態の浅生さんと言うべきか迷っていますけどどう呼べばいいのでしょうか筋肉ムキムキの露出狂の変態の浅生先生。
「一番失礼だね」おどけて干からびた唐辛子を枝ごと持ってくるのは紺野さん。そう言えば乾燥させてお花の代わりにお店の内装に使っていらっしゃいますね。
「これは日本では一般的な唐辛子の『鷹の爪』だけど」ああ。それ、糠漬けに使いますよね。
「これだって、ほら。新鮮なとうがらしの種は甘いんだよ」そうそう。何故でしょう。
紺野さんがおっしゃるには唐辛子の根っこのタイザって場所が辛さの元なのだそうです。
辛さを抜くために種を取るけど違うんですね。
「ほら、こっちの新鮮な唐辛子をみてごらん。綿みたいになっているよね」うん。これが胎座なのですね。
「これが乾燥してボロボロになることで唐辛子がとっても辛くなるんだ」
あ。それで種をタイザと一緒に取っちゃうのね。解りました。
このタイザを丁寧に取ることで甘く食べられる。そう言うことですね。
でも甘い唐辛子って唐辛子じゃない気もします。
「そうでもないよ。ピーマン美味しいし」「あんな苦いモノが美味しいという浅生さんはやっぱり変態です」
イーと言ってやるとにんまり笑う浅生さん。
変態かどうかはさておき彼は私や智子やまいなちゃんみたいな子供には優しいのです。
誰かが持ってきたビニールプールに脚を入れて風鈴の音に胸をときめかせて私たち四人は唐辛子の実を手に雑談を楽しみます。
「唐辛子の辛み成分はカプサイシンって言うのだけど」「試験に出すのは勘弁してくださいね。浅生さん」「出さないよ」
紺野さんの高説を聴きながら振り向いて、まいなちゃんと遊ぶ浅生さんをからかう私。
「水に辛みは解けないけど、アルコールには良く溶けるんだ。だから沖縄では泡盛っていうお酒に漬けこんで辛み調味料として使うんだよ」「沖縄ってアメリカがこの間返してくれた」「そうそう」
基地作るためにお墓を壊したりするのはどうかと思いますが。
紺野さんは丁寧にタイザ? を取り除いて辛みを抜いた唐辛子を油で炒めてお醤油と鰹節で和えたものを持ってきてくださいました。ご丁寧に冷凍までして摩り下ろしています。
「これ、ご飯に合います。すっごく美味しい」「ふふふ」
あと、このカニの雑炊もとっても美味しい。やっぱりここのご飯は美味しいですよね。
「これはカニの殻から取るんだよ」え。
なんでもお二人がおっしゃるにはカニは身より殻のほうに出汁があるそうです。
一回殻を焼いて油で熱すると美味しいカニ風味の油になるそうです。
でも、カニの味がする油ってどう使うのでしょう。今度何か作ってくださいね。
「もう作った。オムレツだけど」「流石紺野さんです」ふんわりとした甘いお出汁の柔らかい卵焼き。アツアツの蒸気を鼻と喉で味わって柔らかな手触りの箸を動かすわたし。
足元では冷たいビニールプールの水があってハフハフと蒸気を吐きだして舌をやけどしないようにする私。ちょっとはしたないですね。ええ。
ちりん。風鈴が鳴ります。もうすぐ夏ですね。
私の名前は夢野美夏。
キャピキャピの16歳女子高生。
私の好きな人は。
「あなたはなんでも知っているのね」「そうでもないさ。知らないことだってある」
あなたが知らないこと。私も知りたいな。
ちょっと変わった。ステキなお人。
またねっ♪ 知らないあなたっ。
元ネタ。『ためしてガッテン』(NHK)




